2007年2月2日金曜日

ぶたとさそりとおしどりと

〔ちょっとお耳に〕

こちらが、セットの全容。

一、ぶた

久々の麥嘜&麥兜情報。
2月4日(日)、「麥嘜・心思心意Ⅱ郵票珍藏集」なる切手セットが発売になります。
その中身はというと・・・・

切手シート

初日カバー

麥嘜&麥兜人形

阿輝&麥兜バッジ

これら全てをひっくるめてのお値段は、

HK$158

でおます。

日本の通販番組だと「2セットお求めの場合にはHK$300ポッキリ!」になりそうですけれど、そういうディスカウントはないようです。
4日から39ケ所の集配局でまず発売した後、10日(土)からはMcQuarterでも扱います。

数に限りがありますので、お早めに。

二、さそり

あちこちのブログで既に話題になっていますので、今さら取り上げるまでのこともないんですけど、水野美紀がマツをやるみたいですねえ。

オリジナルの第1作目『女囚701号 さそり』は、香港でも『蠍女七〇一』の中文タイトルで公開されていますし、

女囚701号 さそり

2作目の『女囚さそり 第41雑居房』は、台湾で『日本女子監獄』という中文タイトルでソフト化されています。

女囚さそり 第41雑居房

せんきち個人としては、3作目の『女囚さそり けもの部屋』で成田三樹夫の片腕ぶら下げたまま新宿の街を疾走する梶芽衣子が好きなので、水野さんにも誰かの片腕ぶら下げたまま香港の街を疾走していただきたいもんです。

女囚さそり けもの部屋

水野さんなりのさそり像を作り上げてくれることに期待したいと思います。

ちなみに、梶芽衣子に始まるさそり女優の系譜とその作品(2代目:多岐川裕美、3代目:夏樹陽子、及びVシネのさそり達)に関しては、こちらの本をご参照下さい(こないだのBS版はカバーしてないけど)。

あ、そうそう、配役はまだわからないようですけど、やっぱり、

梁小龍が郷田なんですか?

三、おしどり

吉田さんからお教えいただきました(いつもありがとうございます)。

5月10日、尤敏主演の邵氏作品(韓国との合作)『異國情鴛』のDVDがリリースされる模様です。

ちょっと貼ってみた。

樂蒂の映画なんかでもモノクロのやつはリリース予定なし、とか聞いていたので、これもソフト化されないだろうと思っていたら、カラーだったんですよねえ、これ。

ご周知の通り、カメラは西本さん、監督は若杉光夫です。

発売日を待ちましょう。

2007年1月29日月曜日

『香港の夜』でこける

〔しようもない日常〕


というわけで、昨日、フィルムセンターで『香港の夜』を観てきました。

念のため、開場の約1時間前(午前11時30分頃)に到着すると、既に10人ほどの先客がお見えでした。
最後尾に加わって持ってきたおにぎりを食べ、しばし読書をした後でいつもの1階ロビーエレベータ前整列の時間に。
今回は松葉杖使用というハンデがあるゆえ、階段ではなく特別にエレベータで大ホールのある2階まで上らせてもらいました。
がらがらだったらどうしようかなあと思いましたが、日曜の昼下がりという時間帯も手伝ってか客席の4分の3ほどが埋まるまずまずの入り。
よかったわん。

でもねえ、ここ(フィルムセンター)って、公の施設の割にはお年寄りやハンディキャップのある人には冷たい構造ですわね。
トイレ行くにもいちいち階段を上り下りせにゃならんし、そこらじゅう段差や階段だらけだし。

あへあへいいながらなんとかトイレを済ませて席に戻ると、お友達とばったり。
午前中に今日観に行くかどうかのメールを送ってきてくれていたそうなのですが、うっかりチェックするのを忘れておりました。
許せ。

ちょうどよく隣の席が空いていたので、お友達と並んで鑑賞。
フィルムセンター所蔵フィルムによる上映でした。
いつの間に収蔵していたのか。
2002年に初めて観たときにはあせあせぼろぼろのプリントでしたが(全てがオレンジ色の世界)、CS放映以後はきれいなプリントで観られるようになり、うれしい限り。

もう何べんも観ているはずなのに、未だにチェックしていなかった事項が多くて、今回それらを再チェック。

澳門の王千里(王引)のお家は、美珊枝街にあるのね。
でも、55号なんていう住居表示はあるのか?
とりあえず、こんど澳門に行ったら探してみましょう。

呉麗紅(尤敏)が住んでいるアパートは、手前の門の所に「○○台」と書いてあって、「○○テラス」といった類いの地名なのかしらん、と思いましたが、よくわかりませんでした。
近くに教会があるので、やはり次回香港に行ったら、それらしい地形のところを捜索してみます。

麗紅の勤める薬局は、今も実在する安康寧藥房。
これも香港での宿題ね。

鑑賞後、4時のおやつにふぐ料理を食べに行くというお友達と別れ、1人帰途に。
宝町駅の改札に降りる長い長い階段でけつまづいて転倒、危うく2度目の骨折をするところでした。
都営地下鉄も、もう少しバリアーフリー率が高ければよいのになあと思いますです。

そこで、今回の反省。

フィルムセンターで映画を観るのは、松葉杖使用者にとってかなり障害の多いことがわかったので、以後、完治するまで観に行くのは我慢することにします。

身体で学習しました。

2007年1月26日金曜日

一生分のスピッツ

〔しようもない日常〕

いらっしゃ~い!(桂三枝風に)

こんにちわ。
おかげさまで、折れた骨がくっついてきました。
といっても、まだまだ完全ではないので、当分の間、松葉杖生活が続きそうです。

さて。

骨折以来、初めて映画館へ行ってきました。
ユーロスペースでのレイトショー、『海でのはなし』。

まず映画の前に同行の知人・Kさん(こちらこちらの日記にも登場した台湾系華僑の方)と、映画館近くにある台湾料理屋へ。
「台湾料理」といいながら従業員のほぼ全員が大陸の方というありがちな店でしたが、これも骨折以来ひさびさとなる台湾ビールや紹興酒をぐびぐび。
つまみはお約束の香腸など。
Kさんも暮れに虫垂炎を患っていたので、彼女にとってもひさびさのお酒となりました。

ホール係のねーちゃんの巻き舌のきつい國語(ほぼ全てアール化)を聞いたKさん、それが國語だとはまるでわからなかったらしく、

「ねーねー、あれ、何語?」

と尋ねてくるので、

「國語だよ。巻き舌がきつ過ぎて、何言ってるのかさっぱりわかんないけど」

と返答、しばらく耳を澄ませた結果、Kさんもようやく國語だと気付いたらしく、

「ああ、ほんとだ」

と納得しておりました。

ある意味、台湾國語とは対極の國語でしょうなあ、あれは。

そして、映画。

「はじめにスピッツありき」の映画だということはわかっていたものの、はっきり言って、

うるせーよ!音楽!

無理やり音楽をはめ込むんじゃねーよ!

もう一生スピッツは聴かないでいいな。
お腹いっぱい。

あおいちゃんがCDウォークマンで『ロビンソン』を聴く迷場面(一応、あれがクライマックスなのか?)は、molmotさんのブログで読んで既に知っていたので、思わず、

ロビンソン キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!

とほくそえんでしまいますた。

それから、「しがない非常勤講師」のくせに個人研究室を持ち、両親にも相応の仕送りをしている西島さん演じる博士、

お前はどうみても専任講師にしか見えんぞ!(百歩譲って助手)

とまあ、ここまでくさしておきながらなぜこの映画を観たのかといえば、あおいちゃんの母親役でとんちゃん(毬谷友子)が出ていたから。
とんちゃん、母親役をやる年になったのねえ。
でも、相変らずとんちゃんはとんちゃんでした。

(おしまい)

付記:館内で購入したブックレットに載っていたとんちゃんのプロフィール、出演映画が『夢二』だけだったけど、『東京上空いらっしゃいませ』は彼女の中では封印作品になっているのだろうか。・・・・なにゆえに。

2007年1月20日土曜日

おしりのでんぼ

〔しようもない日常〕

これは中扉。


先ほど、テレ東のドラマ『李香蘭』のメイキングを観ましたが、製作発表記者会見での山口淑子と上戸彩のやりとりは、まるで、

女学校の校長先生と新入生

のようでしたわ。

どんなドラマになることやら・・・・。

さて。

足がこんな調子ゆえ仕事の用事以外は外出しないようにしているので、その鬱憤晴らし(?)にネットでのお買い物に励んでおります。
そんな中、購入したのがこちらの1冊、『社長洋行記(三紳士艶遇)』のノベライズ本ざます。

装幀は、岡村夫二。


ついでながら
DVD
、好評発売中!


著者は、映画の脚本を執筆した笠原良三。
奥付を見ると、

昭和37年6月20日印刷
昭和37年6月25日発行

とあります。
映画『社長洋行記』の正編が同年4月29日、続編が6月1日に公開されたところから見て、続編の公開を待って出版されたもののようです。
この手の映画のノベライズが日本ではいつ頃から始まったのか、浅学にしてわからないのですが、少なくともこの頃(今から45年前)には既に行われていたのですね。

ふーむ。

東京で中華料理店「香港亭」、香港で日本料理店「東京亭」を
営む悦子が英之助(社長)と一緒にスターフェリーに乗って
九龍半島から香港島に渡るさいの台詞。
映画で悦子を演じた新珠三千代は「クーロン」と言ってましたが、
ノベライズでは「カウルーン」と英語読みを採用。


英之助(森繁久彌)率いる桜堂製薬の看板商品
「サクランパス」のライバル商品である「椿パスター」が、
なぜか「パスター」になるという大誤植。


ちなみに、ノベライズの中で尤敏演じる柳秀敏は、

りすのように美しいチャーミングな目を持った女性

と描写されていました。

りすですか?
しかし、
そもそもりすの目って美しいのか?


貸本屋から流れてきたらしく、こんな印記が。


さらに、衝撃の落書きを発見!

おしりのでんぼ(=おしりのおでき)

って、このイラストに従えば、

いぼ○のこと

なんですかー!?

かつて香港にもあったね、このネオン


借りた本に落書きするのはやめましょう。

付記:このノベライズ版『社長洋行記』、昭和43年(1968)春陽堂から文庫版で再発されますが、そちらは未入手です。

2007年1月17日水曜日

十萬青年十萬軍 (The Commander Underground)

〔えいが〕

いつも通り(?)、切れてます。

1967年、台湾(國聯)。李翰祥監督。楊群、朱牧、洪波、劉維斌、伍秀芳主演。

またまたご無沙汰しております。
まずは、足のご報告なんぞを。

脛に開けた穴は無事塞がり、包帯も取れました。

が。

折れた骨はまだくっつきません。

気長に待つしかなさそうね・・・・(とほほ)。

では本題。

國聯製作の抗日映画。
日中戦争時における重慶特務(楊群、他)と日本軍(朱牧、他)との息詰まる攻防を描いた作品です(別題:『地下司令』)。
タイトルの『十萬青年十萬軍』は、1944年、蒋介石が中国の知識青年に向けて抗日戦への従軍を呼びかけたさいのスローガン「一寸山河一寸血、十萬青年十萬軍」からきていますが、作品の内容から考えるとむしろ別題である『地下司令』の方がしっくりくると思います。

基本的に神経戦中心のスパイ物なので、派手なドンパチはなし。
日本軍幹部をお色気で手玉に取るスパイも出てきますが、大してサービスカットもないので(入浴シーンぐらいか?)、そちら方面のお楽しみ(?)もございません。

で、結果的には当たり前のことながら重慶特務の勝利!に終わるのですが、この後いきなり爆竹がバンバン炸裂して抗日戦もおしまいになる、という展開は、かなり唐突。
ありがたいことに、

侵略者は必ず滅びる

というお説教まで垂れて、あっけなく劇終。

もう悪さはしません。

登場人物の中でちょいと気になったのが、この方↓。


日本軍将校・林中尉と言いながら、実は重慶特務なのですが、林という苗字から見てやっぱり台湾籍の抗日青年なのかなあ、と思ったのですけれど、その辺りの説明はいっさいなし。
なんかようわかりませんでした。

抗日映画名物(?)の、

ちょび髭


あやしい和服


とほほな日本語

は、ここでも健在でしたが、日本軍の皆さんは、

おしなべてスケベ

ではあるものの、

必ずしも極悪非道ではありません

でした。

てなわけで、以下、例によって関連情報。

こんなの作って何になるのかと思ったのが、伊賀忍者屋敷も真っ青の重慶特務屋敷。
水洗トイレのタンクが、あら不思議、






隠し扉に早変わり!

でも、トイレの水はどうやって流すんだ?
タンクが偽物なのにさ・・・・。

本作の監督は李翰祥になっていましたが、


もう1人、


洪波が「執行導演」を務めておりました。

『菟絲花』もそうだったけれど、李翰祥が途中まで撮って投げ出しちゃったということなのでしょうかねえ。
これもようわからん。

2007年1月5日金曜日

菟絲花 (Dodder Flower)

〔えいが〕

タイトル、切れてますしー!

1965年、台湾(國聯)。張曾澤監督。汪玲、楊群、朱牧、李湄主演。

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
足は治りませんが、そこそこ元気に生きております。
ささやかですが、新年のプレゼントをどうぞ。

さて、新年1発目は暮れから持ち越しになっていた國聯作品。
瓊瑤作品の映画化です。
例によって、超大ざっぱなストーリーは下記の通り。

高雄に住む少女・憶湄(汪玲)は、母の死後、その遺言に従って台北に住む羅教授(朱牧)の家に引き取られます。
羅教授には精神に異常をきたした夫人(李湄)と2人の子供がいました。
羅教授の家に下宿する教授の教え子・中枬(楊群)は彼女の家庭教師となり、2人はやがて恋に落ちるのでした。
しかし、羅教授の息子・皓皓(劉維斌)は憶湄を愛しており、また、教授の娘である皚皚(艾黎)も中枬のことを慕っていました。
皓皓は自分と憶湄が交際することを固く禁じる父親に対し、教授こそ憶湄のことを愛しているのだと父を詰りますが、中枬は憶湄の実の父親は教授なのではないかと疑い始めるのでした・・・・。

『婉君表妹』『唖女情深』『煙雨濛濛』と共に、瓊瑤小説の映画化の最初期の作品の1つです。
タイトルの「菟絲花」とは寄生植物である「ネナシカズラの花」のことで、男性に頼らなければ生きていけないか弱い女性、ここでは特に羅夫人のことを暗示しています。
脚本は、皓皓を演じた劉維斌(昨年亡くなりました)が執筆しています。

「美しい孤児が引き取られてきたことによって起こる、ある家族の悲劇」というパターンは、『婉君表妹』とほぼ同じですが、ラストに明かされる羅家の血の秘密はというと・・・・(以下、完全にネタバレ)。

1938年、裕福な資産家の息子だった羅教授(当時は教授じゃないけどさ)は、大学を卒業後、地質学の研究のために赴いた貴州省の湄潭(当然ながら〔?〕外省人のお話)で美しい女性と巡り合い結婚します。
2人の間には皓皓という男の子が生まれますが、羅教授は妻が妹のように可愛がっていた娘とも関係を結び、やがて彼女も教授の子を身ごもるのでした。
教授は正直に全てを話せば妻も許してくれると思い妻に打ち明けるものの、妻は夫の子を身ごもった娘のことを激しく詰り、それが原因で娘は精神に異常をきたしてしまいます。
その後、娘は女の子を出産、皚皚と名付けられます。
一方、教授のもとを去った妻も女の子を生みますが、その子こそ憶湄であり、つまり皓皓と憶湄は実の兄妹だったのでした。
国共内戦の中で台湾へ渡った羅教授は、ある日、住所の書かれていない1通の手紙を受け取ります。
それはかつての妻からのものでした(どうやって住所を調べたんだか)。
妻も台湾にいることを知った教授はその行方を捜し求めますが、果たせずにいた時、ちょうどそこへ現われたのが我が子・憶湄だったのでした・・・・。

なんのこたーない、よーするに、教授の

さまよえる下半身

が招いた、言ってみれば、

身から出たサビ

なお話なんですけど、

子供はいい迷惑だよ!

それでも、そんなお父ちゃんを最後には許す憶湄の姿を見ていると、女の不義密通はご法度だけれど男のそれは全然OKという、男にとって都合のいいゆるーい倫理観が透けて見えてしまい・・・・なんだかなあ。
だいたい、「正直に話せば妻は許してくれるだろう」って、お前、いくらなんでも

おめでたすぎるよ!

ネタバレついでにもう1つ加えておくと、教授の色ざんげの後、一部始終を盗み聞きしてしまった羅夫人(皚皚のお母さんね)は、菟絲花の絡みついた樹木で首を括って死んじまうのでありました。

憶湄、そんなお父ちゃん許すんじゃないぞ!

ということで、以下は関連情報。

本作の監督は張曾澤ですが、

「執行導演」とあります。

李翰祥にも、

「導演」の肩書きがついていました。

ストーリーのほとんどが羅家の屋敷の中で展開するかなり閉じたお話なので、高雄や台北が舞台なのにロケ撮影はほとんどなし。
せいぜい高雄の国民学校や駅のホーム、そして

台北駅が出てくるのみ。

羅教授は台大の先生らしく、お住まいは

羅斯福路三段357巷55号。

でも、邸内のシーンは別の場所で撮っているようでありました。

2006年12月28日木曜日

ドレーン!ベン!

〔しようもない日常〕

エレーン(Elaine)だよ。

昨日は樂蒂の祥月命日でした。
明日は尤敏の祥月命日です。

引き続き、経過報告。

先週いっぱい、毎日病院に通った結果、週末にドレーンは取れました。
ほんとなら先週は台北で阿妹のミュージカル(『愛上卡門』)を観ているはずだったのですけれど、あえなくキャンセル。
チケットの支払いだけが残りました・・・・。

脛に開けた穴は消毒しながら塞がるのを待つことになり、折れた骨もどうにかズレが止まって、あとは気長に骨が繋がるのを待つ、という、二重の「待ち」で完治まで過ごすことになりました。
下手をすればお正月にも通院して消毒、という事態だったのですが、これも自宅で消毒すればOKということで、お正月は呑気に寝て過ごすことにしますわ、はい。

ではでは、良いお年を。

最近の足。紫色&むくみ放題。
せんきちの足はむらさき。
(『長崎の夜はむらさき』のメロディーでどうぞ)


こんなお薬も塗り塗りしております。

おまけ:骨折したばかりの頃、なぜか思い出したのが今何かと話題の石原「青汁」真理子が腰椎骨折したときのこと。
例の暴露本の記述を信じると、あれ、実は当時お付き合いしていた方のDVが原因だったらしいんですが、先だって香港のお友達から送っていただいた顧媚の回顧録によれば、王羽の林翠に対するDVもそーとー酷かったみたいっす。

こちらの本

王羽といえば、「車の停め方が気に入らない」と岳華に難癖つけて大乱闘になった話が佩佩さんの本(『戯非戯』)に出てきますけれど、奥さんにも始終難癖つけてたんですね。
夫の暴力に耐えかねた林翠が別れ話を切り出すとさらなる鉄拳制裁!という、お定まりのパターンだったようで。

くわばらくわばら。

2006年12月20日水曜日

ケツを出せ!

〔しようもない日常〕

ミイラ。

いつの間にやら闘病ブログになってますが、とりあえず近況報告。

脛の腫れが引かないので中に溜まった血液を抜くことになり、局部麻酔をして患部に穴を開け、汚れた血をドピューッと出しましたが、それでもまだ溜まっているので穴にドレーンを挿入、毎日消毒をしながら経過を観察中です。

で。

折れた骨の方は、再度レントゲンを撮ってみたところ、折れた部分が

ずれてきてました。

やばい・・・・。

完治までには2~3ヶ月かかりそうです(お医者さんの弁)。

さて。

怪我の話ばかりするのも何なので、ちょっとだけ橘ますみたんネタを。

『極悪坊主』のフランス盤DVDがあったので購入してみますた。

リージョン2なれどPAL盤。

フランス語タイトルは、"Le moine sacrilege"。
「冒涜修道士」ぐらいの意味みたいっす(ほぼ直訳?)。

ますみたんは「おぼこい女郎さん」というお約束の役どころで、これという見どころはなし。
おまけに若山富三郎を争う女2人が京唄子と白木マリという胸焼け必至の組み合わせで、加えて「鼠の刺身を食べさせられる名和さん」というさらに胸焼け必至のギャグがあったりと、高い金払って買ったわりには報われなかった映画でおましたが、ま、「観たよ」ということで無理やり自己満足して終了。

特典映像の中に同じ会社からリリースされてる別作品の予告が収録されていましたが、『0課の女 赤い手錠』や『女囚701号 さそり』はともかく、『上海ブルース(上海之夜)』や『0061 北京より愛をこめて!? (國産凌凌漆)』まで入っていました。

アジアは友だち。

2006年12月16日土曜日

これでも貼ってな!

〔しようもない日常〕

というわけで、骨折から約2週間の歳月が流れました。
折れたのは足の甲の骨(中足骨というそうです)なのですが、ついでに脛も強打、巨大なたんこぶができてしまい、一向に腫れと痛みが引きません。
今はただ、

主治医の先生の言うことを聞いて、


こまめに湿布を取り替えつつ、
おとなしく過ごしております。


以上、近況報告でした。

おまけ:麥兜の新しいサイト

2006年12月8日金曜日

折れましておめでとうございます

〔しようもない日常〕

わたしの骨折映画
そして骨折と言えば、
忘れてならないのがこの人


ごぶさたしております。
台湾の友人、昨日無事に帰国いたしました。

そして。

不肖せんきち、恥ずかしながら12月3日(日曜日)自宅階段にて転倒、着地に失敗して

右足を骨折

いたしました。


てなわけで、いろいろ書きたいネタもあるのですけれど(「勝手に國聯特集」をやろうと思い、國聯作品のVCDを大量購入した矢先でした)、それはまたもう少し容態が落ち着いてからにいたしたく存じます。

こう書いている間にも、右足が疼きます。
とほほ・・・・。

あしからず、ご了承下さい。

2006年11月23日木曜日

アフリカの熱帯雨林で迷走中

〔しようもない日常〕

訳あって、『ただ、君を愛してる』を鑑賞。
あまりに予想通りのオチに、お口あんぐり。
宮﨑あおいも二度死ぬ。

風邪も癒えてきたので、そろそろ再開しようかと思っていた矢先、台湾の友人が来日、接待というほどのこともないのですけれど、今朝も電話で指令を受けてパソコンの前で検索作業に専念しておりました。
てなわけで、通常通りの更新はもう少し先になりそうです。

今日は情報を2つ。

1つめ。

ただいま、台湾で「慶祝台語電影五十週年 戯夢五十」という台湾語映画の特集上映が開催されています。
1956年、何基明監督による最初の35ミリ台湾語長編映画『薛平貴與王寶釧』が上映されてから今年でちょうど50年になることを記念しての催しです。

何基明監督について、くわしくは
こちらをお読み下さい。


台湾語映画というと、日本人監督が招かれて作品を撮ったことでも知られていますが、今回の特集上映ではその中から湯浅浪男監督の『懐念的人』(1967)が取り上げられています。

2つめ。

来年、1月5日(金)から2月4日(日)までフィルムセンター大ホールで開催される「日本映画史横断② 歌謡・ミュージカル映画名作選」にて、『香港の夜(香港之夜)』が上映されます。
不肖せんきち、この映画がまさか「歌謡映画」だとは思ってもみなかったので、全くのノーチェック、昨日友人から教えてもらってようやく知った次第です。

おはづかしい・・・・。

上映スケジュールは下記の通り。

1月12日(金)15:00~、 1月28日(日)13:00~

12日はお仕事で観に行けませんが、28日には馳せ参じようと思います。

2006年11月17日金曜日

『博奕打ち』DVDリリース

〔橘ますみ〕


まだ風邪が癒えていないのですけれど、「誰も書かなきゃオレが書く!」の橘ますみたんネタ。

来たる21日、「博奕打ち」シリーズ第1作にして橘ますみたんの記念すべき映画デビュー作『博奕打ち』のDVDがリリースになるざます。

本作でのますみたんは飛田の女郎役。
桜町弘子の妹分ですが、2人まとめて上海に売られちゃいます。

鶴田浩二のお気に入りだったますみたんは、後にシリーズ第3作『博奕打ち 不死身の勝負』でヒロイン役も演じているんですけれど、せんきち個人の好みとしては第1作のますみたんの方がおきゃんで好きです。

とりいそぎ、お知らせまで。

2006年11月13日月曜日

再び中休み:来る者、去る者

〔しようもない日常〕


ご無沙汰しております。
ここ数日の冷え込みのせいで、風邪を引きますた。
だもんで、再び中休みに突入でおます。
小ネタをちょっとだけ。

1、こんにちわ

東洋の貴婦人「ペニンシュラ」を東京に 香港上海ホテルズCOO ピーター・C・ボーラーさん(53歳)

先々週の土曜日、『朝日新聞』朝刊「be business」に掲載された記事でおますが、ペニンシュラ東京が建つ場所って、旧の日比谷パークビル、つまり、日活国際会館のあった場所なのですねえ。

1955年、『東京‐香港 蜜月旅行』の日本ロケ(のついでに、『菊子姑娘』なんかの日本ロケもこなしたらしいけど)のため林黛や厳俊等が来日したさい、ちょうど別の映画の日本ロケ(おそらく新華の映画じゃないかと思いますが、作品名は不詳)で来日していた王引や高寶樹等と合流、日活国際会館前で写した集合写真が『東京‐香港 蜜月旅行』香港公開時の特刊に掲載されています。

『東京‐香港 蜜月旅行』は國際(正確には衛星会社である國泰)と松竹の合作、そして新華作品はおそらく東宝がイッチョカミしているであろう点から見て、そのどちらにも日活はノータッチなのですが、滞在先には国際会館階上にあった日活ホテルを利用していた、ということなのでしょうか。

いずれにせよ、その後その土地に香港随一のホテルであるペニンシュラが進出することになろうとは、林黛や厳俊、王引等は思いもしなかったに違いありません。

土地に歴史あり。

2、さようなら

香港のスターフェリー、埠頭が移転

昨日の朝のNHKニュースでもやってましたが、中環天星碼頭というと思い出すのが『香車美人』で葛蘭と張揚が待ち合わせをするシーン。
この映画でも観ながら往時の中環天星碼頭でも偲ぼうと思っていたら、誰かに貸したまま返って来ていないのかVCDが見当たりません。

(業務連絡:せんきちから『香車美人』のVCDを借りた方、大至急メールを下さい)

仕方なく(でもないけど)、次善の策として『東京ギャング対香港ギャング』のビデオを引っ張り出してきて鑑賞。
この映画は、高倉健と内田良平を乗せたスターフェリーが中環に着くところから始まります。

というわけで、風邪が治るまでしばしのご猶予を。

付記:日比谷パークビルと言えばアメリカン・ファーマシー。が、ここってトモズと同系列だったのね。知らなんだ。

2006年11月8日水曜日

中休み:越後のもみぢ

〔しようもない日常〕

クマったなあ。

今日はちょいと中休み。
週末、母の郷里(新潟・南魚沼)へ行ってきたので、そのお写真でも。

里の方はまだでしたが、山の方は紅葉がたけなわ。
越後の短い秋を満喫いたしました。
この後、長い雪の季節に入る・・・・はずなのですが、今年はいつまでも暖かいので、雪が降り始めるのは例年よりも遅くなることでしょう。

母の実家近辺。
田んぼしかありません。


とあるダム湖の奥に位置する渓谷を散策。
落石覚悟で奥へと分け入ると、紅葉と滝が眼前に。


青い空、白い雲、薄の穂、そして紅葉。


淋しき停車場。


散策後は、山間の温泉宿に荷を解きました。

温泉のある村は、祖父(父方)の故郷。
祖父は昭和12年(1937)に中国で戦死しましたが、土しか帰ってこなかったそうです。
日中戦争が勃発した昭和12年の時点で既にお骨が帰ってこなかったというのは驚きという他ありませんが、おじいちゃんは文字通り「中国の土」になったのでした。

どこに眠っているのやら。

2006年11月3日金曜日

アフリカの熱帯雨林にゐました (その弐)

〔しようもない日常〕

日光に空港はありません(ロケ地:新宿)。

台湾から友人がやって来るというので、「温泉に行きたい」という彼女のため情報収集にせっせと励んでいたら、「ここもいいわ」「あら、ここも捨てがたいわね」と迷い始めて袋小路に。
たかが温泉宿1軒探すのに、へとへとになっております。

では続き。

10月26日(木)

『八月的故事(八月的故事)』
2006年、香港。麥婉欣監督。田原、藤岡竜雄、張詠恩主演。

香港電台製作のテレビ用作品(30分枠)の拡大版(62分)。
テレビで放映された分は、こちらで観ることが出来ます。
せんきち的には王菲の『紅豆』に尽きるかな、これ。
後ほど30分の方も観て、どこがどう増えているのかを確認してみようと思いますけど、大人になってからの3人というのは蛇足の感あり。
ディーン・セキ、じゃなくて、ディーン藤岡(なんだかデューク東郷のぱっちもんみたいだ)は、杭州から修業にやって来た青年で、ゆえに広東語がちょっとおかしいという設定になってましたが、北京語もけっこう癖があるので、ま、杭州あたりが妥当な線でしょう。
田原の広東語が変なのは、あれは、どういう原因になってたんでしょうか。
田原の稼ぎの悪いお父ちゃん役で葛民輝が出てました(プロデュースも)。

(於:TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン1)

『父子(父子)』
2006年、香港。譚家明監督。郭富城、楊采妮主演。

父子共依存映画。
ろくでなしのお父ちゃんにどこまでもついて行く哀れな息子は、きっと「僕がしっかりしなくちゃ。お父ちゃんが仕事をするようになれば、きっとお母ちゃんも帰ってきてくれる」とけなげに思ったんでしょうけれど、一緒にいたら駄目になって行くだけの関係なんだよ、あんたたちは。
さすがに耐えられなくなって家出したお母ちゃんの許を訪ねていくと、お母ちゃんは別の男(アーロン二役。なんだかんだいっても、似たような男を好きになるってことなんだろか)と再婚してお腹にはその男との子供が。
おまけに甘えて泣く息子に向かって、お母ちゃんは「お腹に子供がいるから」と最後通告。
終盤、息子がお父ちゃんに向かって言う「ママは僕を捨てたんじゃない。パパを捨てたんだ」という台詞は、自分に言い聞かせるためのものだったんでしょう。

私の父親もこのお父ちゃんと似たようなもんで(泥棒しろとは言われなかったが)、ろくでなしの大バカ男でしたが(まだ生きているので父子バトルは現在進行形)、それだけにあのオチには釈然としないものが残りました。
あれじゃ息子が可哀相過ぎるし、言っちゃあなんだがああいう人間は根っこまで腐ってるから、どこまで行っても更生することなんかないと思うよ(多分にうちの親父を基準に考えております)。
それでも父親の姿を見届けたい息子の気持ちは、徳光さんに聞いてみないとわかんないなあ。

いつもながら場末臭プンプン(褒めてるのよ)の秦海璐と、映画初出演ながらどこにでもいるふつーのオバサンをごく自然に演じていた許茹芸といった脇役陣が印象に残りました。
特に許茹芸なんか、ティーチインのときにわざわざ「自分は台湾の歌手で」とか自己紹介してたよ。
知らない人が観てマレーシアのおばさん華人女優と思われるのを恐れたんだろうか。

どうにもやりきれない映画ではありましたが、映像はものごっつう綺麗でした。
余計やりきれないな。

(於:シアターコクーン)

(つづく)