2007年1月29日月曜日

『香港の夜』でこける

〔しようもない日常〕


というわけで、昨日、フィルムセンターで『香港の夜』を観てきました。

念のため、開場の約1時間前(午前11時30分頃)に到着すると、既に10人ほどの先客がお見えでした。
最後尾に加わって持ってきたおにぎりを食べ、しばし読書をした後でいつもの1階ロビーエレベータ前整列の時間に。
今回は松葉杖使用というハンデがあるゆえ、階段ではなく特別にエレベータで大ホールのある2階まで上らせてもらいました。
がらがらだったらどうしようかなあと思いましたが、日曜の昼下がりという時間帯も手伝ってか客席の4分の3ほどが埋まるまずまずの入り。
よかったわん。

でもねえ、ここ(フィルムセンター)って、公の施設の割にはお年寄りやハンディキャップのある人には冷たい構造ですわね。
トイレ行くにもいちいち階段を上り下りせにゃならんし、そこらじゅう段差や階段だらけだし。

あへあへいいながらなんとかトイレを済ませて席に戻ると、お友達とばったり。
午前中に今日観に行くかどうかのメールを送ってきてくれていたそうなのですが、うっかりチェックするのを忘れておりました。
許せ。

ちょうどよく隣の席が空いていたので、お友達と並んで鑑賞。
フィルムセンター所蔵フィルムによる上映でした。
いつの間に収蔵していたのか。
2002年に初めて観たときにはあせあせぼろぼろのプリントでしたが(全てがオレンジ色の世界)、CS放映以後はきれいなプリントで観られるようになり、うれしい限り。

もう何べんも観ているはずなのに、未だにチェックしていなかった事項が多くて、今回それらを再チェック。

澳門の王千里(王引)のお家は、美珊枝街にあるのね。
でも、55号なんていう住居表示はあるのか?
とりあえず、こんど澳門に行ったら探してみましょう。

呉麗紅(尤敏)が住んでいるアパートは、手前の門の所に「○○台」と書いてあって、「○○テラス」といった類いの地名なのかしらん、と思いましたが、よくわかりませんでした。
近くに教会があるので、やはり次回香港に行ったら、それらしい地形のところを捜索してみます。

麗紅の勤める薬局は、今も実在する安康寧藥房。
これも香港での宿題ね。

鑑賞後、4時のおやつにふぐ料理を食べに行くというお友達と別れ、1人帰途に。
宝町駅の改札に降りる長い長い階段でけつまづいて転倒、危うく2度目の骨折をするところでした。
都営地下鉄も、もう少しバリアーフリー率が高ければよいのになあと思いますです。

そこで、今回の反省。

フィルムセンターで映画を観るのは、松葉杖使用者にとってかなり障害の多いことがわかったので、以後、完治するまで観に行くのは我慢することにします。

身体で学習しました。

2007年1月26日金曜日

一生分のスピッツ

〔しようもない日常〕

いらっしゃ~い!(桂三枝風に)

こんにちわ。
おかげさまで、折れた骨がくっついてきました。
といっても、まだまだ完全ではないので、当分の間、松葉杖生活が続きそうです。

さて。

骨折以来、初めて映画館へ行ってきました。
ユーロスペースでのレイトショー、『海でのはなし』。

まず映画の前に同行の知人・Kさん(こちらこちらの日記にも登場した台湾系華僑の方)と、映画館近くにある台湾料理屋へ。
「台湾料理」といいながら従業員のほぼ全員が大陸の方というありがちな店でしたが、これも骨折以来ひさびさとなる台湾ビールや紹興酒をぐびぐび。
つまみはお約束の香腸など。
Kさんも暮れに虫垂炎を患っていたので、彼女にとってもひさびさのお酒となりました。

ホール係のねーちゃんの巻き舌のきつい國語(ほぼ全てアール化)を聞いたKさん、それが國語だとはまるでわからなかったらしく、

「ねーねー、あれ、何語?」

と尋ねてくるので、

「國語だよ。巻き舌がきつ過ぎて、何言ってるのかさっぱりわかんないけど」

と返答、しばらく耳を澄ませた結果、Kさんもようやく國語だと気付いたらしく、

「ああ、ほんとだ」

と納得しておりました。

ある意味、台湾國語とは対極の國語でしょうなあ、あれは。

そして、映画。

「はじめにスピッツありき」の映画だということはわかっていたものの、はっきり言って、

うるせーよ!音楽!

無理やり音楽をはめ込むんじゃねーよ!

もう一生スピッツは聴かないでいいな。
お腹いっぱい。

あおいちゃんがCDウォークマンで『ロビンソン』を聴く迷場面(一応、あれがクライマックスなのか?)は、molmotさんのブログで読んで既に知っていたので、思わず、

ロビンソン キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!

とほくそえんでしまいますた。

それから、「しがない非常勤講師」のくせに個人研究室を持ち、両親にも相応の仕送りをしている西島さん演じる博士、

お前はどうみても専任講師にしか見えんぞ!(百歩譲って助手)

とまあ、ここまでくさしておきながらなぜこの映画を観たのかといえば、あおいちゃんの母親役でとんちゃん(毬谷友子)が出ていたから。
とんちゃん、母親役をやる年になったのねえ。
でも、相変らずとんちゃんはとんちゃんでした。

(おしまい)

付記:館内で購入したブックレットに載っていたとんちゃんのプロフィール、出演映画が『夢二』だけだったけど、『東京上空いらっしゃいませ』は彼女の中では封印作品になっているのだろうか。・・・・なにゆえに。

2007年1月20日土曜日

おしりのでんぼ

〔しようもない日常〕

これは中扉。


先ほど、テレ東のドラマ『李香蘭』のメイキングを観ましたが、製作発表記者会見での山口淑子と上戸彩のやりとりは、まるで、

女学校の校長先生と新入生

のようでしたわ。

どんなドラマになることやら・・・・。

さて。

足がこんな調子ゆえ仕事の用事以外は外出しないようにしているので、その鬱憤晴らし(?)にネットでのお買い物に励んでおります。
そんな中、購入したのがこちらの1冊、『社長洋行記(三紳士艶遇)』のノベライズ本ざます。

装幀は、岡村夫二。


ついでながら
DVD
、好評発売中!


著者は、映画の脚本を執筆した笠原良三。
奥付を見ると、

昭和37年6月20日印刷
昭和37年6月25日発行

とあります。
映画『社長洋行記』の正編が同年4月29日、続編が6月1日に公開されたところから見て、続編の公開を待って出版されたもののようです。
この手の映画のノベライズが日本ではいつ頃から始まったのか、浅学にしてわからないのですが、少なくともこの頃(今から45年前)には既に行われていたのですね。

ふーむ。

東京で中華料理店「香港亭」、香港で日本料理店「東京亭」を
営む悦子が英之助(社長)と一緒にスターフェリーに乗って
九龍半島から香港島に渡るさいの台詞。
映画で悦子を演じた新珠三千代は「クーロン」と言ってましたが、
ノベライズでは「カウルーン」と英語読みを採用。


英之助(森繁久彌)率いる桜堂製薬の看板商品
「サクランパス」のライバル商品である「椿パスター」が、
なぜか「パスター」になるという大誤植。


ちなみに、ノベライズの中で尤敏演じる柳秀敏は、

りすのように美しいチャーミングな目を持った女性

と描写されていました。

りすですか?
しかし、
そもそもりすの目って美しいのか?


貸本屋から流れてきたらしく、こんな印記が。


さらに、衝撃の落書きを発見!

おしりのでんぼ(=おしりのおでき)

って、このイラストに従えば、

いぼ○のこと

なんですかー!?

かつて香港にもあったね、このネオン


借りた本に落書きするのはやめましょう。

付記:このノベライズ版『社長洋行記』、昭和43年(1968)春陽堂から文庫版で再発されますが、そちらは未入手です。

2007年1月17日水曜日

十萬青年十萬軍 (The Commander Underground)

〔えいが〕

いつも通り(?)、切れてます。

1967年、台湾(國聯)。李翰祥監督。楊群、朱牧、洪波、劉維斌、伍秀芳主演。

またまたご無沙汰しております。
まずは、足のご報告なんぞを。

脛に開けた穴は無事塞がり、包帯も取れました。

が。

折れた骨はまだくっつきません。

気長に待つしかなさそうね・・・・(とほほ)。

では本題。

國聯製作の抗日映画。
日中戦争時における重慶特務(楊群、他)と日本軍(朱牧、他)との息詰まる攻防を描いた作品です(別題:『地下司令』)。
タイトルの『十萬青年十萬軍』は、1944年、蒋介石が中国の知識青年に向けて抗日戦への従軍を呼びかけたさいのスローガン「一寸山河一寸血、十萬青年十萬軍」からきていますが、作品の内容から考えるとむしろ別題である『地下司令』の方がしっくりくると思います。

基本的に神経戦中心のスパイ物なので、派手なドンパチはなし。
日本軍幹部をお色気で手玉に取るスパイも出てきますが、大してサービスカットもないので(入浴シーンぐらいか?)、そちら方面のお楽しみ(?)もございません。

で、結果的には当たり前のことながら重慶特務の勝利!に終わるのですが、この後いきなり爆竹がバンバン炸裂して抗日戦もおしまいになる、という展開は、かなり唐突。
ありがたいことに、

侵略者は必ず滅びる

というお説教まで垂れて、あっけなく劇終。

もう悪さはしません。

登場人物の中でちょいと気になったのが、この方↓。


日本軍将校・林中尉と言いながら、実は重慶特務なのですが、林という苗字から見てやっぱり台湾籍の抗日青年なのかなあ、と思ったのですけれど、その辺りの説明はいっさいなし。
なんかようわかりませんでした。

抗日映画名物(?)の、

ちょび髭


あやしい和服


とほほな日本語

は、ここでも健在でしたが、日本軍の皆さんは、

おしなべてスケベ

ではあるものの、

必ずしも極悪非道ではありません

でした。

てなわけで、以下、例によって関連情報。

こんなの作って何になるのかと思ったのが、伊賀忍者屋敷も真っ青の重慶特務屋敷。
水洗トイレのタンクが、あら不思議、






隠し扉に早変わり!

でも、トイレの水はどうやって流すんだ?
タンクが偽物なのにさ・・・・。

本作の監督は李翰祥になっていましたが、


もう1人、


洪波が「執行導演」を務めておりました。

『菟絲花』もそうだったけれど、李翰祥が途中まで撮って投げ出しちゃったということなのでしょうかねえ。
これもようわからん。

2007年1月5日金曜日

菟絲花 (Dodder Flower)

〔えいが〕

タイトル、切れてますしー!

1965年、台湾(國聯)。張曾澤監督。汪玲、楊群、朱牧、李湄主演。

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
足は治りませんが、そこそこ元気に生きております。
ささやかですが、新年のプレゼントをどうぞ。

さて、新年1発目は暮れから持ち越しになっていた國聯作品。
瓊瑤作品の映画化です。
例によって、超大ざっぱなストーリーは下記の通り。

高雄に住む少女・憶湄(汪玲)は、母の死後、その遺言に従って台北に住む羅教授(朱牧)の家に引き取られます。
羅教授には精神に異常をきたした夫人(李湄)と2人の子供がいました。
羅教授の家に下宿する教授の教え子・中枬(楊群)は彼女の家庭教師となり、2人はやがて恋に落ちるのでした。
しかし、羅教授の息子・皓皓(劉維斌)は憶湄を愛しており、また、教授の娘である皚皚(艾黎)も中枬のことを慕っていました。
皓皓は自分と憶湄が交際することを固く禁じる父親に対し、教授こそ憶湄のことを愛しているのだと父を詰りますが、中枬は憶湄の実の父親は教授なのではないかと疑い始めるのでした・・・・。

『婉君表妹』『唖女情深』『煙雨濛濛』と共に、瓊瑤小説の映画化の最初期の作品の1つです。
タイトルの「菟絲花」とは寄生植物である「ネナシカズラの花」のことで、男性に頼らなければ生きていけないか弱い女性、ここでは特に羅夫人のことを暗示しています。
脚本は、皓皓を演じた劉維斌(昨年亡くなりました)が執筆しています。

「美しい孤児が引き取られてきたことによって起こる、ある家族の悲劇」というパターンは、『婉君表妹』とほぼ同じですが、ラストに明かされる羅家の血の秘密はというと・・・・(以下、完全にネタバレ)。

1938年、裕福な資産家の息子だった羅教授(当時は教授じゃないけどさ)は、大学を卒業後、地質学の研究のために赴いた貴州省の湄潭(当然ながら〔?〕外省人のお話)で美しい女性と巡り合い結婚します。
2人の間には皓皓という男の子が生まれますが、羅教授は妻が妹のように可愛がっていた娘とも関係を結び、やがて彼女も教授の子を身ごもるのでした。
教授は正直に全てを話せば妻も許してくれると思い妻に打ち明けるものの、妻は夫の子を身ごもった娘のことを激しく詰り、それが原因で娘は精神に異常をきたしてしまいます。
その後、娘は女の子を出産、皚皚と名付けられます。
一方、教授のもとを去った妻も女の子を生みますが、その子こそ憶湄であり、つまり皓皓と憶湄は実の兄妹だったのでした。
国共内戦の中で台湾へ渡った羅教授は、ある日、住所の書かれていない1通の手紙を受け取ります。
それはかつての妻からのものでした(どうやって住所を調べたんだか)。
妻も台湾にいることを知った教授はその行方を捜し求めますが、果たせずにいた時、ちょうどそこへ現われたのが我が子・憶湄だったのでした・・・・。

なんのこたーない、よーするに、教授の

さまよえる下半身

が招いた、言ってみれば、

身から出たサビ

なお話なんですけど、

子供はいい迷惑だよ!

それでも、そんなお父ちゃんを最後には許す憶湄の姿を見ていると、女の不義密通はご法度だけれど男のそれは全然OKという、男にとって都合のいいゆるーい倫理観が透けて見えてしまい・・・・なんだかなあ。
だいたい、「正直に話せば妻は許してくれるだろう」って、お前、いくらなんでも

おめでたすぎるよ!

ネタバレついでにもう1つ加えておくと、教授の色ざんげの後、一部始終を盗み聞きしてしまった羅夫人(皚皚のお母さんね)は、菟絲花の絡みついた樹木で首を括って死んじまうのでありました。

憶湄、そんなお父ちゃん許すんじゃないぞ!

ということで、以下は関連情報。

本作の監督は張曾澤ですが、

「執行導演」とあります。

李翰祥にも、

「導演」の肩書きがついていました。

ストーリーのほとんどが羅家の屋敷の中で展開するかなり閉じたお話なので、高雄や台北が舞台なのにロケ撮影はほとんどなし。
せいぜい高雄の国民学校や駅のホーム、そして

台北駅が出てくるのみ。

羅教授は台大の先生らしく、お住まいは

羅斯福路三段357巷55号。

でも、邸内のシーンは別の場所で撮っているようでありました。

2006年12月28日木曜日

ドレーン!ベン!

〔しようもない日常〕

エレーン(Elaine)だよ。

昨日は樂蒂の祥月命日でした。
明日は尤敏の祥月命日です。

引き続き、経過報告。

先週いっぱい、毎日病院に通った結果、週末にドレーンは取れました。
ほんとなら先週は台北で阿妹のミュージカル(『愛上卡門』)を観ているはずだったのですけれど、あえなくキャンセル。
チケットの支払いだけが残りました・・・・。

脛に開けた穴は消毒しながら塞がるのを待つことになり、折れた骨もどうにかズレが止まって、あとは気長に骨が繋がるのを待つ、という、二重の「待ち」で完治まで過ごすことになりました。
下手をすればお正月にも通院して消毒、という事態だったのですが、これも自宅で消毒すればOKということで、お正月は呑気に寝て過ごすことにしますわ、はい。

ではでは、良いお年を。

最近の足。紫色&むくみ放題。
せんきちの足はむらさき。
(『長崎の夜はむらさき』のメロディーでどうぞ)


こんなお薬も塗り塗りしております。

おまけ:骨折したばかりの頃、なぜか思い出したのが今何かと話題の石原「青汁」真理子が腰椎骨折したときのこと。
例の暴露本の記述を信じると、あれ、実は当時お付き合いしていた方のDVが原因だったらしいんですが、先だって香港のお友達から送っていただいた顧媚の回顧録によれば、王羽の林翠に対するDVもそーとー酷かったみたいっす。

こちらの本

王羽といえば、「車の停め方が気に入らない」と岳華に難癖つけて大乱闘になった話が佩佩さんの本(『戯非戯』)に出てきますけれど、奥さんにも始終難癖つけてたんですね。
夫の暴力に耐えかねた林翠が別れ話を切り出すとさらなる鉄拳制裁!という、お定まりのパターンだったようで。

くわばらくわばら。

2006年12月20日水曜日

ケツを出せ!

〔しようもない日常〕

ミイラ。

いつの間にやら闘病ブログになってますが、とりあえず近況報告。

脛の腫れが引かないので中に溜まった血液を抜くことになり、局部麻酔をして患部に穴を開け、汚れた血をドピューッと出しましたが、それでもまだ溜まっているので穴にドレーンを挿入、毎日消毒をしながら経過を観察中です。

で。

折れた骨の方は、再度レントゲンを撮ってみたところ、折れた部分が

ずれてきてました。

やばい・・・・。

完治までには2~3ヶ月かかりそうです(お医者さんの弁)。

さて。

怪我の話ばかりするのも何なので、ちょっとだけ橘ますみたんネタを。

『極悪坊主』のフランス盤DVDがあったので購入してみますた。

リージョン2なれどPAL盤。

フランス語タイトルは、"Le moine sacrilege"。
「冒涜修道士」ぐらいの意味みたいっす(ほぼ直訳?)。

ますみたんは「おぼこい女郎さん」というお約束の役どころで、これという見どころはなし。
おまけに若山富三郎を争う女2人が京唄子と白木マリという胸焼け必至の組み合わせで、加えて「鼠の刺身を食べさせられる名和さん」というさらに胸焼け必至のギャグがあったりと、高い金払って買ったわりには報われなかった映画でおましたが、ま、「観たよ」ということで無理やり自己満足して終了。

特典映像の中に同じ会社からリリースされてる別作品の予告が収録されていましたが、『0課の女 赤い手錠』や『女囚701号 さそり』はともかく、『上海ブルース(上海之夜)』や『0061 北京より愛をこめて!? (國産凌凌漆)』まで入っていました。

アジアは友だち。

2006年12月16日土曜日

これでも貼ってな!

〔しようもない日常〕

というわけで、骨折から約2週間の歳月が流れました。
折れたのは足の甲の骨(中足骨というそうです)なのですが、ついでに脛も強打、巨大なたんこぶができてしまい、一向に腫れと痛みが引きません。
今はただ、

主治医の先生の言うことを聞いて、


こまめに湿布を取り替えつつ、
おとなしく過ごしております。


以上、近況報告でした。

おまけ:麥兜の新しいサイト

2006年12月8日金曜日

折れましておめでとうございます

〔しようもない日常〕

わたしの骨折映画
そして骨折と言えば、
忘れてならないのがこの人


ごぶさたしております。
台湾の友人、昨日無事に帰国いたしました。

そして。

不肖せんきち、恥ずかしながら12月3日(日曜日)自宅階段にて転倒、着地に失敗して

右足を骨折

いたしました。


てなわけで、いろいろ書きたいネタもあるのですけれど(「勝手に國聯特集」をやろうと思い、國聯作品のVCDを大量購入した矢先でした)、それはまたもう少し容態が落ち着いてからにいたしたく存じます。

こう書いている間にも、右足が疼きます。
とほほ・・・・。

あしからず、ご了承下さい。

2006年11月23日木曜日

アフリカの熱帯雨林で迷走中

〔しようもない日常〕

訳あって、『ただ、君を愛してる』を鑑賞。
あまりに予想通りのオチに、お口あんぐり。
宮﨑あおいも二度死ぬ。

風邪も癒えてきたので、そろそろ再開しようかと思っていた矢先、台湾の友人が来日、接待というほどのこともないのですけれど、今朝も電話で指令を受けてパソコンの前で検索作業に専念しておりました。
てなわけで、通常通りの更新はもう少し先になりそうです。

今日は情報を2つ。

1つめ。

ただいま、台湾で「慶祝台語電影五十週年 戯夢五十」という台湾語映画の特集上映が開催されています。
1956年、何基明監督による最初の35ミリ台湾語長編映画『薛平貴與王寶釧』が上映されてから今年でちょうど50年になることを記念しての催しです。

何基明監督について、くわしくは
こちらをお読み下さい。


台湾語映画というと、日本人監督が招かれて作品を撮ったことでも知られていますが、今回の特集上映ではその中から湯浅浪男監督の『懐念的人』(1967)が取り上げられています。

2つめ。

来年、1月5日(金)から2月4日(日)までフィルムセンター大ホールで開催される「日本映画史横断② 歌謡・ミュージカル映画名作選」にて、『香港の夜(香港之夜)』が上映されます。
不肖せんきち、この映画がまさか「歌謡映画」だとは思ってもみなかったので、全くのノーチェック、昨日友人から教えてもらってようやく知った次第です。

おはづかしい・・・・。

上映スケジュールは下記の通り。

1月12日(金)15:00~、 1月28日(日)13:00~

12日はお仕事で観に行けませんが、28日には馳せ参じようと思います。

2006年11月17日金曜日

『博奕打ち』DVDリリース

〔橘ますみ〕


まだ風邪が癒えていないのですけれど、「誰も書かなきゃオレが書く!」の橘ますみたんネタ。

来たる21日、「博奕打ち」シリーズ第1作にして橘ますみたんの記念すべき映画デビュー作『博奕打ち』のDVDがリリースになるざます。

本作でのますみたんは飛田の女郎役。
桜町弘子の妹分ですが、2人まとめて上海に売られちゃいます。

鶴田浩二のお気に入りだったますみたんは、後にシリーズ第3作『博奕打ち 不死身の勝負』でヒロイン役も演じているんですけれど、せんきち個人の好みとしては第1作のますみたんの方がおきゃんで好きです。

とりいそぎ、お知らせまで。

2006年11月13日月曜日

再び中休み:来る者、去る者

〔しようもない日常〕


ご無沙汰しております。
ここ数日の冷え込みのせいで、風邪を引きますた。
だもんで、再び中休みに突入でおます。
小ネタをちょっとだけ。

1、こんにちわ

東洋の貴婦人「ペニンシュラ」を東京に 香港上海ホテルズCOO ピーター・C・ボーラーさん(53歳)

先々週の土曜日、『朝日新聞』朝刊「be business」に掲載された記事でおますが、ペニンシュラ東京が建つ場所って、旧の日比谷パークビル、つまり、日活国際会館のあった場所なのですねえ。

1955年、『東京‐香港 蜜月旅行』の日本ロケ(のついでに、『菊子姑娘』なんかの日本ロケもこなしたらしいけど)のため林黛や厳俊等が来日したさい、ちょうど別の映画の日本ロケ(おそらく新華の映画じゃないかと思いますが、作品名は不詳)で来日していた王引や高寶樹等と合流、日活国際会館前で写した集合写真が『東京‐香港 蜜月旅行』香港公開時の特刊に掲載されています。

『東京‐香港 蜜月旅行』は國際(正確には衛星会社である國泰)と松竹の合作、そして新華作品はおそらく東宝がイッチョカミしているであろう点から見て、そのどちらにも日活はノータッチなのですが、滞在先には国際会館階上にあった日活ホテルを利用していた、ということなのでしょうか。

いずれにせよ、その後その土地に香港随一のホテルであるペニンシュラが進出することになろうとは、林黛や厳俊、王引等は思いもしなかったに違いありません。

土地に歴史あり。

2、さようなら

香港のスターフェリー、埠頭が移転

昨日の朝のNHKニュースでもやってましたが、中環天星碼頭というと思い出すのが『香車美人』で葛蘭と張揚が待ち合わせをするシーン。
この映画でも観ながら往時の中環天星碼頭でも偲ぼうと思っていたら、誰かに貸したまま返って来ていないのかVCDが見当たりません。

(業務連絡:せんきちから『香車美人』のVCDを借りた方、大至急メールを下さい)

仕方なく(でもないけど)、次善の策として『東京ギャング対香港ギャング』のビデオを引っ張り出してきて鑑賞。
この映画は、高倉健と内田良平を乗せたスターフェリーが中環に着くところから始まります。

というわけで、風邪が治るまでしばしのご猶予を。

付記:日比谷パークビルと言えばアメリカン・ファーマシー。が、ここってトモズと同系列だったのね。知らなんだ。

2006年11月8日水曜日

中休み:越後のもみぢ

〔しようもない日常〕

クマったなあ。

今日はちょいと中休み。
週末、母の郷里(新潟・南魚沼)へ行ってきたので、そのお写真でも。

里の方はまだでしたが、山の方は紅葉がたけなわ。
越後の短い秋を満喫いたしました。
この後、長い雪の季節に入る・・・・はずなのですが、今年はいつまでも暖かいので、雪が降り始めるのは例年よりも遅くなることでしょう。

母の実家近辺。
田んぼしかありません。


とあるダム湖の奥に位置する渓谷を散策。
落石覚悟で奥へと分け入ると、紅葉と滝が眼前に。


青い空、白い雲、薄の穂、そして紅葉。


淋しき停車場。


散策後は、山間の温泉宿に荷を解きました。

温泉のある村は、祖父(父方)の故郷。
祖父は昭和12年(1937)に中国で戦死しましたが、土しか帰ってこなかったそうです。
日中戦争が勃発した昭和12年の時点で既にお骨が帰ってこなかったというのは驚きという他ありませんが、おじいちゃんは文字通り「中国の土」になったのでした。

どこに眠っているのやら。

2006年11月3日金曜日

アフリカの熱帯雨林にゐました (その弐)

〔しようもない日常〕

日光に空港はありません(ロケ地:新宿)。

台湾から友人がやって来るというので、「温泉に行きたい」という彼女のため情報収集にせっせと励んでいたら、「ここもいいわ」「あら、ここも捨てがたいわね」と迷い始めて袋小路に。
たかが温泉宿1軒探すのに、へとへとになっております。

では続き。

10月26日(木)

『八月的故事(八月的故事)』
2006年、香港。麥婉欣監督。田原、藤岡竜雄、張詠恩主演。

香港電台製作のテレビ用作品(30分枠)の拡大版(62分)。
テレビで放映された分は、こちらで観ることが出来ます。
せんきち的には王菲の『紅豆』に尽きるかな、これ。
後ほど30分の方も観て、どこがどう増えているのかを確認してみようと思いますけど、大人になってからの3人というのは蛇足の感あり。
ディーン・セキ、じゃなくて、ディーン藤岡(なんだかデューク東郷のぱっちもんみたいだ)は、杭州から修業にやって来た青年で、ゆえに広東語がちょっとおかしいという設定になってましたが、北京語もけっこう癖があるので、ま、杭州あたりが妥当な線でしょう。
田原の広東語が変なのは、あれは、どういう原因になってたんでしょうか。
田原の稼ぎの悪いお父ちゃん役で葛民輝が出てました(プロデュースも)。

(於:TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン1)

『父子(父子)』
2006年、香港。譚家明監督。郭富城、楊采妮主演。

父子共依存映画。
ろくでなしのお父ちゃんにどこまでもついて行く哀れな息子は、きっと「僕がしっかりしなくちゃ。お父ちゃんが仕事をするようになれば、きっとお母ちゃんも帰ってきてくれる」とけなげに思ったんでしょうけれど、一緒にいたら駄目になって行くだけの関係なんだよ、あんたたちは。
さすがに耐えられなくなって家出したお母ちゃんの許を訪ねていくと、お母ちゃんは別の男(アーロン二役。なんだかんだいっても、似たような男を好きになるってことなんだろか)と再婚してお腹にはその男との子供が。
おまけに甘えて泣く息子に向かって、お母ちゃんは「お腹に子供がいるから」と最後通告。
終盤、息子がお父ちゃんに向かって言う「ママは僕を捨てたんじゃない。パパを捨てたんだ」という台詞は、自分に言い聞かせるためのものだったんでしょう。

私の父親もこのお父ちゃんと似たようなもんで(泥棒しろとは言われなかったが)、ろくでなしの大バカ男でしたが(まだ生きているので父子バトルは現在進行形)、それだけにあのオチには釈然としないものが残りました。
あれじゃ息子が可哀相過ぎるし、言っちゃあなんだがああいう人間は根っこまで腐ってるから、どこまで行っても更生することなんかないと思うよ(多分にうちの親父を基準に考えております)。
それでも父親の姿を見届けたい息子の気持ちは、徳光さんに聞いてみないとわかんないなあ。

いつもながら場末臭プンプン(褒めてるのよ)の秦海璐と、映画初出演ながらどこにでもいるふつーのオバサンをごく自然に演じていた許茹芸といった脇役陣が印象に残りました。
特に許茹芸なんか、ティーチインのときにわざわざ「自分は台湾の歌手で」とか自己紹介してたよ。
知らない人が観てマレーシアのおばさん華人女優と思われるのを恐れたんだろうか。

どうにもやりきれない映画ではありましたが、映像はものごっつう綺麗でした。
余計やりきれないな。

(於:シアターコクーン)

(つづく)

2006年10月30日月曜日

アフリカの熱帯雨林にゐました (その壱)

〔しようもない日常〕

止まって下さい。

お久しぶりです。
誰からも呼ばれていませんが、しつこく帰ってきました。

いつもはヒマーなお仕事がこの時期に限って忙しくなり、その上東京国際映画祭見物も重なり・・・・で、ちいとばかしごぶさたしてしまいますた。
というわけで、まずは在庫一掃とばかり、東京国際映画祭で見物した映画のメモでも。

10月25日(水)

お仕事の関係で映画祭参戦が遅れに遅れ、週も半ばになってからようやく参戦。
この日は昼間に1本観てから一旦帰宅して仕事の続き&夕食の支度を済ませ、その後もう1度外出して2本観ました。

『アリスの鏡(愛麗絲的鏡子)』
2005年、台湾。姚宏易監督。 謝欣穎、歐陽靖、段鈞豪主演。

女の子同士(曉鏡と阿咪)のカップルに1人の男(小豪)が介在することにより、2人の関係に亀裂が生じ始めるんですけど、阿咪が小豪のことを好きになったために曉鏡が嫉妬しているのかと思いきや、実は小豪は曉鏡の元カレ(カレだよ、カレ!)でしかも今でも未練たっぷりということがわかった時点であっしの頭は大混乱。

あんたら、ゲイなのか、バイなのか、それとも彼氏がいない間の場繋ぎに女の子と付き合ってみましたー!なノンケなのか、一体全体何者なのさ?

まあ、百歩譲ってバイだったとしても、たった1人の男のせいでこんなにもあっけなく関係が壊れてしまう女同士の絆って何なんでしょう。

斎藤綾子でも読んで、出直して下さい。

(於:TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン2)

『I'll Call You(得閒飲茶)』
2006年、香港。林子聰監督。 方力申、梁慧嘉主演。

タカビーわがままギャルともてない君のカップルがすったもんだの末、別れてからようやくお互いの大切さに気付くもののなかなか本心を言い出せず・・・・といったお話ですが、もてない君とその親友たちの(男3人の)濃密な関係を見ていると後半の林家棟の台詞じゃないけれど、やっぱりこれなら彼女なんて必要ないよなあと思い、ひょっとして、これは隠れたゲイ映画なのでは?などとも思ってしまいますた。

(於:TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン2)

『永遠の夏(盛夏光年)』
2006年、台湾。陳正道監督。張孝全、張睿家、楊淇主演。

男同士の絆に女性が介在してそこからストーリーが展開するというパターンは『アリスの鏡』と似てなくもないけれど、こちらは幼馴染の親友の片方(正行)が片方(守恆)に片思いして、その片思いしている男の子(正行)に女の子(惠嘉)が恋をするものの彼の秘密を知ってしまい、で、思われている方の男の子(守恆)は女の子(惠嘉)のことを好きになって2人は大学入学後に付き合い始める・・・・という比較的受け入れやすい流れ(ありがちといえばありがちですが)。

ただ、守恆が正行とベッドを共にしながらそれでもなお「お前は俺の1番の親友だ!」と言い続けるその姿には、かなりの違和感が・・・・。
守恆の方がイニシアチブ握っていたにも関わらず、だよん。
親友を失いたくないという思いはわかるんですが、でも、そこまでやるか、おい?

正行の秘密を知りながらも彼を見守り、その後彼に対する罪の意識を抱きつつ守恆と付き合う惠嘉が男2人よりも魅力的でした。

(於:TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン5)

(つづく)

2006年10月22日日曜日

茶呑み話のつれづれに

〔ちょっとお耳に〕


今日は他愛のない雑談ネタでも。

1、ひばり in 台湾

昨晩(21日)、テレ朝で放映された美空ひばりのスペシャル番組において、ひばり(雲雀)の台湾公演(1965年)に関するエピソードを取り上げていましたが、わたくしが美空ひばりが台湾でも公演を行っていたことを知ったのは今から17年前のこと。
彼女の死後刊行された写真集の中に国賓大飯店のバルコニーから手を振るひばりの写真が掲載されており、「へえ、ひばりって、台湾でも公演をしていんだ」と思ったのでした。
その後歳月は流れて2004年、台湾の超太っ腹デジタルアーカイブ「國家文化資料庫」で尤敏の資料を漁っていたわたくしは、ふと、「あ、そういえば、ひばりも台湾公演していたんだよな。それならここにも何か資料があるだろう」と思い、「美空雲雀」で検索したところ(UTF-8なので日本語入力でOK)、そこには台湾公演のさい松山空港に降り立ったひばりの映像が残されていました。
テレビでは「日本初公開」と銘打って放映されたこの映像、ネット上ではいつでも閲覧することができます。
見逃した方は、ぜひ國家文化資料庫にアクセスの上、美空雲雀で検索してこの貴重な映像をご覧になってみて下さい。

ところで。

昨年の東京国際映画祭で上映された台湾映画『月光の下、我思う(月光下、我記得)』では、日本語世代の母親(楊貴媚)が美空ひばり好きという設定になっていましたが、残念ながら著作権のこともあってひばり自身の歌声が流れることはありませんでした。
そのとき監督(林正盛)に伺ったところによると、やはり「お金の問題」が一番ネックになったとのこと。
パチンコもいいけど、こういう映画で曲を使わせてあげる方がもっと効果的だと思うんだけどねえ。

2、渡鬼は続くよどこまでも

「岡倉のお父さん」藤岡琢也さんが死去

この日は奇しくも坂口安吾生誕100年の日。
なにゆえに安吾かといえば、坂口の夫人・三千代さんの手記『クラクラ日記』のドラマ化作品(TBS。毎週水曜21:30~22:30〔水曜劇場〕。1968/1/31 ~ 1968/4/24。13回)で安吾を演じたのが藤岡琢也だったからなのです。
三千代夫人を演じた若尾文子はともかく、藤岡琢也の安吾というのはちょっと想像がつきません。
今年は生誕100年ということで「坂口安吾映画祭」(っても、5本きりなんだけど)も開催されているようですけど、せっかくの機会なのですからこのドラマの映像でも発掘上映してほしかったところです。

ジャズ好きだった藤岡さんがかつて(25年ほど前)司会をしていた月いち番組(土曜深夜) 『ミッドナイト・ジャズ』も好きでした。

とにもかくにも合掌。

それでも渡鬼は続く。

3、いろいろあります

17日の記事で取り上げた台湾歴史博物館の映像資料
よくよく調べてみたら、記録映画だけでなく、劇映画やアニメもありました。
わかった範囲でメモしておきます。

『海底王』=『海底王キートン』
『生活之歌』=『動物となり組
『生活之歌』(全八第一~第八)=『生活の歓び
『砂煙り高田のグラウンド』=『砂煙高田のグランド
『森のお醫者と白衣の勇士』=『森とお医者と白衣の勇士
『第二出發』(全八第一、第六~第八)=『第二の出発
『明サ行く純愛の一夜』=『明け行く純愛の一夜

『明サ行く純愛の一夜』ではカタカナの「サ」とひらがなの「け」を間違って用いていますが、日本語のわかる人ならこれでは意味が通じなくなるとすぐに気付くはず。
ひょっとして、デジタル化に関わるスタッフの中に日本語を解する人がいないのではないかという、一抹の不安が・・・・。

4、花と竜
これも少し前、1日の記事で『純情きらリ』のオチに対して、「どうせなら、(あおいちゃんが)ピン子にのりうつってほしかったよ」と書いたことに関する捕捉。
わたくしがこう書いたのも、あながち根拠のない話ではございません。

『純情きらリ』は、音楽家を目指しながらも時代に翻弄され夢かなわず若くして亡くなったある女性の一生を通じて、

意味のない人生なんてない。

ということを訴えようとした作品でしたが、これって実は『純情きらリ』の前にやはり浅野妙子脚本・宮﨑あおい主演で放映されたドラマ、『ちょっと待って、神様』の平凡な主婦・竜子(泉ピン子)の姿を通して既に提示されていたテーマなのであります。
天国へ行った桜子がみんなを見守っているというラストも、『ちょっと待って、神様』で秋日子(宮﨑あおい)が「きっとおばさん(竜子)が見守っていてくれる」と、竜子の存在を感じるラストを想起させるものでしたし。

そう考えながら改めて『純情きらり』の桜子を観察してみると、桜子ちゃんって、なんだか秋日子の身体を借りた竜子のキャラに似ています。

いつも前向きで、ひたむきで、ちょっぴり(かなり?)おせっかいで、自分のことよりも家族のことばかり考えている。

宮﨑あおいは、この後再来年の大河ドラマ『篤姫』で主役を張りますが、このドラマの脚本もてっきり浅野妙子が書くものだと思い込んでいた不肖せんきち、二度あることは三度あるとばかり、

意味のない人生などないのじゃ。BY:篤姫(はあと)

のようなオチにならないようにしてもらいたいもんだ、と危惧していたら、何のこたあない、これは別の方(田淵久美子)が書くんですね。
でも、放送前情報に、


大河ドラマ「篤姫」は、時代に翻弄されながらも、自らの運命を前向きにとらえ力強く生き抜いた“薩摩おごじょ”の一生


とあるからには、やっぱり『純情きらり』の延長線上に位置するドラマになりそうな予感。
これじゃまるで、『ちょっと待って、神様』→『純情きらり』→『篤姫』と、

宮﨑あおいの成長小説

を見せられているような気分ですわ。

和宮との嫁姑バトルはあるのか?

2006年10月19日木曜日

心有千千結 (The Heart With A Million Knots)

〔えいが〕

互いに反発しながらも惹かれあう2人なのでありました。

1973年、台湾(大衆)。李行監督。甄珍、秦祥林、葛香亭主演。

遅ればせながら、「侯孝賢映画祭」勝手に協賛企画。
侯監督が監督として一人立ちする以前の作品を取り上げてみますた。
一応、手持ちのソフトが何本かあったのですが、有力候補は「甄珍&秦祥林」もしくは「林鳳嬌&鍾鎮濤」の組み合わせで、せんきち的には「林鳳嬌よりも甄珍の方が好き」だったのと、どうせなら最初期の作品にした方がよかろうとも思い、この作品に決定いたしました(男優はハナから無視)。

本作では記録を担当。

でもせっかくですので、他の作品のクレジットだけでもご覧下さい。

『悲之秋』(助監督)。
王童が芸術指導。

『早安台北』(脚本)。

『天涼好個秋』(脚本)。

同上(助監督)。

本作は瓊瑤作品の映画化です。
超おおざっぱなストーリーは下記の通り。

看護婦の江雨薇(甄珍)は、気難しく癇癪持ちの孤独な富豪・耿克毅(葛香亭)の担当となりますが、誠意を以て患者に接する雨薇を耿は気に入り、自分の専属看護婦として自宅に招きいれます。
耿には3人の息子がいましたが、長男と次男は父の財産をあてにするだけで父子の間には諍いが耐えませんでした。
一方、三男の若塵(秦祥林)は正妻の子ではなく、耿と彼の秘書との間に生まれた息子でした。
秘書は息子の将来を考えて我が子を耿に託して自分は身を引き、若塵は耿の家で育てられるものの、家族の仲はうまくいきませんでした。
ある日、耿に結婚を反対された若塵は出奔、それっきり消息を絶ってしまいます。
3人の息子の中で若塵を最も気にかけていた耿は、何とかして若塵に戻ってきて欲しいと願っていましたが、雨薇の尽力によってようやくそれが適い、父子は再び共に暮らし始めます。
が、これに不満を持つ長男と次男が何かと干渉するようになり、その最中、耿は発作を起こして倒れ帰らぬ人となります。
死後、弁護士によって耿の遺書の内容があきらかにされましたが、それは意外なものでした・・・・。

登場人物を見ればおわかりの通り、紆余曲折がありつつも甄珍と秦祥林が結局はピッタンコくっ付くというお約束のキャスティングなんですけど、秦祥林は生身の甄珍を愛しているというよりは、甄珍に母親の面影を見ているという傾向の方が強いので、最後に立派な青年実業家となった秦祥林が甄珍と再会する件は、

ママ、見てみて!僕、こんなに成長したんだよ!

と母親からの承認を求める元不良息子のようにも思えました。

同じように、葛香亭が甄珍を気に入るのも、彼女を娘のように感じてというよりは無意識の内に妻や愛人の代わりを求めているような感じで、もしもこのお父さんがもうちょっと若くて元気だったら、父子と甄珍の三角関係成立!な展開になったであろうと容易に推測できます。

看護婦っていう職業がまた母性を象徴するような職業ですしねえ。

ついでに言うと、秦祥林の生母は葛香亭からは何も求めることをせず、自らは日陰の身に甘んじ、ついには息子を父親に託して異国の地(日本)で淋しく死んでゆくという、どこまでも男にとって都合のいい女に描かれています。
何ゆえに葛香亭とこの女性が愛し合うに至ったのかという、肝心の経過が全く描かれていないだけになおさらです。
それがまあ当時の愛人としてのあるべき姿だったのかも知れませんが。

映像的にはプロデュースを担当した白景瑞の生霊が李行にのり移ったのか(六条御息所じゃないんだから)、かなり過剰な描写が目白押しで、特に葛香亭が発作を起こして倒れる件は一言「くどい!」と叫びたくなりました。

顧嘉煇の音楽は、同時代の日本のテレビドラマにクリソツ。
思わず岡崎友紀の顔が眼に浮かびました。

ところで。

侯孝賢映画祭のパンフに掲載されたインタビューの中で、監督が海外からの帰国組に大変影響を受けた旨のコメントがありましたが、侯監督のような土着のたたき上げ組と楊徳昌をはじめとする帰国組、これに張艾嘉のような香港組が加わっての台湾ニューシネマという構図は、ちょうど李行の世代、つまり1960年代から70年代にかけての台湾の北京語映画全盛時代にも当てはまるような気がします。
すなわち、李行(たたき上げ組)、白景瑞(帰国組)、李翰祥、胡金銓(香港組)という構図がそれで、歴史は繰り返すということなのでしょうか。
となると、また同じようなムーブメントが(台湾映画に)やって来るのかしらん?