2007年7月8日日曜日

大人だってマット運動がしたいの!

〔しようもない日常〕

若き日の岳華と何俐俐(莉莉)。

公開初日に行くつもりは無かったのですけれど、知人のKさん(いつものKさんです)が切符を2枚入手したというので急遽参戦、『傷だらけのローラ』、じゃなくて、『傷だらけの男たち(傷城)』を観てきました(於:みゆき座)。
昔の日比谷映画街を知っている身(年だなあ・・・・)としては、今のそれはなんだか別世界のようで淋しゅうございます。
東京宝塚劇場の出待ちは相変らずだけど。
もう一度あの地下1階の大食堂で食事をしてみたいものです、かなわぬことではありますが。

肝心の映画の内容はといいますと・・・・、ま、やめときましょ。
岳華の名誉のために、若き日の勇姿を掲げておきます。
映画の終盤、あっしが「同姓同名の人間なら存在するとは思うけど(ただし、せんきちの場合、男性でもあり得る名前のため、これまでに知った同姓同名の人物は全て男性でおました)、同じ出身地でおまけに身寄りが無い男というのは、そうそういないんじゃねえの?」と心の中で突っ込みを入れながら観ていたところ、隣の席からすすり泣く声が!

・・・・Kさんが号泣していたのでした。

泣くな!K!

いざ、本題。
最初にお断りしておくと、今日の話題はくだらなーいシモネタですので、助平の与太話がお嫌いな方はどうぞスルーして下さい。

Kさんの職場になぜか毎月送られてくるという上海のタウン誌(Kさんは台湾関連のお仕事なのにね)。

ちょいとお借りして読んでみたところ、何俐俐(莉莉)がオーナーのお店「鴻禧茶居」(注)の広告なんかが載っていて、「いいなあ、いつか行ってみたいなあ」と思っていたら・・・・別刷の冊子(上海トゥナイト)にこんなサウナの広告が!(下のお写真)


ええっ?
サウナなのに、なぜ

雄琴?


しかもわざわざローマ字でOGOTO(おごと)のルビ入り。

「なんなんだ?なんなんだ?このサウナ!」とパニックになりながらも広告写真をチェックしてみると、またもや驚愕の事実が!


なんじゃこりゃ!?
サウナにこんな個室が必要なのか?
おまけに、こ、この、どこかで見覚えのあるマット(行ったことないけどさ)はいったい・・・・?

このマットね。

なんだかこのマットがすごーく気になった不詳せんきち、他のサウナの広告もチェックしてみたところ、


やはり、どこのサウナでもベッドの他にマットが必須のようです。

辰ちゃん、出番だよ

しかしながら、自称「恵まれない男子中学生」であるところの不詳せんきち、この空間に1つ大事なものが足りないことを発見いたしました。
そう、それは、

あの椅子が無いこと!

でも、浴場スペースに行けばずらっとならんでたりして、件のスケベ椅子が。

上海へはもうかれこれ7年ほど足を踏み入れていないせんきちですが、思いがけず、いい社会勉強をさせていただきました(って、そんなオチかよ!)。

こちらは同じ雑誌に載っていたKTVの広告の一部。
よく見りゃこのイラスト、COCOのアルバムからのパクリじゃん!


注:何俐俐(莉莉)はこの他にも「百合居」「上海會」「福禄居」といった飲食店を経営しており、ぐるなび上海版にある「香港の設計士趙俐俐氏」とは何俐俐(莉莉)その人のことであります。

2007年7月5日木曜日

橋 (Bridge)

〔えいが〕

アタシモ出テルヨ!

1966年、台湾(中華、龍裕)。張曾澤監督。張美瑤、柯俊雄、武家麒主演。

拙ブログのBBSで既に取り上げましたが、楊德昌監督がお亡くなりになりました。
はからずも遺作となった『ヤンヤン 夏の思い出(一一)』に出てくる熱海のつるやホテルには、うちの母の友人が勤めていた関係でよく泊まりに行っていました。
だもんで、映画館のスクリーンに見慣れた2階のラウンジが映ったときにはびっくり仰天。
しかし、その後泊まりに行った時に「台湾映画のロケ隊が来ていたでしょう?」と母の友人に聞いたら、「ああ、なんだか、そんなような人たちが来ていたなあ」と気のない返事でがっかりしたものです。
しばらくして、吹き荒れる不景気風をもろに受けたホテルは閉館、母の友人も別のホテルに移っていきました。
つるやも監督もいなくなってしまいました。

では、本題に移りましょう。

表題の作品は、以前にも書いたとおり、張美瑤と柯俊雄の出会いのきっかけになった作品であり、また、歌手になる前の歐陽菲菲が張美瑤の家のメイド役でちょっこし出演していることでも特筆すべき作品であります(原作は冷冰の『曇花夢』)。

が!

これがまあ、先だってご紹介した『珊珊』(やけくそ気味の感想文はこちら)をしのぐ、

突っ込みどころてんこ盛り

の映画でしたわ、奥さん!

以下、超いいかげんなストーリー解説に沿って、ガンガン突っ込んでいきたいと思います。

両親を亡くし、おば夫婦と暮らす女子大生・沙心涓(張美瑤)は、いつも通りかかる橋の袂で出会う1人の孤独な紳士(柯俊雄)に胸のときめきを覚えます。

お若いねーちゃんがロマンスグレイ(死語)の紳士に胸ときめかせるというパターンですけど、柯さんのいでたちといったら、黒づくめの服(シャツのみ白)にオールバック、そしてなぜかプードルを連れているという不気味なもので、正直、

公園の見せ見せおじさん

かと思いましたよ。

その後いろいろあって2人は案の定恋に落ちるんですが、年の差を理由に交際をためらう白希達(柯桑。ほとんど老けメイクをしていないため、あんまり年取って見えない)に燃えろアタック!を繰り返す心涓、ほどなく2人はラブラブまっしぐらとなるものの、しかし、白は大きな秘密を心涓に隠していました。
それは、

妻子持ち

だということ。
しかも、白の息子は心涓に思いを寄せるクラスメートの白鋼(武家麒)だったのです・・・・って、あんた、柯桑の息子が武家麒だなんて(老け役とはいえ)、

いくつの時に作った子だよ!

やがて心涓と白の関係は鋼の知るところとなり、白の妻が心涓に別れてくれと迫ります・・・・が、すげーよ、奥さん、すげーババアだよ。
さては柯桑、

フケ専だったのか?

と思いきや、鋼は奥さんの連れ子で、しかも愛のない結婚だったため長いこと別居中であったことがわかって、少し安心(何を安心?)。

このまま2人が生きて添い遂げることは不可能だと悟った心涓は、思い出の橋で白に心中を持ちかけます。
おお、橋と心中といえば、

天の網島』じゃないの!

しかし、白はこの申し出をやんわり拒否、心涓は「君の長い髪が好きだ」と言ってくれた白(何故かというとね、それは、白さんの昔の恋人も長い髪の女性だったからなんだよ。ほんと、男って、昔の恋を引きずるものなんだねえ)に己の黒髪を託してその場を立ち去るのでした。
でも、髪の毛って、ふつう、

呪詛の対象

じゃありませんか?

こわいよー。

白は去っていく心涓を追いかけるものの途中で転倒、そのまま誤って崖下に転落してしまいます。
白の命が危ないという知らせを聞いて病院へかけつけた心涓でしたが、心涓の姿を見届けた白はそのまま息を引き取ります。
心涓は、愛する人とは結ばれないこの世の定めを1人嘆くのでした(劇終)・・・・って、

おいおいおいおい!

あんたが髪の毛なんか渡すから

呪われちゃったんだろ!

気付けよ!


というわけで、映画の内容もすごかったですが、それ以前の問題として柯桑が全くのミスキャストで、たそがれた中年紳士というよりは年上のお姉さん(張美瑤)に甘えるやんちゃな弟分にしか見えないのが致命的でおました。

でもなんでさあ、白さんはあんなおばさんと結婚しちゃったんだろう?
しかもおばさん再婚だよ。

付記:この他、おばのビジネスパートナー(魏蘇)がしつこく心涓に言い寄ってレイプ未遂、とか、そのビジネスパートナーは実はおばの昔の恋人で、親の反対で結婚できず今の夫と結ばれたものの夫は浮気三昧、心涓は愛のない結婚について考える、なんていう件もありましたが、あまりにメインのストーリーがすごいため、割愛させていただきました(スマソ)。

(於:香港電影資料館)

2007年7月1日日曜日

酒豪

〔ちょっとお耳に〕


香港のお友達は大変な高峰秀子贔屓で、怠惰な中年オバサンであるところのせんきちなどは、

お若いのに、奇特な方ねえ。

と感心することしきりなのでありますが、先だっての香港訪問のさいにも、そごう階上にある旭屋書店(ここの旭屋書店は、東京のそれよりもずっと雰囲気がいいですなあ)文庫売り場にて高峰秀子の著書の数々(文春文庫)を紹介したところ、たいへん喜んでお買い上げになっておられました。

そして、帰国後。

旭屋書店になかった高峰秀子の文春文庫本を送ってやるべーと思ったせんきちはさっそく紀伊国屋書店を攻略、ターゲットの1つである『私の梅原龍三郎』を手に取ってぱらぱらとめくってみたところ・・・・

おや?

香港の「大上海飯店」に人気スター・ユーミン嬢を迎えて

というキャプションと共に、尤敏と梅原龍三郎夫妻、高峰秀子・松山善三夫妻がテーブルを囲んでいる写真が載っておりました(「酒豪」の項)。

知らなかったよ・・・・。

本文(「酒豪」「虹彩炎」の項)によれば、1963年春、高峰秀子のお気に入りのレストランであった大上海飯店に尤敏を迎えて食事をしたときに撮られたものであるとの由。

1963年春といえば、松山善三が脚本を書いた映画『ホノルル・東京・香港(香港・東京・夏威夷)』のクランクインの時期にあたり、それも関係しているのかなあと思いましたが、同じく本文(「中国料理」の項)によると、高峰秀子から大上海飯店のなまこが美味しいと聞かされてすっかりその気になった梅原龍三郎がはるばる香港へ出張とあいなった、というのが真相の模様。
ただ、写真では梅原夫妻と松山善三は来賓用みたいな徽章をくっ付けており、プライベートな宴ではなく、東宝の香港支社あたりが一席設けた可能性も捨て切れません。
『國際電影』等を調査すれば、もう少し詳しいことがわかるのかも知れませんが、いずれにしても、尤敏と高峰秀子が知己の間柄だったというのは恥ずかしながら不詳せんきち全く知りませなんだので、香港のお友達に感謝せねばなりません。

どうもありがとう。


おまけ:先日、お仕事関係の宴会にお呼ばれしました。
本当は宴会やパーティーの類が大の苦手でいつも欠席なのですが、うっかり「出ます」と返事をしてしまったため(誘導尋問に引っかかってしまいました)、仕方なく出席。
しかし、極度の人見知りで酒を飲まなければ初対面の人と会話もできない因果な性分ゆえ、ビール、ワイン、ウイスキーを立て続けに飲んでようやく隣席の方との会話が実現しました(写真は、その折のもの)。
が、昼間の宴会だったためすっかりへべれけになり、帰りがけには知人のKさん(いつものKさんです)の職場に押しかけてずいぶんとご迷惑をおかけしました。


ちなみに、『私と梅原龍三郎』の「酒豪」の項には「私は、梅原大人がお酒に酔って乱れたのをみたことがない。こういう人物を本物の酒豪というのだろう」とあります。
ダメ酔っ払いのせんきちは、ひたすら「とほほ」という他ありません。

2007年6月27日水曜日

ハムの人

〔ちょっとお耳に〕

ご存知、『やさぐれ姐御伝 総括リンチ』のUS盤DVD。
香港のHMVでも扱っていました。
これもあったし、これまであったよ。感激!

こんにちわ。
現実逃避して、香港へ行っていました。
連日かんかん照りの快晴で、すっかり生ハム色に日焼けしてしまいました。
6年ぶりに澳門にも行きましたが、その話はおいおい。

で、以下は全くかんけーのない情報。

早いものでもうすぐ石井輝男監督の3回忌ですが、新文芸坐でオールナイト上映があります。

7月28日(土)
「三回忌追悼 華麗なる異端 石井輝男(第一夜)」
上映作品:『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』『直撃地獄拳 大逆転』『ポルノ時代劇 忘八武士道』『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』
8月4日(土)
「三回忌追悼 華麗なる異端 石井輝男(第二夜)」
上映作品:『徳川いれずみ師 責め地獄』『徳川女系図』『徳川女刑罰史』『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』

時間はいずれも22時30分から。一般2200円、友の会会員及び前売は2000円。

我らが(?)橘ますみたん主演作品は第二夜に3本(『徳川いれずみ師 責め地獄』『徳川女刑罰史』『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』)上映されますが、『温泉あんま芸者』が観たかったなあ、個人的には。


チケットぴあでも前売券を扱うようになりましたので、ご希望の方はお早めにどうぞ(Pコード:553-081〔第一夜〕、553-082〔第二夜〕)。

2007年6月18日月曜日

今天不回家 (Accidental Trio)

〔えいが〕

帰ろかな、帰るのよそうかな。

1969年、台湾(大衆)。白景瑞監督。甄珍、武家麒、鈕方雨主演。

週1どころか、月1ブログに成り果てそうな最近の拙ブログですが、皆様いかがお過ごしですか?
月の下旬になったら少しは落ち着くかと思っていたところ、自らオカマを掘る、もとい、墓穴を掘るような出来事が頻発、相変らず野暮用に追われております。
来月にはなんとか一段落着くと・・・・よいのですが。

と、まあ、そんな毎日ではありますが、昨日の學友さんのコンサートには行ってまいりました。

いやあ、堪能いたしました。
『祝福』も大声で合唱しましたし。

不詳せんきちは學友迷のお友達数人と1階中央の辺りにおったのですが、最前列で鑑賞していた別のお友達に拠れば、厳しい警備網を突破して後方から押し寄せてきた掟破りの内地の皆さんのおかげで圧死寸前だったそうです。

危ないから、ルールは守りましょうね。

ということで、本題。
またまた感想文をサクッと。

白景瑞監督の代表作の一。
DVD本体にある英文タイトルは"Not Coming Home Today"になっていましたが、本編中の英文タイトルは"Accidental Trio"とあったので、そちらを採用いたしました。

台北市内の同じマンションの異なるフロアーに住む3つの家族に巻き起こるそれぞれの事件(過剰に束縛する父親に反発して家出した娘、高雄出張と偽って女性と密会していた夫の不貞を疑う若妻、家庭生活に疲れて帰宅恐怖症に陥る夫)が同時進行、帰りたいけど帰れない人々がようやく我が家に帰り着いて大団円を迎えるというお話で、同一地点から3つの異なる物語が展開するというパターンは白監督のこの後の作品である『家在台北』でも用いられていますが、こちらの方が数段よい仕上がりになっているとわたくしは思いました。
が、現実には『家在台北』が多くの賞を受賞したのに対して、こちらは同名主題歌が道徳破壊の象徴として放送禁止になったりと、けっこう不幸な扱いを受けていた模様。
せんきち的には白監督作品中『再見阿郎』の次に出来がいいと思っただけに(弟にぞっこん命!の兄貴が怖い『大輪廻』3話もけっこう好きなんだけど)、当時の台湾映画界、特に国語映画界がいかに政治と深く結びついていたかがよくわかる現象と言えなくもないわね。

3つのエピソードの内、メインはやっぱり甄珍演じる家出娘のアバンチュール(死語)でしたが、せんきちとしてはダメおやじを地で行く韓甦演じるうだつの上がらないサラリーマンが女に騙される話の方が切実でありました。

甄珍は雷鳴演じるプレイボーイの記者(友人役で柯俊雄もちょっこし出演)から高いドレスをプレゼントされ、急遽それに着替えますが、ドレスがノースリーブだったのに気付いて、

しまった!昨夜腋毛剃るの忘れちゃったわ!

などと慌てない辺り、よほどお家の躾がいいのでありましょうね。

あたしなら慌てるけどさ。

(つい腋毛咄になってしまったところで、本日終了)

2007年6月3日日曜日

珊珊 (Susanna)

〔えいが〕

ゴーマンお嬢様、『青春舞曲』を歌うの図。

1967年、香港(邵氏)。何夢華監督。李菁、張仲文、關山、張燕主演。

すっかり「週一ブログ」と化していますが、ここんとこ本業&私生活の方が立て込んでまして、一段落ついたらもう少し更新の頻度を上げたいと思っております。すんません。

さて。

昨日の鄧麗君ドラマ
せんきち自身はドラマの内容に関しては大した期待もしていなかったので(有田さんの原作自体、台湾の民主化&本土化がテレサに及ぼした影響について全く言及がない点に不満があります)どうということもないのですが、亡くなって10年以上の歳月が流れても未だに日本の人々にこんなにも愛されている台湾の歌手がいたという事実だけでいいのではないかなあと、そう思っておりますです。
しかしながら、中華圏の皆様の見方はそれとは全く別なものでありましょう。
ということで、気になる台湾の視聴者の反応はこちらをご参照下さい。
案の定(?)、「国民党VS民進党」にまで話題はヒートアップしております。

ちなみに、『わたしの家は山の向こう(家在山那邊、我的家在山的那一邊)』を最初に歌ったのは、『2046』で王菲の父親を演じていた王琛
『2046』での王琛の役どころが「ハルピンから逃げてきた元テノール歌手」だったのは、彼の歌手としてのキャリアを踏まえた設定だったのであります。

いよいよ本題。
少し前に観た映画の感想をさくっと。

幼い頃からわがまま放題、やりたい放題で育った超ゴーマンお嬢様(母親の再婚相手の娘〔義理の姉にしてクラスメート〕をイビり倒し、果てはボーイフレンドまで掠奪)が不治の病に侵されてにわかに改心、家族仲よく暮らすように力を尽くしてこの世を去っていくという、

いがみの権太女子高生版

なお話に『紅楼夢』と『最後の一葉』を無理やりぶちこんだ、突っ込みどころ満載の作品でおます。

謎の頭痛に襲われて路上で昏倒したヒロイン・珊珊(李菁)。
が、何とそこはお医者さんの自宅の前。
ちょうど玄関先へ出てきたお医者さんに運良く発見されて手当てを受ける・・・・って、

狙いすましたように倒れるんじゃないよー!

治療の甲斐あって意識を取り戻した珊珊。
「後で父にお金を持ってきてもらいます」とお医者さんに言うと(医療費が高いんだね、香港)、「次の診察までに頭痛の原因を調べておきますので、そのときにまとめて頂きますから、今はいいですよ」と答える親切なお医者さん・張先生なのでありました。

しかーし!

検査の結果、頭痛の原因は脳癌(と台詞では言っていましたが〔脳cancer〕、正確には悪性脳腫瘍のことではないかと思われ)だとわかり、その悲しい検査結果について自分の妻と話していた張先生。
と、そこへ、盗み聞きしてしまった珊珊の姿が!
失意の珊珊は姿を消すのでありました・・・・。

倒れた場所は変ですが、ストーリーの展開としては、まあ、ここまではギリギリ許せなくもありません。

でもね。

張先生ったら、珊珊の家族にその結果を知らせないどころか、治療を受けることをすすめもしないんですよ。

つまり、それっきりほったらかし。
医療費も貰わないまま(慾がないのね)。

その後、珊珊は病気のことを家族にひた隠しにしていましたが(義理の姉だけは敏感に察知するも、鈍すぎる両親は病気に気付かないどころか珊珊に辛く当たる←母親なんか、病気の珊珊に往復ビンタ食らわすんだよん!)、やがて最後のときが訪れます。

母親が出産のため入院していた病院で倒れた珊珊。
家族があわてて医者を呼ぶと、そこへ現われたのはなんと張先生!
「娘の病気は?」と尋ねる家族に対し、

「あなたがたはまだ知らなかったのですか」

と答える張先生。

知るわけねーじゃんよー!!!

お前が放置してたんだから!!!


やがて、珊珊は家族に看取られて静かに息を引き取るのでありました。
ここに至ってついに「マレビト」化してしまった感のある珊珊でしたが、その間、張先生はなんらの医療行為も施さず・・・・(強心剤の投与をしただけ)。

なんなんだこりゃー!!!

でもこれで「アジア映画祭最優秀作品賞」受賞だって。

何やってたんだ、永田雅一?

せんきち的には映画の内容よりも(壮絶劇中劇『紅楼夢』も突っ込みどころ満載なんだけど、ここでは省略。興味のある方は観てね!)、

こんなとこや、

こんなとこ、

はたまた、こんなとこや、

こんなとこ、

といった街頭ロケの方が魅力的でありました。

最後にもう一つ。

以前、拙ブログで本作のカメラを担当した日本人スタッフ(氏名不詳)が李菁を怒らせたという話題を取り上げましたが、実際の作品ではカメラは林國翔の名前になっていました。
となると、李菁が「自分がデブに撮られてる」とお怒りになったその試写はラッシュ上映か何かで、その後直ちに日本人スタッフは首になり、代わりに林國翔がカメラを担当したということのようです。

実生活でもわがままでゴーマンだったのね、李菁。

明るい樂聲牌。

2007年5月28日月曜日

あやしいトップモデル

〔ちょっとお耳に〕

お腹が空いているわけではありません。

ご無沙汰しております。

先週の金曜、左眼の上まぶたがお岩さん(累でも可)並みに腫れ上がり、泡食って眼科へ行きましたが、特に重篤な病ではなく、皮膚が炎症を起こしたのみとの由。
貰った軟膏を塗っているうちにだいぶよくなりました。

で。

うれしいお知らせと悲しいお知らせを一つずつ。

まずはうれしいお知らせ。
某ミクシィで得た情報ですが、『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』のアメリカ盤DVDがこの夏いよいよリリースされる模様です(日本語のお買い物サイトはこちら)。
さすがは自由の国アメリカ(なのか?)。
日本が二の足踏んでる間に、東映の許可を取ってとっととDVD化を決めちまいました。

そして悲しいお知らせ。
台北駅前地下のレトロミュージアム「台灣故事館」が、経営不振のため閉館してしまいました。

この看板ともお別れ。


淋しいねえ。

これから台北に行かれる方、ご注意下さい。

さて、いよいよ本題。
前回の記事で『花團錦簇』の話が出たついでに、劇中に登場するあやしい日本人モデルのご紹介でも。

件の「自称・日本のトップモデル」さん(氏名不詳。演じているのは丁寧)、陳厚演じるデザイナーの名声を慕いはるばる香港へやって来たらしいのですが、初登場時のいでたちはというと・・・・


お約束の和服姿なれど、なんなんだ、そのでかい簪は!

さゆりかよ!

と、一抹の危惧を感じたせんきちでありましたが、次の登場場面では、


ごくふつーの和服姿で一安心。
着付けもちゃんとしていました。

陳厚にぜひ自分の服をデザインして欲しいと熱望する彼女、宿泊先である東宝映画でおなじみ國賓酒店の自室に陳厚を呼び、打ち合わせと相成ります。

さすがは日本人。
とりあえずビール、じゃなくて、お辞儀。


言葉の通じない部分は筆談でカバー。
漢字の国で良かったね。


しかし、彼女の書いた文字を見て唖然とする陳厚。

そこには・・・・

謎の日本語が!

現代の精神調劑?

なんすか、それ?(とりあえずは必須ね)

このあとおもむろに真っ赤なコスチュームに着替えた彼女、陳厚の前でエッチな美容体操を披露して彼(妻あり)を誘惑、

大和撫子神話崩壊!

たまげた陳厚は、這う這うの態で逃げ帰ります。

しかし、その後。


彼女は何事も無かったかのように、陳厚が所属する店のファッションショーに出演するのでありました。

あんた、いったい何がしたかったんだよ?

(おしまい)

2007年5月19日土曜日

村木忍、中国芸術と東方電影について語る

〔ちょっとお耳に〕

『花團錦簇』より。
まるっきり東宝ミュージカル映画なセット。

久々の古新聞ネタですが、その前にお知らせ。

5月10日に発売されるはずだった『異國情鴛』のDVDですが、延期になった模様です。
いつの間にかリストから外れていました。

ほんとに出るの?

てなわけで、本題。
「勝手に國聯特集」関連企画(こじつけ)。

1963年12月31日付『聯合報』に「日籍佈景設計師村木忍談中國藝術和東方電影」なる記事があり、それによれば、國聯の映画『一代妖姫』の美術を担当するため李翰祥監督の招きで11月20日から台湾に来ていた村木忍が昨日帰国、村木は来年(1964年)1月下旬に再び来台して今度は国際映画祭に出品する予定の國聯の新作映画の美術を担当する、とありました。

が。

今日残っている國聯の作品リストを見ても『一代妖姫』というタイトルの作品は見当たりませんし、1964年1月の『聯合報』には村木忍来台の記事を見いだすことはできませんでした。

これはいったい・・・・?

せんきちが思うに、『梁山伯與祝英台』ではわざわざ日本で「化蝶」を撮ったにも関わらず、仕上がりが気に入らなかったのかばっさりカットしちゃった李監督のこと、今回の件でもいざ撮影の段になって「やーめた!」と放り出してそのままお蔵入りになったのではないかと。

ちなみに、記事によると『一代妖姫』は中国上古時代の物語で、国際映画祭に出品予定の作品(タイトル不詳)は『聊斎志異』に材を取った作品だったそうです。

と、まあ、そんな具合で製作されることのなかった(らしい)村木忍の國聯映画でしたが、この記事の中には「彼女は大学時代に中国絵画に興味を持ち、香港の邵氏に招かれて『千嬌百媚』の美術を担当したさいには、劇中劇の『孟姜女』において中国の山水画を応用したセットをデザインした」との記述があって、以前拙ブログで書いた莫蘭詩が村木忍の変名であり、『千嬌百媚』の他にも『花團錦簇』と『萬花迎春』の美術を受け持っていたことがこれではっきりといたしました。



どちらも『千嬌百媚』より。
『孟姜女』の場面。

さらに、記事中において村木忍は李監督の『倩女幽魂』を絶賛、溝口健二監督と稲垣浩監督もこの映画を観て藤本真澄に「たいへん素晴らしい映画だ」と語っていたという話をしていますが、そもそも1956年に亡くなった溝口監督が『倩女幽魂』(1960年)を観ることは不可能でして、これがもし本当ならば、

まさにゴースト!

なエピソードになってしまいます。

おそらく、溝口監督が観たのは『倩女幽魂』と同じく『聊斎志異』から材を取った陶秦監督の『人鬼戀』だったのではないかと思います。
陶秦監督は『楊貴妃』の脚本も担当していますし、一般公開されることはなかったものの『人鬼戀』の日本における上映権は大映が持っていたそうですので。

以上、なかなか興味深い内容の記事でありましたが、『一代妖姫』の美術がどのようなものだったのか、製作されなかったのが非常に惜しまれますです。

(無理やりなオチで強制終了)

2007年5月13日日曜日

しょーもない台湾ネタ2連発

〔ちょっとお耳に〕

こんなんで、東大生やってましたー?

最近お疲れ気味のせんきちです。
しょーもないネタでお茶を濁しますです。

その一 日本東京大学進学

先日、メインサイトの方に書いた柯俊雄のプロフィールをちょっと手直ししようと思い、いろいろお調べ物をしていたところ、立法院のサイトにある柯桑の紹介ページにこんな記述が!


学歴
高雄市立第二高等学校卒業
日本東京大学進学
香港聖約林書院進学
国立芸術専門学校

(当該サイトより。国立芸術専門学校は現在の台湾芸術大学)


ええーっ?

東京大学進学?

まじっすか?


だってもさ(「お姐ちゃん」シリーズの中島そのみ調)、柯桑の学歴、ここのサイトじゃ「中卒」になってるし、もう一つのサイトじゃ「高校に入ったけど喧嘩ばかりしていて、転校を重ねた末に2年で休学」って書いてあって、

東大のとの字もありませんよ。

それとも、ここで言う「進学」というのは、「東京見物のついでにキャンパスを散策したことがある」とか、「東京大学病院に入院あるいは通院したことがある」という意味なのでせうか

日本だったら今ごろ「学歴詐称か?」と大騒ぎになりそうなもんですが、特に誰も疑問に思わないあたり、なんだか大らかですわね、おほほ。

で。

柯桑の話題が出たついでに上映情報です。

京橋のフィルムセンターにて、柯桑が出演した今村昌平監督作品『女衒』が上映されます。
といっても、第1回目の上映(4月26日)は既に終了、残りの回は5月18日(金)午後7:00~と6月9日(土)午後1:00~の上映となります。
この映画、台湾(九份や基隆等。中影のスタジオも利用。但し劇中では香港)で撮影を行い、現地スタッフとして王童が協力しています。
なお、かつて邵氏からの誘いを断ったという黒木和雄監督の香港ロケ映画(って、それがメインじゃないんだけどさ)『とべない沈黙』も上映(5月23日〔水〕午後3:00~、6月8日〔金〕午後7:00~)。

この映画(今村監督が脚本を担当)が
日本で上映される日は来るのでせうか?



その二 まんげ

摘発必至(?)の店名。

お下劣なタイトルで恐縮ですが、ムダ毛研究家としては避けて通ることのできないネタだったもので。

少し前、近所のブックオフで購入した『プレイタウン台湾PART2』という1986年に出た台北のガイド本に載っていたお土産屋さんの中に、

まんげ荘

なるお店がありました。


ガイド本所収の紹介文に拠れば、


民族路は中山北路3段と交差しており、民族西路を淡水線の鉄道がまたいでいる。鉄道の踏切と承徳路の間に、おみやげ品なら何でもそろう包羅(Paul Art)の店がある。この店は"まんげ荘"という通称をもっていて、こちらの方が店名としては知られている。(略)
外貨交換の公認店でもあるので、安心して日本円での買物ができるのもうれしい。
とにかく、なんでもそろう便利な店である。


とあり、ひょっとして通常のお土産以外にも何か特別なお土産(どんな土産だよ)を売っているのではないか?とあらぬ想像をしたくなりますが、このお店、当時台湾観光協会が出していた公式ガイドブックにも掲載されているれっきとした普通の土産店なのでありました(現存はしていない模様)。

それにしても、保羅(Paul)が何ゆえにまんげ荘に変貌してしまったのか。

謎です。

2007年5月7日月曜日

薔薇の標的

〔えいが〕

でぃすかばー・じゃぱん

1972年、東京映画(配給・東宝)。西村潔監督。加山雄三、甄珍、岡田英次主演。

GWも終わりましたが、今度の夏休みには(もう先の話かよ)ここへ行ってみたいなあと思っているせんきちです。

というわけで、本題。
一応、放映予告をした手前、ごく簡単にさくっと感想文でも。

東宝ニューアクション(日活ニューアクションと間違えそうだ)系列に連なる1作ですが、とりあえず、

ガンマニア及び鉄分の濃い皆様

にはおすすめの映画と言ってよいかと存じます。
せんきちは鉄欠乏性貧血の気があるので、残念ながら今ひとつピンと来ませんでしたが。

前半の殺し屋養成編&殺しの実行編(ここでちょっこし香港ロケあり)の後、加山雄三と甄珍のSL求めて愛の逃避行という、愛情文芸映画も真っ青のロマンチックモードに突如路線変更、

雄三&甄珍の『遠くへ行きたい ~SL旅情編~』

に入ります。

鉄くずにされる無残なD51の姿に己の姿を重ね合わせる加山さんの孤独な心象風景が、その後の不幸な展開を予測させますが、そんなことよりはSLの走行音をオープンリールテープに録音するという、殺し屋らしからぬ加山さんの鉄分の濃さ(じっさい、鉄道模型オタクらしいですし)の方が深く印象に残りましたです(懐かしいねえ、デンスケ)。

ラストの岡田英次との対決は、「第四帝国を巡る攻防」云々よりも銃に魅せられた者同士の愛の交歓のように見えました。
特に、岡田英次は加山さんのことをほんとは愛していたんじゃないかしらん?

ところで、尤敏には劇中で主題歌を歌わせ(『香港の夜』『香港の星』)、張美瑤の『バンコックの夜』では『相思河畔』を使っていた東宝が、ここでは甄珍に『忘不了的你』を歌わせていました。

で。

甄珍扮する香港娘・李玲玲は、報道カメラマンだった兄をラオス戦線で失い、天涯孤独の身となったという設定だったのですが、これって、

『香港の夜』の宝田明

じゃないの!

そうか、宝田さんの妹だったのか(違うよ!)

付記:脚本の桂千穂は、その後テレビドラマ(『香港からの手紙』)でも香港を舞台にしています(こちらこちらこちらこちらこちらこちらを参照)。また、『昨夜星光』日本語版刊行に尽力したことも特筆すべきでしょう。


(於:チャンネルNECO)

2007年5月3日木曜日

アンドリュー兄弟

〔ちょっとお耳に〕

2月号で澳門、5月号で香港。アジアづいてます。

思いがけず失踪期間が長くなってしまいましたが、おかげさまで、どうにかこうにか宇宙の果てから帰還しました。
危うくブラックホールに呑み込まれるところでした。

さて。

先月の下旬に届いた、JCBカードの会員の中でもそのまたさらに登録制のJ-Basketメンバー向けの同名雑誌5月号の特集「雑貨天国香港でお買い物三昧」で、劉偉強監督の弟であるデザイナー・劉偉文氏が取り上げられていました。


兄貴絡みの話はほとんど抜き(プロフィールのところにちょこっとだけ出てくるのみ)で、デザイナーとしての彼のお仕事に全面的に昇天、もとい、焦点を絞った記事で、特に下の写真の書籍(『香港極品』)のことを写真入りで詳しく紹介しておりました。


『香港極品』の他にも、劉偉文氏のお仕事としてはLiving@hkなる雑貨や衣料品の系列がよく知られているようですが、調べてみたところ、ふむふむ、DFSなんかで扱っているのね、これ。

今度行ったら買ってみましょう。

ところでこの兄弟、2人とも英文名は「アンドリュー(Andrew)」。

ほれほれ、この通り。
なぜか漢字表記が「偉文」ではなく「偉民」になってるけど。
(広東語だと)発音が同じだから間違えちゃったんだろか。

紛らわしいことこの上ないざます。

ちなみに、こちらはアンドリュー星野さん

おまけ:先日、何気なく立ち寄った下北沢の古本屋さんで下記の本をついふらふらと購入。

コバルト文庫だよん。


ふさふさ。

2007年4月12日木曜日

ネット通販で尤敏のプロマイドを買おう

〔ちょっとお耳に〕

向かって左から、杉江敏男監督、尤敏、小林桂樹(1962年、箱根にて)。

3年前、旧ブログにてマルベル堂で扱っている尤敏のプロマイド(マルベル堂では「ブ」は濁音ではなく半濁音)のことについてちょっとだけ書きましたが、このほど、ネット上でその一部が購入できることになりました。

今のところ購入できるのは、12種類あるうちの5種のみ

ただ、その中にはせんきちがよくご贈答用(?)に注文する『続社長洋行記』の折の着物姿と旗袍姿のプロマイドもありまして、それなりのセレクトと言えば言えなくもありません。

ところで、この通販サイトにある尤敏のプロフィール、どこかで読んだことがあるなと思ったら、せんきちのサイトからパクった、もとい、引用したものでありました。
天下のマルベル堂様に参考にしていただけるとは光栄の極みですが、できれば一言ご挨拶の欲しかったところです、はい。

さて。

カムバックからまだ間もないというのに、来週ちょっこし野暮用があって多忙になるため、

一時失踪します。

再来週には戻ってこられると思います。

では!

2007年4月9日月曜日

黒牛與白蛇 (Black Bull and White Snake)

〔えいが〕

牛と蛇でも夫婦になれるんだー!

1970年、台湾(國聯)。林福地監督。江青、田野、金滔主演。

皆様、どうも。
「しばらくお休みする」と申しましたが、書かずにいることにも耐えられず、身体の調子はあんまりよくないんですけど戻ってきました。
というわけで、帰ってきた「勝手に國聯特集」。
おおまかなストーリーは、下記の通り。

民国期。
緑柳坊に男女2人組の旅芸人が現われ、その風貌から男は黒牛(田野)、女は白蛇(白娘子。江青)との異名を取るようになります。
2人は土地の名家・楊家の屋敷の一角にある廃屋に一夜の宿を乞いますが、その翌日、白娘子の妊娠が発覚、2人はそのまま楊家に住み着き、やがて白娘子は男の子を産み落とします。
男の子は、楊家の若当主(金滔)によって思樂と名付けられました。
黒牛こと馬志標の一家はその後も楊家で暮らし続けますが、ある日、羊の放牧に出かけた思樂が浚われるという事件が発生します。
思樂を浚ったのはかつて白娘子に懸想をして楊家を追放された男(孫越)で、この男は今土匪の一味になっていました。
土匪から思樂を奪還すべく、馬たちの戦いが始まりました・・・・。

前半はともかく、後半の土匪と馬たちの戦いがかったるいのなんのって。
カメラも編集も息切れ状態、ただひたすらだらだらと戦闘場面が続くので、途中で飽きちゃいました。

で、この土匪というのは単なる反政府ゲリラではなくて、どうも抗日戦の混乱に乗じてのさばってきた共産党系のゲリラみたいです、たぶん。

しかし、この頃の孫越って、ろくな役やってないね。
でも、彼の顔を見ると、なぜか田中邦衛を思い出します。

馬(馬なのに黒牛だよ)の子供が失踪した後、楊家の者総出で捜索に出るんですけど、皆して、

馬思樂(マスラ)ー!

と叫ぶもんだから、せんきちはついこれ↓を思い出してしまいました。

イントネーションは違うけどね。

なお、この映画も他の國聯作品と同じく、


林福地の他に、


李翰祥にも導演の肩書がありました。

(疲れたのでおしまい)

2007年4月1日日曜日

あちこち、壊れ中

〔ちょっとお耳に〕

『薔薇の標的』の甄珍。

先週から体調不良で、昨日は夕方からずっと寝てました。
今日も絶不調。
てなわけで、元通りのコンディションに戻るまで、しばらくこちらもお休みします。
あしからず、ご了承下さい。

お休み前にコネタを2つ。

その一:熟年女優

昨日、朝日新聞の夕刊を読んでいたら、下記のような記事がコソーリ載っておりました。

台湾の富豪、再婚相手募集中 「仕事だけ、むなしい」

台湾のお金持ち・郭台銘の醜聞記事ですが、林志玲は写真入りで紹介されていたにも関わらず、劉嘉玲は、

42歳の女優

とその他多勢扱い。

実年齢はいいから、名前ぐらい出してあげなよ。

あたしよ、あたし!


その二:『薔薇の標的』放映

先月、衛星劇場にて東宝の甄珍もの『卒業旅行』が放映されたばかりですが、今度は5月にチャンネルNECOでやはり東宝の甄珍ものである『薔薇の標的』が放映されます。
この映画では、加山さんと共演しています。

『薔薇の標的』より。
加山さんと甄珍。

詳しい放映スケジュールは未定ですので、後ほどわかり次第お知らせいたします。

では、ちょっと療養してきます。

おまけ:4月14日(土)から開催される「アジアン・クイア・フィルム&ヴィデオ・フェスティバル」にて、2000年の第37回金馬奨で最優秀短編作品賞を受賞した台湾映画『旅行(邦題:トラベル)』(張國甫、陳大昱監督)が上映されます。せんきち的にはオープニング作品『紅門』にも注目。

2007年3月26日月曜日

雪花片片 (Falling Snowflakes)

〔えいが〕

国民党命!

1974年、台湾(中影)。劉家昌監督。秦祥林、胡錦、張沖、湯蘭花、岳陽主演。

足が治ったと思ったら、今度はお腹の具合が悪くて、引きこもり状態が続いております。
今日は、そんな引きこもり生活の中で観た映画をご紹介。

第23回アジア映画祭(アジア太平洋映画祭)において、最感人影片奨、演技優異男女主角奨、優異攝影講奨、最動人主題音樂奨(何と訳せばよいのだ?これらの賞)を受賞した作品ですが、一言でいってしまえば、

愛情文芸映画と反共映画の幸福な出会い(?)によって生まれたトンデモ反共メロドラマ

であります。
さすがは台湾映画界が誇るヒットメーカーにして、せんきち的にはトホホ映画の巨匠である(なにしろ初めて観た作品が『梅花』だったもんで)劉家昌監督、期待を裏切らない(?)見事なお仕事ぶりです。

大まかなストーリーは下記の通り。

国共内戦下の中国東北部。
医師である秦(秦祥林)は戦いの最前線に留まり、患者の治療に明け暮れていましたが、妻の小蘭(マダムヤンこと湯蘭花)と父(魏蘇)を一足先に瀋陽へ避難させることを決意、2人を知人の陳に託します。
やがて秦の住む街は共産党軍の手に落ち、秦の許へ現われた共産党軍の荒くれ者たちは患者の中から国民党軍の兵士を連れ出すと、有無を言わさず一斉に処刑しまうのでした。
このことにショックを受けた秦はうつ状態に陥りますが、かつて彼が助けた共産党軍幹部・李(岳陽)の恋人・金鳳(胡錦)は彼を励まし、金鳳の尽力によって通行証を手に入れた秦は妻たちを追って瀋陽へと向かいます。
途中、共産党軍に捕らえられて無理やり軍の一員にされたりした秦でしたが、隙を見て逃走、ようやく瀋陽に辿り着くものの、そこも既に共産党に支配され、妻は去った後でした。
瀋陽で金鳳と再会した秦は、今度も彼女の助けを得て街を脱出、ようやく妻と再会します。
妻たちの一行は、国民党軍の軍人・張(張沖)と行動を共にしていました。
その後、東北部は完全に共産党の支配下となるものの、李の功績は完全に無視され、ここに至って李はようやく自分が党に利用されていただけであったことを悟るのでした。
しかし、李と金鳳の生命の危険は、すぐそこまで迫っていました。
一方、秦たちは共産党支配地域からの脱出を目前にしていましたが、そこでは共産党軍の埋めた地雷が彼等を待ち受けていました・・・・。

瀋陽を巡る国共の攻防戦と言うと「遼瀋戦役」ですが、実際の戦闘は1948年の9月から11月にかけてですので雪なんかないはずなのですけれど、ここでは常に雪が舞っています(推定韓国ロケ)。

万年雪かよ。

そんな雪の中で男と女がくっ付いたり離れたりしながら物語は展開しますが、主人公の秦は妻にラブラブのはずだったのに、金鳳にやさしくされてついフラフラしてしまったかと思えば、秦の妻も妻で、自分を守ってくれる張と何となくいい仲になっちゃうという、このご夫婦は目の前のニンジンに弱い人たちのようです。
特に秦は、瀋陽で妻の置手紙を読みながら涙を流していたくせに、そこへ金鳳が現れるやいなや「君に逢いたかった」とか言って(金鳳を)抱きしめるという変わり身の早さを見せていました。

また、あくまでも反共映画なので、国民党軍の隊長さん(張沖)が軍服姿もりりしい立派な人物なのに対して、共産党軍の方はマタギみたいな格好をして字もろくに読めず、平気で無辜の市民を皆殺しにする野蛮人の集まりにされちゃっています。

映画の終盤になっていきなり江青そっくりのおばさん(もちろん毛沢東夫人の方ね。劉監督の前妻じゃなくて)が登場、彼女たちの一派(四人組?)が李と金鳳を粛清しちゃうんですけれど、遼瀋戦役において大活躍したのが林彪だったことを考え合わせると、これは文革をおちょくった趣向のようです。

しかし、ここまで国民党命!な映画を作る劉監督、両岸関係、特に国共の関係が劇的に変化した今でも国民党一筋なのでしょうか、ご本人に聞いてみたい気がします。

ともあれ、ここんとこ憂うつな毎日を送っていたせんきちでしたが、この映画を観てなんだか元気が出てきましたわ。
そういう映画じゃないんだけどさ、ほんとは。