2005年12月31日土曜日

よいお年を

〔しようもない日常〕


大晦日です。
ヤワラちゃんジュニアが誕生しました。

谷亮子・佳知夫妻に男児誕生「夫婦ともども一層の飛躍を」

田村で金・谷でも金・ママでも金・ムスコも金(お下劣)。

さて。

日中、面白いテレビ番組がないので、観るとはなしに教育テレビの坂田藤十郎襲名披露なんぞを観ておりましたが、その、なんですね、昔の香港映画の2枚目って、和事系の方というか、上方歌舞伎に出てきそうな方が多いような気がいたします。
張揚なんか、ぷっくりしたお顔がどことなく扇雀(って、今の藤十郎のことだけど)に似ておりますし。
してみると、香港映画における陽剛全盛時代の到来は、和事から荒事への転換だったのかも、などと、勝手なことを考えてしまいました。
喬宏は、例外的に荒事系の方だったと思いますけど。

で。

夕刻、親族が我が家にやって来ました。
年越しそばを食べたら帰るのかと思ったら、泊まっていくみたいです。
げげげ・・・・。
そんなわけでなんだか落ち着かないので、今日はご挨拶のみで退散いたします。

皆さま。
今年1年、当方のヘタレブログをご愛読下さいまして、まことにありがとうございました。
お身体にお気をつけて、よいお年をお迎え下さいませ。

2005年12月30日金曜日

花婿の死 (『銭形平次』第64回)

〔橘ますみ〕


1967年7月9日、フジテレビ・東映。長谷川安人監督。大川橋藏、八千草薫主演。

年の瀬です(またその書き出しかよ)。
朝っぱらから『女王の教室』の再放送やってるよ。
さて、年の瀬なのに「大西洋ひとりぼっち」になった男性のニュースが飛び込んできました。

客室乗務員に悪態ついた男、大西洋の小島に置き去り

「アルコールのおかわりを断られたことに腹を立てた」男性も大人気ないですが、わざわざ「途中で航路を変更してその島まで行き、そこで男性を置き去りにした」飛行機のクルーも、なんだかなあ。
ちなみに、「男性が置き去りにされたポルトサント島は、縦16キロ・横7キロの小島。ホテルが6軒、砂浜も数えるほどしかなく、観光客にもほとんど知られていない」のだそう。
そのうち日本人の態度が悪い乗客も、島流しにされる日が来るかも知れません。

で。

宿題を片付けます。
橘ますみたんゲスト出演のドラマ『銭形平次』第64回ざます。

この回が放映された日の前日・7月8日には、ますみたんが鶴田浩二の相手役に抜擢された映画『博奕打ち 不死身の勝負』が公開されております。
そのせい、というわけではないのでしょうが、この回ではヒロインであるお美代を演じています。

大まかな内容はというと、日本橋の呉服屋・越後屋の娘であるお美代は、両親が決めた縁談に気が進まず、思い余って平次親分の許を訪ねて相談します。お美代には他に好きな男性がいたのでした。
しかし、その矢先、許婚が殺されてしまいます。
平次親分はさっそく捜査に当たり、親分の推理によって犯人は逮捕、お美代も恋人との結婚を許されるのでした、というもの。

いわゆる大店のお嬢様役で、とりたてて言うこともないのですけれど、やっぱりこの頃はまだふっくらしていましたねえ。
石井組に加入後、見る見るうちに痩せた、というか細面になったような印象があります。

ともあれ、ますみたん初期のお仕事として、観られただけでも幸せでありました。

付記:ますみたんがちょっとだけ出ている『侠客列伝』のDVDが、1月に発売になります。
相手役は里見浩太朗です。里見浩太朗とは、『兄弟仁義 続・関東三兄弟』でも共演しています(『怪猫呪いの沼』では直接の絡みはなし)。


(於:時代劇専門チャンネル)

2005年12月29日木曜日

今日は尤敏小姐の祥月命日です

〔しようもない日常〕


年末です。
去年までは家業の手伝いに忙殺されていたのですが、今年9月に店は廃業、生まれて初めて静かな年の暮れを過ごしております。
といっても、神棚と仏壇をお清めして新しいお札を頂いてきたり、その他諸々の正月準備をしたりして、そこそこ忙しいのですけれど。

そして。

今日は、尤敏小姐の祥月命日です。
とりあえず、目下のお楽しみは1月7日の浅草東宝オールナイト。
先だっての「早期港、日電影交流展」(くわしくはこちらこちらをご参照下さい)のとき、香港へ招かれた宝田さんは尤敏小姐のお墓参りをしてきたそうですから、そのときのお話でもうかがえればよいなあと思っております。
「俺に惚れてた」の話はもういいので(お腹いっぱい)。

というわけで、今夜は何か尤敏小姐の作品でも観てから寝ることにいたします。
ではでは。

2005年12月28日水曜日

出たがり

〔ちょっとお耳に〕

なんだかパソコンの調子が悪いです。
買って3年。
やっぱり寿命なのか・・・・。

ということで、今日は小ネタでご容赦。


写真は、1962年の香港映画『桃李爭春』(電懋。易文監督)の一こま。
レコード会社の幹部・王経理を演じる王天林監督です。
トー先生の映画に出る前から、こうやって役者さんをやっていたんですね。

王晶監督は、父親から出たがりの血(?)も受け継いだということになるのか。
ふーん。

2005年12月27日火曜日

デブに撮らないで

〔ちょっとお耳に〕

可愛い顔してご立腹。

昨日、謎の日本人カメラマン・高詩綿を取り上げましたが、今日も日本人カメラマンネタを。

1967年9月22日付『華僑日報』に、下記のような見出しの記事があります。


なんだかおだやかではありませんが、記事によると、新作『珊珊』(何夢華監督)の試写を観た主演女優の李菁が、自分がデブに映っているのにご立腹、邵氏の製作陣に、

今後一切、あたしの映画に日本人のカメラマンは使わないで!

と訴えた、との由。
ようするに、きれいに撮ってくれなかったんですね、このカメラマンさん。

記事にはこの他にも、


邵氏は昨年日本人監督とカメラマンを招聘し、スタジオはさながら日本人の天下のようになったが、今年は去年ほど(日本人は)たくさんいない。なぜなら、日本人は言葉の障壁があるためトラブルが発生しやすく、また、香港のカメラマンと比べてさして力の差があるわけでもなかった。そこで、邵氏は方針の変更を決めた。


やら、


日本人カメラマンに対して不満を述べたのは李菁が初めてではない。このカメラマンは秦劍監督の『三燕迎春』のさいにもトラブルを起こし、結局黄明が代わりのカメラマンに起用された(この部分、要約してあります)。


とあり、件のカメラマンだけでなく、日本人スタッフ全体に対する敵意が見て取れます。

この記事から類推するに、今でこそ香港に渡った日本人スタッフは、彼の地の映画界に対して多大な貢献をした、と受け取られているものの、どうもその当時は手放しで歓迎されていたわけでもなかったようです。

西本さんの『香港への道』にもその点に関して、


それで、一つ補足しますとね、僕はいろんな監督を呼んできたので、ちょっとにらまれだした。日本の監督を呼んだのは西本だと。そもそも会社の方針なのに、そのへんのいきさつがわからない連中は、西本が呼んできたと言うわけです。あのころ、ショウ・ブラザースでは、僕の言うことは何でも通るというのが有名だったですからね。(163ページ)


とあって、やはり、日本人スタッフを招聘するという上層部の方針を快く思わない現地スタッフが数多くいたことを示唆しています。

となると、この記事はそういった邵氏の不満勢力が記者に頼んで書いてもらった記事、と見ることもできそうです。
それを証拠に、李菁はこの後井上梅次監督の作品に出演して日本人カメラマンとも組んでいますし、邵氏自体も引き続き日本人スタッフを招聘しています。

ただ、それにしても気になるのは、李菁をデブに撮っちゃったというカメラマンのお名前。
今のところ、『珊珊』の詳しいデータがないので、調べようがありません。
誰かしらーん(意地悪)。

さて。

今日、12月27日は樂蒂の祥月命日です。


1950年代~60年代の女優さんの場合、日本ならいまだにテレビや映画でご活躍中の方が少なくないのに、香港ではお亡くなりになった方もけっこういらして、なんだか淋しいですわね。

おまけ:先ほど食べたお寿司。
トロ、うまかー!

2005年12月26日月曜日

『千嬌百媚』のことなど

〔ちょっとお耳に〕


楊貴妃』のところで『千嬌百媚』のことにちょこっと触れましたが、そのついでにこの映画の撮影と美術について気になっていることを少し書いておきたいと思います。

西本さんの聞書である『香港への道』巻末の「西本正 略歴/フィルモグラフィー」によれば、『千嬌百媚』は西本さん、すなわち賀蘭山が撮影を担当したことになっています。
しかし、実際の作品には賀蘭山のクレジットはなく、

高詩綿

なる人物が撮影担当となっています。

それから、同じく『香港への道』によると、本作は村木忍が美術を担当したことになっていますが、これもやはり実際の作品には村木忍のクレジットはなく、

莫蘭詩

なる名前の人物が美術担当になっています。
ま、莫蘭詩は「もーらんしー」あるいは「もっらんしー」と読みますので、「むらきしのぶ」の「むら」を「もーらん(もっらん)」、「しのぶ」の「し」を「しー」とした、つまり村木忍の中国名と考えることも可能と言えるでしょう。

ただ、この莫蘭詩、本作の他にも2本、邵氏作品の美術を担当しておりまして、それが『花團錦簇』と『萬花迎春』です。
となると、仮に「村木忍=莫蘭詩」であるならば、村木忍は『千嬌百媚』だけでなく、『花團錦簇』『萬花迎春』と、計3本の邵氏作品において美術を受け持ったということになります。

ここで撮影のことに話を戻すと、『千嬌百媚』は日本でロケを行い、また、ダンス場面も日本で撮影を行ったそうですので、撮影の高詩綿は日本人である確率が高くなってきます。

ではいったい、高詩綿とは誰なのでしょう?

村木忍=莫蘭詩だとして、監督の陶秦が中華電影出身であることも考え合わせると、本作の日本ロケやダンス場面の撮影に際しては東宝が協力を行った可能性が大きく、ならば、「高詩綿=東宝のカメラマン」と考えられます。
高詩綿は「かおしーみあ(え)ん」あるいは「こーしーみん」と読みますが、これが日本のどんな姓の変名になるのか、全く想像がつきません。
もしかしたら「小泉(こいずみ)」かしらん、とも思い、それだったら、

小泉一

ないしは、

小泉福造

あたりかな、と勝手に推測してみたものの、何の確証もありません。

誰なんでしょう、高詩綿って。

ちなみに、莫蘭詩が美術を担当した『萬花迎春』のカメラマン・戴嘉泰(だいじあたい、だいがーたい)は、『紅樓夢』の撮影も担当した高田秀雄の中国名です。
でもこの映画(『萬花迎春』)のミュージカル場面、『千嬌百媚』のそれと比べると、なんだかよろしくないんですよねえ。
邵氏としては、西本さんが推薦した日本人カメラマンだし、西本さんはほとんど李麗華と林黛の専属みたいになっているので、樂蒂はこの人で行こうと考えたのかも知れませんが、残された作品を観ると、樂蒂がちょっと気の毒になります。

てなわけで、オチがつきませんが、高詩綿について何かご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示下されば幸いです。

付記:『千嬌百媚』、タイトルバックで服部良一の『ジャジャンボ』が使われています。中国語の歌詞ですが、『説不出的快活』とは違うものでした。姚敏(本作の音楽担当)が、師匠の曲に敬意を表したということになるのでしょうか。

『千嬌百媚』の1コマ。
子怡ちゃんも裸足で逃げ出す林黛の和服姿。

こちらは別の映画(『雲裳艶后』)から。
子怡ちゃんのうん○舞妓ヘアーのルーツ?

2005年12月25日日曜日

アイゴー!チョンガー!

〔しようもない日常〕


今日はクリスマス。
昨日の予告通り、フィルムセンターへ行ってきました。
兪賢穆監督特集の最終日。

まずは、『金薬局の娘たち』(1963年)。
裏『細雪』みたいな四人姉妹のノンストップ不幸ドラマ(ちょっと李昂的な匂いもあります)・・・・なんだけど、一番真面目で賢そうな次女は、肝心な時ソウルにいて不在なのだ。
最も不幸だったのはお母ちゃんだな。
ひたすらアイゴー連発。
水野久美みたいな長女は、なんだかんだ言ってたくましく生き延びるし。
個人的に一番好みだったアーパー三女は、気が触れて海に落ちて死亡。
生まれる時代と場所を間違えちゃったんだな、うん。
あそこまで不幸の連鎖が続くんだから、ラストもとことん不幸のまま終わってほしかったっす。

ところで。

三女をやってた崔智姫(チェ・ジヒ)のこと、ちょっと興味があったので調べてみました。
比較的最近の記事も発見。
某2ちゃんによれば「昭和40年代半ば、赤坂でクラブを開店」したらしいけど、ほんとですか?

劇中、台詞に「チョンガー」という単語が出てきて、ああそうか、チョンガー(總角、chongkak)って朝鮮語だったのね、と再認識。
となると、長唄『二人椀久』に出てくる「ちぇご」は、「最高」のことなんだろうか。

『修学旅行』(1969年)
心温まる映画でした。
「クリスマスにええもん観たわ」と、ほのぼのした気持ちで帰途に着くことができました。
ソウルで家政婦やってるお姉ちゃんと島の弟の再会は、ありがちながら泣けます。

それにしても、文姫(ムン・ヒ)ってきれいだなあ。
ということで、調べてみました。

ハングル読めないからつらいな。
まずはテキストでも買うか。

そして。

映画を観終わってうきうきしながら帰る途中、ダウンジャケットのポケットの中に失くしたはずのコインがあるのを発見!
張惠妹のセカンドアルバム『BAD BOY』の初回プレスに付いていたノヴェルティグッズざます。




お守り代わりにずっと財布の中に入れていたのに、いつの間にやら行方不明になってしまい、傷心の毎日を過ごしていたのですが、見つけることができて大感激です。

きっといいことあるよん。

2005年12月24日土曜日

12月24日=鶏肉とケーキを食う日ですか?

〔しようもない日常〕


昨日はホテルで忘年会でした。
勧められるまま白ワインを飲み、ビールを飲み、ウイスキーの水割りを飲み、赤ワインを飲んだら、気分が悪くなりました。
今朝起きたら、胃がもたれて困りました。

当たり前だわな。

そして、今日。
鶏肉のもも焼きとケーキを食べました。

風邪もようやく癒えてきたし、明日はフィルムセンターへ行こうと思います。

さて。

この前の記事でリリース情報をお伝えした邵氏版『楊貴妃』ですが、上映時間72分と大幅に短縮されている模様(某香港明星サイト掲示板の情報)。

それしか修復できなかったってことっすか?

あんな大会社なのに、どういう保存の仕方をしていたんでしょう。
そういや『千嬌百媚』も、途中どうしても修復しきれない部分があって、そこだけ全く別人の声で新しく台詞を吹き込み直してありました。

今さら何を言っても詮方ないことだけどさ。

で。

キャセイライブラリーの方ですが、12月19日に『同床異夢』がリリースされました。
なんだか、李湄と丁皓ものばかりね。

李湄と言えば、以前にも書きましたが、1961年の東宝ミュージカル『香港』でコーちゃんと共演しています。


この年、尤敏は映画で、李湄は舞台で、それぞれ東宝に貢献していたのでした。

ただし、舞台の場合、映画と違って映像が残っていないのが玉にキズ(当たり前か)。
その代わりといっては何ですが、その後の映画『桃季争春』において、『香港』で歌い踊ったナンバー「賣餛飩」を再び演じています。
でも、映画の歌は吹替なのですけれど。

それでは皆様、よいクリスマスを。

2005年12月22日木曜日

楊貴妃誕生

〔ちょっとお耳に〕


本日、邵氏版『楊貴妃』が、ついに発売の運びと相成りました(DVDはこちら)。

本作が、カンヌ映画祭でフランス高等映画技術委員会色彩撮影賞を受賞したことは皆様ご周知の通りですが、その受賞者である「賀蘭山」氏が元新東宝のカメラマン「西本正」氏だということをいち早く嗅ぎ付けた(?)のが、朝日新聞社。
1962年5月29日付『朝日新聞』朝刊に「賀蘭山氏は日本人」なる見出しのもと、


【香港=波多野支局長二十八日発】カンヌ映画祭で香港の映画会社邵氏ブラザーズ(原文ママ)が出品した「楊貴妃」が色彩撮影賞を獲得したが、これを担当したカメラマン、賀蘭山氏はれっきとした日本人で本名は、西本正氏(中略)。新東宝のカメラマンだったが、二年前から香港の邵氏ブラザーズで"技術協力"している。


との記事を載せており、その後、6月4日付朝刊「人」欄で西本さんを取り上げていますが、その書き出しは、


この道、二十年のベテラン。父が満鉄のメシをくい(正確には義父・せんきち注)、本人は満映でこの道にはいり、こんどは中国資本による映画「楊貴妃」で色彩撮影賞が「飛込んで」きた。不思議と中国づいている人である。


というもの。

昨年、福岡と東京で開催された西本さんの特集上映(ブルース・リーを撮った男 カメラマン西本正)で、主催者側がどうしても上映したかったのもこの作品。
ところが、


今回の上映企画ではぜひ『楊貴妃』をやりたかったんですが、ネガの状態が悪くて現像できないと言われたんです。上映用のポジ・フィルムも状態が悪いそうで(プログラムより)。


とのことで泣く泣く断念したのだそうですが、なんのこたあない、せっせと修復中だったんですよね。

何はともあれ、ようやく日本でも観られることになったこの『楊貴妃』、欲を言えば、もう一遍、西本さんの特集上映をやってもらえないかしらん。

スクリーンで観たいわ・・・・。

2005年12月21日水曜日

新・悪魔のえじき 暴虐女傑復讐魔 (瘋狂女煞星)

〔えいが〕

3人寄れば、文殊の知恵!

1981年、台湾(永昇)。楊家雲監督。陸小芬、崔守平、華倫、徐小玲主演。

まだまだ懲りていません、黒電影収集。
今回は『台湾黒電影』に登場した作品の内、日本で英語版のビデオがリリースされた『瘋狂女煞星』を観てみました。
おおまかなストーリーは、下記の通りです(英語版なので登場人物名が全て英文名になっています。あしからず、ご了承下さい)。

売れっ子モデルのキャロル(徐小玲)は、気に入らないCM撮影の現場をエスケープ、1人市街地へ戻ろうとするものの、あいにく山の中のためタクシーも拾えず途方にくれていました。
するとそこへ1台の車が通りかかり、これ幸いとキャロルは同乗させてもらいます。
しかし、車を運転していたリー(華倫)は、キャロルを強姦してしまうのでした。
キャロルは勇気を奮ってリーを告訴しますが、資産家であるリーは金に物を言わせて敏腕弁護士を雇い、まんまと無罪を勝ち取ります。
キャロルはリーを殺そうとしますがそれも叶わず、絶望して投身自殺を遂げます。
この事件に疑問を持ったのが、新聞記者のウェンディ・チャン(陸小芬)。
リーの有罪を確信した彼女は彼の身辺を調査しますが、ウェンディの美貌に興味を抱いたリーは、彼女へのストーカー行為を開始します。
そんなある日、会社からの帰途、行きずりの男5人にウェンディも強姦されてします。
ウェンディはそのことを正直に婚約者のマイケル(崔守平)に打ち明けますが、マイケルは彼女を冷たく突き放すのでした。
キャロルの怨念と自らの憤怒が一体となったウェンディは復讐魔と化し、自分を犯した男たちを1人、また1人と死に追いやって行きます。
4人目の男を殺した後、警察に追われる彼女を救ったのは、なんとあのリーでした。
しかし、このリーこそが、彼女を犯した5人目の男だったのでした・・・・。

冒頭に掲げた作品データは、オリジナルのものですが、ビデオは香港IFD経由の英語版のため、

1985年、香港映画

となっております。
また、スタッフ・キャストの表記もかなーり食い違っておりまして、

オリジナル
製作: 鳳越舉
監督: 楊家雲
脚本: 楚雲
撮影: 林自榮
音楽: 岳勳
出演: 陸小芬, 崔守平, 華倫, 徐小玲, 龍宣

IFD版
製作総指揮:ジョセフ・ライ
監督:カレン・ヤン
脚本:ベニー・ホー
撮影:ティーン・チェン
音楽:ベネット・リー
出演:フォンダ・リン、ウォーレン・チャン、バーナード・ツイ、チェリー・コク、モーリス・ラム

てな具合になっております。
だいたい、てめーで作ってるわけでもないのに「製作総指揮」ってなんだよ、ジョセフ・ライ(黎幸麟)。
それに、陸小芬がなんでフォンダ・リンになっちゃうんでしょ。
ビデオのパッケージには、

主演は台湾映画界きっての若手セクシー女優フォンダ・リン。台湾の梶芽衣子か藤純子か、まさに東映任侠映画のヒロインを彷彿とさせるいで立ちで、男たちを地獄へ送る姿は、日本でも人気沸騰まちがいなし!である。

とありましたけど、たしかこのビデオがリリースされた頃には、陸小芬の代表作である『海をみつめる日(看海的日子)』が日本でも映画祭上映されていたはず。
それを承知の上で敢えてこんな書き方をしたのだろうか。
っつーか、「フォンダ・リン=陸小芬」だってわかっていたかどうか自体がまず疑問だわな。

と、ひとしきり毒を吐いたところで映画の内容に話を移しましょう。

本作は『上海社会檔案』の大ヒット&陸小芬人気大爆発!の後を受け、いわば「イケイケドンドン」状態の中製作された映画で、そのせいか『上海~』で陸小芬の恋人役を演じていた崔守平がここでも婚約者の役を演じていたり、さらには『上海~』で尚琪を演じていた彭君暉が裁判長役でちらりと顔を見せたりと、

この方が彭君暉。

当て込み的な趣向が目立ちます。

ストーリー的には、前半はいまだに男性優位主義が残る社会に対する女性の厳しい視線が伺えてそこそこよかったのですが、中盤、5人の男にウェンディが強姦される件以降はやや支離滅裂な展開になり、特に、ウェンディを犯す4人組とリーは何の面識がないにも関わらず、なぜ5人目としてちゃっかりおこぼれに預かることができたのか(お下劣な表現でスマソ)、大きな謎が残ります。
この4人組が実はリーが雇った男たちで、行きずりを装ってウェンディを強姦した、とかいうのなら、まだ納得がいったのですが。
まあ、そんなストーリーの整合性よりも、レイプ、ストーカー、復讐・・・・と、次から次に繰り出されるセンセーショナルな映像こそがこの映画の呼び物だったのでしょうから、多少の矛盾は致し方のないことかも知れません。

例によってノーブラの陸小芬。
でも、脱ぐのは絶対にNO!

というわけで、映画の後半は、さながら「陸小芬の復讐ショー」と言った趣。

双子の目玉オヤジ入り弁当。
マグロの目玉ならDHAが豊富なんだけど。

上の写真のような「死刑宣告」に当たる不幸の贈り物が届けられた後、その受け取り主が次々と血祭りにあげられていきます。

第1の復讐:食肉処理場で、豚と一緒にお仕置きよ!

第2の復讐:工事現場で、クレーンで逆さ吊りの後、
そのまま真っ逆さまに地上へ。

第3の復讐:大自然の中で人間狩り!

第4の復讐:行為の最中に剃刀で首筋をスパッ!

お次は日本刀でとどめの一発をお見舞!

・・・・のはずなんですけど、なぜか本編では
この日本刀グサリ場面がカットされていました。
タイトルバックには出てきたのに・・・・。

この後、リーとウェンディのガチンコ勝負になり、まんま『シャイニング』な展開を見せた後で、ついにリーを追い詰めるのですが、そこへ警察がかけつけてウェンディを逮捕、リーは生きたまんま。

不完全燃焼だよ、これじゃ。

そうしないと(逮捕)、検閲がうるさかったってことなんだろうか。

ちなみに、『上海~』や『癡情奇女子』における「陸小芬不死身伝説」(?)はここでも健在、

こんな風に車にはねられたのに、

何事もなかったかのように二足歩行。
というか、全力疾走。

「自動車にはねられても無傷な女」でおました。

とりあえず、ストーリーは二の次にして、次々に繰り広げられる楽しい復讐の饗宴に身を委ねた方がいいわね、やっぱり。
3級片ブームの頃にでもリメイクしたらけっこう面白かったのじゃないかとも思いましたが、今じゃ無理だろうな。
9年前の舒淇ならやってくれそうだったけど。

おまけ:肯尼士(KENNEX)って、YONEXのパクリ?
と思ったら、超有名ブランドでしたわ。
今ではPROKENNEXと名乗っているようだけど。

2005年12月20日火曜日

宝田明ワンマンショー!

〔ちょっとお耳に〕

ルル、飲んでます。


わたしも、ルルです。

だいぶ復調してきました。

さて。

今夜の「伊東家の食卓!」に、

台湾の裏ワザ番組に緊急出演で裏ワザ対決

なるコーナーがあるのを発見、ちょいと観てみたのですが、期待したほどの放送時間もなく、あっという間に終わってしまい、がっかり。
すぐ別のチャンネルにしてしまいました。

ちなみに、ここで言う「台湾の裏ワザ番組」とは、民視の「美鳳水噹噹」のことで、司会はゾンビなのじゃないかと思うぐらい年齢不詳の陳美鳳。
ゲストで出ていた女性タレントの顔に見覚えがあるなあと思ったら、台湾でがんばっている日本人タレントの千田愛紗ちゃんでした。
でも、番組では愛紗ちゃんに関する説明は一切なし。
「台湾のタレントさん」で一括処理されていました。
以前、テレビ東京の「ポチたま」とTVBSの「寵物樂透透」がジョイントしたときには、(「寵物樂透透」の)司会(注)をやってた愛紗ちゃんも大フューチャーされてたんですが。
だいたい、番組名すら出てこなかったしなあ。
仕事が雑だよ、日テレ。
台湾サイドではもう1人NONOが出てたけど、彼も司会なのかしらん。

で。
以下は別のお話。
上映情報です。

こんな日本映画が観られるぞ!」管理人のShimoshimoさん及び「<浅草東宝について熱く語ろう>掲示板!」管理人の海山さんから頂いた情報ですが(ありがとうございます)、来年の1月7日(土)、浅草東宝で「宝田明ワンマンショー!~宝田明自選特集」なる特集上映が開催されます。
なんと上映作品の内2本が、尤敏との共演作です。
ラインナップは下記の通り。

21:00~ 宝田明トークショウ
21:30~23:30 『香港の夜』
23:40~1:30 『香港の星』
1:40~3:15 『100発100中』
3:25~5:30 『放浪記』

トークショウ、絶対に30分では終わりそうにない予感。
どんな爆弾発言が飛び出すのか、わくわくしながら当日を待ちたいと思います。

(注) もう1人の司会は、『流星花園』の「牧野パパ」こと董至成。

追記:「香港3部作」や『香港の白い薔薇』、『バンコックの夜』、そして『Gメン'75』と、越境映画&ドラマに数多く出演した藤木悠さんがお亡くなりになりました。子供の頃、東横線の中でお姿を拝見したことがあります。謹んでご冥福をお祈りします。

2005年12月17日土曜日

近況報告&もちものバトン

〔しようもない日常〕

張美瑤と娘さん(柯品吟)。

とりあえず、生きてます。
身体の具合はだいぶよくなりましたが、まだ喉も痛いし、鼻水も出ます。
いつになったら完治するのやら。

というわけで、リハビリを兼ねて「九龍|間欠泉」のくま某さんから頂いた「もちものバトン」なんぞを。

○財布はどんなものを使っていますか?
コーチの札入れとサザビーの小銭入れ・・・・だったのですが、黄色を取り入れて金運アップ!と思い、ごく最近、小銭入れをサントリーの烏龍茶のおまけに付いてきた黄色いフリース製小銭入れに替えてみました。
今のところ、出て行くばかりです・・・・。

○携帯電話はどんなものを使っていますか?
いまや文化財級(?)となった「シャープ J-SH04」。
最初のカメラ付き携帯電話です。
もう5年近くも使っているせいか、すぐに電池が切れます。
でも、携帯電話自体をほとんど使わないため、機種変更する気にもなりません。

○使っている携帯ストラップ は?
甥&姪から大阪土産に貰った「食いだおれ人形」。
自分の名前入り千社札を貼り付けた「木札ストラップ」。
近所の弁天様の「お守り」。

○手帳って持ってますか?
100円ショップで買ったスケジュール&メモ。
先日、不遜にもこの手帳に胡軍さんのサインを頂戴しました。

○バッグはどんなものを使っていますか?
友人から「毎日が夜逃げ支度」と揶揄され続けた重すぎるサザビーのバッグ(ショルダー&リュック兼用)を持ち歩くのを止め、Aeropostaleのミニショルダーバッグに替えました。
すっかり身軽になりました。

○バッグの主な中身は?
財布。手帳。ボールペン。読みかけの新書。診察券。ちり紙。紙くず。

○持ち歩いていないとダメ!!というものを3つあげましょう。
手帳。ボールペン。薬用リップクリーム。

○これを回す5人は?
ただいま考え中。後ほど発表いたします。

んー。バッグの中身を見られるのって、自分の中身を見られているようで、なんだかこっぱずかしいですわね、奥様。

2005年12月13日火曜日

日景忠男は日台ハーフだった?

〔ちょっとお耳に〕


鼻水が止まりません。
だいぶよくなってきたような気もするけど・・・・。
気のせいか。

さて、Z級芸能ニュースです。

故・沖雅也さんの養父日景忠男が覚せい剤所持で逮捕

ひさびさ、涅槃の父の登場です。
最近は知人のやっている風俗店紹介会社の手伝いをしていたそうですが、それも退職したとかしないとか。

で、これだけだったら別に大騒ぎもしないのですが、出先で読んだ『日刊スポーツ』の記事を読んでびっくり。
日景さん(敬称付けちゃいかんのかな、やっぱり)たら、他人には自分のことを、

台湾生まれで父は台湾人、母は日本人。台北大学を卒業後、東京大学大学院に留学するため来日した。

とか言ってたそうです。

すげえ。超エリートじゃん。

でもさ、日景さんが北京語や台湾語を話せるなんて情報どこにもないし(あるわけないか)、だいいち、台北大学ってたしかにあるけど2000年に改組された大学ですわよ。
それとも、台湾大学のこととか?

帰宅後、このことを確認しようと思い、『日刊スポーツ』のサイトをチェックしましたが、web版にはこの件がありませんでしたわ。

中国名は何て言うんだろ?

追記:風邪が治らないので、しばらく休みます。あしからず、ご了承下さい(12月14日)。

2005年12月11日日曜日

風邪、悪化しますた

〔しようもない日常〕


風邪が悪化中です。
だるいし、鼻水が出るし、喉も痛い。
だもんで、具合がよくなるまでちょっとお休みするかも知れません。
あしからず、ご了承下さい。

今日、久々にYesAsiaのキャセイコーナーのチェックをしたら、葛蘭の『六月新娘』が発売になっていました。
2002年の国際交流基金における特集「香港映画の黄金時代Ⅰ」にて、『ジューン・ブライド』の邦題で上映された作品です。

そういえば、あのとき、この映画はきちんと北京語版(オリジナル)での上映だったのですが、『情場如戦場(恋の行方)』はなぜか広東語版(吹替)が上映されて、何も知らないあっしは、林黛がいきなり、

家姐(がーじぇ)!

とか言い出すもんだからすっかり面食らってしまい、ストーリーに全く集中できませんでした。
上映後、受付の人に、

今の、広東語でしたけど・・・・。

とたずねると、

ああ、すいません。これは広東語版なんです。次の映画(『六月新娘(ジューン・ブライド)』)はちゃんと北京語ですから。

との釈明(?)を受け、

それならそう(『情場如戦場(恋の行方)』は広東語版での上映です)と、事前に説明してよ。

と思った記憶があります。

ともあれこの『六月新娘』、葛蘭がとってもチャーミングな作品です。
ぜひご覧になってみて下さい。

2005年12月9日金曜日

仁義なきニンジャで再び地獄行き

〔しようもない日常〕

深作監督に喧嘩売ってるとしか思えない邦題。

相変らず風邪気味です。
でも、家にあった薬をてきとーに飲んだら(死ぬぞ、お前)、喉の痛みは治りました。

そして。

陸一嬋見たさに、地獄行きを覚悟で『仁義なきニンジャ 香港代理戦争(Death Code:Ninja)』を鑑賞。

案の定、地獄に堕ちてしまいました。
帰ってこられないかと思ったよ、一瞬。
そのぐらいひどかったっす(どのくらいひどいかは、ここから確認してね)。

今回の元作品は、どうやら1982年の『探獄』(永宇)みたいなのですが、これも最終的には復讐譚。
そこにヤクザが足を洗うことの難しさ等のご教訓的内容を盛り込んでいる・・・・のかしらん(なにしろムダに改竄されているので、オリジナルのストーリーを想像するのが難しいのですわ)。
ベッドシーンに入浴シーンとサービスカット満載で、彼女が出てくる件はそれなりに楽しめたのですけれど、合間合間に挿入されるぬるーいニンジャ映像には、殺意すら抱きましたです。
今さら言っても詮無いことですけど、やっぱり元のまま観たかったですよ。

で。

彼女の映画で何か元のまんま観られるもんはないかと思い、YesAsiaで検索したところ、下記の1本しかありませんでした。とほほ。

楚留香新傳 午夜蘭花


ま、いいや。
そのうち買います。

2005年12月8日木曜日

ニューズウィーク 日本版

〔しようもない日常〕


風邪気味です。
変なもん観すぎたせいだろうか・・・・。

今日の昼間、駅の売店で『週刊文春』を買おうと思ったら、隣に平積みになっていた『ニューズウィーク 日本版』の表紙に目が行き、ついそちらを買ってしまいました。

日本を誤訳するアメリカ なぜ、いつまでもゲイシャなのか

今週末の公開を控えて、なんだか挑発的なタイトルの特集です。
具体的な内容はというと、

歴史 ハリウッドが紡ぐ幻想の日本
時代とともに変遷する銀幕のイメージ
映画評 美しくて賑やかなシンデレラ物語
報道 米国メディアは「A級戦犯」か

てな感じでしたが、「7割けなして3割評価する」ぐらいのスタンスかなあ。

先週号の

皇室は本当に必要か

の方が、見出しの持つインパクトは大かも知れません。

で。



今回の記事に掲載された見開き写真を見てようやっとわかったんですけど、上の写真の提灯に書かれている文字って、ひらがなで、

はなまち

でしたわ。

・・・・・やられた。

2005年12月7日水曜日

地獄のニンジャソルジャー (Ninja 8:Warriors of Fire)

〔えいが〕

このロゴにピンときたら110番(ウソ)。

1987年、香港(Filmark)。ブルース・ランバート監督。ジョフ・ヒューストン、グレン・カーソン、ピーター・S・デイヴィス主演。

元の作品である『女王蜂』のデータ:
1981年、台湾(永宇)。王重光監督。陸一嬋、柯俊雄主演。

台湾映画『女王蜂』に無理やりニンジャ映画をくっつけて勝手な英語の台詞を被せた、文字通り観る者を「地獄」に陥れる「居酒屋クーポン」ムービー。

『女王蜂』自体は、姉を惨殺された妹(陸一嬋)が、復讐鬼「女王蜂」と化して男たちを次々と襲うものの、恋人の父親が姉の仇だった・・・・とかいう映画みたいなんですけど(ビデオから類推)、これがフィルマークの手にかかると次のようなストーリーに変貌してしまいます。

さる国の軍事機密書類を巡り、これを奪わんとするブラック・ニンジャ(悪)と阻止せんとするホワイト・ニンジャ(正義。なんだかこんなものを連想しちゃうけど)との間に抗争が勃発、ブラック・ニンジャは書類の行方を知るロビン(ホワイト陣営)を拉致します。
その頃、ロビンの婚約者・マリーはロビンとの結婚式を控え、妹のジェニー(陸一嬋)と共にルンルン気分(死語)でロビンが来るのを待っていました。
しかし、ジェニーが外出した隙に、ブラック・ニンジャはマリーを犯したあげく惨殺するのでした。

マリーの最期。刃物刺さってます。

姉の墓前で復讐を誓ったジェニーは、自分もホワイト・ニンジャになることを決意、伝説のニンジャマスター・アルフレッドの許を訪ねます。

で、そのアルフレッドなんですが・・・・

あんた、柯俊雄じゃないの!

別れた夫が実はニンジャだったということを、張美瑤は知っているのだろうか・・・・。


さすがはニンジャマスター。
趣味の書道でも書く字は「忍」。


泣いて懇願。

ジェニーの熱意に根負けしたアルフレッドは、弟子入りを許可します。


ちなみに、ホワイト・ニンジャってこんな感じ。

この人はホワイトだけど、手下はブラック。
戦うとき、敵とごっちゃにならないのか?

対するブラック・ニンジャの首領はこの方。

ブラックなのに赤いし。

晴れて弟子入りを許可されたジェニーを待っていたのは、身体に墨を入れる儀式でした。

マスター自ら墨を入れます。
遅れてきた『責め地獄』。


やった、完成だ!

いれずみが完成したら、次は特訓です。
ハードな肉体改造の他に、欠かせないのが、

壺振りの訓練。

厳しい修業を経たジェニーに、ようやく一人前のニンジャとして認められるときが来ました。
マスターは彼女に、


「狂った蜜蜂」というニンジャネームを授けてくれました。

なるほど「女王蜂=ニンジャ・狂った蜜蜂」なのね。
ということは、

久保菜穂子はニンジャ・狂った蜜蜂1号


三原葉子はニンジャ・狂った蜜蜂2号

になるのか(おいおい)。

てなわけで、ニンジャ・狂った蜜蜂となったジェニーですが、その矢先にマスターがブラックニンジャの罠に嵌まってあえなく爆死、怒りに燃えるジェニーは復讐を開始します。

姉を殺害した実行犯3人をライフルで1人ずつ血祭りにあげるジェニー。
この件はサイコーに面白い!元のままで観たかった!


取ってつけたような台詞。
ちっともホワイト・ニンジャじゃないよ。


ホワイト・ニンジャ対ブラック・ニンジャによるサイコロ勝負。


1人、また1人と仇を殺していったジェニーは、ついに最大の仇敵であるマーク・ロー(ブラックニンジャの手先)との一騎打ちを果たしますが、マーク・ローの息子・アレックスはジェニーのかつての恋人でした。
アレックスはマーク・ローに撃たれそうになったジェニーをかばって亡くなり、息子を手にかけてしまったマーク・ローもその場で自害して果てます。

空しい復讐でした・・・・。

この後、ホワイトとブラックのニンジャ決戦があって映画は終わりますが、はっきり言ってどーでもよし。
また、ロビンとブラックニンジャの首領が、ベトナム戦争のさいの戦友だったというサイドストーリーもありますけど、これもいりませんわ。

正直、観ていてしんどい、というか、3年寿命が縮まった気がしたものの、『女王蜂』の画質自体は『台湾黒電影』で使われてた映像よりもはるかにきれいでした。

何より、陸一嬋がたまらなく魅力的。
エキゾチック・フェイスにスレンダー・ボディ(死語連発)というモデル系の美女で、いわゆる「二陸一楊」の中では彼女が一番好みかも。

ニンジャ部分を早送りしてご覧下さい。

おまけ:こんな方(陳鴻烈)も出てました。