2006年3月4日土曜日

スーベニール香港 第2話

〔たび〕


せんせー、質問です!

なんですか?せんきち君。

『ALWAYS 3丁目の夕日』が日本アカデミー賞を総なめにしたことと、日本テレビが授賞式の中継を行ったことには、何かかんけーがあるんですか?

・・・・。

2月13日(月)

午前8時30分頃起床。
「鼠に引かれて楽園参り」するおばとおば友は、一足先にホテルを出発、せんきちとせん友はしばしお部屋でだらだらした後、10時30分過ぎにようやくホテルを出て、まずは上環へ。
林奇苑茶行でお買い物。
がぶ飲み用のお茶とお土産用のお茶を買った後、地下鉄に乗車。
せん友は灣仔で下車、せんきちはそのまま地下鉄に揺られ続けて西灣河の香港電影資料館へ向かいます。

11時40分過ぎに資料館に到着、手続きを済ませて50ドルを支払い、ヘッドホンを借りてビデオブースにて陳寶珠の『春光無限好』と『紅葉戀』を鑑賞。
後ほど改めて書きますが、『紅葉戀』のサービスカットは予想だにしなかった展開ゆえ、せんきち大コーフン、じゃなかった、ビビリまくり。
隠れた海女映画でした。

2本観終わってまだ時間があったので、香港電台製作の尤敏の特集番組も鑑賞。
『珍珠涙』の尤敏小姐があんまりきれいだったので、何度でも観たい気持ちになりましたが、せん友との待ち合わせの時間のこともあったため1回で我慢、ヘッドホンを返却して閲覧室を出ました。

結局、昼食は抜き。

1階の自動販売機で大好きな菊花茶を買い、ぐびぐび飲んでから待ち合わせ場所である尖沙咀へ行く前に上環へ寄り道。
が、買い物をしようと思っていた店はお休みだったので、やむなく尖沙咀へGO。
麼地道(モディ・ロード)沿いの7-11で今度はマンゴージュースを買い、これもぐびぐび一気飲みして海景大廈へ一直線。

ここは、1960年からしばらくの間、尤敏が住んでいたところです。
てなわけで、せんきちにとっては「聖地」の1つ。
1961年の『香港の夜』撮影当時にもここに住んでいて、その室内が『週刊明星』等で紹介されています(これは後ほど気が向いたら取り上げるかも)。

今じゃこんなにポンコツだけど。

しばしビル前に佇み、写真撮影を済ませてから漆咸道南(チャタム・ロード・サウス)を横切って日航香港に行きました。
ここのロビーでせん友と待ち合わせた後、お向かいの華懋廣場戯院で『最愛女人購物狂』の切符を購入、DFSでおかんに頼まれた口紅を買って、星光大道経由で今度は九龍酒店へ。

薄暮の香港。

九龍酒店のロビーでmakuranososhiさんと待ち合わせ、makuranososhiさんのご案内で尖東の「小南國」にて上海料理を食しつつ歓談。
途中、makuranososhiさんのお友達も合流して、ヘタレ広東語しかしゃべれないせんきちゆえ日本語・北京語・英語・広東語が飛び交うという恐ろしい言語状況のもと、楽しいひとときを過ごしました。
食後、映画の上映時間までまだ間があるため、近くのスタバに場所を移してここでもまたおしゃべり。
お二人とも、『SAYURI』に対する日本人の反応が気になるらしく、質問されましたが、なにしろ、あれったら、ねえ・・・・(ちなみに、makuranososhiさんは『SAYURI』に関して、大変ユニークな文章をお書きになっていらっしゃいます)。
映画館まで送ってもらい、ここでお二人とはお別れしました。

いろいろありがとうございました。

で、映画。
怪しいお金持ちのホームシアターみたいなスクリーン6(30席)での鑑賞でしたが、映画そのものは手堅い仕上がり。
ちょっとくどいところもあったけど。

上映終了後、尖沙咀駅まで地下道をぶらぶら歩き、地下鉄に乗ってホテルへ帰りました。

(まだつづくらしい)

おまけ:樂蒂の結婚披露宴があったのはここ。

2006年3月3日金曜日

男の勝負 関東嵐

〔橘ますみ〕

やっぱり「度胸千両入り」ね!


1967年、東映京都。山下耕作監督。村田英雄、池部良、北島三郎、待田京介、桜町弘子主演。

超お久しぶりの橘ますみたんネタの前に、ちょっと別の話を。

先日届いた『香港電影通信』を読もうと思ったら、『侯孝賢通信』(創刊第一号)なるリーフレットが同封されていることに気づき、これにも目を通してみました。
そこには「日本公開年(Filmography)」というタイトルのもと、侯監督作品の日本公開リストが整理されていました。
このリストによれば、一番最初の日本公開作品は1988年の『童年往事‐時の流れ』。
実はそれ以前の1984年10月、すでに『坊やの人形』が日本公開されているはずなのですけれど(くわしいデータは、こちらこちらをご参照下さい)、本リストでは1990年(侯孝賢映画祭)に至ってようやく『坊やの人形』が登場します。
おそらく何らかの基準があって1984年のデータをカットしたのでしょうが、それならば、いかなる基準のもとに作成したリストなのか、それをきちんと明示すべきだったと思います。
ご存じない方が見たら、やはり誤解してしまうと思いますし。

といったところで、本題に移りましょう。

今月は、「東映チャンネル」で橘ますみたん出演作品が3本(『男の勝負 関東嵐』『男の勝負 白虎の鉄』『シルクハットの大親分 ちょび髭の熊』)も放映されるので、ウハウハのせんきちです。
本作はその中でも最も初期の作品

ますみたんの役どころは、静岡は三島の女郎・夏子。
故郷は天竜川流域の貧しいおうちらしいっす。
近藤正臣扮する貝島組の養子・健男のなじみの女郎でしたが、その後身請けされて正式に健男の婚約者になります。
しかし、敵対する大串組の陰謀によって貝島組の組長ともどもドスで一突きにされ、屋敷に火を放たれてしまいます。
ここに居合わせた北島サブちゃん、組長だけを担いで安全な場所に運び、1人残されたますみたんは哀れ人間BBQに・・・・と思いきや、駆けつけた村田だ!に間一髪救い出されます。
が、時すでに遅し、彼女はすでにこの世の人ではありませんでした。

じゃんじゃん。

そんなこんなで最後の殴りこみに突入、後は推して知るべしであります。

近藤正臣の死んだ父親の役が待田さん。
待田さんは明らかに猿顔ですが、近藤正臣も猿顔かしらん。

池部良も出ていたけれど、今ひとつ活きていなかったような。

途中まできっぷのいい姐御だった桜町弘子が、村田だ!と夫婦になった途端、なよなよした世話女房になっちゃうのは、つまんないけど想定内。
「あたしったら、こんなに突っ張って生きてるけど、ほんとは淋しがりやの可愛い女なのよ」ではなく、「あたしったら、こんなに突っ張って生きてるけど、ほんとにどこまでも突っ張ってる女なのよ」だと、「1人でも生きていける女」になっちゃいますしね。

五月みどり2号、もとい、小松みどりの存在がこの映画で一番の謎でした。
ヘタレな台詞を二言三言しゃべった他、「ポチャポチャ小唄」を唄ってくれました。

(於:東映チャンネル)

2006年3月2日木曜日

スーベニール香港 第1話

〔たび〕

タイトルは、こちらから頂戴しました。

すでに「香港電影迷宮+blog」さんが取り上げていらっしゃいますが、「香港國際電影節」のプログラムが発表されたようですね。
日本映画の特集は、中川信夫監督
先だってのフィルメックス及びベルリン映画祭での特集と同じ内容です。
個人的には、『憲兵と幽霊』の万里昌代の腋毛が封印されたのが残念でならないんですけど。

ところで、中川監督と言えば『セクシー・ダイナマイト猛爆撃』の巻末に掲載された「特報!『映画秘宝コレクション』第三弾 『幻の怪談映画を追って』予告編」に、

台湾版『地獄』ポスター

なる図版があるのですが、これがどうも、仔細に眺めてみたところ台湾版などではなく、シンガポールのキャセイシネマで上映されたさいのポスターのようなのであります。
しかも、

泰語對白(中文字幕)

タイ語吹替・中文字幕ですよ。

っつーことは、タイでも上映されたんか?

あの不気味すぎる沼田曜一が、タイ語をしゃべるとどうなるのか・・・・。

せんきちとしては、このとき同時上映されたという『裸女天堂』も気になるところです。

天国(天堂)と地獄。

キャセイ(國泰)さんったら、すばらしいセンスです。


さて、そろそろ記憶喪失になりつつあるので、ここらで香港旅行記でも。


2月12日(日)

うーんと早起きして、CXに乗って香港へ。
メンバーは、おば、おばのお友達(おば友)、せんきちのお友達(せん友)、そしてせんきちの4名。

機内では、『黒社會』を観て過ごしました。
気流が悪いみたいで、なんだかよく揺れます。

午後1時30分過ぎ、香港着。
着陸がまたすごかったけど、どうにか無事でした。

今回のお宿は、せん友のリクエストで旺角のランガムプレイスホテル(朗豪酒店)。
大画面の液晶テレビとDVDプレイヤー、そしてエッチすぎるバスルームが魅力のお部屋でした。



これじゃあ、おちおちうん○もできねえよ。

ホテルに荷を解いた後、ハイティーのクーポン券を貰ったのでラウンジでお茶。
サンドイッチやらケーキやらスコーンやら、けっこうな量でした。
おばったら、残ったスコーンがもったいないからと言って、紙に包んでお持ち帰りしていましたわ。おほほ。

お茶の後、せんきちは明日鼠楽園に行くというおばとおば友を連れて中環の鼠切符売り場へ。
せん友はその間信和中心でお買い物との由。

地下鉄に乗って中環に着き、地下道を延々と歩いて鼠切符売り場に到着。
この地下道の感じ、そしてこの距離感、まるで京葉線東京駅のようだわ。
鼠が絡むと似てしまうものなのか知らん。

鼠マニアであるところのおば友は、切符売り場に着いただけで狂喜乱舞、さっそく写真撮影を始めました。
鼠マニアでないところのせんきちには、この高揚感はとーんとわかりませんでしたが、喜んでいるのを見るのはなんだかうれしいものでした。

無事に切符をゲットして、再びホテルへ。
ロビーで待ち合わせていたせん友と、今日これから夕食を共にするくま某さんと合流、くま某さんのご案内で近くの火鍋屋さん(譚魚頭)に行きました。
ここで、くま某さんの奥様とも合流。


食したのは、上の写真のような鴛鴦火鍋。
ここの本店は四川省成都市にあるのだそうです。
主に辛いほうをいただきましたが、羊肉がおいしくておかわりしてしまいました。
お値段もお手頃で、なるほど、繁盛しているはずです。

この店の階上には、

別府 駅前料理

という謎の店がありましたが、「駅前料理」(よりによって別府)というのがいかなる代物なのか、残念ながら今回は確かめることができませんでした。

夕食後、くま某さんご夫妻と別れ、そのままホテルに帰るというおば&おば友とも別れて、せん友と2人旺角の雑踏を散策。
信和中心を冷やかしてから映画を観ようと思いましたが、時間が中途半端だったので断念、近くの安売りDVD屋さんで、『特警009』『催命符』のVCDを19ドルで購入。
特警009』は中平康監督作品。『野郎に国境はない』のリメイクです。
催命符』は主人公が鄧雷という名前で、どうも『神火101 殺しの用心棒』と原作が同じみたいゆえ気になっていたものの、羅維監督なので今ひとつ観る気になれずにいたもの。

19ドルなら惜しくないものね。

それから、林建明のつるっぱげムービー『社女』が11ドルだったのでこれもお買い上げ。

つるつる

仕上げに、『教我如何不想她』のVCDも購入。
ホテルのお部屋でさっそく『教我~』を鑑賞しました。

ただいま鑑賞中。

てなわけで、気づいたらすでに12時を回っていたので、シャワーを浴びて午前1時30分過ぎに寝ました。
(だらだらとつづく)

2006年3月1日水曜日

春光無限好 (What a Good Time)

〔えいが〕

1968年、香港(九龍)。呉丹監督。陳寶珠、呂奇、王天麗、譚炳文主演。

陳寶珠主演の日本ロケ映画。
大まかなストーリーは、下記の通り。

世界的なカメラマンである陳碧天(呂奇)は、砂浜で写真の撮影をしていましたが、無遠慮な若者グループの乱入によって、せっかくの雰囲気を台無しにされてしまいます。
碧天はグループの女性に抗議しますが、逆に彼女から言い返されてしまい、口論となります。

その後。

碧天の親友・周俊文(譚炳文)は、ガールフレンドのいない碧天に、自分の婚約者である杜曼玲(王天麗)の妹・詠琴(陳寶珠)を紹介しますが、詠琴こそ、あのとき砂浜で碧天と喧嘩をした相手でした。
お互い最悪の印象しかない2人のこと、「日本のお嬢さんが最高さ」と言う碧天に対して詠琴も逆襲、その場は物別れに終わります。
なんとかして2人を和解させたい俊文と曼玲は、詠琴を連れて碧天の家を訪ねますが、ここでも碧天と詠琴は大喧嘩してしまうのでした。
しかし、碧天はそんな詠琴に徐々に惹かれ始めていました。

碧天は自宅にやってきた際に撮影した詠琴の写真を密かにコンテストに出品、その写真が入賞します。
何も聞かされていない詠琴は新聞でそのことを知って大激怒、入賞祝賀パーティーに強引に出席して碧天にビンタを食らわします。
失意の碧天は、1人日本へ旅立つのでした。

今になってようやく自分の思いに気づいた詠琴は、碧天に謝りたいと思いますが、すでに碧天は日本へ旅立った後。
しかし、悶々とする毎日を送る詠琴にチャンスが訪れます。
俊文が日本出張のついでに曼玲を連れて婚前旅行をする、というのです。
詠琴は姉にせがんで自分の同行を許してもらい、3人は日本へ向かうのでした。

日本へ着いて、詠琴は姉と一緒に観光を楽しみますが、2人きりの旅行だとばかり思っていた俊文は不満がたまり、ついに曼玲と口論になってしまいます。
2人の口論を聞いた詠琴は、こっそりホテルを後にします。
詠琴がいなくなったことを知った俊文と曼玲は慌てて詠琴を探しますが、結局見つけることが出来ません。

一夜明けて。

とあるお邸の庭に彷徨いついた詠琴は、そこで碧天の姿を見出します。
そこは、碧天の日本での住居でした。
碧天は、自分の写真のイメージに合う日本女性(なぜか芸者さんなんですけど)を見つけることが出来ずに苦悩していました。
それを知った詠琴は、碧天にモデルの女性を紹介していた華僑の男性に声をかけます。
詠琴の姿を見て閃いたその男性は、さっそく詠琴を芸者にするため彼女を置屋にあずけるのでした。

短期間でめきめき頭角を現した詠琴は、芸者・秋子として売れっ子となり、やがて碧天に見初められて彼の写真のモデルをつとめるようになりました。
そんなとき、俊文と会った碧天は、詠琴が日本で失踪したことを知ります。
碧天の許を訪れた俊文は、秋子が詠琴であることなど知らず、日本の芸者さんの踊りが観られると知って大喜び、詠琴は2人の前で心を込めて踊りを踊ります。

と、そこへやって来たのが曼玲。
俊文の行動に不審を抱いた曼玲は、彼が浮気をしているのではないかと疑い、後をつけていたのでした。
芸者さんの踊りを見てご満悦の俊文を見て彼が不貞を働いていると勘違いした曼玲は香港へ帰ると宣言、自分の行動があらぬ誤解を生んでしまったと責任を感じた詠琴も碧天の前から姿を消します。

日本に残された男2人、ようやく秋子が詠琴だったことに気づき、慌てて香港へ帰るのでした・・・・。

日本ロケ、ということで京都、奈良、東京、あちこちで撮影していますが、映画の中では全て東京として処理されていました。
よって、碧天の日本における住居として登場するのが旧古河庭園(東京都北区)なのに、詠琴が芸者修業をするのは京都・祇園という、距離感がむちゃくちゃな構成となっております。
舞妓のかっこうをして「祇園小唄」を舞う(祇園は舞なんだよなあ、踊りじゃなくて)陳寶珠は、生田悦子に似ていました。

「日本のお嬢さん(←日本語で言ってました)が最高」と言いながら、最後は「香港のお嬢さんが最高」になってしまうオチや、香港のキャピキャピギャルがあっという間に新橋の売れっ子芸者になってしまう(ありえねー!)あたり、日本をダシにしながらさりげなく「中華の優越性」を示唆している映画のような気もいたしました。

で。
面白かったのが、ガールフレンドを紹介すると譚炳文に言われた時の呂奇の台詞。

ガールフレンド?さしづめ、サンドラ・ディーか団令子ってところかな?

呂奇の言う「日本のお嬢さん」って団令子だったのか。
っていうか、団令子って、香港でもかなりメジャーだったのね。
合作映画にも出てたしな(注:英文字幕では「サンドラ・ディーかアン・マーグレット」になっていました)。

ま、これに対して譚炳文は、

君はその2人しか知らないみたいだけど、香港の陳寶珠もいいよ。

と、思いっきり楽屋落ちな台詞で切り返すんですけど。

芸者姿の陳寶珠、「祇園小唄」の後はがらりと趣を変えて「ちゃっきり節」も披露していました。
新橋の芸者さんのレパートリーに「ちゃっきり節」があるか否かは存じませんが、町田佳聲先生がこれを知ったらさぞかし驚かれたことと思います。

「歌はちゃっきり節、映画は陳寶珠」ということで、お後がよろしいようで。

付記1:日本へ来る前、ことごとく碧天と衝突し、碧天の撮った自分の写真を破り捨てるわ、写真機材をぶっ壊すわ、碧天にビンタを食らわすわ、このあたりの詠琴のエキセントリックな行動、いわゆる「脾氣」というやつなのでしょうが、いっぺん医者に診てもらった方がいいのじゃないかと余計な心配をしてしまいましたわ。
そういや、『恋人(戀人)』の李康宜もすごかったなあ・・・・。

付記2:日本ロケのさいに関わった日本人スタッフに関しては、この映画と同時に撮影された『紅葉戀』の感想で取り上げます。

(於:香港電影資料館)

2006年2月28日火曜日

歡迎返回原地

〔しようもない日常〕

画像と本文は無関係です。

昨日、日帰りで奈良県天理市に行ってきました。

新幹線で京都へ。
そこから近鉄電車を乗り継いで約1時間、天理駅に着きます。

天理に来たのは、十数年ぶりのこと。
あいかわらず、

ようこそおかえり

の洪水でした。

これは天理教の信徒さんに対する言葉らしいのですけれど、初めて行ったときにはびっくらこきました、「ここに家なんかないよ!」と思って。

しかし今回収穫(?)だったのは、この言葉の中文訳を知ったこと。
それが今日のタイトルです。

そうか、親里=原地なのか・・・・。

台湾に多くの信徒を持つ天理教らしく、字体はばっちり繁体字。

今年は教祖120年祭(天理教では「教祖」と書いて「おやさま」と読むらしい)とかで、図書館でも特別展示を実施中。
せんきちもそちらを見学するため、来訪したのでした。

でもやっぱり、きついね、日帰りは。

あ、そうそう、天理教の法被を着た若者グループも健在でした。
ご苦労さまです。

付記:天理図書館近くにある天理参考館は、台湾原住民関連のコレクションで有名です。
せんきちは東京の天理ギャラリーで展示があったときにしか見たことがないんですが、今回も時間が無くて見学できず。
布袋戯の展示もあるみたいなので、いずれまた訪ねてみたいと思います。

2006年2月26日日曜日

黒電影+学生映画=校園太妹?

〔ちょっとお耳に〕

おまんら、こんなんでもスケバンぜよ!

どうでもいい素朴な疑問です。

昨晩、知己の方々と夕食を食べながらおしゃべりをしていたときに出た話題。

台湾にスケバン映画はなかったのか?

考えてみると、たしかに思い浮かびません。

考えられるケースとしては、黒電影と(同時期に流行した)学生映画がコラボレーションを遂げたときに「スケバン(校園太妹)映画」が発生、あるいは朱延平監督あたりが作っていそうな気もするのですが、なにしろ現在の日本では台湾の学生映画を実際に観る手段がないので、確認しようがありません。

YesAsiaのサイトには、

瘋狂念輕人

なんていうそれらしいタイトル、おまけに陸小芬主演の映画がありましたが、「商品内容」によればいったんは不良になった女生徒が更生しちゃう(「しちゃう」って言うのも何なのですけれど)話のようで、どうも純然たるスケバン物ではないようです。

そんなこんなで今度は「台灣電影資料庫」を調べてみたところ、

1984-09-01 大大公司負責人黄卓漢1日表示他並沒有解散大大公司的計畫,並將於本月底開拍一部暫定名為「十三太妹」的問題青少年電影。

なる記録がありました。

『十三太妹』といえば東映映画『女番長ゲリラ』の香港公開時のタイトルと同一で、「おお!ついにスケバン映画発見か?」と色めき立ったのもつかの間、どうやら上記の映画は製作されなかった模様です。

どなたか、台湾のスケバン映画に関してご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示下されば幸いです。

付記:スケバンついでにお知らせです。
ラピュタ阿佐ヶ谷にて、3月11日(土)から4月28日(金)まで、

THE女番長(ザ・スケバン) 全開ガールズパワー

という特集上映があります(21:00から1回上映)。
上映作品は、『女番長ブルース 牝蜂の逆襲』『女番長ブルース 牝蜂の挑戦』『女番長ゲリラ』『女番長』『女番長 感化院脱走』『女番長 タイマン勝負』『女番長 玉突き遊び』です。

國泰系列台湾版DVD&VCD

〔ちょっとお耳に〕


マジギレパソコン、ようやく治りました。
でも、いまだにときどき「ピー」とか「プー」とか奇声を発するんですが。
ま、よしとしましょう(BY:柳生博@百万円クイズハンター)

香港で観てきた陳寶珠のトンデモ日本ロケ映画の感想を早いとこアップしないと記憶の彼方に消え去りそうな今日この頃(実はかなりキョーレツだったので、そう簡単に消えはしないだろう、というか、むしろトラウマになりそうなんですけど)、まずは軽く肩慣らしということで、製品情報なんぞを。

今年に入って、國泰(電懋)のリマスターDVD&VCDの台湾版がリリースされ始めました。
今のところ、YesAsiaのサイトで入手可能なのは、

DVD:『情深似海』、『啼笑姻縁』、『南北一家親』、『教我如何不想她

VCD:『聊斎志異』、『曼波女郎』、『空中小姐』、『南北和』、『星星月亮太陽(上)』

の9本。

この他、発売元(豪客)のお買い物サイトによれば、『月夜琴桃』のDVDもリリース済みです。

香港版のように各作品毎にDVDとVCDの2種類の製品を出す、ということではなく、ある作品はDVDオンリー、また別のある作品はVCDオンリーとばらばらにリリースされているようでして、その点は非常に残念なのですが、DVDは香港版(リージョン3)とは異なり「リージョンALL」、しかもDVD・VCD共に香港版に比べて廉価という長所がございます。

上記のうち、せんきちが香港版を未購入なのは『聊斎志異』だけなのですけれど、今後は台湾版を買うようにしようかなあ、とも考えております。

これから國泰系列をお買い求めの皆様も、ぜひご一考を。

2006年2月23日木曜日

美代ちゃん、ごめんね! (BY:ヒデキ) 

〔しようもない日常〕

紫羅蓮。

すいません。

BBSにも書きましたが、ただいま、我が家のパソコンが大変な状態にあります。
2、3日で復旧するかと思いきや、今日(23日)現在いまだにマジギレ中。
そんなわけで、マジギレが治まるまで本格的な更新はお預けとなります。

あしからず、ご了承ください。

悲しみのズンドコやらマジギレやら、ほんに忙しいですわ・・・・。

付記:気晴らし(?)を兼ねて、昨日、ひさびさに新大久保でカラオケしてきました。
長らく行方不明になっていた小倩(吳倩蓮)の『回家』が文字通り『回家』していたので(順子の歌とは別物よ)、もちろん歌いましたわ。香港映画にも「回家」してほしいけど、小倩。
その他の見もの歌い物としては、熟女4人(吳鶯音、静婷、崔萍、蓓蕾)の『夢』と阿姐の『(我)一見你就笑』。濃すぎ。


美代ちゃんとヒデキといえば、このドラマ。
DVD-BOX、予約受付中。

2006年2月19日日曜日

張大人が笑わなくなった日

〔ちょっとお耳に〕

日本料理「菊花亭」、食べに来てね!

「悲しみのズンドコ」と書いたら心配した方からメールを頂いてしまい、ひたすら恐縮しているせんきちです。
相変らずのズンドコ状態ですが、こちらは毎日更新、とまではいかなくても、2日おきか3日おきぐらいには更新し続けますので、これまで通りお付き合い下されば幸いです。
ちなみに、メインサイトのほうも更新しました。

さてさて。

香港旅行のこともアップしなければならないのですが、まずは先月DVDがリリースされた『香港クレージー作戦』のことをちょっこし。

日本で立ち退き騒動に巻き込まれたクレージーの面々が、立ち退きの交換条件として香港に店舗を提供してもらい、そこで日本料理店を開業する、というのが本作のメインのあらすじですが、その場所は国賓酒店(現・東企業廣場)のお隣のビル(遠東)の階上(今のシェラトンの裏)。
たしかこのビルの1階にあるテーラーは、電懋の『玉樓三鳳』で丁皓が働いていた店のはず。

『玉樓三鳳』から。

開業したはいいものの、閑古鳥が鳴きっぱなしの店にお客を集めるため、急遽バンドを結成して街を練り歩く、その場面でちらりと映る映画館で上映されていたのが『星島姊妹花』。
顧文宗監督、林家聲主演の映画です。

日中ハーフのクラブ歌手・中美樹子(中尾ミエ←虻川似)から、香港財界の大物・張大人(石山健二郎)を笑わせればスポンサーになってもらえると聞いたクレージーの面々、店をほったらかしにしてバンドの練習に励み、ついに自分たちの演奏によって張大人を笑わせることに成功しますが、ここで気になるのが、張大人が笑わなくなったのが、

第2次大戦が終わって以来

だということ。

その理由は映画の中でははっきりと示されていないものの、あっしはこれを観るたび、1941年暮れから45年の日本の敗戦まで続いた過酷な(日本軍による)軍政の記憶が、張大人をして笑いを忘れさせてしまったのではないか、と思うのであります。

クレージーのステージがすっかり気に入った張大人は、その後彼らの料理にも太鼓判を押し、おかげで店は大繁盛になりますが、料理を食す張大人が「好!」と言うたびクレージーの面々が「ハハー!」とひれ伏す、この件はまるで料理による贖罪の儀式のようにあっしには思えます。

ところで。

当時の合作映画や海外ロケ映画のネタとしてよく使われたのが、

生き別れになった肉親を探す

というパターンですが、それはこの映画でも健在で、浜美枝扮する浜野ミエ(安易なネーミング)が、腹違いの姉・麻美(淡路恵子)に香港で再会します。
でも、この麻美ちゃん、日本人のくせに初めのうちは日本語が変なんだべさ。

忘れちゃってたのか知らん。

付記:ここここにも書いたけど、中尾ミエと淡路恵子のお友達をやってた香港の女優さんの名前がいまだにわかりません。『神火101 殺しの用心棒』にも出てたんだけどなあ。

2006年2月18日土曜日

電光幻影(第二輯)第十四集 明星偶像 尤敏

〔テレビ〕

『家有囍事』と『珍珠涙』は私の映画です。

1984年、香港電台。

BBSにも書きましたが、ちょっと悲しみのズンドコ状態にあるため、こちらの更新も休み休みになるかと存じます。あしからず、ご了承ください。

1984年12月21日に放映された尤敏の特集番組。
尤敏自身がインタビューに答えながら、合間合間に主演映画の映像(『家有囍事』『珍珠涙』『星星 月亮 太陽』)が流れて番組が進行します。

不肖せんきち、恥ずかしながら広東語を話す尤敏小姐を初めて観ました。
香港生まれ、マカオ育ちの広東人だからこれが彼女の母語なのだけれど、映画は全部北京語だったからなあ。
いやあ、新鮮、新鮮。

でも、字幕がなかったので何言ってるのかよくわからなかったさー。

お父さん(白玉堂)の話と、女学校に通っている間にデビューしちゃったので女優時代はお勉強する時間がなかったけれど、結婚してからはいろいろお勉強が出来るようになってよかった、とか言ってたのはわかったけどよ。

それにしても『珍珠涙』の尤敏小姐、きれいだわ。
改めて「この世にこんなにきれいな人がいるのか」と思いました。
早くDVD出ないかなあ。
映画の出来自体はあんまりよくないらしいが。

インタビューに答えていた尤敏小姐は、このとき48歳。
現役時代よりもいくらかふくよかにはなったものの、お年よりもずっと若々しく見えました。
上品な香港マダム。

ところで、番組で流れた『星星 月亮 太陽』はカラーじゃなくてモノクロだったけど、モノクロヴァージョンもあったのね。
『家有囍事』は今のところDVD化の予定はないらしいんですが、やっぱり観たいな。

パノラマさん、よろぴくね。

(於:香港電影資料館)

2006年2月17日金曜日

北京乙號

〔しようもない日常〕


帰ってきますた。

今回はいろいろな方とお目にかかりました。
お忙しい中、ありがとうございました。

映画は『春田花花同學會』と『最愛女人購物狂』を観た他に、電影資料館でもちょびちょび旧作のビデオを観ましたが、中にキョーレツな場面があって一瞬どっきりしてしまいました。
ま、そのあたりはおいおい・・・・。

写真は、ホテルの玄関にいた紅衛兵さん。
ここのホテルではチェックインのことを「下放」と呼び、チェックアウトのことを「粛清」と呼んでいました(ウソウソ)。

でもこの紅衛兵さん、


口元がなんだか南極Z号に似てますわ。


というわけで、「北京乙號」と勝手に命名させていただきました。

・・・・帰ってきた早々シモネタかよ、おい(そそくさと退散)。

2006年2月11日土曜日

トミイの『蘇州夜曲』

〔ちょっとお耳に〕


香港でも「蘇州」

突然ですが、12日から香港に行ってきます。
着いた日に電影資料館で楚原の映画を観るという「老電影迷の鑑」のようなことをするとかっこいいのでしょうけれど、たぶんそれは無理ということで。
電影資料館には翌日行く予定です。
帰ってきたらまたお会いしましょう。

さて、お出かけ前に一発。

1月17日に書いた記事(「王女と私」)の中で、大映と邵氏が合作映画『王女と私』の主役に李麗華を検討していたという台湾の報道をご紹介しましたが、その後もしぶとく古新聞漁りを進めたところ、今度はこんな記事(1961年6月24日付『聯合報』)が見つかりました。

邵氏將與東映合作 拍攝「蘇州夜曲」 由李麗華和大川橋藏主演

邵氏ったら、東映にも李麗華を売り込んでいたのか。

記事によると、映画の内容は香港と日本の風光明媚な景勝地を背景に、香港女性と日本青年の恋愛物語を描くというもので(なんでタイトルが「蘇州」なんじゃ!)、東映としては時代劇俳優のトミイが現代劇の主役を演じるというのがウリだったようです。
記事には東映山崎企画部長の、

大川橋蔵を現代劇に出演させるという計画は早くからあったが、それが香港との合作、しかも李麗華がヒロインなんて、これ以上理想的なことはない。月末には監督やその他のキャストを決めたい。

なるコメントが紹介され、クランクインは9月、さらに東映がスカウトした台湾スター・林沖の出演も予定されている、とありました。

でもなあ。
本郷功次郎ほどじゃないにしろ、やっぱり釣り合いが取れないような気が。

というわけで、この話も案の定ボツに。

東映としては、日本である程度の知名度はあるけれども年齢的に尤敏よりかなり上の李麗華よりも、尤敏と同年代の(日本では)未知の女優を一から売り出したほうが東宝と対抗しやすい、という計算が働いたのかも知れません。

しかし。

そんな意図のもとに起用したはずの樂蒂にも、「既婚プラスおめでた」という当時の日本の芸能界においては致命傷となりかねない重大事態が発生、(何度も書いているように)これまたボツとなるのですが。

ま、それでも仕切りなおして他の企画で合作をすればよさそうなものの、合作の作業を邵氏と進めて来た東映東京撮影所では、この頃(1962年)になると(前年から始めた)「ギャング映画」の路線が好調で、「合作なんかしなくても、自分たちだけでやっていけるよ」という気分になったのか、樂蒂の売出しのみならず合作計画自体がお釈迦になったのでありました。

さよなら、トミイ。

付記:森岩雄の『私の藝界遍歴』には「有名な製作者張善琨とこの李麗華を中心に、日本と香港の合作映画を作ることでしばしば相談し合ったが、結局適当なシナリオを得ることが出来ずに、まとまらないで終ったことはいまだに残念に思っている」とあり、李麗華は合作映画の話が持ち上がる度真っ先に名前の挙がる存在でしたが、最終的にはどれもうまくいかなかったようで、こと日港合作映画に関して言えばなんとも不運な女優さんだったのでした(『海棠紅』除く)。

2006年2月9日木曜日

麥家碧(アリス・マク)先生サイン会

〔しようもない日常〕

わーいわーい!

というわけで、行ってきました麥家碧先生のサイン会。

今日もなんだか腹具合が悪かったんですが、薬を飲んでむりやり出動。
会場であるリブロ渋谷店に着いたのは、開始(午後6時30分)10分ほど前のこと。
「もうみんな並んじゃってたらどうしよう」と思っていたら、

おや?

まだ1人しか並んでいませんよ。
さっそく後ろについて2番目確保。
そのうちにわらわらと人が集まり始め、待つことしばし。

麥先生の登場です。

拍手で先生をお迎えした後、いよいよサイン会の開始。

不肖せんきち、実はこの日のためにいろいろ秘策を練っておりました。

まずはお土産。
やはり手ぶらでお目にかかるのは失礼と思い、動物つながり(強引なこじつけ)で近所の「ひよこ製菓」へ走り、銘菓ひよこの詰め合わせを購入。
ここにメッセージカードを添えようとしましたが、はて、どのようなカードにしたものか迷ったあげく、結局マクマグカードに幼稚園児並みのヘタレ中国語でメッセージを書き、ひよことセットにいたしました。

次は秘密兵器。
ずっとファンであったということをアピールするためには、何はともあれグッズ持参がよかろうと思ったものの、ただぬいぐるみを持っていくだけでは面白みがありません。

ぬいぐるみにジャストフィットする品が、何かないものか。

不肖せんきち、錆び付いた脳みそをフル回転して考えました。

マクダルといえば・・・・

マクダルといえば・・・・

マクダルといえば・・・・

そうだ!洗面器だよ!

さっそく近所(いつもご近所)の荒物屋(死語)へ行き、真っ赤な洗面器を探しましたがなかったため、やむなくえんじ色のものを購入。

そして完成したのがこれだ!

マクダル&マクマグ入り洗面器。


横から見た図。
雑な仕事ですいません。

この秘密兵器と共に持参したのが、毎月欠かさず読んでいたお子様雑誌

『黄巴士』。

7歳や10歳などというちびっ子読者にまじって不肖せんきちも、

せんきち 3○歳

と書いたファンレターを編集部に送ったことがありました。ははは。

・・・・話はサイン会に戻ります。

最初の方がサインを貰っている間に、お店の方に整理券とを渡して自分の番が来るのを待ちます。

そして、せんきちの順番が来ました。

『黄巴士』を掲げながら先生の許へ歩み寄ると(ただの怪しいおばさんみたいですけど)、先生、

うぉんばーしー!

と小さく叫んで、驚かれた様子。

よっしゃ、これでつかみはOKじゃ!

と思ったせんきち、すかさず持ってきたお土産を進呈。

その後、椅子に腰掛けて先生のイラストとサインが書きあがるのを待ちながら、秘密兵器であるマクダル&マクマグ入り洗面器をおもむろに紙袋から取り出して先生にお見せしました。
先生、

ありがとう!

と日本語で一言。
通訳の方から、

香港で買われたんですか?

と尋ねられたので、

はい。

と返事すると、その旨広東語に翻訳して下さり、そしたら先生、もう一度日本語で

ありがとう!

とおっしゃって下さいました。

仕上がったイラストとサインの入った本を受け取り、お礼を述べてせんきちの任務はおしまい。

こちらこそ、本当にありがとうございます。

せんきちは嬉しうございました。


本だけでなく、DVD映画もよろぴくね。

2006年2月7日火曜日

シマさん

〔ちょっとお耳に〕


相変らず、お腹の具合が変です。
誰か住んでるんでしょうか。

一昨日から断続的に続いていたこちらのブログのアクセス障害、どうにか復旧したみたいですが、今度はサイドバーの表示がおかしくなってしまいました。
本文が終わった後、忘れた頃に現われて延々と続いています。
しかし、どうもこれIEだけの現象のようで、他のブラウザだとちゃんと表示されているようです。
テンプレートを替えたら元に戻るかと思いチャレンジしてみたものの、相変らずですね。
というわけで、IEでご覧の皆様、本文が終わった後にBBSその他のコーナーが登場いたしますが、あしからずご了承下さい。

さてさて。

deeplog JAPANさんで教えていただきましたが、5月に史馬山こと島耕二監督の邵氏作品『椰林春戀』のDVDがリリースされるそうです。

主演は、元祖台流スター・林沖と何莉莉。

この作品がメインサイトのこちらでご紹介したシナリオのいずれかに当たるものなのか、あるいはそれとは別のものなのか、観てみなければわからないのですけれど、個人的には別のものであるよう願っています。
なにせ、あのシナリオのつまらないこと、つまらないこと。
読んでいて飽き飽きしました。

島耕二監督の邵氏作品DVD化はこれが初めてですが、その他の監督(井上梅次、中平康、松尾昭典、村山三男、古川卓巳)に関して言えばそれぞれ1作品はDVDになっていますので、遅ればせながら島耕二監督もその仲間入り、ということになります。

が。

そういや、山内鉄也監督の特撮古装物『梅山收七怪』がまだですね。
これって、劇場公開は1973年ですけれど、製作が決定したのは1970年のことで、実際に製作された時期は1971年頃のようです(くわしくはこちらをご覧下さい)。
何ゆえに山内監督が呼ばれたのかというと、監督の『怪竜大決戦』があちらで大ヒットしたため、なのだとか。
結果、例によって「あれと同じのがほしい病」にとりつかれた邵逸夫が山内鉄也監督を招いて、台湾で撮った作品が『梅山收七怪』との由。
本作では、山内監督の他、八木正夫、三上睦男といった面々が特技を担当しています。

どんなもんなのか、ちょっと観てみたい気がするんですけどねえ。

ま、天映が権利を持っているようなので、これも近いうちにDVDになることでしょう。

おとなしく待ちます。

2006年2月5日日曜日

倒れてました

〔しようもない日常〕


風邪引いて、倒れてました。
熱はないのですが、胃をやられたようで、ひどい痛みで夜も寝られず・・・・。

昨日は、渋谷パルコの開店時間に合わせてリブロ渋谷店に乱入、一番乗りで「麥家碧(アリス・マク)先生サイン会」(9日にあります)の整理券をゲットしてきましたが、その後またしても胃痛が悪化、よって午後からダウン。

今朝、ようやく調子がよくなってきたのでブログの更新でもしようと思ったら、おや、こちらも倒れてますね。
アクセス障害が起きています。
どういうわけか更新用のページにはアクセスできるので、とりあえずここまで書いて、後ほど復旧したら『春田花花幼稚園 マクダルとマクマグ』(絵本)の感想でも書き加えたいと思います。
では。

以上、午後1時台に書いたものです。
そして、ただいま午後7時30分。
どうにか復旧した模様です。

というわけで、ほんのちょっとだけ絵本の感想を。

表紙と裏表紙はマクマグですが、収録されたお話自体はマクダル中心。
マクマグと仲良しのグーシーが、マクマグのためにステキなバースデーケーキをプレゼントしようと大奮闘する「マクマグの誕生日(マクマグのびっくりプレゼント)」などもせんきちの大好きなお話なのですけれど、残念ながら未収録。
アニメの第7話(DVD VOL.3に収録)でお楽しみ下さい。

しかし、そうは言っても、全体にツボを外していない構成です。
マクダルと言えばこれ!の粥麺屋における珍問答(4コマ)が収録されているのも、うれしい限り。

「この足は君の?」は、雑誌『黄巴士』92(2001年11月号)に中英対訳版が載っていますが、そちらではミッフィ(うさこちゃん)模様になっていたバンドエイドが日本語版ではマクマグ模様になっていました。
やっぱり、著作権の問題かしらん。

ただ、文字が小さい上に漢字多め、しかもルビなし、というのは、初めから大人の読者層をターゲットにしているからでしょうか。

お子様向けバージョンも希望します。

あ、それから、DVD、バラで買うつもりの方も必ずVOL.4はお買い求め下さい。
大人になったマクダルとメイのエピソード、涙なくしては観られません。


付記:三池崇史監督の『DEAD OR ALIVE 2』、海外版だと竹内力の役名が麥兜(マクダル)になってるよ。どうりで監督ったらマクダル好きなわけだ。

2006年2月2日木曜日

涙の確変リーチ

〔しようもない日常〕


また風邪気味です。
肩こりもひどいし。

さて。

昨日の『朝日新聞』夕刊に伍佰が載ってましたね。
台湾語絡みの記事でしたが、今日の話題はこれではなくて冒頭の写真。
今朝の『日刊スポーツ』全面広告から。

「ぱちんこ冬のソナタ」だって。

なんじゃそれ?

広告にスペシャルサイトのURLが書いてあったのでさっそくアクセスしたものの、なぜか見られませんでした。

ちなみに、製造元のサイトはこちら

『中日スポーツ』の紹介記事によれば、


CR「ぱちんこ冬のソナタ」は、珠玉の名シーンや思い出のセリフなどの実写映像がふんだんに使用されている。映像はジウ姫が演じるヒロイン・ユジンの視点で描かれる。大当たりが連続すれば、ドラマの第1話から20話まで、ユジンとヨン様演じるチュンサンとの切ない恋の行方を、パチンコをしながら感動を楽しめる展開にしている。


のだそう。


パチンコ屋がおばさまで満員になる日が来るのでしょうか。

それにしても、ひらがな書きの「ぱちんこ」、しかも縦書きって、なんだかなあ。


あっしが子供の頃、近所に「パチンコひかり」というパチンコ屋さんがあって、その後、ここの2階に理容室がオープンしたのですが、あろうことかその理容室、「パチンコひかり」の看板の「パ」の字を隠すように自分の店の看板を掲げちゃったものだから、「パ」の字の消えた「パチンコひかり」の看板が燦然と光り輝くことになってしまったのでありました。

あらぬ想像も、ほどほどにしないとね(あ、あっしのことか)。

2006年2月1日水曜日

東京の休日

〔えいが〕

1958年、東宝。山本嘉次郎監督。山口淑子、上原謙、久慈あさみ主演。

山口淑子の映画生活20年記念映画にして、引退記念映画
東宝オールスターキャストによる、歌と踊り満載の作品です。
もちろん、山口淑子も『夜来香』他数曲を歌っています。

冒頭、

協賛
比国パラトーン撮影所
遠東影業有限公司

と出るのは、フィリピン人キャスト(ビンボー・ダナオ、他)と台湾人キャスト(陳惠珠)の関係でしょう。
ちなみに、遠東は当時東宝映画の台湾における配給権を握っていました。

山口淑子演じるメリー川口の設定(子供の頃両親と共にアメリカに渡り、長じてデザイナーとして成功)は、彼女自身の境遇を少しく投影したものなのでしょうが、元夫(イサムノグチ)のイメージもどこかだぶります。

彼女が同行するアメリカの日系人旅行団体「1世観光団」は、勝ち組と負け組に分かれて大喧嘩しているという、アメリカというよりはブラジルの日系人みたいな団体さんです。
ま、笑えるといえば笑えるものの、戦時中、彼らがどれほどの辛酸を舐めたか、それはまだ日本では知られていなかったのか、それとも知っていたけれど敢えて無視したのか、いささか複雑な思いもいたしました。

途中、中華料理店「李香蘭」の主人として森繁久彌が登場、「李香蘭のファンなのか?」と尋ねる司葉子(客。銀座の美人喫茶〔たぶん〕のウェイトレスさん)に対して、おかしな日本語(フランキー堺系。というか、こっちの方が早いのか)で、

昔、満州で同じ名前の大きなレストランを経営していたが、あの子は小さい頃、うちの店によく食事に来ていた。 だからデビューするとき、自分の店の名前を芸名にしてあげた。

としようもない駄法螺を吐き、

満州ではレストランだけでなく、放送局も経営していたんだ。

と自分のことまでネタにしていました。

そういや、ここの件で、宝田さん(客。銀座の花屋で働いていて、司葉子と恋人同士の設定)、

一杯、白乾兒!

とか、中国語の台詞をちょこっとだけしゃべっていました。
『香港の夜』のルーツね。

ところで、先ほど台湾人キャストと書きましたが、映画が始まって間もなく、羽田へ向かう飛行機内で山口淑子の席に座っていた旗袍姿の女性が陳惠珠です。
この当時、東宝芸能学校で学んでいた彼女は、卒業後台湾へ帰国、中央電影の専属女優となっていくつかの作品に出演した後再び来日、母校で中国舞踊を教えながら舞台やテレビに出演、特に1961年9月19日に放映された日立劇場『私は嘘をついた』(TBS)は、彼女の半生を描いたドラマで、彼女自身が主演しているそうです。
その後、日本人と結婚して日本に帰化、現在ではこちらの学院長としてご活躍中です(こんなドラマの原作も)。
1970年の『社長学ABC 正・続』では、小沢昭一演じる旺滄海(おー!そーかい)の夫人役で顔を見せていました(2人の姪を演じていたのが、後に邵氏で活躍する恬妮) 。

以前CSでも放映されたことのある本作ですが、この日の上映用プリントは色褪せ褪せの非常に状態の悪いものでした。
ここらでひとつ、新しく焼き直していただきたいものです。

(於:ラピュタ阿佐ヶ谷)

2006年1月31日火曜日

足ながお姉さん

〔ちょっとお耳に〕


ぼーっとしていてチェックするのを忘れていましたが、キャセイのDVDシリーズ、『長腿姐姐』が1月21日に発売になりました(DVDはこちら。VCDはこちら)。

"Daddy Long Legs"ならぬ、"Sister Long Legs"ざます。

本作でタイトル通りの足ながお姉さんを演じたのが、葉楓。
『星星 月亮 太陽』の「太陽」です。
他のキャセイの女優さんたちに比べると圧倒的にバタ臭い、というか、イタリアーンな感じ(どんな感じじゃ)のする美女です。

この後、映画のタイトルである「長腿姐姐」はそのまま彼女の代名詞となりましたが、彼女には他にも「睡美人」なんていうキャッチフレーズもあって、それは1960年の『睡美人』から来ています。

『睡美人』から。葉楓と雷震。


彼女はその後邵氏に移籍しますが、1965年には東映との合作映画に出演するという企画が持ち上がります。
しかし、それは製作中止となって、けっきょく、彼女の出演映画が日本で紹介されることはありませんでした。
ただ、彼女自身は1961年に日本の週刊誌(週刊公論)の表紙を飾っており、実は日本にもお目見えしていたのでした。

妹役は林翠。
この2人、『四千金』と『蘭閨風雲』でもフェロモン垂れ流しの次女(葉楓)と活発で真っ直ぐな性格の三女(林翠)という組み合わせで姉妹役を演じていました。

それにしても、このジャケットの写真の喬宏、ほっぺたのつっぱり具合がどこか舞の海チックですわ・・・・。

2006年1月30日月曜日

Oh、ヴァカ、ヴァカ~

〔しようもない日常〕

お休みでした。

帰ってきました。
京都と大阪に行ってました。
今年最初の京都行きでしたが、着いた日は小雪が舞い、北風ピープー吹いている極寒のお天気。
いつものように京都市郊外(あともう少しで亀岡市)で秘密会議を行った後、翌日は大阪で調べ物があるためH急電車で移動、南方駅前のビジネスホテル(妙に天井が低いホテルでした)に泊まりました。

そして翌日。
前日とは打って変わって、おだやかな晴天です。
地下鉄に乗って淀屋橋で下車、大阪府立中之島図書館へ行くと・・・・。

休館日だって。

とほほ・・・・。

以前、やはり調べ物があって通っていた頃はたしか月曜休館だった記憶があり、ついネットで休館日を調べずに行き当たりばったりで訪れたらこの結果でした。

しようがないわね。


せっかくなので『上海社會檔案』に出てきた中央公会堂の写真(↑)を撮った後、

こちらは映画の方。25年も経つと木も育つわね。

近くの店でコーヒーを飲みながら、今後の作戦を練り直し。
とりあえず、もう一つ気になっていた京都府立総合資料館に行くことにして、ぶらぶら歩いて大阪駅へ。
地下街にあったNTT西日本のショールームにあるパソコンで念のため開館日を確認、今度こそきちんと開いていることを確かめてから新快速で京都に戻りました。

目的地の京都府立総合資料館は、北山にあります。
ここを訪れるのは、2度目です。
名前だけ聞くと「18歳以下入館お断り」のお堅い施設のようですが、基本的には誰でもOKなので、小学生も来館していました。
しかし、ここも都立中央図書館同様、(図書館の資料を閲覧するのではなく)自分の宿題だけやりに来ている方が多いのが難点ですね。
いちおう閲覧室とは別に自習室もあるのですけれど、自習室に入りきれなかった皆さんが閲覧室にも押し寄せていました。

開館時間は午後4時30分まで、コピーの申し込みは午後4時までだったのですが、何とか目的の資料の調査とコピーを済ませることができました。
閲覧やコピーの申し込み方法は、いつも行く国会図書館に比べるとおおらか、というか、あんまりシステマチックではなかったものの、係りの方はみな総じて親切でした。
よほどのレアな資料でない限り、和本も原本のままガンガン閲覧させてくれますし。

そういえば、香港電影資料館で資料を閲覧したとき、「前日の申し込みが必要」と言われたのでその日は書類だけ出して帰り、翌日再訪したら出てきたのはあんまり画質のよくないコピーだった、ということがありました。
いろいろな人が原本をそのまま閲覧すると(紙質のよくないものは特に)劣化が早まってしまうのは確かですけれど、逆に原本そのものに触れることによって、それがいかに貴重な資料であるかを実感する、いわゆる教育的効果も見逃せないのではないかとあっしは思います。

また、和本の複写に関しても図書館ごとにけっこう揺れがあって、府立総合資料館では江戸期までのものはマイクロ複写、明治期以降はコピー機OK(セルフコピーは不可)というスタンスでしたが、某私立T大学の図書館なんか、

あ、そこのコピー機でコピーして下さい。

と、江戸期の和本もセルフコピーし放題でしたわ。

・・・・話が横道に逸れました。

さて、調べ物もぶじに終わり、もう一つ懸案だった岩茶房京都を探訪すべく、地下鉄で四条へ向かいました。
不肖せんきち、目黒の岩茶房へはときどき寄せていただいているのですが、先だって立ち寄ったさい「今度京都に行くんですよ」という話をしたところ、「京都の店にもぜひ寄ってみて」と言われたもので、今回、よっこらせと訪ねることにしたのでありました。

場所は大丸の裏あたり。蛸薬師通沿いにあります。
以前あった京都店の内装は割と金属質な感じでしたが、今度の京都店の内装は目黒の本店に近い感じ。
スタッフの方にご挨拶した後、白毛猴を飲みながら店にあった雑誌をゆっくり読み、結局2時間近く寛いでしまいました。

店を出てから錦小路を河原町方面へ歩いていきましたが、tetorapotさんによると、この近辺の東宝系の映画館もいよいよ閉館との由。
近くにある成人映画専門の八千代館は、戦前の芝居小屋の趣を残す映画館ですけれど(入ったことないが)、ここもそのうち取り壊しになるのでしょうか。
文化財に指定してほしいけど。

てなわけで、あとは晩飯食べて新幹線に乗って帰宅いたしました。

以上、ご報告まで。

2006年1月27日金曜日

ちょっと出かけてきます

〔しようもない日常〕

2代目女王蜂、参上!

明日からちょっと出かけます。
帰ってきたらまた再開します。
では皆様、よい春節を。