2006年4月30日日曜日

今夜は歌おう

〔しようもない日常〕

『情人的眼涙』。

耳の具合がよくなったと思ったら、今度は右足の小指に裂傷を負ってしまいました。
今度の土曜(5月6日)には、新潟でハイキング(死語)なのに・・・・。
なんとかしないとねー。

さて。

今発売中の『週刊新潮』(5月4・11ゴールデンウイーク特大号)に、宝田さんの「宝田明が見た『女優の秘密』」なる読物が載っております。
目次及び新聞広告には「原節子」「司葉子」「美空ひばり」とあるのみですが、今や宝田さんと言えば、

尤敏と『放浪記』

なので、そちらの話題にもちゃんと触れておりました。
『香港の夜』のスチールと『香港の星』の撮影風景(茅ヶ崎ロケの模様)も、掲載されておりましたわ。
でも、宝田さんの「尤敏との結婚話」、細かいディテールが徐々に変化してきているような。

ところで。

先日、『小雲雀』のVCDを買ったら、『邵氏電影珍藏金曲』というカラオケVCDがおまけに付いてきました。
収録曲は下記の11曲。

『扮皇帝』(國) 『江山美人』より 静婷・江宏
『情人的眼涙』(國) 『小雲雀』より 潘秀瓊
『船』(國) 『船』より 方逸華
『愛情的代價』(國) 『愛情的代價』より 泰迪羅賓
『阿里山的姑娘』(國) 『小雲雀』より 顧媚
『夢』(國) 『不了情』より 顧媚
『水仙』(國) 『小熬星』より 羅文
『JAJAMBO説不出的快活』(國) 『花月良宵』より 葛蘭
『再見PAPPY LOVE』(粤) 陳美鳳・張偉文
『明日之歌』(國) 『明日之歌』より 静婷
『辭郎洲之二』(潮曲) 『辭郎洲』より 蕭南英・丁敏

映像は基本的に映画をそのまんま使用しているので、あっしの大好きな『夢』も、

ほれ、こんなぐあい。

まさしく「夢」のカラオケVCDざます。

せんきちが初めて覚えた
中国語の歌が、この『阿里山的姑娘』。
もう20年ちかくも前のことですわ。
その当時のNHK中国語講座(テレビ)の歌の
コーナーって、こういう歌が多かったのよ。
でも、あれから一向に進歩しないせんきちの中国語(汗)。

「ふーん。『花月良宵』にも『説不出的快活』って使われてたんだ」と思いながらVCDを観ていたら、なぜか『香港ノクターン(香江花月夜)』の映像も混入していたのは、まあご愛嬌ということで。

というわけで、不肖せんきち、今年中には
ぜひ『扮皇帝』をマスターしたいと思います(むりむり)。

2006年4月29日土曜日

東京‐香港蜜月旅行 (東京‐香港蜜月旅行)

〔えいが〕

劇中、多摩川の河川敷を歩きながら林黛が歌う歌。
彼女の出世作『翠翠』で使われた「熱烘烘的太陽」です。

1955年、日本・香港(松竹・國際)。野村芳太郎監督。佐田啓二、有馬稲子、岸恵子、林黛、厳俊主演。

戦後初の香港ロケ映画である『亡命記』と同時撮影された日港合作映画
『亡命記』に登場する香港が、劇中ではあくまでも南京や上海だったのに対して、こちらでは香港が香港として登場します。

前にも書きましたが、本作にやや先行して公開された『楊貴妃』(大映・邵氏)が、合作とは言いながら香港からは一部スタッフが参加したのみだったのに対し、この映画は主要キャストに香港のトップスターが起用されている点、後の東宝と電懋(國際の後身)の合作映画の先駆とも言える作品です。
また、林黛演じる日中ハーフの京劇女優が日本で父親(日本人)探しをし、主人公である新聞記者はその親探しに協力する、というモチーフも、後の『香港の夜』に受け継がれています。

劇中のクライマックスは、林黛が幼い頃父から教わったという『花嫁人形』をテレビで歌うという件。
香港女優に歌わせるという趣向も、この後の東宝&電懋作品に継承されます。

ロケ地に関しても、スターフェリーやピークトラム、タイガーバームガーデン等、この後の香港ロケ映画で出てくる目ぼしい名所はたいてい押えられていました(こちらもご覧下さい)。
ピークトラムに乗ってタイガーバームガーデンに行くという、ありえねー!設定もありましたけど。
夜の香港の街頭風景に今はなき雙喜大茶樓がちらりと映るのは、予想外のお値打ち。

映画の内容としては、「お互いいろいろあったけど、これからは仲良くしようね」という日華親善映画で、どこか日本の罪滅ぼし的な匂いもなきにしもあらずな印象でありました。

なお、『亡命記』では、

撮影協助 国際影片発行公司

と表記されていましたが、本作では、

協賛
カセイ・オーガニゼーション
(シンガポール‐香港)
国際影片発行公司
香港永華影業公司

となっていました。

あと、そういえば、林黛の役名がやっぱり麗花だったわねえ。
日本人が連想する中国の女性の名前って、麗華(花)か香蘭しかないんだろうか。

なぞだ。

(於:三百人劇場)

付記:ありえねー!といえば、文武廟からあっという間に香港仔に到達する(自分の足で走ってだよ)、バイオニックジェミー並みの脚力を持つ男・竹脇無我というのもありました(『神火101 殺しの用心棒』)。

2006年4月26日水曜日

Gメン対香港の人喰い虎

〔テレビ〕

シーザー君、お手やわらかに!

1979年10月6日、TBS・東映。山口和彦監督。宮内洋、夏木マリ、その他いつもの人々主演。

『Gメン'75』第227回。
今回は、Gメンお得意潜入捜査官と麻薬密売組織(これもお約束の香港コネクション。Gメン〔日本人〕をあからさまに見下す香港警察のイギリス人幹部も健在)の対決に猛獣が参戦、よりスリリングな映像(?)に仕上がっております。

詳しいストーリーは、例によってこちらからよさそうなのを見繕ってご覧下さい。
残念ながら、「香港カラテ・サーガ」は絶滅しちゃったけど。

冒頭、前回の「香港カラテシリーズ」(Gメン対香港カラテ軍団)でも組織のボスの邸宅として使用されていた虎豹別墅がこのたびも登場、そしてそこに君臨するボスは韓英傑。

大物使ってきたわね。

そういや、なんだかんだいってもGメンのロケの場所って、いつも一緒だったりします。
九龍城周辺はお約束のロケ地だし、今回、夏木マリが罠に嵌まる寺院は前回、倉田さんと楊斯(今度も出てます)が死闘を演じたところでした。
ちなみに、潜入捜査官が潜伏しているビルは、背後に「鶴齢街」の標識が見えるので、馬頭角の土瓜灣道沿いにあるビルのようです。

で。

冒頭にも述べましたが、ロケ地のオーナー(タイガーバーム)から閃いたのか、はたまた監督があの『武闘拳 猛虎激殺!』の山口和彦だったからなのか、今度の密売組織の秘密兵器は猛獣・ベンガルトラのシーザー君。
『武闘拳』に続き、2度目のおつとめです。

このシーザー君が檻に入れられた哀れな生贄を情容赦なく噛み殺していくんですけど、夏木マリもとっ捕まって檻に入れられてしまいます。
そして観念したマリさんが『お手やわらかに』を歌うところで(歌わねーよ!)、以下次号!
どうする、どうなる、夏木マリ?

そして。

今回大活躍・・・・というか、大暴れするのが新加入の宮内洋。

組織の差し向けた刺客と通りすがりの2階建てバス車内で大乱闘を演じますが、バスの正面には思いっきり、

TO HIRE 租用

の文字が。

どうりで他の客がいないわけよ。

しかし、さしもの宮内さんも楊斯一派によって敢え無くノックアウト。
近所の子供たちに助けられるのでした。

もう1人の新加入・川津祐介は、『香港カラテ対Gメン』では麻薬密売を黙認する警視庁保安2課長を演じていたはずなのに、何事もなかったかのように別人・南雲警視に扮していました。
『仁義なき戦い』みたいだよ・・・・。

酔っ払いを装って宮内さんに襲い掛かり、あっという間に退治されるだけの役で石橋雅史も出演。
なんか知らんけど、豪華だわ。

(於:ファミリー劇場)

2006年4月25日火曜日

日本残酷物語

〔えいが〕

この本とは無関係、のはずです。

1963年、新東宝興業。中川信夫、小森白、高橋典監督。宮田輝(ナレーション)。

本題に入る前に、遅ればせながら「成分分析 on WEB」をやってみました。
結果は、


せんきちの83%は明太子で出来ています
せんきちの8%は利益で出来ています
せんきちの5%は成功の鍵で出来ています
せんきちの3%は理論で出来ています
せんきちの1%は心の壁で出来ています


「83%が明太子(明の太子だったらよいのですが)」という衝撃のデータがはじき出されました。
せんきちの明太子嫌い(食えません)は、無意識の内に共食いを恐れていたことに由来する、ということがわかりました。

で、本題。

前衛芸術から徳之島の風葬まで、「1963年の残酷」がてんこ盛りのドキュメンタリー。
刺青や整形、ラストで南にいく点は後年の『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』と同様で、ある意味、東映セックスドキュメントのルーツと言えるのかもしれません。

残酷にふさわしく(?)動物ネタも満載、麻酔なしで去勢されるマクダル君や哀れ三味線の皮と化す猫(うちの飼い猫に似ていたよ。くわばらくわばら)、イヨマンテで捧げ物にされる熊の解体、等々、各種取り揃えられていました。
知床で害獣として駆除されていたトドの肉は「まずくて食えない」と宮田さんのナレーションにはありましたが、 現在、これをカレーにして売っている北海道民の商魂って、いったい・・・・。

動物ネタと言えば、ゲテモノ食いの紹介の中で高級料亭(推定)にてサルの脳みそを嬉々として頬ばるオッサン方の映像もありました。
1963年には、日本でも猿食が生きていたのね。

かと思えば、エステに血道をあげる女性たちや酔っ払って警察に保護される大トラたちの映像もあり、変わっているようで変わっていない日本の姿を垣間見た思いがいたしました。
プロポーションは、今の女性たちの方がはるかにいいけど。

映画では全国の奇祭も取り上げられていましたが、若妻を海に放り投げるという伊豆の奇祭に出てくる嫁さんがたは、どう見ても仕込みのような・・・・。

一つ一つのレポートがかなり短く、欲張りすぎの感は否めないものの、なんだか珍しいもんを見せてもらったなあという気分にはなりましたです、はい。

(於:ラピュタ阿佐ヶ谷)

2006年4月23日日曜日

続 ミミから血が出た

〔しようもない日常〕

泥んこ、泥んこ、うれしいな~。

ミミから血が出た、その後、です。

耳鼻科の診察を受けたところ、単に耳の穴の中の皮膚が炎症を起こしているだけで、他に何か原因があるわけではない、とのことでした。
先ずは一安心。
とりあえず、点耳薬を差しながら様子を見ております。

で。

昨日はひさびさに『台上台下』を観ました。

1983年の台湾映画。新藝城の台湾支社が製作した作品です。

いきなりタイトルバックに羅大祐が登場したり(音楽担当)、俗化する前の九份が出てきたりと、なかなか見どころの多い映画なのですが、せんきち的にはいまや大御所となった張小燕と張艾嘉(姉妹役)の

泥レス

が拝めるという点が、一番の楽しみだったりして・・・・(おいおい)。

向かって左が張小燕、右が張艾嘉。

泥レスといえば、1982(81)年の台湾映画(倉田さんご出演)『地獄のニンジャ軍団 クノイチ部隊(隠身忍者)』にも出てきますから、この当時、台湾では泥レスブームだったのでしょうか。

ちなみに、劇中で張艾嘉が歌う『愛的箴言』は、日本では鄧麗君の歌唱で知られています(日本語バージョンは『白いアマリリス』)。

台湾映画ファンのみならず、女闘美マニアも必見の1本であります。

エッチなプロダクション社長として登場するこの方、
はて、どこぞで見覚えのあるような・・・・。


おまけ:ケケ書房、もとい、竹書房から出ている『台湾ドラマ&シネマLIVE Vol.2』とかいうムックを何気なく読んでいたら、どういうわけか香港TVBの特集ページがあり、おまけにどうしたことか廖碧兒の写真が、どこからどう見ても伍詠薇のそれでした。紹介文もかなーり?でしたし。
これで本体1333円(内税表記にしてよ)とは、いやはや・・・・。

2006年4月20日木曜日

ミミから血が出た

〔しようもない日常〕


ミミ違い。

ここ数日、更新をサボってしまい申し訳ございません。
火曜日から体調が悪化、昨晩には耳から出血していることがわかりまして、何の病気か知らん?と少々怯えております。
ま、血が出たといっても、体外にまでだらだらと流れ落ちるほどの激しいものではなく(そんなんだったら救急車呼びますね、普通)、たまには耳掃除でもしようかと思って綿棒を入れたら血がべっとりと付いていたという程度のものですんで、大したことはないと思います。
とりあえず、明日、耳鼻科へ行ってきてみます。

体調が回復したら、また再開いたします。

2006年4月17日月曜日

固有名詞バトン 【温泉】

〔ちょっとお耳に〕


あいかわらずだるいです。

さて。

DriftingcloudsのKEIさんから頂戴いたしました。
お題は「温泉」。
あ、で、でも、お、お、温泉って、こ、こ、こ、固有名詞、な、な、なんですか・・・・(ま、いいか)。

●PC・本棚に入っている【温泉】

PCに温泉のお湯が入れられたらベストなんですけどね(できねーよ)。
PCの中といいますと、画像などでせうか。
大してございません。旅してきたところの写真200枚程度かと。
本棚はですね、目下、仮住まい中のため、大部分の本は倉庫に預けっぱなしなもんで、今ある分はというと、『泡湯完全Enjoy手冊』と『台湾温泉天国』のみ。


あとは『温泉あんま芸者』と『温泉ポン引女中』のビデオ。


●今妄想している【温泉】

混浴露天風呂シリーズを自ら実現・・・・というのは嘘で、源泉掛け流しの大浴場があるマイホームを建設(一生無理)。

使用前。


使用後。


●最初に出会った【温泉】

近所のN温泉(仮名)と新潟の六日町温泉。

N温泉(実名を出すとどこに住んでるのかがばれそうなので、仮名でご容赦)は、いわゆるヘルスセンター(死語)形式の日帰り温泉施設で、東京名物「黒湯」の大浴場がご自慢でしたが、せんきちが小学生になる頃に倒産しました。
幼稚園時代、よく入りに行きましたが、せんきちは黒湯のことを「おしょうゆ」と呼んでいました。

六日町温泉はうちの母の郷里で、母方の祖父がそこの旅館で働いていたため、幼少の頃から毎年訪ねていました。
癖のない、いいお湯です。

●特別思い入れのある【温泉】

んー。
思い入れというか、衝撃的という点では別府温泉のヤングセンター
「ヤング」のくせに、ジジババがマグロのように大広間に転がっていました。

●次にバトンをお渡ししたい方とお題

これから考えます・・・・。

疲れたのでちょっと休憩します。

2006年4月15日土曜日

快樂王子

〔しようもない日常〕

2002年の東京国際映画祭のとき、この本を持参して

監督さんにサインを頂きました。
あまりにシンプル過ぎて、拍子抜けした記憶が・・・・。

ここへきて引越疲れがどっと出たのと、寒さがぶり返したのとで、なんだかだるいです。
風邪じゃなきゃいいけど。

さて、上映最終日(14日)にしてようやく『マクダル パイナップルパン王子(麥兜 菠蘿油王子)』を観に行くことが出来ました。
一昨年の東京国際映画祭以来の再見です(ごめん。DVD買ってないのよ)。

後半、ヨー・ヨー・マならぬジョー・ジョー・マのエピソードなどは、

すっかり忘れておりました。

ジョー・ジョー・マの顔は、ダ・カーポの男の人に似てますね。

立派に成長した少年(青年)マクダルの貧乏ゆすりに、去っていってしまった夫の面影を見る麥太の姿には、せんきち、不覚にも涙いたしました。

少年マクダル、2作目でこんなに立派になっちゃって、この後どうするんだろうと思っていたら、こないだの『春田花花同學會』では「OLになりたい」とか相変らずのボケをかましていたので、ブタはブタのままでしょう。安心。

残念ながら東京においては興行的に苦戦を強いられたようですが、この後、1作目(『麥兜故事」)も上映される模様。
「2作目→1作目」という公開順序って、(言い方はひどいけど)なんだか種明かしをした後の手品みたいで、どうなのかしらん?とあっしなんぞは思うのですけれど、今回ご覧にならなかった方は1作目から順を追ってご覧になるとよいかと存じます。

関西の皆様はこれから上映ですので、くれぐれもお見逃しのなきよう。

2006年4月13日木曜日

南の国からこんにちわ

〔とほほ事件簿〕

これ、お探しですか?

ひさびさ、気になるニュースです。


シンガポール人が探した「秘伝書」あった
シンガポール人一行が「秘伝書」を持つ日本人空手家を捜して青森県内をさまよっていた件で、同県平内町の武道家・福田祥圓(しょうえん)さん(61)が「自分のことではないか」と名乗り出ていたことが12日、分かった。一行は父親の遺言で、わずかなキーワードを頼りに空手家を捜し回り、白神山地で遭難する騒ぎも起こしていた。福田さんは「北拳派中国空拳法道」の武道家で、かつて父親とみられるシンガポール人に教えたことがあるという・・・・


先だって話題になったシンガポールの武道家一族とその近所の人々による秘伝書騒動、ここへきて急展開を迎えたようです。
上記の記事に登場する人物がお父さんの遺言にあった人物なら、どうやら極真空手ではなかったようで、いったいどこでどう間違えて極真になっちゃったのか、その遺言自体、なんだか????であります。

ま、遺言の真偽はともかく、もしも遭難したまま助からなかったらこのような進展もなかったわけで、救助した皆さんのお手柄をここでは称えたいところです。

で。も一つ気になるニュース。


自費出版「碧天舎」が倒産、250人「お金返して」
自費出版大手「碧天舎(へきてんしゃ)」(東京都千代田区)が経営の行き詰まりから倒産し、申し込んでいた執筆者約250人の本が出版できなくなった。執筆者が同社に支払った百数十万~数十万円の出版費用も戻ってこない恐れがあり、出版を心待ちにしていた人からは、「だまされた」と怒りの声が上がっている・・・・


出版不況の中、ほぼ連日のように新聞広告を出していて、「ずいぶん景気のいい会社だな」と思っていたら、つぶれちゃいましたよ。

こちらの記事によれば、


 「出版プロデューサーという肩書のすごい美人が、目のやり場に困る服を着て説得してきた。私は七十四歳でもう何とも思わないが(←このコメントもすごいわ。せんきち注)、若い男性には効果があったのでは」(関東地方の男性)という声もある。


という、色仕掛けに近い営業も行っていたようで、こうなるとほとんど詐欺まがいではないかと思いたくなりますです。

せんきちもだいぶ前、別の自費出版社から「あなたの本を出しませんか?」とかいう勧誘のお手紙を頂戴したことがありますが(どこで住所調べたんだか)、放置したまま今日に至っております。

今後も放置しといた方がいいわね。

2006年4月12日水曜日

カラテ大戦争

〔えいが〕

今度は戦争だー!
画像と作品は無関係です)

1978年、(三協映画・松竹)。南部英夫監督。 真樹日佐夫、大滝秀治、夏樹陽子主演。

日港泰カラテ摩擦ムービー

いつも仏頂面の真樹さん(台詞吹替)が無駄な闘いを繰り広げる映画ですが、せんきちのお目当てはなんといっても、

白冰冰

ちなみに、冰冰さんの伝記ドラマでは、本作の原作者(ドラマで演じたのは加勢大周)は

組長の息子

という設定になっていました、たしか。

冰冰さん、劇中で『カンフーエレジー』なる主題歌を歌ったり、真樹さんを執拗にストーキングしたりと、いろいろご活躍なさっていますが、映画の舞台のメインはタイなので、かなーり卑怯な手を使って送り出した刺客もことごとく倒され(っていうか、それ以前にとてつもなく弱いんだけど)、最後に立ち向かった功夫界最強の人物(らしい)にして冰冰さんの兄・白竜(この方とは別人です)もあっけなく降参。

それに比べると、タイでは「戦争、経済の次はカラテで侵略するのか!」とタイ人に石を投げられる件があったり、ラストでムエタイの王者・キングコブラと死闘を繰り広げたりと、その扱いにかなりの差があります。
じっさいには、先の大戦で日本はタイと表向きは直接交戦状態にあったわけではないので(こんな史実もありますけど)、香港編においてこれ(投石行為)をやるべきだった気がするのですけれど。

夏樹さんはタイくんだりまでわざわざ真樹さんをおっかけてきて、いきなり全裸で迫るというムチャすぎる女の役。
それもキングコブラとの闘いを控えた前夜。
でも、翌朝ベッドで目が覚めると真樹さんはもういない、とかいう描写があったので、けっきょく頂いちゃったのね、真樹さん。

夏樹さんの薄すぎる胸が、目に焼きついてしまいました。

悪役の金子信雄と安部徹は、せんきち的にはそそるキャストだったものの、金子さんは意外とおとなしいし、安部さんもほんのちょっとしか出番がなかったのでやや消化不良。

秀治は、今も昔も秀治でした。

(於:シネマート六本木)

2006年4月11日火曜日

ミスターQがやって来る!

〔ちょっとお耳に〕

こちらは香港版DVD。

某ミクシィで得た情報です。

韓流ブームの中、なぜかこのドラマだけは陽の目を見ず、せんきちが「ああ、もう一度観たい・・・・」と思い続けてきた『ミスターQ』がネット配信ですがついに観られるようになりました(こちらこちら)。

このドラマ、日本では1999年に今はなき「スタープラス」(中華系のみならず、韓流においても早すぎたチャンネルだったのね)でオンエアされ、不肖せんきち、毎週欠かさず観ておりました。
韓流に明るくないせんきちは、ミョン・ゲナムもこのドラマで初めて知りました。

一言で言うと下着屋さんのお話(笑い多目)ですが、きっついメイクで苛め役を演じていた(最後はいい人になっちゃうけど)女優さん(ソン・ユナ)が、後年、『ホテリアー』でヒロインを演じることになるとは、予想だにしませんでしたわ。
ていうか、『ホテリアー』を観たとき、同一人物だとはしばらく気づきませんでしたの、あたくし。ほほほ。

そういや、キム・ミンジョン(主演男優)の歌のMVにリッチーやスー・チーが出てたこともありましたね。

というわけで、せんきちおすすめのドラマです。
よろしければ、皆様もご覧になってみてください。

2006年4月10日月曜日

社女 (Bald-Headed Betty)

〔えいが〕

つるぴかハゲ丸さん。

1975年、香港(協利)。張森監督。林建明、伊雷主演。

林建明のツルッぱげムービー。

両親と幼いきょうだいを抱えて工場で働く少女・李秀娟(林建明)は、売春組織の毒牙にかかって拉致監禁され、買春を強要されます。
しかし、あくまで娼婦になることを拒んだ秀娟は、見せしめのため頭を丸刈りにされてしまうのでした。
そんな彼女に同情した王永福(伊雷)は密かに秀娟を逃がしますが、追手に捕まり、永福は足の骨をへし折られます。
秀娟は、彼の命と引き換えに娼婦になることを承諾します。
その後、「光頭蓓蒂」として大人気となった秀娟の許へは、遠く日本からも客が押し寄せるようになりました。
そんなある日、秀娟は街で永福と再会、再び脱走を試みます。
今度は首尾よく組織を逃れた秀娟でしたが、胸を病む永福を救うために勤め始めたクラブで昔の客(石天)に見つかり、それが組織にもばれてまたしても捕まってしまうのでした・・・・。

ツルッぱげムービーというと、『徳川女刑罰史』の尾花ミキを思い出しますが、尾花さんがマスコミを前に華々しく断髪式(?)を行ったのに対して、本作の林建明は劇中でかなり荒々しく髪を剃られています。

で、タイトル。

パッケージその他資料には『社女』とありましたが、実際の作品では『光頭蓓蒂』になっていました。


悪い男に騙されて犯され、組織に売られて売春に手を染める、というパターンは「レモンセックスシリーズ in 香港」みたいでしたが、腹を括って娼婦となってからは、秀娟とハゲフェチの客たちとの面白おかしいやりとりが中心となり、諧謔味すら漂う仕上がりとなっていました。
日本からはるばる客がやって来るという展開には、やっぱり「日本男性=ドスケベ」だと思われてた(る)んだろうか、といささか複雑な思いにもなりましたが。

最初のお客は黎小田でしたが、秀娟の過去を暴く
いちばんイヤーなお客役はこの人。お約束の
キャスティングだったんだろか。

最終的に秀娟の選んだ道に関しては、やや納得がいかないというか、日本だったらそうはならないよなあと思うのですけれど、やはりいたし方のないことだったのかも知れません。

林建明は「沙灘小姐」にふさわしく砂浜でビキニというスタイルもありましたが、ほとんどがスキンヘッド&半裸での演技。
文字通り体当たりの熱演でおました。

最初に逃げ出す時の扮装がこれ。
目立ちます。

2006年4月8日土曜日

見たくない

〔ほん〕


しゃおがんさんの『実録 亞細亞とキネマと旅鴉』でも取り上げていらっしゃいましたが、今年に入って丸善から出た『台湾映画のすべて』、ようやく読み始めました。

が。

細かいことにあんまり目くじらを立てたくないのですけれど、序章において既に、

ショウブラザーズ(香港)の黄梅調映画『梁山與祝英台』(24ページ)

や、

ヒロイン祝英台を演じた凌波(25ページ)

というようなありえねー!誤記を発見、いささかげんなりしております。

素人が書いた本ならいざ知らず、まがりなりにも研究書なのですから、このような初歩的なミスはもう見たくないというのが本音です。

また、日本で公開された作品には原題の後に括弧して邦題が明記されているのですが、一般公開こそされていないものの映画祭ではもう何度も公開されているので、ここは『梁山伯與祝英台(梁山伯と祝英台)』と書いた方が親切ですし、同様に『江山美人』(25ページ)も1962年に日本で劇場公開されているので、『江山美人(江山美人)』とすべきでしょう。

というわけで、ひとしきり問題点を指摘したところで最後まで読むことにします。

これにて撤収。

2006年4月7日金曜日

催命符 (Summons of Death)

〔えいが〕

物好きな方は・・・・。

1967年、香港(邵氏)。羅維監督。唐菁、金霏、王俠、羅維、范麗主演。

メモ程度の感想です。

1966年の松竹映画『神火101 殺しの用心棒』(石井輝男監督。竹脇無我、吉村実子、吉田輝雄、林翠主演)と同じく、香港生まれのヒーロー・猫頭鷹鄧雷が活躍するアクション映画。

謎の大富豪の隠し財宝を巡り、そのありかを示した地図の半分を盗み出した富豪の秘書(王俠)と愛人(范麗)、もう半分を盗み出した盗賊一味との間で抗争が勃発、盗賊一味の中でも仲間割れが起きて次々と犠牲者が出る中、そこへイッチョカミしてきた鄧雷(唐菁)は獄中死した盗賊一味の首領・金(羅維)の妹・茉莉(金霏)と共に隠し財宝のありかを突き止めますが、そこへ・・・・というのが、だいたいのあらすじ。


松竹版で鄧雷を演じたのは竹脇無我で、これははっきり言ってミスキャストでしたけれど、こちらの鄧雷もあんまりイケていません。
やたらと上半身裸になったり下着姿(ランニングにトランクス)になるものの、ややたるんだぼっこりお腹を見せられても、あんまり楽しいものではありませんでしたわ。

お色気部門もいつもの范麗で、新鮮味無し。
むしろヒロインを演じていた金霏に愛人役をやらせた方が、面白かったのではないかと思いました。
金霏はこの映画では意外とおしとやかで、ちょっとがっかり。

『神火~』と本作を比較するのも何なんですけれど、石井監督作品の中ではあまり出来がよくない『神火~』でさえ、これに比べればはるかに見るべきものがあるように思います。
香港仔の水上生活者の群れの中にカメラを持ち込んだり、ふんだんに野外ロケを行っている点が何より魅力的ですし(というか、それが売りの映画だったんだけど)、特に水上生活者の婚礼場面などは、後年の『徳川いれずみ師 責め地獄』における華人の葬送場面を彷彿とさせるものがあります。

ところで、本作の公開は1967年11月。
松竹の『神火~』は日本では1966年の暮れに封切られ、香港でも67年の春頃には公開されていますので、どうやらこの作品も邵逸夫お得意(?)の「あれと同じのが欲しい」企画による後追い映画だったようです。
そうかんたんに「同じ」とはいかなかったようですけれど。

追記:この映画の原作者である方龍驤の別名が『神火101』に原作者としてクレジットされている「盧森葆」です(つまり、同一人物ということね)。

2006年4月6日木曜日

『東京‐香港 蜜月旅行』上映

〔ちょっとお耳に〕


昨日、三百人劇場からDMが届きました。

4月15日(土)から5月8日(月)まで三百人劇場で開催される「野村芳太郎レトロスペクティブ」にて、1955年の日港合作映画『東京‐香港 蜜月旅行』(松竹、國際〔國泰〕)が上映されます。

日本からは佐田啓二、有馬稲子、岸恵子、香港からは林黛、厳俊、紅薇、等が参加しています。

上映スケジュールは、下記の通り。

4月22日(土) 18時10分~
4月28日(金) 12時15分~

本作とほぼ同時期に公開された『楊貴妃』(大映・邵氏)が、合作とは言いながら香港からは一部スタッフが参加したのみだったのに対し、この映画は主要キャストに香港のトップスターが起用されている点、後の東宝と電懋(國際の後身)の合作映画の先駆と言ってよいかもしれません。
また、林黛演じる日中ハーフの京劇女優が日本で父親(日本人)探しをする、というモチーフも、後の『香港の夜』に受け継がれています。

お時間のある方は、ぜひ。

来てね。

2006年4月5日水曜日

紅葉戀 (The love of the red-leaf)

〔えいが〕

タイトルは「紅葉」ですが、ヒロインの名前は「櫻」子です。

1968年、香港(九龍)。呉丹監督。陳寶珠、呂奇、譚炳文、王天麗主演。

香港旅行のさいに鑑賞した映画の積み残し。
先月ご紹介した『春光無限好』と同時撮影された、もう1本の日本ロケ作品。

既に記憶が曖昧になりつつあるのですが、超大雑把なストーリーは下記の通り。

自分の運転ミスから恋人・蘭心(陳寶珠)を交通事故で死なせてしまった陶樹南(呂奇)は、真珠商である父(駱恭)のすすめで兄・樹東(譚炳文)のいる日本へ傷心旅行に出かけますが、ふと立ち寄った寺院で蘭心と生き写しの娘に出会います。

その後、樹南は兄が日本支社長を務める真珠加工場でその娘と再会します。
娘の名は酒井櫻子(陳寶珠)、父が日本人、母が中国人という日中ハーフの女性で、今は父と2人暮らし。家計を支えるためにこの加工場で働いていたのでした。

櫻子に心惹かれた樹南は、彼女を自分の秘書として雇い、やがて2人は恋に落ちますが、結婚の許しを得ようと櫻子の家を訪ねた樹南たちに対し、櫻子の父・太郎(馮毅)は悪態をつきます。
その夜、酒に酔った太郎はかつて軍人だった頃に用いていた軍刀を振り回して櫻子を脅し、怯えた櫻子が外へ逃げている間にその軍刀で割腹自殺を遂げます。

身寄りのなくなった櫻子は樹南に連れられて香港へ渡るものの、樹南の父・伯基は、かつて自分の恋人を日本軍人に強奪されたという過去から日本人を憎悪しており、櫻子に対して何かと辛く当たるのでした。

困った樹南は櫻子を蘭心の母(黎雯)に預けますが、蘭心と生き写しの櫻子を見て、蘭心の母は櫻子が生き別れになった自分の娘・慧心であることを悟ります。
実は櫻子の父・酒井太郎こそ伯基から恋人を奪った張本人であり、蘭心の母は伯基の恋人だったのです。

全ての誤解も解け、中国人・慧心となった櫻子は、樹南の婚約者としてようやく認められたのでした。

ストーリーを読んで、何でもっと早くに伯基は蘭心の母親が自分の恋人だった女性だと気づかなかったのか、と思われる方もいらっしゃるはずですが、2人はそれまで再会していなかった(顔をあわせていなかった)&伯基はかつて「日初」という名前だったけれど、にっくき「日本」の「日」の字が付く名前なんてウザーイ!とばかりに「伯基」と改名しちゃった・・・・等々、諸々の要素が積み重なって、気が付かなかったそうなのです、はい。

ヒロインが日中ハーフの女性で、その女性と中国人男性の恋というパターンは裏『香港の夜』みたいですし、呂奇の家が真珠商を営んでいるという設定は『ホノルル・東京・香港』の宝田明みたいです。
ただ、この映画のヒロインは『香港の夜』のヒロインのようにいじめに屈することはなく、最終的には「日本人→中国人」への移行も遂げて、恋も成就します。
中国人の血を引くとはいえ、日本で日本人として育ってきた女性がそうあっさりと中国人社会に溶け込めるものなのか、あっしなどはいささか疑問を感ぜざるを得ないのですけれど、日中の文化的なギャップはこの映画では一切描かれていません。

櫻子の父の暴走ぶりには「ありえねー!」と思わず口走りたくなったものの、あの粗暴で人間性の欠片もない元日本軍人像は、日本軍政下の香港人が見た帝国軍人の姿そのものなのでありましょう。
ちなみに、櫻子のお父さん、切腹する前に部屋に掲げてある額を軍刀でたたっ斬るのですけれど、その額に書いてあるのが、

光の士武(武士の光)。

これにはさすがに笑いました。

そして、さらに衝撃度が高かったのが、樹南が真珠の養殖場を見学する件。
初めの内こそおとなしくのどかな海の光景を映し出していましたが、途中から、突如、あまり若くはない海女さん(たぶん本物)の生着替えシーンに移行、しなびけたオパーイてんこ盛りの展開に「こんな映画のはずでは・・・・」とうろたえていると、今度は若い海女さんが溺れてしまい、それを助けた呂奇がやにわに海女さんの服を脱がしてボイーン(死語)がご開帳。

・・・・。

ロマンチックな悲恋物語じゃなかったの?

「サービスカット」と呼ぶにはあまりにも刺激の強い展開でおました。

で。

『春光無限好』の感想を書いたおり、宿題にしていた日本人スタッフについて、軽く触れておきます。

作品のクレジットによると、本作に関わった日本人スタッフは、

撮影:竹野治夫
照明:鈴木信元(『春光~』)、松原市正(『紅葉~』)
製作助手:明丸貞雄
メイク:岡田哉子
通訳:岸關子

との由。

カメラの竹野治夫は大ベテランですが、この当時は一般映画よりもピンク映画のほうに関わっていたそうです。
ということは、あの海女さん衝撃映像もそのあたりの繋がりで実現したものかと・・・・。

通訳の岸さんは、おそらく尤敏の通訳を務めた岸さんと同一人物でしょう。

最後にもう一つ。

櫻子と樹南が日本のあちこちを旅する場面で奈良が出てくるのですが、なぜか

奈良

と書いて

しか

と読んでいました。

2006年、奈良(なら)県は奈良(しか)県として生まれ変わります(んなわけないない)。

(於:香港電影資料館)

2006年4月4日火曜日

ワンダフル東京タワー (おまけ)

〔しようもない日常〕

CMソングは入っていませんが(試聴はこちらでどうぞ)。

昨日の記事の最後に留園の写真を載せましたが、せんきちにとって留園とは「行ったことはないけれど、名前はよく知っている中華レストラン」でした。
オープンは今から45年前の1961年で、あの時代(1960年代)、すでに飲茶もやっていたみたいです。
せんきちが最初に飲茶なるものの存在を知ったのは、中学時代に観た銀座陶陶居のCMでしたけれど、それよりも遥か以前から東京でも飲茶が楽しめたのですね。

で。

旧ブログにも書きましたが、1963年、尤敏も留園にて飲茶しております。

この髪型はキム・ノヴァクを模したものらしいっす。

尤敏も留園で幸せを食べていたのでした。
(おしまい)

2006年4月3日月曜日

ワンダフル東京タワー (その二)

〔しようもない日常〕

かつては拙宅からもよく見えましたが、
いまはマンションに阻まれて何も見えず。

というわけで、ウン十年ぶりに訪れた東京タワーでしたが、蝋人形館には怖くて立ち寄れませんでした。
子供の頃、あそこの拷問人形やフランケンシュタインが恐ろしくて、いまだにトラウマになっています。
よって、展望台に上っただけで任務完了。

大展望台へ行くエレベーターは3基、特別展望台へ行くエレベーターは1基きりと、あの人出にふさわしくない少なさ。
もっとも、タワー自体、完成が1958年と50年近くも前のことですので、その当時はこれで十分だったのでしょう。
今さら増やせませんし。

特別展望台からお台場を望む。


お土産の定番・ミニタワー。
1階のタワーレストランにて。

ところで、ここ東京タワーは尤敏の映画『ホノルル・東京・香港』(1963年、東宝・電懋)にも登場します。
映画の中で、尤敏演じる呉愛玲は「私が見たいのはこんなところ(東京タワー)じゃない!」と駄々をこね、孤児院見学がしたいと言い出しますが(これには愛玲が幼くして両親を失い、養父母に育てられたという出自が関係しています)、現実の尤敏はもちろんそんな無礼なことは申しません。
1963年5月15日付『日刊スポーツ』には、


新婚旅行の下調べ ユー・ミン東京タワーへ
東宝「ホノルル・東京・香港」(監督千葉泰樹)に出演のため来日中の香港女優ユー・ミンが、十四日の昼過ぎ、共演者の宝田明の案内で念願だった東京タワーの見物をした。ユー・ミンは、一昨年の「香港の夜」で九州雲仙でロケをしたのをはじめ(正確には柳川。雲仙にも同行していますが、登場場面はなし・せんきち注)、昨年は「香港の星」で北海道札幌、「続・社長洋行記」で箱根、さらに遊びで京都、日光へもいったので、かなり日本の名所は見て回ったが、かんじんの東京は銀座でショッピングをした程度で、ほとんど知らない。
年内に、建築家エリック・コー(高福球・せんきち注)氏と結婚するユー・ミンは「新婚旅行はヨーロッパをまわって最後に日本へ立ち寄ります。そのときはわたしが案内役です。出来るだけ見ておかなくては・・・・」と、とてもうれしそうだった。


との、記事が見えます。

じっさいには、新婚旅行の最中に電懋総帥の陸運濤が急逝、急遽アメリカから香港へ戻ったため、日本を旅することはなかったのですが、高氏との結婚を控えルンルン気分(死語)だった尤敏のコメントには微笑ましいものがあります。

映画では芝公園から東京タワーを眺めます。
こちらも公園からの眺め。木がぼうぼう。

おまけ。リンリン・ランラン(樂家姊妹花)でおなじみ「留園」。
今ではただのビルになりました。

2006年4月2日日曜日

ワンダフル東京タワー (その一)

〔しようもない日常〕

寺、タワー、そして桜。

昨日は横浜中華街でカラオケやったり媽祖廟でお参りしたりしてたのですが、今日は姪っ子のリクエストで東京タワーへ行ってきました。

不肖せんきち、高校時代(ウン十年前)にデートで訪れて以来の東京タワー見学です。

春休みの、それも日曜日ということで、大変な人出でした。

くわしくはまた明日書きますが、とりあえず高所恐怖症の人には酷な写真を。

気分はもうジェームズ・スチュアート。


なぜか館内には台湾スイーツの店が。
華人のお客さん向け?


付記:東京タワーといえば、そのものずばりの『東京タワー』という歌があります。作曲は船村徹、歌うは美空ひばり。今回のタイトルは、この曲のサビから頂きました。

(つづく)

2006年4月1日土曜日

『馬賊やくざ』放映

〔ちょっとお耳に〕

引越先にアンテナを設置できる場所がなかったため、やむなくスカパー!を解約、今後はケーブルテレビ1本でいくつもりのせんきちです。
が、当初の契約条件がアナログ契約だったため、デジタル契約でないと視聴できない「東映チャンネル」等には加入できずにおります。

と、そんな矢先、5月に東映チャンネルで『馬賊やくざ』をテレビ初放映するとの情報をキャッチいたしました。

鶴田浩二主演の台湾ロケ映画です。

実はこれ、せんきちが数ヶ月前にリクエストしていた作品で、いつもリクエストに応えてくれる東映チャンネルが今回も注文に応じてくれたのでした。

ありがとう、東映チャンネル。

ということで、これから急ぎデジタル契約に切り替えて、「東映チャンネル」にも加入する予定です。

ちなみに、5月には橘ますみたんが大量出血死しちゃう映画『日本女侠伝 真赤な度胸花』も放映されます。
主演は藤純子さんね。
2人は同い年なのでした。

やっぱり今さら情報なのですけど、
こちらも先日リリースされました(DVDはこちら)。
カメラは西本さんです。