2008年11月5日水曜日

追憶の切符 (車票)

〔えいが〕


2008年、中国・香港(驕陽電影有限公司・北京稻草熊影視文化有限公司)。張之亮監督。左小青、呉奇隆、葉童、午馬、他。

11月3日、文化の日。
『放・逐』舞台挨拶つき試写会招待状を盟友・リネンさんに託し、あっしは生じぇいこぶの姿を拝むため、NHKふれあい広場ホールにて『追憶の切符(車票)』を鑑賞。
ストーリーは・・・・すいません、NHKアジア・フィルム・フェスティバル公式サイトから引用(一部加筆・改変)します。


テレビ局のレポーターとして北京で働く雨桐(左小青)。実は赤ん坊の頃、教会の前に捨てられ、孤児として育っていた。今でも自分を捨てた両親にわだかまりを持っているのだが、育ての母であるシスター(葉童)が亡くなったことで実の親を捜すことになる。雲南省の雄大な風景をバックに、幼馴染みの志軒(呉奇隆)、ちょっぴり愉快な運転手兼ガイド(午馬)の助けを得てわずかな手がかりをたどっていく雨桐。その旅は自分が成長する旅でもあった・・・・。


原作(李家同の短編『車票』)の舞台は台湾(原作者が育ったのはこちら)だったのに、中国大陸の巨大マーケットを意識した結果、中国に舞台を移すことになり、そのため設定にかなりの無理が見られますた。
根掘り葉掘りが大好きないやらしい中年女・せんきちが、この映画を観ていてどうにも気になった点を、以下に挙げると・・・・。

・今なお公式にはバチカンとの断絶状態が続いている中国において、カトリックの教会を物語の支柱に据えたことにより、ヒロインの親探しもさることながら、シスターが何故に神に出会い、何故に信仰を持つに至り、何故に修道女となったのか、そのことがとても気になってしまうのでありますた。
映画化にあたって、原作者からは「宗教的な背景はいっさい変えてくれるな」との要請があったそうですが(上映後のQ&Aにおける監督のコメント)、当初、監督は哈爾濱で撮影することも考えていたといい、となると、東方正教の可能性も出てくるわけで(←「もしも哈爾濱で撮影を行っていたら、東方正教の教会が選ばれていた可能性もあるのではないか」の意)、よけいやっかいなことになっていたのではないかしらん?(哈爾濱じゃ、文革のときには教会が丸ごとぶっ壊されてるしねえ)
また、実際の雲南少数民族の間において、カトリックがどれだけ浸透しているのか(台湾は原住民のカトリック率高し)、そのことも知りたくなってしまったっす。

シスターといえば・・・・。


・ヒロインと幼馴染は少数民族ですが、かたやテレビ局のレポーター、かたや外資系企業(推定)勤務(共に北京在住)という、いわば「スーパーエリート」達です。しかも吹替のせいでとってもなめらかな普通話を話しており、そのことが二人のエリート色をいっそう強めることともなっています(ヒロインはテレビ局勤務だから、ちゃんとした普通話を話す必要があるとは思うけど)。
しかし、二人の故郷である雲南省には、そんな右肩上がりの人生とは無縁の、昔ながらのくらし(というと聞こえはいいが、経済的にはもちろん赤貧)を送っている人たちが無数にいるのです。
そのような状況の中、なぜ二人が(中共にとって)選ばれし民となり得たのか、その理由がすっげー気になります(本人の努力だけじゃないと思うよ、たぶん)。
そして、あの貧しいお母さんは、どうやって北京行きの切符を調達したのでしょうか。
・先にもちらりと述べた通り、この映画の役者さんの台詞は吹替で、その理由はといえば、茶通さんのブログによると、「香港の役者だと吹替なしの場合、シリアスな場面でも観客から笑いが起こってしまうから」との由(監督のコメント)。
そうはいっても、この映画は雲南省が舞台なのですから、別に吹替じゃなくてもいいと思うのですが。
もしも監督のおっしゃる理由が事実だとすると、台湾映画で台湾の役者が話す台湾国語はどうなるんでしょうかねえ。これも笑われちゃうんでしょうか。

そんなわけで、「台湾が舞台なら、もっと素直に感情移入できたのになあ」と非常に残念に思いますたが、人探し&ヒロインの心の成長というパターンは、あっしの大好きな張監督作品『自梳(女ともだち)』と非常に似通っており、『自梳』では恋愛や友愛、こちらの作品では親の愛を描きながら、張監督が常に追い求めているのは「無償の愛」なのだなあ、としみじみ感じ入った次第。
そしてその無償の愛は、父なる神の愛に繋がっていくのでしょう、きっと。
日本ですと、親が子に寄せる愛情、というと、どうしても母親のそれを考えがちですが、この映画では父親の愛情もきっちりと描いていて、それも神の愛とリンクするのかしらん、とも考えますた。

上映後、監督と左小青を迎えてのQ&Aを経て、ロビーでフェスティバル恒例(?)のサイン会が行われ、せんきちは、もちろん監督にサインを頂きますた(だってそのために来たんだもん)。
そしてずっと言いたかった一言、

「監督の『自梳』が大好きです」

とお伝えすることができますた。
実は監督も、『自梳』が一番好きな作品なんですって。

あたしたち、気が合うわね(おいおい)。

左小青嬢は、映画では落ち着いたイメージですたが、素で見るとかなりキャピキャピ(死語)した感じのお方でした。

付記:どーでもいいけど、葉童が真黒だったのと、銭小豪が大澄賢也化しつつあるのも、ひじょーに気になりますた。

4 件のコメント:

  1. 初めまして。雲南省はキリスト教がかなり浸透した土地です。だいたいにおいて、カトリックの布教というのは、「文明化されていない」土地の原住民たちを、一刻も早く目覚めさせることが大事だったわけで(アフリカもそうですね)、奥地へ行けば行くほど熱心だったし、改宗もすんなりはかどったようです。文革中の迫害は言うまでもありませんが、あそこまで山奥ですと破壊の手はあまり及ばなかったのか、現在も雲南省各地にいくつもカトリック教会が残っていてちゃんと活動中らしいですよ。映画の中の教会も、どう見ても東方教会系ではなかったですね。いろいろとつっこみどころの多い映画でしたが、じぇいこぶ、頑張って!

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  2. はじめまして。
    いろいろご教示ありがとうございます。
    中国のカトリックが共産政権下においても活動(天主教愛国協会)を行っていることは、当方も承知しております。ただ、バチカンとの関係が今でも表向き切れているので、その辺りが非常に気になった次第です。
    東方正教は、ハルピンのようなロシアの影響下にあった都市に残っているようですね。
    大好きなじぇいこぶの映画だったので、期待が大きかった分、疑問も大きくなりました。
    ところで、誠に恐縮ですが、ハンドルネームで結構ですので、お名前を明記下されば幸いです。

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  3. さきほどは匿名にて失礼いたしました。半可通の知ったかぶりを書きまして、身の縮む思いです。拙者もじぇいこぶの作品ということで大いに期待しましたが、あちこちに無理のある出来でしたね。あのヒロインは、10年前のチャーリー・ヤンならもっとぴったりだったかもしれません。拙者の前後左右のお客さんがたはすすり泣いておられた模様。ところで「Orzボーイズ!」でおばあちゃんについてご質問なさっていたのはせんきちさんですよね?いい映画でしたあ。

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  4. ぽんきちさん

    こんにちわ。
    そうですね、楊采妮だったらもっと感動していたかも知れません。
    ニッキーとも名コンビですし。
    >ところで「Orzボーイズ!」でおばあ
    >ちゃんについてご質問なさっていたの
    >はせんきちさんですよね?
    はい、その通りでございます。
    あれはいい映画でした。どこか買ってほしいです。

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