2009年11月27日金曜日

『生きている台湾』の中の陳鴻烈

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕

『我是一片雲』より。

どうも。
トド@脂肪ますます蓄積中です。

昨晩、池袋の東京芸術劇場にて開催中の「アジア舞台芸術祭2009東京」で、台湾の世紀當代舞團と日本のニブロールとの共同制作による『Pub, APAF 2009 version』(振付:姚淑芬)を観てきましたが、最前列で鑑賞していた不肖せんきち、客席に下りてきた台湾人ダンサーのお姉さん(阿妹似)に促されるまま、その場で、

トドのタコ踊り

を披露する羽目に…。

知り合いがいなくてよかったわ。

さて。

24日、男優・映画監督の陳鴻烈が急逝しましたが、1979年に刊行された『生きている台湾 知られざる自由中国』(小久保晴行著。20世紀社)に、彼のインタビューが掲載されているので、追悼がてらその紹介をしたいと思います。

この本の中で陳鴻烈が登場するのは、「第10章 文化と芸能界」の第3節「芸能界は花ざかり」の件。
ここでは彼の他、楊麗花、紫茵等にも取材を試みており、また、谷名倫の自死や成龍が台湾で人気急上昇中であること等が取り上げられています。
とりあえず、ここでは陳鴻烈のインタビュー部分を一部引用しておきます。


―陳鴻烈さんは何本くらい監督するのですか?
陳 年2本です。
―始めてから何年くらいですか。
陳 監督は3年で、その前15年間は俳優です。
―監督していて、一番問題なのはどんなところですか。
陳 台湾は新聞局の権限で、検閲されていますが、ホンコンでは何でも自分の思ったようにやりました。台湾は国情の関係でいろいろ制約があります。
―自由な映画を作るのはホンコンに行くのですか。
陳 中国は5千年の歴史の関係で、例えば、半裸身でも禁止されているので、儒教思想も強くて制約があるのはやむをえないです。色気が少し多くてもなかなか難しいです。
―どちらの生まれで、おいくつですか。
陳 37歳で上海市の生まれです。
(略)
―これからどんな映画を作りたいですか。
陳 中国の武劇(チャンバラ)が得意なのですが、これからは現代劇をやりたいと思います。
―台湾にはどうして170以上の映画会社があるのですか。
陳 財力と実力のあるものが勝ちです。170の会社があっても、実質的にはそんなに多く活動していません。
(略)
―日本ともっと交流したらいかがですか。
陳 まったくそう思います。交流すべきです。
(略)
―将来の映画についてどう考えられますか。
陳 世界各国をよく見て、先進国の良いところを学んで水準を突破しなければならないと思います。



質問の内容はごく初歩的ではあるものの(「日本との交流」って、当時は日本映画が上映禁止だったことを知っていたのだろうか)、性描写に関するコメントは彼の監督作品である『狼吻』が成人映画だったらしいことと関連する内容となっており、また、「現代劇をやりたい」という抱負も、当時の流行とリンクした愛情文芸映画が彼の監督作品の多くを占めることと関係があるのではないかと考えられます。
本の中では、陳鴻烈の監督作品として『我是一片雲』、『我伴彩雲飛』、『花落水流紅』が挙げられていますが、これまでに確認できた監督作品を参考までに明記しておきます。

1975年:『狼吻』(アジア映画祭撮影賞受賞)
1976年:『我是一片雲』
1977年:『沖天炮』(73年、74年説あり)
1978年:『我伴彩雲飛』
1979年:『辣手小子』『花落水流紅』

このときのインタビューの会場は德威影藝公司という映画会社の台北オフィス(本社は香港)、陳鴻烈はこの会社の次回作『白色的忘憂草』(林青霞、秦漢主演)を監督する予定でしたが、残念ながらこれは製作されなかったようです。

ところで、ご存知の通り、陳鴻烈の前妻は女優の潘迎紫。
潘迎紫と離婚後、彼女の陰謀(?)によって陳鴻烈は台湾での仕事が激減したそうですけれど、恐るべし小龍女の怨念・・・っていうか、『片腕必殺剣(獨臂刀)』のキャラそのまんまじゃねえか!
可愛い顔してキツすぎや、あんた。

ということで、改めてご冥福をお祈りします。

2009年11月23日月曜日

紅葉と酒とお料理と

〔しようもない日常〕〔これでも食らえ!〕

紅葉がきれいよ。

どうも。
トド@冬眠準備中です。

昨日は、婆さんの一周忌法要ですた。
法要はうちの墓がある東京郊外の霊園で行ったのですが、婆さんの位牌を忘れるという大失態を演じ、お坊さんや親戚の失笑を買ってしまいますた。
でもまあ、なんとか無事に済んでよかったです。

法要の後、車で10分程の所にある「うかい鳥山」でお食事をしました。
あの辺りはちょうど紅葉の見頃で、思いがけず紅葉狩りも楽しんでしまいました。

てなわけで、食べたもののご報告でも。

東京なのに、深山幽谷の趣き。


紅葉だよ、全員集合!


受付入口。ここで受付を済ませた後、
離れのお座敷に案内してもらいます。


受付内部。民芸調です。


食したのは地鶏炭火焼のコース。
まずは、胡麻豆腐から。


つくねと海老芋の炊き合わせ。
柚子の風味が効いていますた。


佐久鯉の洗い。


きの子汁。


いよいよメインのご登場。


厚切りの地鶏を焼き焼きしていただきます。


動画でどうぞ。


炭火焼と平行して岩魚の塩焼もガブリ!


最後は麦とろとお味噌汁。


ダメ押しのデザート・胡桃餅。

法要にかこつけてうまいもの食って紅葉狩りも楽しんだ、そんな日曜日でありますた。

2009年11月20日金曜日

せんきちの「今週気になったもの」

〔しようもない日常〕

ブス店内無料開放中。

どうも。
トド@天候不順で体調不良です。

宿題がまだ片付いていませんが、婆さんの一周忌法要やら何やらでバタバタしておりますゆえ、今日はどうでもいい他愛無いネタでご容赦。

1、紗季に何が起こったか?

11月16日に放映されたTBSのスペシャルドラマ『父よ、あなたはえらかった』。
オフィシャルサイトで「あらすじ」を読んだせんきちは、その内容よりもキャスティングに目が釘付けになりますた。
以下、あらすじからの引用。


62歳になる小野寺利一(西田敏行)は、長年勤めあげた会社で延長雇用の3年目。しかし、金融不況のあおりを食った会社が、真っ先に手を打ったのは利一への退職勧告。常務(小野武彦)から、辞職を促された利一は、同じ環境の同僚を居酒屋に集めて「会社のいいなりにはならない」と檄を飛ばす。同志たちを連れて妻・春美(泉ピン子)が待つ自宅へとなだれ込む利一だが、妻はあきれて言葉も出ない。しかし、会社側は利一の活発な動きを察知したかのように、次男・優(加藤成亮)の就職を餌に退職を迫る。
優は、大学を卒業したあとも定職につかず、プロの漫画家を目指して、日々実家の机でペンを走らせていた。利一は、同志たちに後ろめたさを感じながらも、息子のためにと会社側の要求を呑む覚悟で優に就職を勧めるのだが、優は優で親にレールを決められることは嫌だと反抗し、家を飛び出してしまう。「恋人もいない、友達もいない、仕事もない、俺」と、優は漠然とビルの屋上から夜景を眺めていた…。と、そのとき、カラスの鳴き声に視線を逸らした瞬間、カラスが目の前に迫り足を踏み外してしまう。
気がついた瞬間、若者たちと警官隊の一団が優を取り囲んでいた。何がなんだか分からない優を助けたのは、若き日の利一(堤下敦)だった。優の傷の手当てのために利一の下宿するラーメン屋へと向かう二人。出迎えたのは若くて美しい当時の春美(相武紗季)だった。(以下略)



相武紗季が泉ピン子に…。

制服姿の宮崎あおいが突如泉ピン子に変貌するイリュージョンドラマ『ちょっと待って、神様』(ドラマ自体は名作です。ほぼ毎回号泣)をしのぐ晩秋のホラーか?と思っていたら、脚本は『ちょっと待って~』を手がけた浅野妙子。

っつーことは、浅野妙子のリクエストですか、ピン子のキャスティングは?

わざわざ「若くて美しい」とか注釈を加えちゃってる辺りに、局側の苦心がうかがえますですね。

で。

肝心のドラマの内容ですけれど…。

すいません、怖くて観られませんですた。

不肖せんきち、今後は浅野妙子のことを

テレビドラマ界の引田天功

と呼ぶことにいたします。

そういや、引田天功とハリウッドスターの結婚って、どうなったんだろ?




2、カンチョー!

今週の月曜日(16日)。
副業のお仕事から帰ってテレビをつけたら、『だいこんの花』をやっていますた。
森繁さん追悼企画らしいっす。
不肖せんきち、生まれて初めて森繁さんを見たのがこのドラマであります。
巡洋船「日高」(戦艦じゃないよ)の艦長だった森繁さんのことを、元部下の大坂志郎は、

カンチョー!

と呼んでいるのですが、まだ小さかった私は「艦長」という言葉を知らなかったので、

「この人はなんで浣腸!浣腸!と叫んでいるのだろう?」

と不思議に思った記憶があります。

40年近く経った今再見して、森繁さん、加藤治子、竹脇無我、大坂志郎、川口晶のことは覚えていたが、武原英子や砂塚秀夫のことはすっかり忘れていたのに気が付きました。

ちなみに、第1回のゲストは江美早苗ですた。
この方が亡くなった事件はかなりショッキングな出来事ですたけれど、あれから何年経つのでせうか。

川口晶はのりピーの大先輩に当たる方ですが、母である三益愛子がかつて「母もの」で名を馳せた女優さんだっただけに、マスコミの攻撃も容赦なかったことを思い出します。
三田佳子のときも、これと似ていたような。



というわけで、落ち着いたらまた宿題に取り組みます。

2009年11月14日土曜日

最近観た映画のことなど (その2)

〔えいが〕


どうも。
トド@今度は爆睡期に突入です。

今日の午後、森繁さんのお蔵入りドラマ(『銀色の恋文』)が追悼番組として関東ローカル(なぜ?)で放映されますたが、その中で、昨年お亡くなりになった女優・水原英子さんが奈良岡朋子の家の嫁役を演じているのに気づきました。
水原さんは、せんきちが子供の頃近所にお住まいでいろいろ交流もあったので、非常に懐かしく思ったことでありますたよ(フィルムセンターの「逝ける映画人を偲んで 2007‐2008」でも取り上げられていたけれど、うっかり見逃しちゃってたもんで)。
でもこれ、「番組編成の都合で未放送となっていた」といいますけれど、本当にそんなつまらない理由だったんですかねえ。
久しぶりに落ち着いて観ていられる、ホームドラマの王道を行く一品だと思ったのですが(フジというよりは、TBSっぽかったけど)。

ということで、さあ、とっとと宿題を片付けるわよ。

『波止場で悪魔が笑うとき』
1962年、第一プロ・大宝。中川順夫監督。牧真史、泉京子主演。


別題:『マリンタワーは知っている』。
例の「幻の大宝作品」企画、最後の上映作品。
マドロスやってた牧真史が、弟の死の謎を探るアクション。
別題の通り、前年に開業したばかりのマリンタワー大フューチャー映画でした。
せんきちお目当ての泉京子は、大蔵新東宝における三原葉子のような役どころ。
のっけから、ゆるーいセクシーダンスを疲労、もとい、披露してくれますが、三原葉子のムチムチボディか、それとも泉京子のスレンダーボディか、殿方のお好みも分かれるところでしょう。
筑紫あけみがこの映画ではバリバリの女ジャーナリストの役どころで、それはそれでなかなか颯爽としていてよかったです。
フィルムの状態がかなり悪く、なんだか線香花火のような模様が出る箇所がずいぶんありましたが、なるほど、フィルムってこういう劣化の仕方をするのだと、むしろ感心した次第。

『誠意なる婚活(非誠勿擾)』
2008年、中国・香港。馮小剛監督。葛優、舒淇、方中信主演。


「2009東京中国映画週間」の一。
本作のプロデュースを担当した陳國富には『徵婚啟事』という婚活映画がありますが、この映画は男性、それも中年男性の婚活を描いています。
また、『徵婚啟事』では主役の劉若英が不倫の恋に悩んでいましたが、ここでは舒淇が不倫の恋に悩んでいます。

己のみっともなさも何もかもさらけ出して舒淇に尽くす葛優の姿が涙ぐましくもあるものの、それを受けてあの思い切った行動に出るまでの舒淇の心の動きがやや見えづらいのが残念。
北海道の景色はきれいですた。
徐若瑄と葛優のお見合いでのやりとりも、かなり笑えます。

阿寒湖畔の居酒屋「四婆」、もとい、「四姉妹」の場面で、二宮さよ子、磯村みどり、雪代敬子、松浪志保のベテラン勢が登場したのにはちとびっくり。
そういえば、雪代敬子は民視の白冰冰伝記ドラマ『菅芒花的春天』でも、加勢大周の母親役をやっていますたね。

すでにご存知の通り、この映画、ニトリの子会社が買ったそうですけれど(邦題『狙った恋の落とし方』)、今回の映画祭上映に当たってもいろいろドラマがあったらしいっす(以下自粛)。
とりあえず、文法的におかしい邦題じゃなくなってよかったよ(なんだい、誠意「なる」って。「ある」じゃねえのか?一瞬、『完全なる結婚』を思い出しちまったわ)。

『シャングリラ(這兒是香格里拉)』
2009年、中国・台湾。丁乃箏監督。朱芷瑩、呉中天主演。


幼い息子をひき逃げ事故で亡くした母親の、鎮魂と再生の物語。
台湾を代表する劇団・表演工作坊がひさびさに映画製作に乗り出した作品で、原作は表演工作坊の同題のミュージカル。
観終わった後、静かだが深い余韻に包まれる、そんな一品でおますた。

上映後、恒例のロビーサイン会があったので、主演の朱芷瑩嬢にサインを頂きますたが、彼女も表演工作坊の女優さん(『色・戒』でヒロインの親友・頼秀金を演じています)。
14年前に不肖せんきち、台北の表演工作坊の稽古場で彼女の師匠である頼聲川せんせいにお目にかかったことがある旨をお伝えところ、大変びっくりしていらっしゃいました。
ちなみに、頼せんせいは笑顔の素敵な、とても気さくな方でした。

おまけ:台北で観た時、この伍佰の登場シーンで
なぜか場内大爆笑になったのでありました。

2009年11月11日水曜日

もしもし

〔ちょっとお耳に〕

タイトルはこの映画
台詞から取りますた。

どうも。
トド@寝汗がひどいわです。

というわけで、「芸能界のおくりびと」こと(おいおい)森繁さんがついにお亡くなりになりますたが、その前にもう一つ訃報を。

歌手の胡美芳さんがお亡くなりになりました。享年82歳。



謹んでご冥福をお祈りいたします。

歌う胡美芳、踊る万里昌代が
楽しめる1本。もれなく
万里昌代の腋毛が付いて来ます。
(製品にじゃないよ)


さて。

森繁さんの膨大な出演映画の内、香港ロケ物『社長洋行記』(目下、学芸員Kさんのブログで詳しい考察が進行中です)や台湾ロケ物『社長学ABC』(以前書いたヘタレな感想文はこちら)、あるいは「李香蘭」なる中華料理店を経営する怪しい満州帰りのおっさんを演じた『東京の休日』辺りはご存知の方も多いと思いますので、こちらでは森繁さんが元京劇役者だったと思しき中国の老人を演じた『戦場にながれる歌』をちょっこしご紹介しようかと思います。

戦場にながれる歌』は、1965年の東宝映画。
作曲家・團伊玖磨の『陸軍軍楽隊始末記』を原作に、松山善三が脚本・監督を担当した作品です。
前述した通り、森繁さんの役どころはかつて京劇役者だったであろう老人。
今は娘とその許婚と共に静かに暮らしています。

ひゃあ、何、この顔は!
(紫道士臉というやつね)


屋根の上でヴァイオリン弾く前は
中国で京劇やってましたー!


娘・愛蘭を演じるのは「台製之寶」張美瑤。
これが日本初御目見得作品となりました。


娘の許婚を演じるのは「元祖台流スター」林沖


しかし、そこへ飛び込んできたのが日本の軍楽隊。
老人は娘に命じて彼らに食事を与えますが、隊員の中には老人や娘を殺そうとする者もいて(その理由は本編をご覧下さい)、そんな彼らに老人が浴びせるのが下記の言葉。

※一応、日中対照にいたしましたが、森繁さんの話す中国語がほとんど暗号に近いため、聞き取り不能な箇所もございます(自信がない箇所は括弧で括ってあります)。

あなた方は南京で罪もない二万人のひとを殺しました。
你們在南京殺了兩萬多無辜的(整個)老百姓。


日本の兵隊は鬼です。
你們日本兵全都是魔鬼啊。

今なら「自虐史観丸出し」と集中砲火を浴びそうな台詞ですけれど、ま、こんな役も演じていたよということで、まずはこれぎり。

香港で見てきたものは
香港娘の世界一の足ばかり。


付記:森繁さんが戦中、満州でアナウンサーをしていたことはよく知られていますが、奥様は台湾の台北第一高女OGだそうで、1962年3月の『社長洋行記』香港ロケのさいには、乗り継ぎで立ち寄った台北で奥様のために「なつかしの絵ハガキ」を購入したそうです(1962年3月31日付『日刊スポーツ』による)。



おまけ:このシリーズもまた観たくなった。

2009年11月6日金曜日

最近観た映画のことなど (その1)

〔しようもない日常〕〔えいが〕


どうも。
トド@若年性更年期障害かしら?です。

さて、大した本数は観ていないのですけれど、いちおう東京国際映画祭とNHKアジア・フィルム・フェスティバルのメモ。
書けた順から適当にうpしやす。

『玄海灘は知っている(玄海灘은 알고 있다)』
1961年、韓国。金綺泳(キム・ギヨン、김기영)監督。金雲夏(キム・ウナ、김운하)、孔美都里(コン・ミドリ、공미도리)主演。

昭和19年の名古屋を舞台にして、朝鮮人学徒兵・阿魯雲(アロウン、아로운)(金雲夏)と日本人女性・秀子(孔美都里。在日の女優さんだそうです)の恋を軸に、日本軍の非人道性を暴いていく作品。
原作は、今年8月に亡くなった韓雲史(ハン・ウンサ、한운사)による同名の自伝的小説(注)・・・ってことは、


これも史実なんですかー?
(ボクは死にましぇーん!)

(注)こちらこちらのサイトによれば、この作品はまず1960年にラジオドラマ(KBS)として発表された後、1961年に小説&映画化、さらに1968年にはテレビドラマ化(KBS)された模様。
主人公の名前である「阿魯雲(アロウン)」の「阿」は魯迅の『阿Q正傳』の「阿」、「魯」は魯迅の「魯」、「雲」は韓雲史の「雲」を取ったもので、"alone"の意味も掛けてあるとの由(『玄海灘は知っている』〔日本語版〕の訳者解説及びこちらのサイトによる)。
また、こちらのコラムによると、韓雲史は阿魯雲同様「1943年末、朝鮮人学徒志願兵壮行会の席上、来賓の小磯国昭・朝鮮総督に向かって「閣下はわれらが出征の後、朝鮮2500万人の将来を確実に保証し得るや、返答を乞います!」と質問し、会場からつまみ出された」経験があるそうです。

追記:日本語版の解説によれば、小説『玄海灘は知っている』は「阿魯雲伝」の第1部で、第2部『玄海灘は語らず』(1961年)、第3部『勝者と敗者』(1963年)の計3部からなるとのことで、第1部の『玄海灘は知っている』は阿魯雲が軍を脱走して秀子と共に逃走、彦根を目指すところで終わります。
したがって、第2部である『玄海灘は語らず』も映画の原作と考えるのが妥当でしょう。←と、いったんは書きますたが、今日到着した『玄海灘は語らず』にざっと目を通したところ、映画とは異なるストーリーになっていました。てなわけで、読了後に改めて詳しく取り上げてみたいと考えております。

朝鮮人と日本人がどう違うのか(どこの違いだよ)を確かめるため、「日本では客がくると女性が背中を流す習慣がある」と偽って阿魯雲が入浴中の浴室に侵入する秀子の間違った積極性や、秀子の妊娠を知った秀子の母ちゃんが、阿魯雲に向かって「(軍隊を脱走して)2人で逃げろ!」と堂々の非国民発言を行う件等々、日本人女性の逞しさ(?)を改めて認識した次第(おいおい)。
終盤の名古屋大空襲~群集雪崩込みの執拗な迫力も見もの。
せんきち的には今年の東京国際映画祭最大のヒット!ですた。

DVD出ないかなあ。

原作は1992年に日本語版が出ています。
また、1993年には第2部及び第3部の日本語版も出ております。
(『玄海灘は語らず』に『勝者と敗者』も収録)


『龍虎豹シリーズ/第6集(龍虎豹:第六集)』
1976年、香港。許鞍華監督。李欣頤、江毅、石修主演。

「アジアの風」の小特集「アン・ホイ南無&禅」、じゃなくて、「アン・ホイNow&Then」の一。
初期のテレビ作品です(TVB)。

別題:『許鞍華の「林檎殺人事件」』。
「どーするどーなる?続きはまた来週!」状態のまま、唐突に終了するサスペンス。
『藪の中』系のお話なので、これでいいのかとは思うけれど、それにしても、あの女、誰よ?

『北斗星シリーズ/アー・ツェ(北斗星:阿詩)』
1976年、香港。許鞍華監督。黄杏秀、伍衛國、呉孟達、劉松仁主演。

同上(TVB)。

大陸からマカオの親戚を頼って密入国した14歳の少女・阿詩が、どこまでも転落していく姿を描いています。

売春で金を稼ぐことを覚えてしまった阿詩がまじめに働く気になれず、恋人の両親が住む家を出てまたしても娼婦となる姿が生々しいっす。
父親のわからない子供を産み落としたばかりか、その養育を別人に押し付けた阿詩が行方知れずになったまま物語は終わり、彼女がこれからも行くあてのない人生を辿るであろう事が暗示されています。

呉孟達がまるで別人だったのも、違った意味で生々しかったっす。

『獅子山下シリーズ/ベトナムから来た少年(獅子山下:來客)』
1978年、香港。曾泉盛、李國松、張堅庭、方育平主演。

同上(香港電台)。

ベトナムから香港へ密航してきた少年と、彼を取り巻く人々の物語。
後の『獣たちの熱い夜(胡越的故事)』や『望郷 ボートピープル(投奔怒海)』のルーツとも言える作品ですが、従兄が殺され、兄貴分がマカオに強制送還されて1人ぼっちになってしまった少年は、これからどこへ行くのでせう。

ストーリーとは全然かんけーないけど、廟街を散策する場面で少年と従兄(だったよね?すでに記憶があやふや)が仲良く腕を組んでいるのがけっこー気になりますた。
女同士のそれは今も日常茶飯事ですが、当時は男同士でもそうだったのでせうか。
何しろ、「盧泰愚と全斗煥」以来だったもので…。

『獅子山下シリーズ/橋(獅子山下:橋)』
1978年、香港。許鞍華監督。ティム・ウィルソン(Tim Wilson)、 施南生、黄新、黄莎莉、張瑛主演。

バラック群と公共住宅の間に横たわる龍翔道。そこにかかる歩道橋の撤去工事が突如始まったことから起こる騒動を、イギリス人記者の視点から描いています。
記者が自らのラジオ番組の中で政庁批判を繰り広げるが、香港電台でこういうドラマがOKだったのは意外。
とはいえ、最後に記者は夢破れて香港を後にするので、結果は痛み分けということでしょうか。

どーでもいーけど、高志森って年を取らない顔なのね。

『獅子山下シリーズ/路(獅子山下:路)』
1978年、香港。許鞍華監督。黄淑儀、黄曼、鄭裕玲、陳玉蓮主演。

同上(香港電台)。

麻薬中毒の女性たちの群像。
元朗に住む母子、舞庁で働く女性の2つの事例が同時進行で進みます。
どうにも救いようのない『阿詩』に比べると、こちらのオチはやや安易な印象ですたが、中身より何より、すっぴん眉毛なしの鄭裕玲が一番怖かったっす。

とりあえず、今日はここまで!
この人、尤敏とも共演してるんだよなあ。

2009年11月4日水曜日

けちんぼ

〔しようもない日常〕〔ちょっとお耳に〕


どうも。
トド@中途覚醒です。

さて。

大人の事情で(うそうそ)年に1度は必ず足を運ぶ世田谷区民会館
1959年竣工のコンクリート打ちっぱなしの建物は既に老朽化が進んでいますが(建替計画進行中。保存運動も起こっている模様)、先だって訪問したさい、建設当時協賛金を寄付した企業・個人を銘記したプレートがあるのを発見、


仔細に観察してみたところ・・・

新東宝の名前を発見!

寄付金の額は2万円(以上)也。
当時の公務員初任給が1万円ちょっとらしいですから、現在の金額に換算すると40万そこそこといった感じでしょうか。

「断末魔状態だった大蔵新東宝にしては、がんばったクチね」と思いつつ、視線を移すと・・・

10万円以上の所に東宝の名前が!

その差は5倍。

・・・けちんぼ。

2009年11月2日月曜日

札幌・横浜・名古屋・雄琴・博多 トルコ渡り鳥

〔えいが〕

つい最近まで、五反田の池上線高架下に「松竹」という名前の
お風呂がありますたが、小津の『東京暮色』であの界隈が
出てきたことからのネーミングだったのでせうか(おいおい)。

1975年、東映京都。関本郁夫監督。芹明香、東龍明主演(ナレーション・山城新伍)。

というわけで、個人的なメモ。
3日間の上映期間の内、監督のトークショーがあった後半2日間は仕事の都合で足を運べなかったため、あくまで作品内容のみに関する備忘録です。

1969年の『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』(以前書いたヘタレな感想はこちら)に始まる、いわゆる「東映セックス・ドキュメント」シリーズの1本として企画された作品ですが、実際の映画は20歳の泡姫・ひろみ(青森県出身。芹明香)とそのヒモ・利夫(和歌山県出身、27歳。南の男が北の女に寄生するという構図ね。東龍明)が、各地のお風呂で働きつつ日本列島を放浪する姿をセミドキュメンタリータッチで描いています。
したがって、『キネマ旬報』にあるような(『東映ピンキーバイオレンス浪漫アルバム』もこの記述を踏襲)、


尼僧スタイルの風俗嬢が恭しく客を迎える「尼僧ソープ」。ロビーいっぱいにジェット機の爆音が響き、中からスチュワーデス姿の風俗嬢が出てくる「スチュワーデス・ソープ」。詰襟の学生服の男子従業員、おさげ髪の風俗嬢の「女学校ソープ」。小児科、肛門科、性器吸入科等の看板を下げ、風俗嬢は看護婦スタイルの「病院ソープ」。


なんていう紹介映像は、1つも出てきません。
ホテトルのはしりみたいな「出張トルコ」と女性専用トルコ(トルコ伯爵。ビキニブリーフ穿いた泡王子が2人がかりで女性にご奉仕)が申し訳程度に出てきますが、これは「セックスドキュメント」としてのアリバイ作りの色彩が濃厚です(他にも、横浜から博多に流れてきたハーフの泡姫への取材あり)。
それよりは、ひろみの出身地が青森・下北半島である点等、後の『処女監禁』や『天使の欲望』(ヒロインの出身地が同じ)の原点にあたる作品と考える方が妥当でしょう。

冒頭、札幌のビジネス旅館の窓から放尿していた芹さんが、ラストでは列車最後部のデッキからまたしても盛大に放尿、「芹さんの放尿に始まって放尿に終わる映画」でおました。
途中の「自動車車内からビール噴射」も、放尿の暗示でせうか。
一度は喧嘩別れ(というか、雄琴で壮絶な暴力沙汰を起こした後、芹さんはパンティ一丁のままタクシーに乗って逃走。北へ舞い戻った芹さんは、「ハワイ」という名のお風呂に就職。北国のトルコがハワイ…)した利夫とヨリを戻した後、立ち寄った食堂でさっそく利夫の股間に手を伸ばすひろみが、いかにも好き者なんですけど憎めません。
喧嘩別れの原因となったポニーちゃんのエピソードには、しんみりさせられましたです。

中盤、何の前触れもなく菅原通済や榎美沙子(懐かしいね。生きてるんだろか)といった当時の出たがり識者(?)が大挙登場、トルコに関する見解を披瀝しているのには大爆笑。
若き日の黒鉄ヒロシが、したり顔でトルコ擁護論をぶっていました。

ところで、これは内容とはかんけーないのですけれど、近年では上海でもブイブイいわせているお風呂(こちらこちらをご参照下さい)、この映画にも「香港」や「蘇州城」といった中華系の店名を冠したお風呂の看板が出てきまして、なるほど、中華とお風呂って昔からけっこう相性がよかったのだなあと、改めて認識した次第です。

ちなみに、11月21日(土)からシネマヴェーラ渋谷で開催される山城新伍特集でも上映されるらしいです。
今回見逃した皆様は、ぜひその機会にご覧になってみて下さい。

こちら、戦前の上海で発行されていた英字紙に
掲載された正統派お風呂の広告。オーナーが日本女性と
いうのが気になりますです。


あ、そうそう、陰毛のお手入れ映像、大変勉強になりました。
もちろん、自分は実行できないと思うけど…。

おまけ:識者の1人として登場するトルコ・コンサルタントの垣沼健司氏、せんきちの中学時代の愛読書である『陰学探検』にインタビューが掲載されていました。

『陰学探検』は、現在、ちくま文庫から2分割&
タイトル変更されて好評発売中(垣沼氏のそれは『色の道~』の方に収録)。
小沢昭一氏の著書だと、『小沢大写真館』(これもせんきちの中学時代の
愛読書)にも泡姫へのアンケート調査があります。