2015年6月29日月曜日

祝!”Yeh Jawaani Hai Deewani” 日本公開!

〔えいが〕〔べっぴんさん〕〔ディーピカー・パードゥコーン〕〔Deepika Padukone〕



近頃、何かと話題のカラーパウダー。
でも、これは由緒正しきお祭りですから。


どうも。
トド@ちかれたびー(死語)です。

さて。

近頃、生活に疲れきっていた不肖せんきちでありましたが、昨晩、Deepika FC Japanさんのツイートで一気に若返り、はできませんが、元気を回復いたしました。

な、なんと!

われらがべっぴんさんことディーピカー・パードゥコーン(Deepika Padukone)嬢の2013年の大ヒット作品"Yeh Jawaani Hai Deewani"(IFFJ2014での邦題:若さは向こう見ず)が、8月15日(土)から渋谷のシネクイント(パルコパート3内)で上映されるそうです!




英語のツイートも大反響。


 
この映画、わたくしの大好きな映画でして、とにかくもう、べっぴんさんがすばらしい!

イケてないめがねっ子姿も
ラブリー。

ドレスアップした姿ももちろん素敵。

「やれぽっきん、それぽっきん、どこを切っても金太郎」なべっぴんさんまみれ!という、べっぴんさんの魅力満載金太郎飴映画でおます。
そして作品自体も、若者映画として非常によくできているなあと思います。

これから公開日に向けて、おりおり、この作品に関する情報をアップしていきたいと思っておりますが、8月15日(土)公開って、あら、2ヶ月もないじゃないの!

まじかよ!
(友情出演:モヒニたん@HNY)


ま、それはともかく、8月15日(土)から、渋谷シネクイントですよ!奥さん!
さらに!
上映時期は未定ですが、インド映画といえばココ!のキネカ大森でも上映予定です。

日本の夏、べっぴんさんの夏!!!

映画館でお待ちしております。

2015年6月28日日曜日

Short Shorts Film Festival & Asia 2015 めも (その1)

〔えいが〕


『雨あがれ』の一部。


どうも。
トド@暴走老人(要介護1)の見張り中です。

さて。

去る6月4日から14日まで開催された"Short Shorts Film Festival & Asia 2015" 。
当方は、東南アジアプログラム&シンポジウムと台湾・高雄映画祭プログラムを鑑賞しただけなのですが、一応ブログにアップしようと思いメモを取っておいたので、今回はそのメモを元にヘタレ感想文を執筆いたしますです。
あくまでメモですんで、念のため。
なお、原題及び監督のお名前はまた後ほど補充いたします。
あしからずご了承下さい。

・東南アジアプログラム

『握りしめた石ころ』(2014年、カンボジア)
マカロニウェスタン風アクション(音楽までパクリ)。
ただし、武器はパチンコ。
あっという間に悪を退治、あっという間に去っていきます。

『雨あがれ』(2013年、インドネシア)
呪術師の教えに従い、長雨が止むためのおまじない(インドネシアに古くから伝わる風習との由)に精を出す少女。
しかし、そのおまじないはパンツを屋根に置く、というものでした……。
他人の家のパンツを盗み、自分のパンツまで脱いで屋根に投げていく少女、その願いの理由がなんともけなげ。

『父の手形』(2015年、ラオス)
古典舞踊の指導者である父と、それを古臭く思う息子との葛藤と和解を描く作品。
ラオス文化を守ることは国の礎を築くこと、という考えに、新たな道を歩みだしたばかりのこの国の息吹を感じます。
欧米文化の急速な流入により、それまで意識することがなかった自分たちの固有の文化について改めて考え、それを再構築していく、という作業は、かつての日本でも行われたことだとも思います。
ただ残念だったのは、父と息子の葛藤があまり深く掘り下げられていなかった点。
カンボジアの作品もそうでしたが、登場人物の内面描写があっさりし過ぎるきらいがあります。

『 マダム・タンの秘密の情熱』(2014年、シンガポール)
定年後の夫の目をごまかしつつ、作家活動に勤しむ老婦人の物語。
華人社会における女性の生き方について考えさせられます。
ちなみに、劇中の使用言語は北京語(ラジオ、カフェ)、広東語(女子トイレ)、福建語(女子トイレ&老婦人の自宅)。
一口に「中国語」といっても、いろいろあるんでござんすよ(←上映前に流れたシンガポールの説明映像に「主な使用言語:マレー語、中国語、タミル語」とあったもんで)。

『闘鶏』(2011年、東ティモール)
闘鶏を描いたドキュメンタリー。
男たちのものという闘鶏の現場に女性監督がカメラを持ち込むことには様々な困難があったことと思いますが(監督を招いた上映後のQ&Aでもその質問が)、「闘鶏は東ティモールの文化である」とのポリシーのもと、説得及び撮影をおこなったとのこと。
周知の通り、東ティモールは今世紀に入って独立した若い国ですが、ここでもラオス同様の状況(自分たち固有の文化を見直す)が見て取れます。
朝から晩まで闘鶏場に入り浸る男たちの姿を見ながら、女たちは同じこの時間をどのように過ごしているのかが気になりますた。
次はぜひ、女たちのドキュメンタリーを撮ってほしいものです。

『オフェリアのために』(2014年、フィリピン)
女の子がどうしても欲しかったお母さんは、息子に手作りのドレスを着せて女装をさせますが、息子はいやでいやで仕方なく、やがて……という、母子の葛藤物語。
監督自身の祖母と父がモデルとの由。
流産してしまった女の子の名前がオフェリアと名づけられたという件に、なぜか『ハムレット』のオフィーリア(川を流れていくところね)を思い出してしまったわたす。

(つづく)

2015年6月21日日曜日

大阪で『デリーに行こう!』無料上映会開催

〔えいが〕〔ちょっとお耳に〕

『デリーに行こう!」予告編

どうも。
トド@貧しさに負けたです。

さて、お友達から下記のような上映会のご案内を頂きました。

・・・・・・ここから引用・・・・・・

 IFFJ2012上映、2014年全国公開「デリーに行こう!」の無料上映会を大阪で開催します。
インドを旅してる気分になれて、たくさん笑って、そしてホロっとできる映画です。2時間インドを旅した気分になりませんか?

『デリーに行こう!(Chalo Dilli)』
2011年 ヒンディー語(日本語字幕)120分
監督:シャシャーント・シャー
出演:ラーラー・ダッター/ヴィナイ・パタック

日時:6月29日(月)17:00-20:00
場所:学校法人ビジュアルアーツ専門学校大阪 講堂
〒530-0002 大阪市北区曽根崎新地2-5-23
http://www.visual-arts-osaka.ac.jp/info/access.php
定員:120名
費用:無料

スケジュール:
17:00~ 「ボリウッド映画とインド文化の影響によるインド渡航日本人増加について」
(登壇者)
IFFJ主宰:スレシュ・ターティー
ゲスト:ビディシャ・セン・グプタさん(インド政府観光局 日本・韓国・台湾担当マネージャー)

17:30~ 「デリーに行こう!」上映

上映後に、飲み物と軽食をご用意いたします。

お申し込みはこちら
http://www.eventbee.com/v/thatimedia/event?eid=132330873

お申し込みをされると、英語の確認メールが届きます。
当日は、そのメールをプリントアウトして持参されるか、スマホ等の画面をご提示ください。

・・・・・・引用、ここまで・・・・・・

 『デリーに行こう!(Chalo Dilli)』に関する詳しい情報は、こちら
無料上映会に関する最新情報は、IFFJのFacebookページ及びTwitterをご参照下さい。

平日、それも週の初めの月曜日、しかも午後5時からという過酷な時間帯(?)による開催スケジュールですが、お時間とお気持ちのある方はぜひとも足をお運び下さい。

奥さん!無料ですから!無料!!!

おまけ:ちなみに、前日(28日)午後には東京で同種のイベントを開催するそうですけれど(上映作品は『ラームが村にやってくる(Ramaya Vasthavaya)』)、こちらは満員御礼との由。
曜日と時間帯の選択って、やっぱり大切ね……。

2015年6月19日金曜日

へそ曲がりが観た『20歳よ、もう一度』

〔えいが〕〔尤敏〕


どうせなら、これを歌って欲しかったぜ !
家出ばあさんにぴったりwww

どうも。
トド@絶不調です。

さて、本日よりTOHOシネマズ日本橋等で公開の『20歳よ、もう一度(重返20岁)』。
わたすは勿論尤敏と歸亞蕾がお目当てで観に行ったのですけれど(歸亞蕾演じるおばあちゃん〔沈孟君〕が若返ってお手本にするのが尤敏のスタイル)、若い女性客が多いなと思ったら、完全なる韓流アイドル枠ですた。
CJエンタテインメントイッチョカミの中韓台合作映画ですからね。

で。

本作は、周知の通り韓国映画『怪しい彼女(수상한 그녀)』のリメイクなのですが、両者の比較に関してはcinetamaさんの「アジア映画巡礼」や紀平重成さんの「銀幕閑話」にお任せするとして、ここではへそ曲がりなせんきち君がこの映画を観て気がついたあれこれを、ちょいと書いておきたいと思います。

先ほども述べたように、20歳に若返った沈夢君おばあちゃん改め孟麗君おねえさんが美容室に行ってモデルチェンジ!のお手本にするのが、わたすが愛してやまない尤敏なのですが、

ヘアスタイルのお手本
として採用される写真がこちら!
 歸亞蕾のデビュー作の監督は、
尤敏とも数多くの共演作がある名優・王引。

似てる?

中国で人生を送るおばあちゃんが香港右派公司(尤敏は邵氏→電懋で活躍。右派って国府支持のことね。念のため)の女優をお手本にするなんて、普通に考えたらあり得ません。
さらに言えば、 鄧麗君の歌や(戦後香港の)國語時代曲を歌ったりする、なんてのもなんだか?なのですけれど、
クレジットはありませんでしたが、
この歌もちょこっと口ずさんでいました。
『ある恋の物語(Historia de un amor)』のカバー。
ここではないどこかで別の人生を送っていたとしたらこういう風になりたかった、という願望の現われとして考えればありえるかもなあと、好意的に解釈いたしました。
同様の指摘は中国公開時から既に。

とはいえ、 おばあちゃんの憧れの明星が香港(尤敏)や台湾(鄧麗君)、はたまたアメリカ(プレスリー)やイギリス(ビートルズ)というかつての敵尽くし(香港除く)とあっては、なんだか「手の込んだ共産党批判かよw」と思いたくもなりますけれど。
うちのプレスリー(貓王)×

ちなみに、おばあちゃんが夢中になっているテレビドラマが『還珠格格』というのも時代的に合わないですわな。
15年以上も前のドラマですし。
ただ、映画のストーリーとは微妙にリンクしています(歸亞蕾のデビュー作もこのドラマも原作者が同じ、という小ネタもw)。
中国の70歳のおばあちゃんといえば、普通に考えれば「たしかに大変な人生だったよね。反右派闘争に大躍進、おまけに文化大革命」となるはずなのですが、この映画ではそういった中国現代史を彩る共産党の黒歴史は封印。
おばあちゃんが若い頃苦労したのは、夫に先立たれて女手一つで病弱な息子を育てるためがむしゃらに働いたからという、どこの誰が観ても比較的容易に感情移入できる理由に単純化してあります。
それに、使用人(李大海。別の女性と結婚したものの、今でもおばあちゃんに 淡い思いを寄せ続けています)がいるような裕福な家庭で育ったとのことですので、共産中国ではきっとその出身成分のせいで迫害を受けたに相違ない…のですけれど、もちろんそんなシビアーな問題などなかった話に(そもそも共産中国で家の使用人とかって、あり得るのか?)。

しかし、それでいて、李大海に喧嘩を売ってきた酔っ払いの青年に向かっておばあちゃんが「彼(大海)は軍の英雄だ。お前もビンを割るその元気で国を守れ!」とか言って説教する件、ああやって愛国精神を説くあたりは、なかなか抜け目がございません。
とまあ、いろいろ毒づいてしまいましたが、あまり深く考えず、笑って泣ける(わたすは泣かないわ) 娯楽映画として観た場合にはそれなりに楽しめますた。
それに何より、陳正道監督のビジネス感覚ってすごいわ。

ま、わたす個人としては「果たせなかった夢だった革命バレエ『紅色娘子軍』の主演を目指す!」とかいう設定でもよかったのですけれど。
あ、それじゃ『妻への家路(归来)』だよw
(おしまい)
おまけ:青春写真館の店頭に飾ってあった写真の中に香淳皇后のお写真があったような……。

2015年5月9日土曜日

孤女凌波

〔えいが〕

台湾映画を代表するカメラマンの1人、
林贊庭が撮影を担当。


どうも。
トド@なんだかだるいです。

さて、今日も台湾語映画のご紹介。

1964年、台湾(大都)。金超白監督。小燕、小娟(陳秋燕)、英英、他。
台湾における凌波の爆発的な人気にあやかって、本人に無断(!)で製作された伝記映画。
黃仁の『悲情台語片』(1994年、萬象圖書)にこの作品の詳しい紹介が掲載されており、十数年前にそれを読んで以来、ずーっと観たい観たいと思い続けていた映画でありますた。
あらすじ(今日は詳しいよ!)は、下記の通り。

黄小妹(小燕)は歌のうまい小学生でしたが、父を失ったため、母(英英)、おじ(父の弟。洪流)と共にもう1人のおじ(末弟)を頼って汕頭へ向かいます。
しかし、汕頭のおじも半年前にこの世を去った後でした。
旅の疲れとショックで倒れた母は入院しますが、入院費を払えないため、小妹は身を売ることを決意、これを哀れに思った君(楊渭溪)は彼女を援助、君に感謝した母とおじは小妹を君に託し、姿を消すのでした。
こうして君の養女となった小妹でしたが、君が養女の面倒ばかり見ていることを面白く思わない君夫人は、なにかと小妹に辛く当たります。
やがて国共内戦となり、君夫人と小妹は一足先に香港に逃れるものの、相変わらず夫人は小妹のことを苛め、使用人同然にこき使うのでした。
そんな中、小学校時代の恩師・程先生と再会した小妹は、先生の紹介で廈門語映画の監督・袁と知り合い映画デビュー、人気スターとなります。
小妹から女優・小娟となって人気スターの仲間入りをした彼女でしたが、彼女の美貌に目を付けた初老の富商・史(フィリピン華僑。賴德南)は、君夫人に100万香港ドルをやると持ちかけて彼女との結婚を迫ります。
結局、養母の意向を受け入れ、やむなく年の離れた史と結婚した小娟でしたが、実は史には本妻がいたのでした。
史の本妻から執拗な嫌がらせを受けながら、史の家を出ることも許されない小娟。
ようやく汕頭から香港に辿り着いた君と今までの行いを悔い改めた君夫人は、小娟を離縁してくれるよう頼みますが、史の本妻は頑として受け付けません。最終的に、史の身を挺した行い(小娟を開放しなければ自分は死ぬ!と本妻を脅す)により、小娟は自由の身となったのでした。
再び親子3人の暮らしを始めたものの、香港では君に仕事もなく、家族の生活は困窮していきます。
やがて小娟は袁監督の斡旋で今度は北京語映画の製作会社である邵氏の面接を受けますが、女優としては採用されず、黄梅調映画の代唱歌手(インド映画でいうところのプレイバックシンガー)として契約することになりました。
そんな折、新作『梁山伯與祝英台』に新人を起用したいと思っていた李翰祥監督は、レコーディングスタジオで彼女の姿を見て梁兄哥に起用することを決意、凌波という新しい芸名を彼女に与えます。
やがて映画は完成、試写会で凌波の演技は絶賛を浴びるのでした。(おしまい)

凌波本人に無断なだけでなく、樂蒂や李翰祥も実名そのままで登場する(もちろん無断)この映画、今なら大問題になるところでしょうが(というか、それ以前に作らないわな)、なんとなーくそのまま公開されちゃった辺り、のんびりした時代だったのだなあと思います。
実際の凌波の祖籍は汕頭で、幼少期に廈門の君家に引き取られて養女になった、という経緯から、彼女の前半生に関しては当時さまざまな報道がなされており、この作品もそれらの報道を元にして作られたもののようです。

「石切場で働く男が誤って転落死→男のシャツのポケットからは娘らしい女の子の写真が→その写真を手にいずこかへ疾走する別の男→タイトル」という冒頭の展開はなかなかイケていたものの、それ以降は思い入れたっぷりのダラダラ芝居が続き、

饅頭を手に入れるため、
着ていた服を手放したはずが、

次のシーンではちゃっかり
また服を着て登場

という、アバウトな編集もあったりして、その点がちょいと残念でした。
ですが、ストーリーそのものは波乱万丈で面白く、何より、今となっては当時の凌波人気を知る上でかなり貴重な作品であると言えるでしょう。
 
ちなみに、こちらのサイトでは子供時代(小妹)を演じた小燕のことを後の陳秋燕(『油麻菜籽』で金馬奨を受賞した名女優)としていますが、これは間違いで、少女時代から凌波として成功するまでを演じた小娟が後の陳秋燕です。
たしかに、陳秋燕の子役時代の芸名も小燕なのですけれど、この作品が撮られた時点では彼女は既に18歳になっており、計算が合いません。
実際の作品を観ていれば、このような間違いはないはずなのですが……(おまけに「小娟即凌波」とか書いてあるし。これだと凌波が自分自身を演じたことになっちゃうよ)。
(本作で子供時代を演じた二代目(とでも呼ぶべきでしょう)小燕は、以前こちらでもご紹介した『地獄新娘』にも出演しています。)
 
邵氏ファンの方にもぜひ一度観て頂きたい映画です。
 
小娟を演じる小娟(陳秋燕)。

樂蒂には、台湾語映画を
代表する女優の1人・
何玉華が扮しています。
 
なんちゃって李翰祥。
大橋巨泉じゃないよ。
ハッパフミフミ。
井脇ノブ子でもないよ。
やる気!元気!いわき!

なんちゃって邵逸夫。

『梁山伯與祝英台』製作中の一こまを再現。

医者役で王俠も出演。
彼も後に邵氏で活躍しました。

映画の舞台は廈門から汕頭、
汕頭から香港に移動するのですが、
もちろん全て台湾で撮影。
でもこの汕頭、香港じゃね?

そして香港は、なんと数寄屋橋交差点!

身を売ることを決意した小妹は、
こんな紙を前に置いて路上に座り込みます。
そういえば、尤敏の『桃花淚』にも
これと似たようなシーンがありました。

国共内戦の件で出る字幕。
あくまでも悪いのは毛沢東という国府の姿勢は、
こういった台湾語映画にも影響を及ぼしています。
 
おまけ:呂訴上の『臺灣電影戲劇史』
(1961年、銀華出版部)に掲載されている
小娟時代の凌波の写真(矢印が凌波)。
 以前読んだ本に、台湾で『梁祝』が大ヒットしたのは、
故郷を懐かしんだ外省人が何遍も観たから、
とか書いてあった記憶があるのですけれど、
決してそれだけではなく、小娟時代の彼女の廈門語映画が
台湾でも公開されていたことや、『梁祝』が歌仔戯でも
ポピュラーなレパートリーになっている、
という、本省人にも馴染のある配役&素材
だったことも大きかったのだと思います。
 
(そんなこんなで終了)
 
もひとつおまけ:東京が香港として登場する台湾映画、1980年代になっても実は作られていました。

2015年5月4日月曜日

龍山寺之戀

〔えいが〕


井上梅次監督のご著書では、
龍松(凌雲)の北京語は
かなりトンデモであったように
書かれていますが、実際に聞いてみると
それほど気になりませんです。

1962年、台湾(莊氏影業公司)。白克監督。莊雪芳、龍松(凌雲)、唐菁、他。

どうも。
トド@仕事しなきゃいけないのに現実逃避中です。

さて。

現在、シネマート六本木で開催中の特集「台湾シネマ・コレクション」にて、昨年の大阪アジアン映画祭で好評を博した『おばあちゃんの夢中恋人(阿嬤的夢中情人)』が劇場初上映されたことを記念して、 台湾語映画全盛時代の作品についてちょいと取り上げておきます。

本作は、香港の廈門語映画で名を馳せた莊雪芳を主役にすえた歌謡映画で、1964年に白色恐怖(白色テロ)の犠牲となった白克監督の遺作でもあります。
香港で製作されていた廈門語映画と台湾語映画との関係に関しては、廈門語映画に刺激されて台湾語映画の製作が始まったという経緯もあり、両者の交流も当時非常に盛んに行われていました。
『梁山伯與祝英台』で梁兄を演じた凌波が台湾で爆発的な人気を博したのも、おそらくは、彼女が北京語映画に出演する以前、小娟という芸名で廈門語映画に出演、台湾の本省人にも馴染み深い女優さんであったことと無関係ではないと考えられます。

主役の莊雪芳はシンガポールの華人(福建人)ですが、この映画では山東出身の外省人役ということで、全編北京語の台詞で通し、劇中で彼女が歌う曲も全て北京語です。

映画の内容は、本省人と外省人の軋轢と和解、そして恋を描いた『南北和』系の作品で(注)、莊雪芳を巡って恋の鞘当を演じる本省人の龍松(後の凌雲)と外省人の唐菁が、実は幼い頃生き別れた実の兄弟(つまり、唐菁は外省人に育てられた本省人)であったというオチが着きます。
本省人と外省人の恋を描いた作品というと、李行監督の『兩相好』も有名ですが、本省人の龍松が外省人である莊雪芳との交際を反対されたり、莊雪芳が本省人の縄張りである龍山寺で薬酒を売ったために嫌がらせを受ける等、『兩相好』よりも比較的リアルに両者の軋轢が描かれているように思います。
ただ、両者の和解を促すのが台湾語が堪能な外省人(即ち福建省からやって来た外省人。 楊渭溪)や、外省人に育てられた本省人(唐菁)であったりと、どちらかといえば「悪いのは狭量な本省人」というスタンスに立っているような気がして、その辺がやはり当時の限界なのかなあとも思いました。
『兩相好』では外省人に好意的な役どころだった戽斗が、ここでは莊雪芳をいびりまくる嫌味な役どころを演じているというのも、面白いといえば面白いのですけれど。

ともあれ、この作品、公開時には大当たりで、特にマレー半島では驚異的なロングランを記録したそうです。

楊渭溪。
『バンコックの夜(曼谷之夜)』で
張美瑤の祖父を演じていました。
彼も後に白色恐怖の犠牲になります。

龍松の部屋には葛蘭の写真が
飾ってありました。

映画に登場したカフェ。
実在したお店のようですが、
どこにあったのでしょう。
 
 
注:白克監督の1956年の作品『黃帝子孫』も本省人と外省人の恋愛を描いていました。この映画は、林沖のデビュー作でもあります。

(ということで、メモ的な内容でおしまい)
 

2015年4月13日月曜日

べっぴんさん狂騒曲(別題:せんきちのトンチキ東京ツアー)

〔しようもない日常〕〔べっぴんさん〕〔ディーピカー・パードゥコーン〕

待ーてーど、暮ーらせーど、
来-ぬひーとをー♪って、
あっという間に帰国
しちゃいましたからー!!!
どうも。
トド@腑抜けです。
さて。
われらがべっぴんさんことディーピカー・パードゥコーン(Deepika Padukone)嬢が製作中の新作映画"Tamasha"の撮影で東京に来る!という報道が出たのは、先月のこと
しかし、 それがいつのことなのか、そして報道自体が本当なのか、何がなにやらさっぱり瓶生(あ、何度もすいません。サッポロ瓶生の寒い駄洒落です)だったもので、「明日の千円より今日の十円」状態で日々の生活に追われていたところ、先週の月曜(7日)の朝、べっぴんさん迷の先輩(といっても、わたすなどよりはずーっとお若いお嬢さんです)から「べっぴんさんが日曜日にムンバイを発つという報道が」とのメールが。
まじっすか?

とはいうものの、例によってこれもガセかも知れず、おまけにこの日父親が緊急入院したため、その手続きやら医師の説明を聞くやら見舞やらで時間を奪われ、ようやく偵察作業に入れたのが木曜日(9日)のこと。
ただ、これとても、何の手がかりもないまま(だいたい本当に来日しているのかどうかすらわからない状態)「どうやらお台場らしい」という噂を元に、ひたすらお台場周辺を歩き回るだけという無謀きわまりない行為。
結局、わかったことは「今のお台場は外国人観光客のお蔭でもっている」ということのみでした。
しかし、薄っぺらな街だね、お台場は。
お台場海浜公園では
枝垂桜が見ごろですた。
(結局、花見かよ…)
1人孤独にイルミネーション見物。
周りは北京語、広東語、タイ語、英語、
スペイン語、インドネシア語の洪水。
そんな中、異彩を放つインド人2人組(男女)を
発見、慌てて尾行しましたが、どうやら
普通の観光客のようでした。

そして、翌日(10日)の朝。
仕事中のわたすにまたしても先輩からのメールが。
なんと!火曜日(8日)に都庁前でそれらしきクルーを見かけたとのタレコミがあったとの由。
ただし、既に撤収中で俳優さんの姿は見えなかったそうなのですが、その中に監督と思しき人物の姿が。

んー、やはり、来ていたのか。
少なくとも監督は。

てなわけで、完全なる後追いですが仕事帰りに都庁前へ。
生まれてこのかた東京暮らしの不肖せんきち、初めて都庁の展望室とやらにも足を運びました。
都庁!都庁!
高いぞ、高いぞ、都庁!

バカと煙はなんとやら
と言いますが、実はわたくし、
高所恐怖症ですの。

そんなこんなで勘違いな東京ツアーを翌日もその翌日も続行、土曜日(11日)には三越前から新橋までウォーキング、日曜日(12日)には再び都庁前と新宿中央公園、そしてダメ押しで銀座と、毎日歩き回っておりました。

しかーし!

何も知らずに帰宅したせんきちの目の前に(スマホを持っていないし携帯でウェブ接続もしないので、外出中はネット難民)こげな(訛ってどうする)ツイートが。
あじゃぱー。

成田空港出発ロビーでのインド人ファンとのお写真。
やはり本当に日本におみえでした。
そして、既にお帰りになられていました。
そりゃないぜー!
チチョリーナ!(死語)
昨日出た記事によると、べっぴんさんは帰国した後、土曜日の晩には怪我のため療養中のランヴィール・シンの自宅を訪ねたとのことで、 そうなると、少なくとも金曜日には日本を発ったということになります。
土曜日に帰った(飛行機は18:50にムンバイ着) その足で自宅訪問の可能性もなきにしもあらずですけれど、それはまた別のお話ということで。
というわけで、的外れな東京ツアーをしたのみで、完全なる徒労に終わった今回のべっぴんさん来日でしたが、染井吉野は葉桜、気候不順で寒いわ雨降るわで、なんとなく申し訳ないなあという気持ちになっております(わたすのせいじゃないんだけどね、お天気のことは)。
またいずれゆっくりと、 いい時期に日本を訪れて頂きたいものです。
そして何より、今度の来日で日本のことを気に入って下さればよいなあと心から願っております。
また来てね。

いつどこで遭遇してもよいように
ここ数日常に持ち歩いていた品々。
これもここ数日常に持ち歩いていた
プレゼント(消えもの)。
テオブロマのチョコレートと
末富の京ふうせん。
和洋取り揃えました。

2015年3月30日月曜日

せんきち的観点からみた「安藤昇伝説」

〔えいが〕〔ちょっとお耳に〕

いのちしらず。

どうも。
トド@あったかくなって桜満開と同時にまたぞろ花粉症も満開……です。

さて。

来たる4月4日(土)からシネマヴェーラ渋谷にて開催される特集上映「祝・芸能生活50周年 安藤昇伝説」について、とてつもなく偏った映画ファンであるせんきち的観点による見どころをご紹介。

・『阿片大地 地獄部隊突撃せよ!』ニュープリント上映!!!

以前、旧ブログでも取り上げましたが、ペギー潘こと潘迎紫(ジミー先生の腕をちょん切った命知らずのじゃじゃ馬娘にして今ではアンチエイジング女優)がヒロインに抜擢され、安藤昇先生(こちらも先生)と共演した作品。
戦中派三部作の一作であるばかりでなく、満映OBである加藤泰監督による大陸映画というのも、見どころのひとつであると言えましょう。
もちろん、潘迎紫の初期作品であるという点においても。
せんきちがラピュタ阿佐ヶ谷で観たときには落命寸前のボロボロプリントだったのですけれど、このたび、ニュープリントで復活!、これを記念した山根貞男氏によるトークショーも開催されます(4月4日〔土〕18:00から)。

・湯浅浪男監督作品(『血と掟』『逃亡と掟』)の上映

後に台湾へ渡って彼の地に帰化、湯慕華となった湯浅浪男監督と安藤昇先生が組んだ3作品(『血と掟』『やさぐれの掟』『逃亡と掟』)の内、2作品が上映されます。
『血と掟』は、言わずと知れた安藤昇先生の映画デビュー作。
安藤先生が映画界入りしたいきさつに関しては、『映画俳優 安藤昇』(山口猛、2002年、ワイズ出版)にくわしいので ここでは割愛いたしますが、結論だけ簡単に言うと、映画界入りのきっかけを作ったのが湯浅監督だったという次第。
その後立て続けに3本の映画で湯浅監督と組むことになる安藤先生でしたが、その後は野村芳太郎監督や井上梅次監督、加藤泰監督といった一線の監督と組むことになり、やがて東映へ、という流れになることは周知の通り。
その安藤先生による湯浅監督評が『映画俳優 安藤昇』にありますが、

「湯浅は素人の俺が見ても、ひどい監督だもの。最初こそ俺は初めての体験で分からなかったけれども、映画の仕事を続けていれば分かるわな。俺でさて、これが映画なのかと思ったほどだった。」(96頁)
と、さんざんです。
しかし、その後も湯浅監督と安藤先生の縁は完全に切れたわけではなく、湯浅監督が台湾から一時帰国したさい、ひょっこり安藤先生の許を訪ねてきたことがあるそうです。

「…だけど、 一〇年くらい経って、忘れた頃に(恐らく湯浅がいったん帰国した昭和五〇年だと思われる)俺の家に遊びに来たことがあった。台湾の女優を連れてきて、俺に紹介したが、たいした女優ではなかったな。」(97頁)

台湾女優と共に帰国して、もう一度日本映画界で一旗挙げようとしたのでしょうか、その辺りのことは謎のままです。

ところで、拙ブログでは、これまで湯浅監督に関して何度か詳しく取り上げてまいりました。
以下は、それらの記事の一覧です(別ネタにちょこっと出てくるものも含む)。

朱洪武續集劉伯温傳 (A Story of "Lou Bo-Wen")〔2007年7月11日水曜日〕
湯浅浪男監督超不完全作品リスト(その1)〔2009年2月23日月曜日〕
湯浅浪男監督超不完全作品リスト(その2)〔2009年2月25日水曜日〕
湯浅浪男監督超不完全作品リスト(補遺)〔2009年5月15日金曜日〕
懷念的人〔2009年6月7日日曜日〕
一見鍾申(意味不明)(その2)〔2009年12月25日金曜日〕
一見鍾申(意味不明)(その3)〔2009年12月27日日曜日〕
原びじつかんへ行ってきました〔2011年7月8日金曜日〕
原びじつかんへ再び行ってきました〔2011年8月5日金曜日〕

また、湯浅監督作品で助監督を務め、湯浅監督の台湾での第1作『霧夜的車站』で主役(!)を演じた安藤達己監督(1938~2013)のインタビュー記事(「安藤達己監督インタビュー 幻の日台合作映画のこと、主演映画『霧夜的車站』のこと」)を台湾映画の研究誌『台湾映画 2009』(2009年、東洋思想研究所)に寄稿させて頂きました。

今回の特集上映で取り上げられる作品をご覧になる前に、ぜひともお読み下されば幸いです。

付記:湯浅浪男監督についてここのところ殆どブログで取り上げていなかったので、 「久しぶりに何か書くかー!」と思い、何気なく検索してみたところ、ウィキペディアに湯浅監督の項目ができていることを発見いたしました。
拝読する限りかなり充実した内容で、確認してみると、どうやら昨年(2014年)の8月から9月頃にかけて書かれたものであるようです。
監督の生年及び生地(注1)や台湾での作品リスト等、拙ブログや安藤監督へのインタビューを参考にして下さったと思しき記述も多く、当方の趣味の調べ物が少しでもお役に立ったとしたら嬉しいことだわと思い、注記と参考文献を確認したところ、どうしたことか拙ブログや安藤監督インタビューに関しては全く触れられていませんでした。
無論、「おたくのブログやインタビューは一切読んでいない。あくまで独自に調べたものだ」と言われてしまえばそれまでなのですけれど、少しでもこちらをご覧になっておられたのでしたら、どうかその旨明示して頂きたく存じます。
よろしくお願い申し上げます。

(注1)監督の生年及び生地を明記したのは『安藤達己監督インタビュー』が最初で、武久康高氏の「映画「神童桃太郎」「桃太郎斬七妖」(1970、台湾)について 戦後台湾における「桃太郎」」における記述はこれを踏襲したものです。ちなみに、監督の生年と生地に関しては、『中國時報』の報道にその記載があります。


2015年3月22日日曜日

大阪アジアン映画祭で観た映画のことなど(後編)

〔えいが〕

宿泊していたホテルの近所に
ある喫茶店「珈琲の名門 ジャバ」の
オーナー・ジャバ男さん(ウソ)。


どうも。
トド@牡丹餅地獄です。

というわけで、前回の続き。

(3月15日(日)に観た映画)
この日観た映画は、全てQ&A無し。

単身男女2(單身男女2)
一言で言うと、「トー先生、内地で資金回収映画」(爆)。
でも、こんなやっつけ仕事(スマソ)のラブコメでもそこそこ水準以上の仕上がりにしちゃうところが、やはり師匠(王天林)譲り。
前作に続き、今回もやっぱり高圓圓が全く魅力的に見えないのよ。
もしや、彼女のよさは見た目よりも…(以下自粛)。
古天樂がいろいろな意味で「ファイト!一発!」していますた。

バングラシア(猛加拉殺手)』(ツイッターのつぶやきまとめ)
本国(マレーシア)では検閲で上映に待ったがかかったという旧正月映画ですが、KLのインド人街でバングラデシュ人とマレー人が繰り広げるチープなソング&ダンスシーン等、インド映画ファンにもお薦め。
 「出稼ぎ労働者は出て行け!」と叫ぶ華人の名前がハン・グオレン(韓国人)で、先祖の名前がハン・トゥア(Hang Tuah)という点にもバカ受け。
そしてあのウェスタンルックは、『アリババ(Ali Baba Bujang Lapok)』辺りの引用なのでしょうか。
4月にシネマート六本木のクロージング企画として開催されるマレーシア映画特集でぜひ上映して欲しいっす。

 『ファニーを探して(Finding Fanny)』(ツイッターのつぶやきまとめ)
46年前に出した手紙を発端にしてお話が始まるというのは『海角七号』みたいだけれど、話の中身はまったく異なります。
老いた郵便局長・ファーディが初恋の女性に出した手紙が戻って戻ってきたことで彼が心の中にずっと閉まっていた秘密が露わになるわけですが、彼に限らずサビオもロージーもアンジ-も皆、それぞれの心の中に秘密を抱えています。
彼らの秘密はファーディの初恋の女性を探す旅の過程で徐々に明らかになっていきますが、そのきっかけとして重要な役割を果たすのがよそ者である画家のドン・ペドロ。 つまり、彼らの秘密は全て外部からもたらされるもの(戻ってきた手紙、ドン・ペドロ)によって明らかになっていきます。
そして、あの不幸な猫の出来事も、あまりにあっけないといえばそれまでなのですが、あの出来事をありのままに受け入れることにより、ロージーは自分の秘密に真正面から向き合うことができるようになったのではないでしょうか。 そう考えると、あの猫の果たした役割はとても大きいのであります。

アンジーはサビオよりも2歳年上という設定。
それゆえ、あの後の台詞も大胆かつ率直、そして姉さん女房的。
でも、ああいう台詞を口にするべっぴんさんもすこぶるかわゆい。
ちなみにアンジーはうんと年上の友人であるファーディに対しても母親のように接しています。
一方、ロージーは集落の長のような存在で、女性でありながら父権の象徴のようでもあります。
そしてこれは、彼女の女性としての内面が実は空っぽであることも表現しているように思うのです。

『ファニーを探して』のファニーとはファーディの初恋の女性であるステファニーのニックネームですが、この旅はファニーを探す旅であると同時に、それぞれの登場人物が、それぞれの人生の忘れ物を捜しに行く旅でもあったのだと思います。

ホイにおまかせ(let Hoi Deside)
カバちゃん系ゲイが主人公の、ベトナムの抱腹絶倒コメディ。
ホイだけに(?)、かつての香港おバカコメディ映画を髣髴とさせるベタなギャグ満載。
惚れた男性に接近するはずがノンケの女性に惚れられて…というお約束の展開を挟みつつ、最後は病院でのありえねー!バトルに持ち込む。
そういえば、麻酔薬のギャグは邵氏の艶笑喜劇にもあったような(追記:似たような別のギャグでした)。

そんなこんなで観た映画は9本。
うっかり京都に行ってしまい観られなかった『光と陰の物語:台湾新電影(光陰的故事 - 台灣新電影)』『ガルーダ・パワー(Garuda Power - The Spirit Within)』を観ればよかったと、今になって後悔しております。

東京国際映画祭のディスカバー枠でやってくれないかしらん……。

(ひとまづおしまい)

2015年3月20日金曜日

大阪アジアン映画祭で観た映画のことなど(前編)

〔えいが〕

あでやか!
邵音音姐!

どうも。
トド@ちょっと怒っていることがありますです。
ということで、忘れる前に大阪アジアン映画祭で観た映画のメモなんぞを。
9本あるので、前後編に分けてお届けいたします。

(3月13日(金)に観た映画)
すこーん!と突き抜けた青空のような、痛快娯楽青春映画。
ここに登場する少年たちは、貧困、家族の失踪、DV等、様々な問題を抱えていますが、「明日に向かってやったるでー!」という気概に充ちた姿勢が実にあっぱれ。
また、いついかなる時でも直立不動の姿勢を崩さない国父孫中山もあっぱれ。
易監督の原石発掘の才に、またしても舌を巻きました。
易智言監督と主役の2人。


『父の初七日(父後七日)』フィリピン編とでも呼びたい内容でしたが、コメディではなく、非常に丁寧で手堅い作りの作品でした。
家族の葛藤を描きつつも、舞台であるマリキナの主要産業であった靴(製靴)が主役の映画とあって、イメルダ・マルコス(ヒロインの名前もイメルダ!)ご本人が出てきたのにはびっくり。
ヒロインの子供時代を演じる子役の女の子が、アーリア・バットにクリソツでした。
しかし、なぜか長じて江角マキコに!
ミロ・スグエコ監督。

かつて金門島に実在した慰安所を舞台にした作品。
この作品を観ながらしきりと思い出したのが、かつて鈕承澤監督が主演した映画『バナナ・パラダイス(香蕉天堂)』。
そう考えてみると、この作品は1980年代から90年代にかけて作られた台湾における外省人の歩みを描いた作品群(『ある女の一生(我這樣過了一生)』『老兵の春(老莫的第二個春天)』『海峽兩岸』『童年往時 時の流れ(童年往時)』『赤い柿(紅柿子)』等)の延長線上に位置する映画のような気もします。
民主化し、本土化した台湾において、一口に外省人といっても、若い世代と一世、二世とでは、中国に対する感情(特に望郷の念)もかなり異なるのではないかと推測され、 そのような状況にある今、こういった作品が台湾の人々にどのように受け止められたのか、むしろその点に不肖せんきちなどは興味を持ってしまうのであります。
勿論、作品の題材としては今でなければ到底作り得なかった題材ではあるのですけれど。
今回の映画祭では美術監督さんがおみえになっていたので、女性たちの部屋の内装の違い(※)について質問をしたかったのですが、 時間切れで質問できなかったのが残念でした。

※慰安所で働く女性たちといっても十人十色で、例えば阿嬌という女性の部屋には鏡台脇に張美瑤の写真が飾られ、枕元には『梁山伯與祝英台』のサントラ盤のジャケットらしき物が貼ってあります。一方、妮妮の部屋には『藍與黑』(『赤と黒』ではありません)のような文学書やギターが置かれ、彼女はそのギターを奏でながら夜毎「帰らざる河(River of No Return)」を歌います。ここから、妮妮がおそらくは外省人のエリート家庭の出であることが暗示されるのです。
台湾ナイトでのフォトセッション。
観客席撮影に夢中の易監督w


(3月14日(土)に観た映画)

想像していたものとは、いい意味においても悪い意味においても全く異なっていた作品。
もっと派手な恐怖シーンやスペクタクルシーンがあるのかと思いきや、とても内省的、というか、個々の人間の心の中に潜む悪や魔性が、嵐の夜にやってきた悪魔憑きの若者によって一気に露わになる 、といった按配の映画でした。
チャリト(チェリト)・ソリスがかつてカルト教団に傾倒していた、というエピソードが登場人物の会話の中に出てきて、映画の内容とは全く関係のないところで感心してしまいますた。

ドド・ダヤオ監督

熱過ぎるバドミントン映画。
同じ負け犬映画として"Happy New Year"と比較してみたくなりました。
また、『きっと、うまくいく』と比べてみるのも面白いのではないかなあと思います。
この作品の結末とHNYや『きっと~』の結末との違いは、成熟社会である香港といまだ発展途上であるインドにおける負け犬の捉え方の違いを表しているように思えてなりません。
そしてこの香港の美しき負け犬たちに昨年の雨傘革命の若き闘士の姿を重ねたくなるのは、私だけでしょうか。
上映後のサイン会で、
念願だった音音姐とご対面。
せんきちが持参した『百媚千嬌』に
びっくり仰天の音音姐。
もちろん、この本に
サインを頂きましたわよ。

(後編につづく)

2015年3月16日月曜日

べっぴんさんを探して

〔ディーピカー・パードゥコーン〕〔べっぴんさん〕〔えいが〕

この映画のポスターは
数種類ありますが、
やはりこれを持って来ましたね!


どうも。
トド@大阪で食べ過ぎますたです。

ということで、行ってきました大阪アジアン映画祭。
今回は3月13日(金)から15日(日)の参加で計8本観る予定でしたが、現地で急遽もう1本観ることにしたので、結局9本観ました。
ちょっと期待していたものとは異なる作品もありましたが、おおむね楽しい作品ばかりで、これらの作品の感想についてはまた後ほど改めてアップするとして、まずはわれらがべっぴんさんことディーピカー・パードゥコーン(Deepika Padukone)嬢主演作『ファニーを探して(Finding Fanny)』 鑑賞を巡る顛末のご報告なんぞを。
3月13日(金)
お昼過ぎにABCホール着。
この日はここで3本(『コードネームは孫中山』『マリキナ』『軍中楽園』)観る予定でしたが、会場に足を踏み入れるなり、ロビー壁面にひときわ輝くべっぴんさんのポスターを発見!
さっそく、お友達に無理を言って写真を撮って頂きました。
いい年こいて
恥ずかしい
ピースサインw


ABCホールで肩こりと空腹に耐えつつ無事3本を鑑賞、大阪&東京の映画仲間とするめ天の会をすべく梅田に移動。
大阪駅近くの居酒屋「贔屓屋」でするめ天を食べつつグラスを傾けましたが、ここで不肖せんきちを待っていたのが「べっぴんハイボール」。
桃の味がスイートなハイボールでおました。
他にも「乙女」「おてんば」
「ちょい悪」「ハンサム」が
あなたをお待ちしております。

お約束w

これが話題のするめ天。
文字通り、するめの天ぷらなのですが、
東京の居酒屋ではついぞ見ないメニュー。
大阪行きの楽しみの一つです。


3月14日(土)
この日は午前中から京都へ。
今年も「京の冬の旅」の誘惑に負けました。
建仁寺の塔頭である霊源院で毘沙門天像や枯山水の庭を愛で、写仏もいたしました。
イケてる達磨大師。
その後大阪に戻り、ABCホールで2本鑑賞(『ヴァイオレーター』『全力スマッシュ』)。
昨日、ロビー壁面で輝いていたべっぴんさんが今度は壁を抜け出していたので、やっぱり写真撮影。
暴走中w


この日は『全力スマッシュ』のティーチイン&サイン会で盛り上がり、気づいたら午後10時近くに。
急いで宿泊地の最寄り駅である西田辺に移動、この日初めてお目にかかるインド映画ファンのyamaninさんと駅近くのインド料理店(SURAJ)で遅い夕食。
チーズナン。


午後11時20分頃、お店の方から「そろそろ閉店しますので」と言われたので引き上げようとしたところで、店のモニターにべっぴんさんが登場、「こ、これだけ観てもいいですか?」と思わずお店の方にお願いしてしまいました。
さすがはべっぴんさん。
外してないぜ。


3月15日(日)
この日は『ファニーを探して』の上映日。
その前に2本(『単身男女2』『バングラデシア』)鑑賞して、いよいよ『ファニーを探して』の上映。
インド映画ファンの間では名高い画伯が描いたべっぴんさんの肖像画がロビーに飾られていたので、ここでもさっそく記念撮影。



そして改めて、ポスターとも記念撮影をしました。




気になっていたお客さんの入りも、完売とまではいきませんでしたがほぼ満席の入りで、不肖せんきち、ほっと胸を撫で下ろしました。
この映画、派手な踊りは皆無の淡々としたロードムービーですが、劇中にちりばめられたシニカルなギャグに場内も笑いに包まれ、スクリーンでこの映画を観られたことに改めて感謝したい気持ちになりました。
ただ、上映に感謝すると同時に気になったことが少し。
・当初、監督の来日&舞台挨拶が公式サイトでアナウンスされていましたが、いつの間にやらその情報が削除されておりました。
来日がキャンセルになるのはいたし方のないことなので、できれば、そういう場合には「都合によりキャンセルになりました」とアナウンスした上でサイトから情報を削除して頂ければと思います。

・パンフレットの解説にはアルジュン・カプール演じるサビオのことをべっぴんさん演じるアンジーの「元カレ」としていましたが、ここはやはり「幼馴染」とすべきでしょう。
この2人が6年ぶりに再会してはたしてどうなるのか?というのが、この映画の見所の一つでもあります。
ということで上映も無事終了、 不肖せんきちはシネリーブル梅田に移動して『ホイにおまかせ』を鑑賞後、夜行バスで帰途に着きました。

大阪アジアン映画祭、東京国際映画祭とはまた違った手作り感のあるぬくもりに満ちた映画祭で、この雰囲気はいつまでも大切にしてほしいなあと映画祭を愛する者の1人として切に願うものであります。
そしてまだこの映画祭におみえになったことがない方も、来年はぜひ足を運んで頂きたく思います。
(そんなこんなでとりあえずの報告終了)