2007年8月11日土曜日

ちまちましたお買い物

〔しようもない日常〕


こんにちわ。
陸に上ったトド・せんきちです。

「暑い、暑い」と言っていたらさらに気温が上昇、今日なんか

最高気温36.4度

ですってよ、奥様。
トドの平熱(35.8度。あ、あたしのことね)よりも高いわ。

えー、ここんとこ、すっかり更新が滞っておりますが、夏バテのせいではありません。
ただ単に

面倒くさいから

なだけです(スマソ)。

でもまあ、古本屋さんでのちまちましたお買い物は継続中でして、先日も冒頭に掲げたような本を購入いたしました(1973年、ホーチキ出版)。


知らなかったよ、こんな本。

まだきちんと読んでいないのですけれど、なんでも、著者(頓宮慶蔵)が記録映画『香港』を撮影するさい、彼の地で知り合った様々な人や物に関して書きとめたものらしいです(巻末には『香港』のシナリオも抄録)。

本も知らなかったけど、映画も知らないや。

どっかで公開されたのかな、この映画。
フィルムが残っていたら、観てみたいものですが。


こちらは新宿の京王百貨店であった古書展で購入。
弘前の古本屋さんのブースでした。
当時日本で修業に励んでいた陳芬蘭が表紙です(1965年12月10日号)。

陳芬蘭というと、せんきちはすぐに『孤女的願望(花笠道中)』を思い出すので、演歌な方かと思っていたら、意外や意外、石井好子に師事していたのだそうです(『アサヒグラフ』本文による)。
ずいぶんとバタ臭い先生についていたんですねえ。


ここから先はスチール群。
東急東横店の古書展(現在も開催中)で購入。

まずは『ならず者』から。
鹿内タカシ(孝)と悪巧みの算段をする三原葉子。
この件は路面電車やバス、人力車といった香港の乗り物満載の場面で、乗り物好きの方にはたまらないと思います。


澳門での健さんと丹波さん。
澳門と言えば丹波哲郎。


香港から澳門に流れて(流されて?)きた日本人娼婦・南田洋子と健さん。
内港での切ないラストシーンを思い出します。


こちらは『戦後秘話 宝石略奪』(以下同じ)。
上のスチールは、本編にはない1コマ。
モンテの砦での文太と賀川雪絵。
賀川雪絵は戦時中日本軍に両親を惨殺された中国人娼婦という役どころで、日本人憎さのあまり、文太にヤクを打ってしまいます。
その後、文太が意外といい人だったことがわかり、雪絵たんは後悔するのですが、時すでに遅し。
文太はすっかりぶぶ漬け、じゃなくて、シャブ漬けになっていたのでした。

この映画でも大三巴の場面でお約束(?)の丹波哲郎が登場しますが、丹波さん本人は澳門へは行っていないみたいで、アップでごまかしています。


これも本編にはない場面。
モンテの砦で八名さんに脅される文太。
八名さんはたしか丹波さんの手下の役だったはずです(記憶が既にあいまい)。


撮影中のスナップ。
中島貞夫監督も映っています。
「何やってんだ?」と興味津々で群がる澳門の皆さんの姿が貴重な1枚。


菅原文太、シャブを求めて三千里の図。
格子越しに「あんた誰?」といった感じで婆ちゃんが見つめています(手前左)。

ということで、どうってことないちまちましたお買い物報告でした。

2007年8月6日月曜日

よみがえる腋毛

〔しようもない日常〕


どうも。
忘れた頃に帰ってくるムダ毛研究家・せんきちです。

それにしても、暑いですね。
前回の記事で、「例年より涼しい」なんて書いたとたんに暑くなりやがったぜ。
昨日も息苦しくなるぐらい暑いので、「どうしてこんなに暑いんだ?」と思っていたら、

最高気温34度

でしたよ。
どうりで。

さて。

以前、『黒線地帯』から『黄線地帯』に至る三原葉子の腋の下の変遷を通して、戦後日本女子の腋毛処理事情を考察いたしましたが、4日深夜、新文芸坐のオールナイトにて久しぶりに『徳川女系図』を観たところ、な、なんと、入浴シーンにおいて垣間見えた葉子たんの腋の下にはふさふさとした腋毛が生い茂っているじゃあーりませんか!

腋毛ぼうぼう大復活!

いやはや、あまりのことに衝撃を隠しきれなかったせんきちでありましたが、よくよく考えてみると、だいたいさあ、江戸時代なんだから、つるつるしてる方が変なんですよね。
たしか、五渡亭国貞の春画などでも腋毛はぼうぼうだったような・・・・(つい下半身に目が釘付けになりがちですけど)。

となると、やはりこれは、

役作りの一環

と考えるべきなのでしょうか?

ただ単にズボラだっただけなのかも知れんが。

話は変わりますが、これも以前ちょいと書いたように、この映画が公開される約1ヶ月前、テレビの『大奥』(今日言うところの「元祖『大奥』」。東映・関西テレビ制作)が既に放送を開始しておりまして、テレビドラマで大奥における女の暗闘を楽しみにしていた殿方の皆さんが、よりエロ味を加味したこちらの作品に殺到したであろうことは、想像に難くありません。
『大奥』の第1話で見せ場として用いられていた新参舞が本作に於いても冒頭に裸満載で登場しますし、対立する2派による将軍のご寵愛争奪合戦も『大奥』の第1エピソード(家光時代)と被るネタです。
また、この第1エピソードでヒロイン(お楽の方)を演じていた橘ますみたんが、「家光の見染めた娘」(第1話のタイトル)ならぬ「輝男の見染めた娘」として異常性愛路線映画のミューズとなるのも、なにやら因縁めいた話ではあります。
そう考えると、東映もなかなかうまいことやったもんだなあと思いますです、はい。

2007年8月1日水曜日

続 大人だってマット運動がしたいの!

〔しようもない日常〕

和菓子を頂きました。

ようやく東京も梅雨が明けました。
でも、例年に比べると涼しいですねえ。

不肖せんきち、週末は恒例の(?)秘密会議出席のため、京都に行っておりました。
会議の会場は京都市内といっても京都駅からバスで40分ほどかかる郊外のため(渋滞時は1時間以上かかることもザラです)、往復するだけでも疲れます。
その後、夜まで会議をして疲労困憊の状態でようやくホテルに到着、ということになるのですけれど、今回はホテルの方のはからいでツインのシングルユースにして下さいました。

こんなお部屋。

といっても、寝に帰るだけなので部屋の広さはあんまり重要ではないのですが。

明けて翌日も朝から会議をこなし、宿題を沢山貰って帰京しましたわ。
この夏は遊んでいる場合じゃなさそうね・・・・。

そうそう、お風呂大好きせんきち君は、2日目の午後、こんな日帰り湯へ行ってみましたけれど、当局の指導により(推定)塩素臭ぷんぷんの露天風呂に浸かっていると、心なしかお肌が漂白されたような気分になりました(キッチンハイターかい!)。

・・・・と、強引に話題をお風呂に持っていったところで、お待ちかね(誰も待ってないよ)マット運動ネタの続報です。

前回は上海の男性専用サウナにおける意外なマット利用状況についてお知らせしましたが、今回、ついに

あの椅子を発見

しました(掲載誌は前回に同じ)。

和室の隣りにスケスケお風呂。
洗い場には例のマットと・・・・


あの椅子が!

皆さんご存知のオーソドックスな「有楽町マリオン型」ではありませんが、真ん中にもっこり、もとい、ぼっこり亀裂が入っております(いわゆる「くぐり椅子」というやつらしい)。
しかも、

こんなそのものズバリの惹句まで!

ちなみに、他のお店の広告には写真こそないものの、

そっちが吉原なら、


こっちは堀の内(堀之内)だぜ!

と、おなじみの地名でお客様を誘うといったあんばい(そのうち金津園や福原なんてのも出てくるんだろか)。

ここに至って不肖せんきち、上海ではサウナと書いてソ○プと読むことをようやく悟ったのでありました(気付くの遅すぎ)。

またひとつ大人になったわ(って、もうババアだろ!)。

2007年7月28日土曜日

DVD情報やら何やら

〔ちょっとお耳に〕


マット運動ネタの続報もあるんですけど、今日はBBSの方で取り上げた情報のおさらい+α。

その一

先日、惜しまれつつ閉館した台灣故事館が復活しました。
場所も同じ、展示内容も同じ、入場料金も同じ、オーナーも同じ、らしいです。
現在、「戒厳時期懐舊電影展」を開催中。
オフィシャルサイトで詳しい内容を調べてみようと思いましたが、サイトはねえ、閉館前のまんまでしたわ。

台湾らしいといえば、台湾らしい・・・・。

仕方ないので報道を引きますが、それによると、上映作品は『再見台北』『王哥柳哥遊台灣』『黃帝子孫』『愛你到死』『危險的青春』等、台湾語映画中心のラインナップのようです。

観たい・・・・。

特に、『黃帝子孫』。
林沖のデビュー作です。

お近くへお越しのせつは、ぜひお立ち寄り下さい。

その二

すでに一部で話題になっておりますが、本日、但漢章監督の長編第2作『離魂』のDVDが発売になります。

この映画、紀伊国屋書店のサイトでは「香港怪奇映画」となっており、おそらくは、製作会社の資本関係及び主演女優(王小鳳)の点からそうなったのでしょうけれど、但監督は台湾の方ですし、映画の舞台も台湾、台詞も北京語ですので、やっぱり台湾映画と考えたいですね、あっしは。
ちなみに、当の香港では『励鬼纒身』という別タイトルでFortune StarからVCDがリリースされております。
日本版DVDにもFortune Starのロゴが入ってますわね、そういえば。

1990年、41歳の若さで早世した但監督の作品は、日本においては遺作である『怨の館(怨女)』が映画祭で上映されたのみです。
せんきちは2年前に映画美学校であった上映会で『離魂』と『怨の館(怨女)』(16ミリ版)を、その後にビデオで『暗夜』を観たのですが、もっともっと評価されていい監督です。

この機会に、より多くの皆さんに観ていただきたいものだと思います。

その三



来月14日、樂蒂最晩年の作品(31歳で亡くなった女優さんに対して「最晩年」と書くのは、なんだか切ないものね)『太極門』のUS版DVDが発売されます。

もちろん、リージョン1。

『太極門』は、樂蒂が兄の雷震等と一緒に設立した映画会社・金鷹電影有限公司において製作した武侠映画ですが、ジャケットだけ見ると、なんだか石堅の映画みたいだよ。
それに、"From the director and stars of SHAW BROTHERS!"ってのも気になります。
この頃はすでに國泰所属でしたし、金鷹設立も國泰のバックアップがあったればこそのものでしたし。
そう書いたほうが売れるんでしょうけれど、なんだかなあ。

ここのレーベル(Rarescope)のDVDは買ったことがないので、どの程度の画質なのかよくわからんのですが(なんでも、この春出る予定だったのが、いったん延期になったそうな)、とりあえずは観られるだけ御の字ということで。

2007年7月24日火曜日

『香港の夜』ロケ地めぐり in 澳門 (その二)

〔たび〕

義順で軽食。

というわけで、次なる現場は大三巴。
船着場(死語)の自販機で買った冷たい芒果紅茶は、猛暑のせいで既に煮え煮えのどろどろ状態、ゲロ甘のぬるま湯と化しておりましたが、そんなもんでも水分を取らないよりはましと、我慢して飲みながらせんきち探偵は現場へと向かうのでありました。

現場へ到着後、お土産屋でミネラルウォーターを改めて購入、煮えた紅茶とようやくおさらばして調査開始。

澳門名物・大三巴は、『香港の夜(香港之夜)』では2回登場いたします。
1回目は、呉麗紅(尤敏)を追って澳門へやって来た田中(宝田明)が張千里(王引)の家を訪ねた後、麗紅と田中の2人だけで話し合う場面。
2回目は、田中を慕う木村恵子(司葉子)が貿易商の父親(上原謙)にくっ付いて来港したさい(宿泊先は淺水灣酒店)、田中が2人を澳門見物に連れて行く場面。


大三巴(聖ポール天主堂跡)。
丹波哲郎が出てこないか待ってみましたが、
現われませんでした。

1回目の場面で2人が話し合う場所は、モンテの砦(大砲臺)に向かう途中の辺り。
当時は地面が剥き出しの崖でしたが、今は樹木が生い茂って遊歩道もきれいに整備されており、現場周辺からは大三巴を見ることができず。
仕方なく、砦の上から写真撮影。


草ぼうぼう。

遊歩道では、このクソ暑いのにジョギングしてるおっさん達がいました。

無茶すんなよ。

2回目の場面は、田中が木村父子を大三巴に案内していると、そこへ偶然麗紅が通りかかり、恵子は田中の意中の女性が麗紅であることを悟る、という件でありました。


尤敏が現れるのはこの脇道から。



哪吒廟から通じる道。

この後、「せっかくなのでお茶でも」ということになり、田中、麗紅、木村父子の4人で喫茶店に行くことになります(店の外観のみロケ、店内はセット撮影)。
喫茶店の場所はおそらく新馬路と思われますが、現存しているかどうか不明だったのであっさりあきらめ(だって暑かったんだもーん!)、質屋博物館(典當業展示館)を見学。


これは博物館とは別の建物ですが、
やはり昔ながらの質屋建築。

質屋博物館は1917年に開業した質屋・德成按をそのまま博物館としたもので、ここを経営していたのが尤敏の夫である高福球の父・高可寧。
高可寧は質屋を振り出しに、やがてカジノ経営にも乗り出して巨万の富を築くことになります。
だもんで、澳門訪問のさいにはここもぜひ見学していたいと思っていたせんきちなのでありました。

展示スペース自体は意外とこじんまりしており、奥の倉庫は日本の古民家と同じ匂いがしました。
田舎(新潟)の家を思い出したよ。

見学後は、階上の茶芸館で一休みしましたが、その話はまた別の機会に。

澳門ではもう1ヵ所、日本へ帰ることになった田中が麗紅と話す場面がありますが、この場所はわからんかったわ。
ご存知の方がいたら、教えてちょーよ。

最後に、『香港の夜』の日本側スタッフ・キャストの中から、千葉泰樹と司葉子の澳門印象記をご紹介して、今回のロケ地めぐりを終了したいと思います。


マカオは眠ったような町だった。見物といっても、半日も歩けばもう見るものもない。ホテルの自室にとじこもったきり、話し相手もない。ひしひしと孤独を感じ、望郷の思いにかられた。
(千葉泰樹「400字ドラマ マカオの憂愁」より。1961年4月18日付『朝日新聞』夕刊)

香港から三時間半で、マカオの港につく。こんもり茂ったポプラ並木と、クリーム色の家並みが丘の上までつづいている。ねむったような町だ。
中共と川ひとつへだてて、ここはポルトガル領。中世風の城壁の上に、ポルトガルの兵隊が銃をかまえていた。
治安はよくないらしくて、夜はひとり歩きができない。一歩裏町へはいると、トバク場と食べ物やが、やたらと目につく。カエル料理、ヘビ料理。そんな店が中共の旗をたてたり、国府の旗をたてたりして隣り合わせに並んでいるのがおかしかった。
(司葉子「異郷の裏町で」より。『女性自身』1961年4月18日号)

2人とも、澳門を「眠ったような町」と形容しているのが、なんだか奇妙です。


おまけ。


(おしまい)

2007年7月20日金曜日

『香港の夜』ロケ地めぐり in 澳門 (その一)

〔たび〕


昨年春の「柳川編」(序章その一その二おまけ)に続き、今年も懲りずにやってきました『香港の夜(香港之夜)』ロケ地めぐり。
尤敏を追って1人来てしまったよ、灼熱の澳門。
それにしても、暑かった・・・・。

今回の最大の使命は、張千里(王引)の家を探すこと。
勤め先の薬屋の若旦那(馬力)と田中(宝田明)との板挟みになって苦しんだヒロイン・呉麗紅(尤敏)は、香港からひっそりと姿を消し、父親代わりであった張千里(亡き父の親友)の許に身を寄せます。

映画の中に出てきた田中から麗紅宛の絵葉書の宛先には「味柵枝街五十五號」とありましたが、これは架空の地名で、実際の地名は「美柵枝街」と考えられます。
しかし、現在の住居表示では美柵枝街の番地は30番台までしかないようで、従って、位置関係から推定するより他に方法がありませんでした。
その点、お含みおき下さい。

現在、美柵枝街に残る古い洋館は2軒。
どちらも当地の富商だった陳賜が建てたもので、1軒は1919年築(現・美柵枝街3号)、もう1軒は1925年築(現・美柵枝街5号)。
美柵枝街自体が裏路地風の長さも短い道なので、これら2軒の洋館が道路の片側全面を占めています。


手前が美柵枝街3号の洋館。
木立を挟んだ奥(よく見えないけど)が5号の洋館。

これを映画に出てきた美柵枝街の位置関係や玄関の造り等から比較検討してみたところ、どうやら3号の洋館が王千里の家らしいことが判明。


すなわち、↑の洋館(映画に登場するのは外観のみ。内部はセット撮影)。
塀が映画のそれとはちょっと違うのですけれど、20年ほど前に大規模改修工事を行ったらしいので、そのせいかなあと都合よく解釈。


田中がアマさん(高翔)と珍問答を繰り広げていると、地下室から玄関前に通じる階段を上って尤敏がやって来て、そして2人が再会する、その階段はきっとここ(上の写真)に違いないわ。
ちなみに、宝田明とアマさんとの珍問答の最中に尤敏が出てきて2人が再会、というパターンは、この後の『香港の星(香港之星)』でも踏襲されることになります。


お向かいの家並。
映画の中ではここにも洋館が並んでいましたが、
今じゃすっかり普通のビル群。


(大したことないネタだけどつづく)

2007年7月14日土曜日

『刺青』騒動

〔しようもない日常〕

せんきちの号泣ドラマ

台風接近中です。
皆さん、ご注意下さい。

ということで(?)、行ってきました東京国際L&G映画祭の『TATTOO-刺青-(刺青)』。
ちょいと早めに会場(スパイラルホール)に到着して整理番号を振ってもらい(37番)、スパイラルビル1階の「かまわぬ」で手ぬぐいを仕入れた後、並びのドトールでコーヒー飲んで時間をつぶし、遅れて駆けつけたKさん(例によって、いつものKさんです)と合流、今度は会場ロビーにて軽く1杯やりながら(カンパ制のドリンクサービスがあったのよ)開場を待っていたのですけれど・・・・。

おかしい。

待てど暮らせど開場になりません。


そうこうするうちにアナウンスがあり、

トラブルで日本語字幕が出ません。

ですと。

・・・・なんすか、それ?

一瞬、以前(1997年から98年にかけて)三百人劇場であった「台湾映画祭」で『さよなら・再見(莎喲哪啦‧再見)』が上映されたさい、女連れ(!)の右翼が会場内で暴れて(いきなり「なんだ、この映画は!国辱だ!」とか叫びやがった)上映中止になったときのことを思い出したせんきちでしたが、とりあえず、日本語字幕は駄目でも中英文字幕なら付いているのかどうか確認せねばと考え、係の方に問い合わせたもののなんだか要領を得ないお返事。

と、この時点で推定20名ほどの観客の皆様が脱落。

そんな中、在日台湾人であるところのKさんは「あたしは(字幕無しでも)平気だけどね」とか涼しい顔をしておっしゃるので、「あんたは当たり前でしょ!」などと思わず突っ込みを入れてしまいましたが、そうこうするうちにめでたく(?)

上映強行

の運びとなり、出たとこ勝負に付き合おうという物好きな観客の皆様は、早い者勝ち!とばかいに雪崩をうって客席に殺到したのでありました。

なんのための整理番号?

そして緊張の本編上映。

あったよ、日本語字幕。
(英文字幕も付いていたけど、中文字幕は無かったわ)

そんなわけで、映画の感想ですけれど、うざいよ、あのヲタ警官。
あんなつまんない説教する男を竹子(イケてない名前)と間違えんなよ、小緑。

日本人のおじさんの台詞も、ちょいと駄目出ししたくなりました。
『愛情霊薬 B.T.S(愛情靈藥 Better Than Sex)』を観たときも、映画自体はけっこう笑えておもろかったのに、日本人の演技がヘタレで興ざめだったことがありましたが、なるべくならきちんと演技のできる人を使ってほしいものです。

とはいえ、女の子同士が醸し出す、一種独特の息の詰まりそうな濃密な雰囲気というものは、なかなかよく描けていたと思います。
松浦理英子の『ナチュラル・ウーマン』を読んだ時のことを思い出しますた。

でもさ、地震のおかげで竹子に捨てられることになっちゃった元カノの行く末が気になったのは、せんきちだけかしらん?

そしてそして、この日も泣いていたよ、Kさん。

映画の後は、ぶらぶら歩いて渋谷まで行き、尤敏もお気に入りだった「鳥ぎん」で上映の成功を祝して乾杯(って、ただ飲みたいだけなんだけどね)。


どんな映画を観ても常に泣いているKさんと、ひとしきり「涙」について語り合いました。

ちなみに、あっしはKさんにこの映画このドラマを観るように勧めておいたっす(これの第13回も勧めときゃよかったな)。

締めは勿論、釜飯。
おいしうございました。


付記:会場で『ヘアスプレー(Hairspray)』の団扇もらったけど、トラボルタ(John Travolta)もついにディヴァイン(Divine)の仲間入りか・・・・。

(おしまい)

2007年7月11日水曜日

朱洪武續集劉伯温傳 (A Story of "Lou Bo-Wen")

〔えいが〕

今日のネタとは何の関係もありませんが。
明日、觀塘の支店がオープンだそうです。

1971年、台湾(台旭)。湯慕華(湯浅浪男)監督。游龍、曹健、唐威主演。

梅雨ですね。
蒸し暑いですね。
カビに注意して下さい。

本題に入る前に、ちょっと情報。

7月7日(土)オープンしたミニ・シアター「神保町シアター」で、14日(土)から「こどもたちのいた風景」というテーマによるレイトショーが開催されます(8月15日〔水〕まで)。
ただし、レイトショーといっても、元々がポケモン上映用劇場なので、18:45~の1回限りというやけに早い時間帯の上映です。
上映作品等、その他詳しいことは公式サイトをご参照下さい。

以下は、本題。

今日ご紹介するのは、1966年、台湾へ渡った湯浅浪男監督が彼の地に帰化後、中国名「湯慕華」名義で撮影した中の1本です。

湯浅監督が台湾へ帰化したのは1971年6月のことで、同年7月13日付『聯合報』には、

導演湯慕華 正式帰化 領到身分證 成為中國人

という見出しの記事があります。

それによると、湯浅監督は2年前(1969年)に帰化を申請後、1971年6月1日になってようやく中華民国の身分證を取得したとの由。
旧満州、中国東北部生まれの湯浅監督は中華文化と台湾の人情味に触れて帰化を決意、今では中華民国(国府時代の記事なので、台湾と中華民国の記述が入り乱れてしまいますが、その点ご容赦)を真の故郷と思っていると語っています。

念のため、湯浅監督の台湾での作品をこれまで判明した分のみですが、掲げておきたいと思います。

・「湯浅浪男」名義
『霧夜的車站』(1966)『東京流浪者』(1966)『懐念的人』(1967)『難忘的大路』(1967)『尋母到東京』(1967)『青春悲喜曲』(1967)『法網難逃』(1968)
(この内、『懐念的人』は昨年から今年3月にかけて開催された台湾語映画50年の特集上映で取り上げられました)
・「湯慕華」名義
『飛龍王子破群妖』(1969)『二郎神楊戩』(1970)『桃太郎斬七妖』(1970)『魔笛神童』(1970)『甘羅拜相』(1971)『妙想天開』(1971)『朱洪武續集劉伯温傳』(1971)
(この内、『甘羅拜相』はアジア映画祭参加作品・・・・だそうな)

湯慕華に改名以降の作品は、タイトルから察するにお子ちゃま向け特撮時代劇がほとんどのようですけれど、同時期に同じく台湾で映画を撮っていた小林悟監督の映画も『月光大俠』とか特撮時代劇っぽいタイトルの映画が多かったように記憶しています(もともと「『まぼろし探偵』の続編を撮ってくれ」と口説かれて台湾へ渡ったのだそうです、小林監督の場合)。
流行りだったんでしょうか。

ところで、湯浅監督ははじめ台湾語映画を撮っていたので、せんきちはてっきり台湾語映画の製作会社の招きで渡台したのだとばかり思っていましたが、先述の記事には潘壘監督に誘われて台湾へ渡ったとありました。
っつーことは、北京語映画ですか?

ちなみに、そのとき湯浅監督と一緒に台湾へ渡ったのがカメラマンの中條伸太郎。
結局、彼も台湾へ骨を埋めることになるのですが、「台湾電影筆記」の中條のプロフィールには、

湯淺導演回日本之後

とあり、あたかも湯浅監督が1人でとっとと日本へ帰ったかのような表現になっています。
帰るどころか台湾に帰化するという、中條よりももっと台湾にどっぷりとハマっていたのですけれど。

とまあ、前置きが長くなったところで、映画の内容ですが、劉伯温(劉基)の助けを得て朱洪武(朱元璋)が明を打ち立てるまでを描いた特撮時代劇でおます。
「續集」にふさわしく(?)、のっけから巨大な怪物に狙われて逃げ惑う朱洪武少年と劉伯温のシーンから映画は始まります。

ここで大フューチャーされているのが、

特技導演 林黒石(撮影も)

なんですけど、これって実は黒石恒生の変名です(照明も日本人〔大塚勝雄〕が担当)。
黒石は、1969年にも八木正夫や三上睦男等と共に台湾映画(『乾坤三決鬥』)の特技を担当していますので、2度目のお勤めということになるのでしょうか。

以下、特撮大放出!とばかりに何かといえば大嵐に地震と、「中国=天変地異のデパート」という間違った認識を植えつけてしまいそうなスペクタクルシーン連発でした。

とはいえ、親子で楽しむ映画としてはそこそこよく出来ていたと思います。
封切日時(1971年12月31日)を見るとどうやらお正月映画(旧正月じゃないけど)だったみたいで、その辺り(親子連れ)のニーズにはきっちりと応えられていました。

でも、特撮が大掛かりなのに比して、通常のセット撮影(オープンセット除く)の装置がちゃちかったのは何ゆえかしらん。
特撮でお金を使い果たしちゃったとか?

付記:本作で少年時代の朱洪武を演じている游龍は、山内鉄也監督の邵氏作品『梅山收七怪』では哪吒を演じています。

(於:香港電影資料館)

2007年7月8日日曜日

大人だってマット運動がしたいの!

〔しようもない日常〕

若き日の岳華と何俐俐(莉莉)。

公開初日に行くつもりは無かったのですけれど、知人のKさん(いつものKさんです)が切符を2枚入手したというので急遽参戦、『傷だらけのローラ』、じゃなくて、『傷だらけの男たち(傷城)』を観てきました(於:みゆき座)。
昔の日比谷映画街を知っている身(年だなあ・・・・)としては、今のそれはなんだか別世界のようで淋しゅうございます。
東京宝塚劇場の出待ちは相変らずだけど。
もう一度あの地下1階の大食堂で食事をしてみたいものです、かなわぬことではありますが。

肝心の映画の内容はといいますと・・・・、ま、やめときましょ。
岳華の名誉のために、若き日の勇姿を掲げておきます。
映画の終盤、あっしが「同姓同名の人間なら存在するとは思うけど(ただし、せんきちの場合、男性でもあり得る名前のため、これまでに知った同姓同名の人物は全て男性でおました)、同じ出身地でおまけに身寄りが無い男というのは、そうそういないんじゃねえの?」と心の中で突っ込みを入れながら観ていたところ、隣の席からすすり泣く声が!

・・・・Kさんが号泣していたのでした。

泣くな!K!

いざ、本題。
最初にお断りしておくと、今日の話題はくだらなーいシモネタですので、助平の与太話がお嫌いな方はどうぞスルーして下さい。

Kさんの職場になぜか毎月送られてくるという上海のタウン誌(Kさんは台湾関連のお仕事なのにね)。

ちょいとお借りして読んでみたところ、何俐俐(莉莉)がオーナーのお店「鴻禧茶居」(注)の広告なんかが載っていて、「いいなあ、いつか行ってみたいなあ」と思っていたら・・・・別刷の冊子(上海トゥナイト)にこんなサウナの広告が!(下のお写真)


ええっ?
サウナなのに、なぜ

雄琴?


しかもわざわざローマ字でOGOTO(おごと)のルビ入り。

「なんなんだ?なんなんだ?このサウナ!」とパニックになりながらも広告写真をチェックしてみると、またもや驚愕の事実が!


なんじゃこりゃ!?
サウナにこんな個室が必要なのか?
おまけに、こ、この、どこかで見覚えのあるマット(行ったことないけどさ)はいったい・・・・?

このマットね。

なんだかこのマットがすごーく気になった不詳せんきち、他のサウナの広告もチェックしてみたところ、


やはり、どこのサウナでもベッドの他にマットが必須のようです。

辰ちゃん、出番だよ

しかしながら、自称「恵まれない男子中学生」であるところの不詳せんきち、この空間に1つ大事なものが足りないことを発見いたしました。
そう、それは、

あの椅子が無いこと!

でも、浴場スペースに行けばずらっとならんでたりして、件のスケベ椅子が。

上海へはもうかれこれ7年ほど足を踏み入れていないせんきちですが、思いがけず、いい社会勉強をさせていただきました(って、そんなオチかよ!)。

こちらは同じ雑誌に載っていたKTVの広告の一部。
よく見りゃこのイラスト、COCOのアルバムからのパクリじゃん!


注:何俐俐(莉莉)はこの他にも「百合居」「上海會」「福禄居」といった飲食店を経営しており、ぐるなび上海版にある「香港の設計士趙俐俐氏」とは何俐俐(莉莉)その人のことであります。

2007年7月5日木曜日

橋 (Bridge)

〔えいが〕

アタシモ出テルヨ!

1966年、台湾(中華、龍裕)。張曾澤監督。張美瑤、柯俊雄、武家麒主演。

拙ブログのBBSで既に取り上げましたが、楊德昌監督がお亡くなりになりました。
はからずも遺作となった『ヤンヤン 夏の思い出(一一)』に出てくる熱海のつるやホテルには、うちの母の友人が勤めていた関係でよく泊まりに行っていました。
だもんで、映画館のスクリーンに見慣れた2階のラウンジが映ったときにはびっくり仰天。
しかし、その後泊まりに行った時に「台湾映画のロケ隊が来ていたでしょう?」と母の友人に聞いたら、「ああ、なんだか、そんなような人たちが来ていたなあ」と気のない返事でがっかりしたものです。
しばらくして、吹き荒れる不景気風をもろに受けたホテルは閉館、母の友人も別のホテルに移っていきました。
つるやも監督もいなくなってしまいました。

では、本題に移りましょう。

表題の作品は、以前にも書いたとおり、張美瑤と柯俊雄の出会いのきっかけになった作品であり、また、歌手になる前の歐陽菲菲が張美瑤の家のメイド役でちょっこし出演していることでも特筆すべき作品であります(原作は冷冰の『曇花夢』)。

が!

これがまあ、先だってご紹介した『珊珊』(やけくそ気味の感想文はこちら)をしのぐ、

突っ込みどころてんこ盛り

の映画でしたわ、奥さん!

以下、超いいかげんなストーリー解説に沿って、ガンガン突っ込んでいきたいと思います。

両親を亡くし、おば夫婦と暮らす女子大生・沙心涓(張美瑤)は、いつも通りかかる橋の袂で出会う1人の孤独な紳士(柯俊雄)に胸のときめきを覚えます。

お若いねーちゃんがロマンスグレイ(死語)の紳士に胸ときめかせるというパターンですけど、柯さんのいでたちといったら、黒づくめの服(シャツのみ白)にオールバック、そしてなぜかプードルを連れているという不気味なもので、正直、

公園の見せ見せおじさん

かと思いましたよ。

その後いろいろあって2人は案の定恋に落ちるんですが、年の差を理由に交際をためらう白希達(柯桑。ほとんど老けメイクをしていないため、あんまり年取って見えない)に燃えろアタック!を繰り返す心涓、ほどなく2人はラブラブまっしぐらとなるものの、しかし、白は大きな秘密を心涓に隠していました。
それは、

妻子持ち

だということ。
しかも、白の息子は心涓に思いを寄せるクラスメートの白鋼(武家麒)だったのです・・・・って、あんた、柯桑の息子が武家麒だなんて(老け役とはいえ)、

いくつの時に作った子だよ!

やがて心涓と白の関係は鋼の知るところとなり、白の妻が心涓に別れてくれと迫ります・・・・が、すげーよ、奥さん、すげーババアだよ。
さては柯桑、

フケ専だったのか?

と思いきや、鋼は奥さんの連れ子で、しかも愛のない結婚だったため長いこと別居中であったことがわかって、少し安心(何を安心?)。

このまま2人が生きて添い遂げることは不可能だと悟った心涓は、思い出の橋で白に心中を持ちかけます。
おお、橋と心中といえば、

天の網島』じゃないの!

しかし、白はこの申し出をやんわり拒否、心涓は「君の長い髪が好きだ」と言ってくれた白(何故かというとね、それは、白さんの昔の恋人も長い髪の女性だったからなんだよ。ほんと、男って、昔の恋を引きずるものなんだねえ)に己の黒髪を託してその場を立ち去るのでした。
でも、髪の毛って、ふつう、

呪詛の対象

じゃありませんか?

こわいよー。

白は去っていく心涓を追いかけるものの途中で転倒、そのまま誤って崖下に転落してしまいます。
白の命が危ないという知らせを聞いて病院へかけつけた心涓でしたが、心涓の姿を見届けた白はそのまま息を引き取ります。
心涓は、愛する人とは結ばれないこの世の定めを1人嘆くのでした(劇終)・・・・って、

おいおいおいおい!

あんたが髪の毛なんか渡すから

呪われちゃったんだろ!

気付けよ!


というわけで、映画の内容もすごかったですが、それ以前の問題として柯桑が全くのミスキャストで、たそがれた中年紳士というよりは年上のお姉さん(張美瑤)に甘えるやんちゃな弟分にしか見えないのが致命的でおました。

でもなんでさあ、白さんはあんなおばさんと結婚しちゃったんだろう?
しかもおばさん再婚だよ。

付記:この他、おばのビジネスパートナー(魏蘇)がしつこく心涓に言い寄ってレイプ未遂、とか、そのビジネスパートナーは実はおばの昔の恋人で、親の反対で結婚できず今の夫と結ばれたものの夫は浮気三昧、心涓は愛のない結婚について考える、なんていう件もありましたが、あまりにメインのストーリーがすごいため、割愛させていただきました(スマソ)。

(於:香港電影資料館)

2007年7月1日日曜日

酒豪

〔ちょっとお耳に〕


香港のお友達は大変な高峰秀子贔屓で、怠惰な中年オバサンであるところのせんきちなどは、

お若いのに、奇特な方ねえ。

と感心することしきりなのでありますが、先だっての香港訪問のさいにも、そごう階上にある旭屋書店(ここの旭屋書店は、東京のそれよりもずっと雰囲気がいいですなあ)文庫売り場にて高峰秀子の著書の数々(文春文庫)を紹介したところ、たいへん喜んでお買い上げになっておられました。

そして、帰国後。

旭屋書店になかった高峰秀子の文春文庫本を送ってやるべーと思ったせんきちはさっそく紀伊国屋書店を攻略、ターゲットの1つである『私の梅原龍三郎』を手に取ってぱらぱらとめくってみたところ・・・・

おや?

香港の「大上海飯店」に人気スター・ユーミン嬢を迎えて

というキャプションと共に、尤敏と梅原龍三郎夫妻、高峰秀子・松山善三夫妻がテーブルを囲んでいる写真が載っておりました(「酒豪」の項)。

知らなかったよ・・・・。

本文(「酒豪」「虹彩炎」の項)によれば、1963年春、高峰秀子のお気に入りのレストランであった大上海飯店に尤敏を迎えて食事をしたときに撮られたものであるとの由。

1963年春といえば、松山善三が脚本を書いた映画『ホノルル・東京・香港(香港・東京・夏威夷)』のクランクインの時期にあたり、それも関係しているのかなあと思いましたが、同じく本文(「中国料理」の項)によると、高峰秀子から大上海飯店のなまこが美味しいと聞かされてすっかりその気になった梅原龍三郎がはるばる香港へ出張とあいなった、というのが真相の模様。
ただ、写真では梅原夫妻と松山善三は来賓用みたいな徽章をくっ付けており、プライベートな宴ではなく、東宝の香港支社あたりが一席設けた可能性も捨て切れません。
『國際電影』等を調査すれば、もう少し詳しいことがわかるのかも知れませんが、いずれにしても、尤敏と高峰秀子が知己の間柄だったというのは恥ずかしながら不詳せんきち全く知りませなんだので、香港のお友達に感謝せねばなりません。

どうもありがとう。


おまけ:先日、お仕事関係の宴会にお呼ばれしました。
本当は宴会やパーティーの類が大の苦手でいつも欠席なのですが、うっかり「出ます」と返事をしてしまったため(誘導尋問に引っかかってしまいました)、仕方なく出席。
しかし、極度の人見知りで酒を飲まなければ初対面の人と会話もできない因果な性分ゆえ、ビール、ワイン、ウイスキーを立て続けに飲んでようやく隣席の方との会話が実現しました(写真は、その折のもの)。
が、昼間の宴会だったためすっかりへべれけになり、帰りがけには知人のKさん(いつものKさんです)の職場に押しかけてずいぶんとご迷惑をおかけしました。


ちなみに、『私と梅原龍三郎』の「酒豪」の項には「私は、梅原大人がお酒に酔って乱れたのをみたことがない。こういう人物を本物の酒豪というのだろう」とあります。
ダメ酔っ払いのせんきちは、ひたすら「とほほ」という他ありません。

2007年6月27日水曜日

ハムの人

〔ちょっとお耳に〕

ご存知、『やさぐれ姐御伝 総括リンチ』のUS盤DVD。
香港のHMVでも扱っていました。
これもあったし、これまであったよ。感激!

こんにちわ。
現実逃避して、香港へ行っていました。
連日かんかん照りの快晴で、すっかり生ハム色に日焼けしてしまいました。
6年ぶりに澳門にも行きましたが、その話はおいおい。

で、以下は全くかんけーのない情報。

早いものでもうすぐ石井輝男監督の3回忌ですが、新文芸坐でオールナイト上映があります。

7月28日(土)
「三回忌追悼 華麗なる異端 石井輝男(第一夜)」
上映作品:『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』『直撃地獄拳 大逆転』『ポルノ時代劇 忘八武士道』『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』
8月4日(土)
「三回忌追悼 華麗なる異端 石井輝男(第二夜)」
上映作品:『徳川いれずみ師 責め地獄』『徳川女系図』『徳川女刑罰史』『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』

時間はいずれも22時30分から。一般2200円、友の会会員及び前売は2000円。

我らが(?)橘ますみたん主演作品は第二夜に3本(『徳川いれずみ師 責め地獄』『徳川女刑罰史』『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』)上映されますが、『温泉あんま芸者』が観たかったなあ、個人的には。


チケットぴあでも前売券を扱うようになりましたので、ご希望の方はお早めにどうぞ(Pコード:553-081〔第一夜〕、553-082〔第二夜〕)。

2007年6月18日月曜日

今天不回家 (Accidental Trio)

〔えいが〕

帰ろかな、帰るのよそうかな。

1969年、台湾(大衆)。白景瑞監督。甄珍、武家麒、鈕方雨主演。

週1どころか、月1ブログに成り果てそうな最近の拙ブログですが、皆様いかがお過ごしですか?
月の下旬になったら少しは落ち着くかと思っていたところ、自らオカマを掘る、もとい、墓穴を掘るような出来事が頻発、相変らず野暮用に追われております。
来月にはなんとか一段落着くと・・・・よいのですが。

と、まあ、そんな毎日ではありますが、昨日の學友さんのコンサートには行ってまいりました。

いやあ、堪能いたしました。
『祝福』も大声で合唱しましたし。

不詳せんきちは學友迷のお友達数人と1階中央の辺りにおったのですが、最前列で鑑賞していた別のお友達に拠れば、厳しい警備網を突破して後方から押し寄せてきた掟破りの内地の皆さんのおかげで圧死寸前だったそうです。

危ないから、ルールは守りましょうね。

ということで、本題。
またまた感想文をサクッと。

白景瑞監督の代表作の一。
DVD本体にある英文タイトルは"Not Coming Home Today"になっていましたが、本編中の英文タイトルは"Accidental Trio"とあったので、そちらを採用いたしました。

台北市内の同じマンションの異なるフロアーに住む3つの家族に巻き起こるそれぞれの事件(過剰に束縛する父親に反発して家出した娘、高雄出張と偽って女性と密会していた夫の不貞を疑う若妻、家庭生活に疲れて帰宅恐怖症に陥る夫)が同時進行、帰りたいけど帰れない人々がようやく我が家に帰り着いて大団円を迎えるというお話で、同一地点から3つの異なる物語が展開するというパターンは白監督のこの後の作品である『家在台北』でも用いられていますが、こちらの方が数段よい仕上がりになっているとわたくしは思いました。
が、現実には『家在台北』が多くの賞を受賞したのに対して、こちらは同名主題歌が道徳破壊の象徴として放送禁止になったりと、けっこう不幸な扱いを受けていた模様。
せんきち的には白監督作品中『再見阿郎』の次に出来がいいと思っただけに(弟にぞっこん命!の兄貴が怖い『大輪廻』3話もけっこう好きなんだけど)、当時の台湾映画界、特に国語映画界がいかに政治と深く結びついていたかがよくわかる現象と言えなくもないわね。

3つのエピソードの内、メインはやっぱり甄珍演じる家出娘のアバンチュール(死語)でしたが、せんきちとしてはダメおやじを地で行く韓甦演じるうだつの上がらないサラリーマンが女に騙される話の方が切実でありました。

甄珍は雷鳴演じるプレイボーイの記者(友人役で柯俊雄もちょっこし出演)から高いドレスをプレゼントされ、急遽それに着替えますが、ドレスがノースリーブだったのに気付いて、

しまった!昨夜腋毛剃るの忘れちゃったわ!

などと慌てない辺り、よほどお家の躾がいいのでありましょうね。

あたしなら慌てるけどさ。

(つい腋毛咄になってしまったところで、本日終了)

2007年6月3日日曜日

珊珊 (Susanna)

〔えいが〕

ゴーマンお嬢様、『青春舞曲』を歌うの図。

1967年、香港(邵氏)。何夢華監督。李菁、張仲文、關山、張燕主演。

すっかり「週一ブログ」と化していますが、ここんとこ本業&私生活の方が立て込んでまして、一段落ついたらもう少し更新の頻度を上げたいと思っております。すんません。

さて。

昨日の鄧麗君ドラマ
せんきち自身はドラマの内容に関しては大した期待もしていなかったので(有田さんの原作自体、台湾の民主化&本土化がテレサに及ぼした影響について全く言及がない点に不満があります)どうということもないのですが、亡くなって10年以上の歳月が流れても未だに日本の人々にこんなにも愛されている台湾の歌手がいたという事実だけでいいのではないかなあと、そう思っておりますです。
しかしながら、中華圏の皆様の見方はそれとは全く別なものでありましょう。
ということで、気になる台湾の視聴者の反応はこちらをご参照下さい。
案の定(?)、「国民党VS民進党」にまで話題はヒートアップしております。

ちなみに、『わたしの家は山の向こう(家在山那邊、我的家在山的那一邊)』を最初に歌ったのは、『2046』で王菲の父親を演じていた王琛
『2046』での王琛の役どころが「ハルピンから逃げてきた元テノール歌手」だったのは、彼の歌手としてのキャリアを踏まえた設定だったのであります。

いよいよ本題。
少し前に観た映画の感想をさくっと。

幼い頃からわがまま放題、やりたい放題で育った超ゴーマンお嬢様(母親の再婚相手の娘〔義理の姉にしてクラスメート〕をイビり倒し、果てはボーイフレンドまで掠奪)が不治の病に侵されてにわかに改心、家族仲よく暮らすように力を尽くしてこの世を去っていくという、

いがみの権太女子高生版

なお話に『紅楼夢』と『最後の一葉』を無理やりぶちこんだ、突っ込みどころ満載の作品でおます。

謎の頭痛に襲われて路上で昏倒したヒロイン・珊珊(李菁)。
が、何とそこはお医者さんの自宅の前。
ちょうど玄関先へ出てきたお医者さんに運良く発見されて手当てを受ける・・・・って、

狙いすましたように倒れるんじゃないよー!

治療の甲斐あって意識を取り戻した珊珊。
「後で父にお金を持ってきてもらいます」とお医者さんに言うと(医療費が高いんだね、香港)、「次の診察までに頭痛の原因を調べておきますので、そのときにまとめて頂きますから、今はいいですよ」と答える親切なお医者さん・張先生なのでありました。

しかーし!

検査の結果、頭痛の原因は脳癌(と台詞では言っていましたが〔脳cancer〕、正確には悪性脳腫瘍のことではないかと思われ)だとわかり、その悲しい検査結果について自分の妻と話していた張先生。
と、そこへ、盗み聞きしてしまった珊珊の姿が!
失意の珊珊は姿を消すのでありました・・・・。

倒れた場所は変ですが、ストーリーの展開としては、まあ、ここまではギリギリ許せなくもありません。

でもね。

張先生ったら、珊珊の家族にその結果を知らせないどころか、治療を受けることをすすめもしないんですよ。

つまり、それっきりほったらかし。
医療費も貰わないまま(慾がないのね)。

その後、珊珊は病気のことを家族にひた隠しにしていましたが(義理の姉だけは敏感に察知するも、鈍すぎる両親は病気に気付かないどころか珊珊に辛く当たる←母親なんか、病気の珊珊に往復ビンタ食らわすんだよん!)、やがて最後のときが訪れます。

母親が出産のため入院していた病院で倒れた珊珊。
家族があわてて医者を呼ぶと、そこへ現われたのはなんと張先生!
「娘の病気は?」と尋ねる家族に対し、

「あなたがたはまだ知らなかったのですか」

と答える張先生。

知るわけねーじゃんよー!!!

お前が放置してたんだから!!!


やがて、珊珊は家族に看取られて静かに息を引き取るのでありました。
ここに至ってついに「マレビト」化してしまった感のある珊珊でしたが、その間、張先生はなんらの医療行為も施さず・・・・(強心剤の投与をしただけ)。

なんなんだこりゃー!!!

でもこれで「アジア映画祭最優秀作品賞」受賞だって。

何やってたんだ、永田雅一?

せんきち的には映画の内容よりも(壮絶劇中劇『紅楼夢』も突っ込みどころ満載なんだけど、ここでは省略。興味のある方は観てね!)、

こんなとこや、

こんなとこ、

はたまた、こんなとこや、

こんなとこ、

といった街頭ロケの方が魅力的でありました。

最後にもう一つ。

以前、拙ブログで本作のカメラを担当した日本人スタッフ(氏名不詳)が李菁を怒らせたという話題を取り上げましたが、実際の作品ではカメラは林國翔の名前になっていました。
となると、李菁が「自分がデブに撮られてる」とお怒りになったその試写はラッシュ上映か何かで、その後直ちに日本人スタッフは首になり、代わりに林國翔がカメラを担当したということのようです。

実生活でもわがままでゴーマンだったのね、李菁。

明るい樂聲牌。