2013年7月28日日曜日

お盆だよ!納涼マサラ上映!

〔えいが〕


バンガロールから来た女ドラゴン(笑)。


どうも。
トド@生活に追われてすっかり痩せ細り…ませんです。

えー、5月に「『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』爆音マサラ上映@渋谷クアトロ」なる記事をお届けしましたが、その後に行われた渋谷アップリンク(5月8日)、キネカ大森(5月18日)、新所沢レッツシネパーク(6月22日)、計3回のマサラ上映にも皆勤した不肖せんきち、大森では、


マサラ上映名物(?)・マハラジャさんと
ボリウッド4が誇るゆるキャラ・ナン子ちゃん、
感動のご対面

という歴史的瞬間(なのか?おい)に立会い、新所沢では「1日限りの特別マサラ上映」ということで、映画館が入っている新所沢パルコのオープン(午前10時)前に馳せ参じる、という暴挙をやってのけました。


命ある限り輪廻(ウソウソ)。
記憶喪失と生まれ変わりの
そろい踏み。



15:30からなのに、10時前に着いちゃった(笑)。
あ、でも、『華麗なるギャツビー』観たんだよ、その前に。


前説の間も、踊り続けるべっぴんさん。


新所沢ではこんな悪ふざけ紙吹雪を
撒き散らしたんですが、これが意外と
好評でおました。


で!!!!

いよいよ盂蘭盆会(中元節)という8月、池袋と横浜でまたまたまた『恋する輪廻』のマサラ上映を行うそうなんでございますよ、奥さん。
皆で鎮魂の踊りを踊ろう!ということなのでせうか(違うよ!)。

まずは池袋。

ROOF TOP FILMS 『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』

とき:8月9日(金) 18:00開場 19:15スタート
ところ:池袋パルコ屋上

なんと入場無料ですってよ!
ただし、入場整理券が必要で、当日17:00から屋上受付にて配布予定だそうです。

くわしくは、こちらをご参照下さい。

次に横浜。

『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』マサラ上映

とき:8月10日(土)、8月23日(金) いずれも19:30スタート
ところ:横浜 シネマ・ジャック&ベティ

こちらは勿論お代がかかりますが、リピーター割引があるのか等、詳細は未詳ですので、こまめに劇場のサイトをチェックなさることをおすすめいたします(8月10日から通常の上映も行います)。

追記:先ほどチェックしたところ、詳細が上がっておりました。
リピーター割引等は今のところ、ない模様です。
マサラ上映の当日はロビーに「インドカフェバー」が出現するそうですは、インドカフェバーって…何?

前回、子供銀行券を用いた悪ふざけ紙吹雪が好評を博したことに味を占めた不肖せんきち、今度はこんなニューヴァージョン



年増は地球を救う(笑)。


ちょうど例の映画が公開になるからさあ。

を用意したのですが、池袋では「紙吹雪使用不可」とのことで、横浜で日の目を見ることになりそうです。
年増区、もとい、豊島区で年増の紙吹雪を撒きたかったのになあ、ざんねん。


ちなみに普通の紙吹雪も製作中。
今回のテーマは「高島屋のローズちゃん」、
ではなく、「玫瑰玫瑰我愛你」。


君は薔薇より美しい。

ということで、今回も懲りずに参加予定のせんきちですが、まだ映画をご覧になっていない方も、もうご覧になった方も、奮ってご参加下さい。

なお、マサラ上映はありませんが、8月5日(月)からは逗子のCINEMA AMIGOでも上映予定です。
海水浴とインド映画、意外に合うかも知れません。

おまけ:不肖せんきち、6月末には高崎での上映にも遠征してまいりました。


シネマテークに来ちゃったの。


素敵なロビー内の掲示。


こじんまりとした、いい小屋でした。

(ではまた!)

2013年5月13日月曜日

超極私的ロケ地めぐり in 京都 八

〔橘ますみ〕


せんきちの聖地・東映京都撮影所。
橘ますみたんが青春の日々を過ごした
俳優会館を望む。


どうも。
トド@メタボは急に治らないです。

さて、お久しぶりぶりの橘ますみたん@京都ロケ地ネタ。
前回の記事UPが2008年5月ですから、なんと5年ぶりですわよ、奥さん。

で。

今回取り上げるのは、『異常性愛記録 ハレンチ』において、寺内(小池朝雄)が勤める病院で検査を受けたノンコ(橘ますみたん)が歩道橋の上から深畑(若杉英二)とジミー(青山ジミー)がタクシーに乗り込む姿を目撃した後、とある寺の山門前にある公衆電話から店に電話をする場面。
この山門、前の場面が東寺付近での撮影だったため、てっきり東寺のどこかの門だとばかり思っていたのですが、案に相違してなんと京撮のすぐそばにある広隆寺の山門でおました。


これこれ、この山門!


映画ではちょうどこんな感じに
信号と嵐電の電線が
映っていました。


公衆電話のあった場所はといえば、
山門のお向かいに位置する文房具屋さん脇。
なるほど、そこの角に赤電話があったのね。
ニャンコちゃんに新型ベッドを提供した
ユタニ家具センターの看板が
わざとらしく電話の前に設置されていましたっけ。


公衆電話が置いてあった場所は山門に向かい合う狭い道路沿いなのですが、現在、この道路には車がひっきりなしに行きかい、通行するにはかなり危険な道路になっています。

ああ、時は流れる…。

といったところで、今回のロケ地めぐりはたったの1ヵ所。
長らく宿題になっている琵琶湖大橋や間人にも行ってみたいと思っているのですが、先立つものがないもんで……。
でも、いつか行きます!
きっと!



漬物電車@嵐電。


2013年5月5日日曜日

『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』爆音マサラ上映@渋谷クアトロ

〔えいが〕


たいへんよくできますた。

どうも。
トド@やっつけ仕事に追われ中です。

さて、前回ご紹介したインド映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム(Om Shanti Om)』、渋谷シネマライズでの上映期間(4月19日で上映終了)には、毎週金曜日の最終上映時に「マサラ上映」なる特殊なシステム(っていうと、特殊な接待嬢←大蔵新東宝じゃないんだからwとかが出てきそうだけれど、決してそういうものではなくて、くわしくはこの辺この辺をご参照下さい)での上映を行っておりまして、それが回を重ねるごとにヒートアップ、なんと最終日には立見まで出るほどの大盛況となりました。

で。

「こうなったら、もっとすげえのやったるで!」と配給会社の方が考えたのかどうかは知りませんが、あの渋谷クアトロで爆音マサラ上映(もち、オールスタンディングね)という「爆音+マサラシステム」な進化系イベントを企画、5月4日(土)に件の上映が行われたのでありました。


不肖せんきちはといえば、はい、もちろん、行ってきましたよ!
なんたって、シネマライズのマサラ上映も5回休まず通って皆勤賞を貰いましたし(マサラ以外でも7回観に行きました。合計12回。イカレてるね)。


これが皆勤賞だ!
特製大型カンバッジ。


メイキング本まで
買っちまったよ。


当日は開場時間13:00、上映開始14:00というスケジュールでしたが、根がせっかちなせんきちが会場に着いたのは12:30過ぎ。


だれもいない…。

「あらまあ、早く来すぎちゃったなあ」と思いつつしばし佇んでいるとお友達が来たので一安心、13:00きっかりに一番乗りで会場入りしました。


エントランス付近。
べっぴんさんのポスターが
お出迎え。



開場から15分程過ぎても
場内はこのありさま。
「大丈夫かいな?」と思っていたら、
上映開始間際にはけっこうな人数に。
旧作邦画ファンや中華映画ファンに比べると
インド映画ファンの皆さんの
時間の感覚はゆるやかなのね、きっと。

いわゆるマサラ上映においては、クラッカー鳴らし放題、声援し放題、歌い放題、踊り放題という自由すぎる鑑賞スタイルが推奨されていますが、この日せんきちが持ち込んだクラッカーは通常サイズ80個(中身アリ&音だけ)、バズーガ砲級2本(偽1万円札の紙吹雪が舞う)、ダイナマイト級2本(金色テープ&五色テープが飛び出す)…等々とけっこうな量(投資額もハンパじゃありません)。
最前列に陣取って、ここぞ!というときにドッカンドッカンクラッカーを鳴らしまくり、歌いまくり、踊りまくりましたわ、恥も外聞もなく。
で、終映後には、


このような、兵どもが
夢のあと状態にw



紙吹雪もOKなので、
けっこうな散らかりよう。


「立つ鳥跡を濁さず」ということで、クアトロの方に箒をお借りして、これらの残骸をきれいに片付けてから会場を後にしました。

ちなみに、シネマライズでのマサラ上映では途中休憩があったのですが、今回はなんとぶっ通しの上映で、アラフ○○のせんきちには少々きつい3時間立ちっ放しではあったものの、楽しかったからよしとしましょう。
音響もさすがに爆音と銘打つだけあって、重低音がこれでもかと強調され、お腹に響くサウンドシステムでおました。

以上、かんたんではありますが、ご報告まで。
あ、当日の模様を伝える記事がありましたわ。
そちらの方がよほど参考になるかも(とほほ)。

なお、『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』、東京では現在渋谷アップリンクで好評上映中、11日(土)から31日(金)まではキネカ大森でも上映され、8日(水)にはアップリンク、18日(土)にはキネカ大森でそれぞれマサラ上映が行われる予定です。

まだご覧になっていらっしゃらない皆様は、今すぐ劇場へGO!

えっ?わたくしですか?
もちろん行きますわよ!
8日も、18日も!


おまけ:映画の後、木場に遠征して「カマルプール」でおいしいインド料理を頂きました。


鴨のタンドール。
うまうまですた。


2013年3月17日日曜日

全ての映画好きと美女好きに捧ぐ

〔えいが〕




劇中、素敵な曲が沢山ある中、
せんきちが一番好きなのはこれ
"Ajab si"。
ダンスシーンじゃなくてスマソ。


どうも。
せんきち@花粉症で目が痛くて仕方がありませんです。

さて、本業へ戻ると書きながら、どうしてもこれだけはと思い、のこのこ戻ってまいりました。

昨日(3月16日)から東京(シネマライズ)と大阪(シネリーブル梅田)で上映されているインド映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム(Om Shanti Om)』。
2007年に制作され本国ではメガヒットを記録した作品ですが、不詳せんきち、昨年10月にアテネフランセで初めて観て以来、すっかりこの映画に魅せられてしまい、昨日も今日も鑑賞してまいりました。

インド映画といえば「歌と踊り」というのが日本での通り相場ですが(せんきちの場合、岩波ホールのサダジット・レイ世代なので、それ〔歌と踊り〕を知ったのはずっと後年になってからのこと)、何よりこの映画の素晴らしいところは全編に漲る映画への深い愛情。
映画の中のあちこちに過去のインド映画やスターに対するオマージュが散りばめられていますが、そんな知識はなくとも、本作の監督であるファラー・カーンがこの作品に込めた映画愛は、映画好きの人であれば誰でも感じ取ることが出来るでしょう。
事実、せんきちも初見のさいはまっさらな状態だったのですが、「ああ、この監督は本当に映画が大好きなんだなあ」と、その映画愛に圧倒されたのでした。
映画スタジオを舞台にしている点では『雨に唄えば』を想起させますし、後半には『めまい』を連想させる場面もあって(『めまい』の件は、映画のパンフレットにある野崎歓先生のコラムにもご指摘があります)、往年のハリウッド映画がお好きな方も楽しめると思います。

そして、せんきち的には目下のところ地上最高の美女であるところのディーピカー・パードゥコーン(Deepika Padukone)の出世作であるのが一番のポイント、だったりします。
映画好きだけでなく、美女好きの方にも強力プッシュしたい作品でおます。



ご本人の名乗り(?)を聞くと、
ディーピカーよりはディピカーに
近いようです。



不肖せんきち、彼女のことを
勝手に「べっぴんさん」と呼んでおります。
美しすぎるぜ!




インドではソニーサイバーショットの
CMにもご出演。
起用されています。
意外と深い(のか?)日本とのご縁。





でもせんきちが一番好きなCMはこれ。
こんなNESCAFEなら毎日飲みたい。




ちなみに、スイスの高級時計Tissotの
ブランドアンバサダーも務めております。


ということで皆様、ぜひ劇場へ足をお運び下さい。


べっぴんさんが再び
SRKとコンビを組んだ映画
ただいま、撮影中。
ファラー・カーン監督が振付を担当。
これも日本で公開してほしいものです。


後ろのデブのおっさんに目が釘付け。

(ひとまづおしまい)

2013年3月4日月曜日

『飛天女郎』と『あばずれ』のことなど (その2)

〔えいが〕



色魔な羅烈…なれど、修復版ではなぜか
レイプシーンがカットされています。
邵氏が「夜の青春」シリーズのリメイクを
作っていたら、きっと辰兄イの役をやっていたに
違いないわ!羅烈の『ひも』!


どうも。
トド@これを書いたらまた本業に専念するつもり…です。

ということで、前回の続き。
まずは、『飛天女郎』と『あばずれ』のキャスト比較を。

方盈 → 緑魔子
岳華 → 山本豊三
羅烈 → 待田京介

正直、緑魔子と方盈じゃキャラが違い過ぎ!なんですが、それよりも我慢できないのは『あばずれ』の男性キャスト(そこかい!)。

なんで待田さんが色魔なの!!!

あたしにとって山本豊三は「元松竹の二枚目スター」などではなく、

橘ますみたんを騙して犯して苦界に沈めた性悪男

なのですから!!!(『元禄女系図』参照。あ、でも、その後の『やくざ刑罰史 私刑!』ではますみたんを助けるいい人だったけど)

それはともかく、ヒロインを演じる女優のキャラの違いがそのままオチの違いにも現れているような気がいたします。
ま、邵氏としては、誰がヒロインをやってもハッピーエンドで終わらせるつもりだったのかも知れませんが。

最後に、『飛天女郎』制作にまつわる話題や邵氏における中平康作品のもろもろについて、前掲邱論文に収められたインタビュー記事を基に書いておきます。
以下、てきとーに箇条書きにて。

1、『飛天女郎』の撮影地及びカメラについて
『飛天女郎』のサーカスの場面は、木下サーカスの協力を得て千葉県で撮影が行われ、観客役として千葉大学の学生が動員されたそうです。
撮影にあたっては日活のスタッフが担ぎ出されました(以上、村田啓三インタビューによる)。
なお、市古聖智は「『飛天女郎』のカメラは間宮義雄だった」旨の証言を行っていますが、これは日本での撮影部分を間宮が担当したという意味ではないかと考えられます(それ以外の部分は西本正〔賀蘭正〕が担当)。

2、邵氏は当初、『泥だらけの純情』のリメイクを撮ろうとしていた
…(陳厚が・せんきち注)もう下り坂の頃。あの人の家まで行った記憶があるけど。そうだ、一番最初は中平さんの『泥だらけの純情』をやる予定で行ったんですよ。陳厚と鄭佩佩かなあ。誰かでやる予定で行ったんだけど、なぜか『特警009』に変わったんです。
…陳厚はあの役をやる時、もう30ぐらいになってたんじゃないかな、しきりに照れてて。それで衣装合わせまでやったの。なんで流れたか、記憶にない(以上、市古聖智インタビューより)。

3、『狂戀詩』と『獵人』の脚本は加藤彰監督が書いた
…中平さんは先に香港に行って、アクション映画なんか撮ったでしょう。日本に帰ってきて、また香港に行きたいんだけど、2本書いてくれって。1本は『狂った果実』、1本は『猟人日記』、向こうに合わせるような感じで書いてくれって。
…人物の名前はぜんぶ中国名にして、設定もぜんぶ変えてね。
…基本的には勝手に書いたの。後は監督に勝手にやってくれと。たぶん日本版より、香港版のほうがきちんとしてると思う。
…日本版(『猟人日記』・せんきち注)は難しいから、香港版の時は、サスペンスとか、娯楽的なことをかなり意識的に書いたね。
…(『狂戀詩』と『獵人』のタイトルを付けたのは・せんきち注)僕です。香港に合わせてね。
…これ(『『狂戀詩』と『獵人』・せんきち注)はやはり海賊版ですよね。日活にも断っていないし、(『猟人日記』の・せんきち注)原作者の戸川さんにも断っていないし。戸川さんに電話ぐらい、監督からしたかもしれないけど(以上、加藤彰インタビューより)。

「もろもろ」と書いた割にはたった3つのネタだけでしたが(情けねえ!)、こんなところで失礼させて頂きます。

(おしまい)

2013年3月3日日曜日

『飛天女郎』と『あばずれ』のことなど (その1)

〔えいが〕




どうも。
トド@珍しく連投です。

さて、『裸屍痕』に続き、中平康(楊樹希)監督が邵氏で撮った『飛天女郎』も観ることが出来ましたので、それにまつわるお話をいくつか。

中平康監督が「楊樹希」名義で邵氏に残した作品は4本(『特警009』『飛天女郎』『狂戀詩』『獵人』)ですが、『飛天女郎』を除く3作品はソフト化されたにも関わらず、どういうわけかこれだけはソフト化されずじまいでした。
念のため、おおまかなストーリーを記すと、

母親を亡くし、博打狂いの父親と知的障害のある(と、香港電影資料館ホームページの解説にはありましたが、ぱっと見そんな感じはしませんでした)弟を養うために工場で働く少女・李婷玉(方盈)は、工場が閉鎖されるかも知れないと聞き隣家の王老人(顧文宗)に相談しますが、かつて空中ブランコ乗りだったという王老人は彼女にサーカスの素晴らしさを話し、婷玉はサーカスへの憧れを抱くようになります。
ある日、父親が博打場で知り合った女(高寶樹)を妊娠させたことを知った婷玉は家を飛び出し、ふと見かけたサーカス団に頼み込んで入団することとなります。
その後、空中ブランコ乗りのスター・劉耀武(羅烈)からパートナーに指名された婷玉は練習に励むものの、女たらしの耀武は彼女の体が目当てで、酒を飲ませた上で犯そうとしますが、団員の羅天行(岳華)に阻まれます。
天行もかつては空中ブランコ乗りだったのですが、パートナーが事故死した後、ブランコに乗るのを止めてしまったのでした。
しかし、婷玉の熱意に打たれた天行は再びブランコに乗ることを決意、婷玉への熱血指導が始まりました。
やがて2人は恋に落ちますが、嫉妬に駆られた耀武は婷玉を襲い、婷玉は妊娠してしまいます。
逆上した天行は耀武と格闘になり、耀武は持っていたナイフで自分の腹を誤って刺し、この騒動が原因でサーカス団にいられなくなった天行は姿を消すのでした。
どうしても天行のことが諦めきれない婷玉は、子供を堕ろした後一人天行を探し始めます。
天行はヤクザの手下になっていました。
一度は婷玉を冷たく追い払った天行でしたが、結局ヨリを戻し、天行のアパートで愛を確かめ合います。
と、そこへ、婷玉の美貌に目をつけたヤクザのボスとその手下(天行の兄弟分)が押しかけ、天行と争いになりますが、駆けつけた警察に天行も逮捕されてしまいます。
その後、サーカス団の公演で婷玉は空中ブランコに乗りますが、空中を舞う彼女を待っていたのはなんと釈放された天行でした…。

というものです(あくまで「おおまか」)。

作品の感想としては、他の3作品に比べるとソフト化されなかったこれもそう悪くない出来ではないかな、と思いました。
あくまで、可もなく不可もなく、といった程度でしたが。

が、ここで問題にしたいのは、他の3作品が自作(『狂った果実』『猟人日記』『野郎に国境はない』)のリメイクだったのに対し、これだけがそうではないという点。
ウィキペディアではこれについて、渡辺祐介監督の脚本(ノンクレジット)を映画化したとあるようですが、邱淑婷の博士論文『香港・日本映画交流史:アジア映画ネットワークのルーツを探る』所収の村田啓三へのインタビュー(注1)には、村田が『特警009』と『飛天女郎』の脚本及び助監督を務めたということが詳細に記されています。
以下、そのインタビューから少し引用してみます。

…(1967年の・せんきち注)5月頃から僕は小林旭のアクションもの2本、これを香港に行ってやろうと言われて、それを香港向けに書き直して、2ヶ月ぐらい毎日麻布十番(中平のマンション・せんきち注)に行って書いたの。
…(『飛天女郎』の脚本は)日本語で書いたが、香港側の戴さん(戴振翮・せんきち注)が中国語に直したわけ。
…要するに啓徳空港は危ないとこで、狭くてっていう普通の知識はぜんぶ勉強しました。ホテルに帰って夜は暇だったから尖沙咀に行ったり、ビクトリア・ピークに行ったり、船の所に食べに行ったり。つまり、香港のことを吸収しながらこれ(『飛天女郎』・せんきち注)を書いたわけ。
…中平さんは夜お酒飲んで、朝になるともう寝てるわけでしょ、撮影現場に行って、「イーベキャメラ!」と言ったのは、私なんです。
…西本さん(西本正〔賀蘭正〕・せんきち注)と私と、そして桂さん(桂治洪。邵氏側の助監督・せんきち注)と相談して撮ったわけ。

ここまではっきりとした証言があると、「『飛天女郎』=渡辺祐介脚本説」には首を傾げざるを得ないのですが、たしかに渡辺監督が邵氏に招かれて映画を撮るという計画自体は西本正の証言によればあったようです。
しかし、邵逸夫が渡辺監督に直接「いくら払ったら香港に来てくれるか?」といった内容の電話をしたことで渡辺監督の香港行きに対する意欲が萎え、この話は立ち消えになったそうですから(注2)、この時点で邵氏向けの脚本が完成していない限り「『飛天女郎』=渡辺祐介脚本説」は成り立たないことになります。

ところで、先述の邱論文に収められた市古聖智(村田同様、中平監督の邵氏作品、さらには井上梅次監督作品でも助監督を務めた)へのインタビューには、

邵氏は渡辺祐介監督の作品をリメイクしたがったが、渡辺監督の映画を中平監督がリメイクするのはまずいということでボツになった。

といった趣旨の証言があり、その作品は『ひも』であったと記されています。
仮にこれが東映の「夜の青春」シリーズの『ひも』だったとすると、渡辺監督作品ではないので(関川秀雄監督)おかしいということになりますが、渡辺監督は同じく「夜の青春」シリーズの1本である『いろ』の脚本を担当しているので、あるいはこの映画の間違いだった可能性もあります。
ところが、ここでもう一度仔細に『飛天女郎』のストーリーを検討してみると、あれ?これって、


渡辺祐介監督の『あばずれ』(1966年、緑魔子主演。渡辺祐介・神波史男脚本)のストーリーとほとんど同じ!

なんですよ。オチが違うだけ。

となると、『飛天女郎』そのものの脚本の執筆者に関しては村田啓三で間違いないようであるものの、実際の流れとしては(以下、せんきちの勝手な推測)、

一度はボツになった『あばずれ』リメイク企画→しかし、オチを変えれば問題なかろう、ということになる→『あばずれ』を基にした香港版の脚本を村田啓三が執筆

といったような按配で、それらが巡り巡って「『飛天女郎』=渡辺祐介脚本説」となったのではないでしょうか。

当時の香港では緑魔子の作品がけっこう人気で(注3)、本家『あばずれ』も1967年4月に香港で劇場公開されており(中文タイトル:玉女情狂)、香港での上映から1ヵ月後には既に中平監督側に邵氏から『あばずれ』リメイク企画が持ちかけられていた可能性があります。
なんたる早業…(感心してる場合じゃないか)。

そんなわけで、次回は『飛天女郎』と『あばずれ』のキャスト比較や『飛天女郎』制作にまつわる話題、さらには邵氏におけるその他の中平作品に関する逸話等も取り上げてみたいと思います。

注1:邱論文の論考部分は香港と日本でそれぞれ公刊されていますが(『港日電影関係:尋找亞洲電影網絡之源』〔2006年、天地圖書〕『香港・日本映画交流史:アジア映画ネットワークのルーツを探る』〔2006年、東京大学出版会〕。他に英文版もあり)、インタビュー部分に関しては昨年香港で中文版(『港日影人口述歴史化敵爲友』、香港大學出版社)が出たのみです。
注2:『香港への道 中川信夫からブルース・リーへ』(2004年、筑摩書房)による。
注3:当時、香港で劇場公開された緑魔子の作品には(いずれも中文タイトル。原題がわかるものはカッコ内に明記)、『蕩婦淫魔(おんな番外地 鎖の牝犬?)』『都市悪魔』『三雄爭奪戰(ギャング頂上作戦)』『玉女情狂(あばずれ)』『龍爭虎鬥(暗黒街仁義)』等があり、1968年1月には『日本應召女郎(夜の悪女)』が残念ながら香港で上映禁止になった旨の報道も見られます(『工商日報』『華僑日報』による)。また、この他にもいくつかの緑魔子出演作が香港で上映を禁じられており、それらについては拙ブログの過去記事(こちらこちら)をご参照下さい。

(つづく)

2013年3月2日土曜日

『怪談おとし穴』と『裸屍痕』

〔えいが〕



貧乏くさい渚まゆみとはまた違った意味で
(脂が乗り過ぎて売れ残った大年増)
鬱陶しい丁紅。メイクも濃すぎだよ。

どうも。
トド@元旦の記事からいつの間にやら2ヶ月が経過してしまいますたです。
ちょっと本業に追われておりまして(お金になるといいんだけどねー、そうでもないのよ)、こちらの方は相変わらずの放置プレイですが、このたび、念願かなって島耕二(史馬山)監督が邵氏で撮った『裸屍痕』を観ることができましたので、この作品とオリジナルである『怪談おとし穴』(1968年、大映東京。島耕二監督。成田三樹夫、渚まゆみ、三条魔子、船越英二、他)との比較を試みてみたいと思います。

さて、前々からこちらでも触れている通り、『裸屍痕』は島監督が大映で撮った『怪談おとし穴』のリメイク作品でありますが、主要キャストの対照は次の通りです。

成田三樹夫 → 陳厚
渚まゆみ → 丁紅
三条魔子 → 丁佩
船越英二 → 丁紅(船越は渚の兄役でしたが、『裸屍痕』では丁紅が2役で妹役も演じています)

また、ストーリーのおおまかな流れはオリジナルとリメイク版、ほぼ同じと言ってよいのですが、その過程及び結末において3つの大きな違いが見られます。
それは、

1、『怪談おとし穴』では渚まゆみの遺体を会社のビルのパイプシャフトに落下させて隠蔽するのに対し、『裸屍痕』では廃屋の壁の中にセメントで塗りこめて隠すという、ポーの『黒猫』や日本の「化け猫」もののような趣向を用いています。このとき陳厚が遺体を運んできた車を盗まれてしまったことが、事件の解決に大きな役割を果たすことになります。

2、『怪談おとし穴』では妹の失踪に不審な点があると睨んだ兄が主人公(成田三樹夫)を追い詰めるのに対し、『裸屍痕』では丁紅の家族の依頼を受けた弁護士(王俠。主人公とは大学の同窓生という設定のようでした)と妹(丁紅の2役。姉の亡霊に扮して主人公を恐怖に陥れます)が主人公(陳厚)を追い詰めます。

3、『怪談おとし穴』のラストでは渚まゆみを落としたパイプシャフトに主人公も落ちていく、という設定でしたが、『裸屍痕』では罪を暴かれて半狂乱に陥った主人公が弁護士から逃げる途中、誤って崖から転落して死亡するというラストに変わっています。

というもので、せんきち的にはこの他にも『裸屍痕』には渥美マリみたいな受付嬢がいない、という点も大きな違いだったりするのですが、まあ、それはふつーの方には関係のないことですね、はい。

上記3点の違い、ささいなようにも感じられますが、これらの違いによって『裸屍痕』は『怪談おとし穴』のような「現代都市におけるオフィスビルを舞台にした怪談」ではなく、「貧しかった青年の野望とつかの間の栄光、そして挫折の記録」という、なんだか香港版『陽のあたる場所』(注)のような作品に仕上がっていました。
当初、リメイク版のキャスティングはどうなのかな?と危惧したせんきちですが、陳厚の純朴そうに見えて実は狡猾な主人公の造型や、渚まゆみに勝るとも劣らないほどの鬱陶しいオーラを発散する丁紅、お転婆お嬢様の丁佩と、意外や意外、なかなかしっくりきており、映画の内容もこれはこれでそれなりに良く出来ているのではないか、と思いました。
ちなみに、『裸屍痕』に関しては早稲田大学演劇博物館に日本語版シナリオがありますが、実際の作品もこのシナリオと同様の内容で、この日本語版シナリオが決定稿であることがわかりました。

以上、簡単ですが、『怪談おとし穴』と『裸屍痕』の比較をまとめてみました。
また何か新しく気づいた点があれば、その都度アップしていく予定です。

注:『陽のあたる場所(A Place in the Sun) 』そのものも香港で『人約黃昏後』(1958年、邵氏。何夢華監督。尤敏、趙雷、他)のような翻案作品が作られています。




陳厚&丁佩、2人のハネムーン先は日本。
陳厚は樂蒂とのハネムーン先にも日本を
選んでいたね、そういえば。

(ひとまづおしまい)

2013年1月1日火曜日

超極私的ロケ地めぐり in 粟津温泉 五(大結局)

〔橘ますみ〕〔えいが〕


粟津温泉街にある食堂「銀なべ」で
食した弁慶そば。
蒲鉾にプリントされているのは小松市の
ゆるキャラ・カブッキー
「勧進帳」ゆかりの土地ならではのゆるキャラです。


どうも。
トド@あけましておめでとうございますです。

あいかわらず「明日の1000円より今日の10円」という枯れすすき生活を送っておりますが、とりあえず、ロケ地めぐりの記事を終わらせてしまいます(無理やり)。

さて、前回の記事で取り上げた「鶴亀荘」。
映画の中では川を挟んで渡り廊下で2棟の建物を結ぶという構造になっていましたが、


ほれ、この通り。

外観及びロビーの場面で撮影に使われた旅館「のとや」にはこのような渡り廊下は存在しません。
現在、このような渡り廊下の構造を持つ旅館は、「かめたに」と「あわづグランドホテル(旧・対岳館)」、そして既に廃業した「ホテル雲井」の3軒。


「かめたに」の渡り廊下。



同じく逆方向から見た
「かめたに」の渡り廊下。



「あわづグランドホテル」の
渡り廊下。


「ホテル雲井」の渡り廊下。

撮影当時の建物と現在のそれとではあまりに違いすぎるため、正直、どこが撮影場所として使われたのかは、わからないままでした。
当時の写真や地図と照合して調査できればベストなのですが…。

ということで、だらだらと引っ張ってきたロケ地めぐりも今回でおしまい。

今年もよろしくお願いいたします。

2012年11月4日日曜日

超極私的ロケ地めぐり in 粟津温泉 四

〔橘ますみ〕〔えいが〕


金沢駅は、自動改札ではありませんですた。

どうも。
トド@眠くて眠くて仕方がないです。

さて、またまたまたまた(の?乗)ご無沙汰してしまいますた。
面目次第もございません。
というわけで、だいぶ間が空いてしまいましたが、気を取り直して前回の続きを。

『温泉あんま芸者』の中で、三原葉子率いるあんま芸者たちの活躍の舞台となるのが旅館「鶴亀荘」。
ロビー及び玄関等の場面は、現在も盛業中の旅館「のとや」で撮影されました。


こちら、現在ののとや。
大王寺の参道沿いに玄関があります。


撮影当時の建物がまだ残っていました。
かつてはこちらの建物、向かって右側に
玄関がありました。


  のとやの前、現在では広場になっている
    場所にはかつて噴水があり、映画の中に
もしばしば登場していました。


千代(橘ますみたん)が心ならずも品川(金子信雄)に
水揚げされた後、噴水の前で愁いに沈むシーン
では、のとやの隣りにあるかみやが背景に映ります。


こちらは、現在のかみや。
今年の7月に経営破綻して
もぬけの殻。


のとや前から広場を望む。


粟津温泉の総湯は、かつてこの広場前にありますた。
現在では足湯になっている場所が、かつての総湯跡。
土曜日、それも三連休の初日だというのに、
観光客は1人もいません。


『温泉あんま芸者』から、広場の空撮。
南道郎が赤ん坊を抱いて突っ走る場面。
中央下に噴水。左手にちらりと見えるのが
かつての総湯…のようです。

(だらだらとつづく)

2012年10月5日金曜日

超極私的ロケ地めぐり in 粟津温泉 三

〔橘ますみ〕


粟津駅は小さな駅ですた。


どうも。
トド@ケツがキレますたです。
痛いので、しばらくは治療に専念予定です。
しかし、他人には言えない(堂々と書いてるけど)恥ずかしい病気にばかり罹るな、あたし。

さて、久しぶりの更新となりましたが、前回の続き(第1回はこちら、第2回はこちら)。

『温泉あんま芸者』で由利徹が住職を勤めていたエッチな観光寺・センリョウ寺(漢字不詳)。
温泉街の中にある大王寺で撮影を行っています。



こちら、映画の中のセンリョウ寺。



こちら、実際の大王寺。



大王寺山門。
高野山真言宗のお寺です。



大王寺本堂。
映画の頃(1968年)とあまり
変わっていない印象です。



置き去りにした我が子恋しさに
粟津温泉に舞い戻った雪子(高倉みゆき)が
赤ん坊を連れた武(赤ん坊の父親・南道郎)を
待つ場面。



だいたいこの辺かなあと思い、パシャリ。



赤ん坊が連れ出されたことを
寺にいる置屋のおかみ(沢淑子)等に
告げるべく、山門に続く石段を
疾走する千代(橘ますみたん)。


この石段を駆け上がったのね。


石段を上りきったところで雪子夫婦と
ばったり鉢合わせ、もみ合いになる3人。


3人がもみ合いになったのは、
本堂に続くこの石段。
(左下にオラの帽子が写っちまっただ)

大王寺のご本尊は、もちろん金精様、じゃなくて、薬師如来。
温泉に薬師如来は付き物ですわね。
残念ながら本堂内部は閉ざされており、参拝することができませんでした。

(次回に続く)