2005年2月28日月曜日

オスカーだったそうな

〔ちょっとお耳に〕



まだ不調です。
長いものを書く気力もないので、とりあえずはせんきち的オスカー情報なんぞを。

章子怡:アカデミー賞プレゼンテーター任務完了

「第77回アカデミー賞」授賞式が27日(現地時間28日)に開催され、章子怡(チャン・ツィイー)が視覚効果賞のプレゼンテーターを務めた。受賞したのは『スパイダーマン2』・・・・

中国語情報は、こちら

うちはWOWOWが観られないので、授賞式も観てないんですが、ぶじに大役を果たしたようですね。
よかったよかった。

『LOVERS』、何気に撮影賞にノミネートされてたみたいですが、受賞は逃しました。

というわけで、まずはこれぎり。



お知らせ:コメントの方法が変わりました。コメント入力画面にある"Choose an Identity"から"Other"をお選びいただくと、お名前欄とURL入力欄が出てきますので、そちらにお名前とサイト(お持ちの場合)のURLをご記入下さい。くわしくは、こちらをご覧下さいませ。

2005年2月27日日曜日

わたしはセシリアの声が好きだ!

〔ちょっとお耳に〕

張柏芝:『無極』アフレコ「アヒル声」でお役御免

陳凱歌(チェン・カイコー)監督の歴史大作『無極』の制作が終盤を迎え、アフレコ作業が進行中。香港の謝霆鋒(ニコラス・ツェー)、日本の真田広之、韓国のチャン・ドンゴンら出演者たちは北京語版の吹き替えを行っている。しかし主要登場人物のはずの張柏芝(セシリア・チョン)だけは蚊帳(かや)の外。「アヒル声」を理由に、吹き替え要員から外されたのだという・・・・

中国語情報は、こちらこちら

「アヒル声(公鴨嗓)」ですか。
やんごとなき身分の役には似つかわしくないのですね、やはり(極妻ならいいのか?)。

でも、以前書いたことがありますが、あっしはセシリアの声が大好きなんですわ。

いいじゃないの、ハスキーだって。
気にすることないよ。

付記:陳紅、プロデューサー兼任ですか。出世したもんだ。中国版サッチー?

2005年2月26日土曜日

星期三晩上發燒

〔しようもない日常〕

水曜日の晩、全身の痛みと共に突如発熱、ようやく平熱に戻ったところです。

これって、インフルエンザ?(医者から検査を勧められたんですが、つい拒絶してしまいました)

来週あたりから、またぼちぼち復帰する予定です。

さて、今日は軽めの話題。

こんな朗読劇を見つけたんですが、朗読で

キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!

とか、どうやって表現するんでしょう?

ちょっと興味があります。

では。おやすみなさい。

2005年2月23日水曜日

おめでとう

〔ちょっとお耳に〕



梁朝偉、章子怡:『2046』で最優秀俳優賞に

22日に開催された「第11回香港映画評論学会大賞」の授賞式で、『2046』の梁朝偉(トニー・レオン)と章子怡(チャン・ツィイー)がそれぞれ、最優秀男優賞、女優賞を受賞した・・・・

中国語情報は、こちら

香港嫌いで知られる(?)子怡ちゃんですが、授賞式には出席しましたね。
まずは、おめでとう。

2005年2月22日火曜日

健さん、お目見え!

〔ちょっとお耳に〕

巨匠チャン・イーモウ絶賛…高倉健とタッグだぁ  映画「千里走単騎」製作会見

日本映画界を代表する俳優、高倉健(74)が、中国の巨匠チャン・イーモウ監督(54)と組んで主演する映画「千里走単騎」(たんきせんりをはしる=日本語題未定、来年公開予定)の製作発表会見が22日午前、東京・成城の東宝スタジオで行われた・・・・

中国語情報は、こちら(写真多めです)。

ようやっと日本のマスコミにもお目見えです、『千里走単騎』。
東宝スタジオで撮影してるんですね。
日本パートの担当は、降旗康男監督とか。

しかし、今(2月)記者会見をやって、公開が来年ですか・・・・。

悠久の映画。

付記:イ・ウンジュが亡くなったそうです。享年24歳。合掌。

2005年2月21日月曜日

魅惑の市内観光

〔たび〕



一通り、旅のご報告が終わったところで、市内観光の話なんぞを。
と言っても、こと香港に関して、あっしはこの手の市内観光というものに参加したことがありません。
で、常々「どんなもんなんじゃろなあ」と思っていたところ、今回、うちのおばが参加しましたので、さっそくその報告を聞いてみました。

まず、ホテル(ランガムホテル)のロビーに午前8時30分に集合。
(同じ会社で扱う)別のお客さんが入れ込み式に参加するシステムなので、1台のバスに35人ほどが乗車していたそうです。
この後、海底トンネル経由で香港島へ行き、ビクトリアピークへ。
それから、レパルスベイ(おば曰く「名前も知らない海岸。なんか大きな仏像(天后のこと?)があったよ」との由)→スタンレーマーケット→昼食(飲茶)→ショッピングと続いたのだそう。

ショッピングは、尖東のDFSの他に「なんだかよくわかんない宝石店へ連れて行かれ、電卓持ったおばちゃんたちに周りを囲まれた」と申しておりました。
で、ガイドさんの他にお抱えカメラマンが随行、参加者の写真をバシバシ写してそれをすばやく現像、お帰りまでに直売するというシステムになっていたとか。

なるほどね。

ちなみに、メシはまずかったそうです。

以上、これがおばの体験した大手旅行代理店A社の基本市内観光でしたが、他の会社はどうなっているのかなあと思い、ちいとばかり調べてみました。

B社の場合
ホテル出発(午前7時30分)→レパルスベイ(下車)→ビクトリアピーク(下車)→ショッピング(1軒)→昼食(飲茶)→黄大仙(入場観光)→ショッピング(3軒)→DFSギャラリアにて解散

朝早いですね。

C社の場合
ホテル出発(時間不詳)→お粥の朝食→レパルスベイ(下車)→スタンレーマーケット(下車)→ビクトリアピーク(下車)→昼食(飲茶)→ショッピング(3軒)→DFS→夕食(有名レストランにて特別メニュー)→
ビクトリアピーク又はナイトハーバークルーズで夜景鑑賞

朝から晩まで面倒見てもらえます。

D社の場合
下記3コースからのチョイス。
A:香港基本コース レパルスベイ→ホンコンコンベンションセンター→ビクトリアピーク→→黄大仙→お買物
B:下町観光コース 黄大仙→天后廟→翡翠市場→青空市場→フラワー街→バードストリート→金魚街→お買物
C:香港名物乗り物観光 ビクトリアピーク(ピークトラム乗車)→ワンチャイ(2階建て路面電車乗車)→上海灘及ランドマーク自由散策(オープントップバス乗車)→香港島~九龍半島(スターフェリー乗船)→黄大仙→お買い物
昼食は飲茶(Cプランのみチャイラン美食坊にて自由食。HK$60相当のクーポンを配布)。

ショッピングの軒数を具体的に書いていない点が、ちと気になります。

とまあ、だいたいこんな感じでした。
ビクトリアピークとレパルスベイの観光、飲茶、ショッピングがだいたい必須アイテムのようですね。

さて、皆さんなら、どの会社をお選びになりますか?

お知らせ:コメントの入力方法が変わりました。ログインも必要ございません。画面の指示(英文なんだけど・・・・)にしたがって、あとはポチっとするだけ!

2005年2月20日日曜日

香港は今日もさむかった 伍

〔たび〕



前回は、こちら
いいかげんで、帰国しないとね。

2月2日(水)
午前8時30分頃起床。
いよいよ帰国する日です。
朝食後、最後のお買い物へ。
まずHMVへ寄ってから、ワトソンズ、SaSaへ。
まだ買い物をするというおばペアーを置いて、お友達とあっしは一足先にホテルへ戻り、ラウンジでお茶。
買ってきた新聞の芸能欄をチェック。
お友達は、昨日の首映禮の記事を探しますが、ないのでがっかり。
金像奨のノミネートの記事がメインでした。
テレンスママ(胡燕妮〔ジェニー・フー〕)が助演女優賞にノミネート」との報に接し、ちょっぴり嬉しい気分に。

部屋へ帰ってから荷造りをして、正午前にチェックアウト。
おばたちともう一度ラウンジでお茶。
その後、シャトルバスで九龍駅へ向かいました。

駅の航空会社カウンターでチェックインを済ませ、エアポートシャトルで空港へ。
帰りの便は、キャセイの500便。15時15分発です。
着いた日よりも霧が薄かったので、海もそれなりに見えました。

空港へ着いて、まずは昼食。
あっしはなぜかカレーが食べたくなり、カレーを食しました。
つられてお友達とおばのお友達もカレーを注文。
おばだけが排骨麺。
味はまあまあ。量はたくさん。

お腹一杯になったところで、出国手続とセキュリティーチェック。
これはあっさり済んで、後はダメ押しのお買い物。
本屋さんで『香港影視業百年』と雑誌を購入。
『香港~』、非常に読み応えのある本ですが、中華電影について不正確な記述が目立つのが残念。
『中華電影史話』が中国語訳されていれば・・・・。
戦時下の香港映画界に関しては、『私の中国人ノート』や『日本占領下 香港で何をしたか』も参照してほしいところです。

買い物の後、搭乗ゲート前の椅子に腰掛けて搭乗開始のアナウンスを待つ間、ふと、喉が渇いたことに気付きました(カレーなんか食うからだよ)。
で、近くにあるだろうと思ったら実はとても遠かったスターバックスにダッシュ、お友達の分と合わせて2本のミネラルウォーターを購入して、再びダッシュで戻りました。
搭乗開始時刻はとうに過ぎていましたが、なんとか間に合って飛行機に乗り込みました。
で、座席に着きましたが、あれ?全然別の人がちょこんと腰掛けています。
その人たちに半券のチェックをしてもらい、間違って座っていることを確認、とっとと退散していただきました。

ようやく落ち着いて、まずは機内プログラムのチェック。
行きが1月、帰りが2月だったので、全く違う映画が楽しめるのです。
すると、おお、テレンスママの金像奨ノミネート対象作品『龍鳳鬥』があるじゃないですか。
離陸後、さっそく鑑賞いたしました。
お年を召したとはいえ、とても素敵でしたわ。

途中、夕食(牛肉〔焼き焼き〕、ごはん、サラダ、パン、他)とアイスクリームをたいらげ、てきとーに居眠りもして、午後8時過ぎに成田着。
入国手続後、荷物を受け取って税関を通過、あとは携帯電話を返しておばの車でおうちへ帰りました。

ただいま。

(おしまい)

やはり

〔ちょっとお耳に〕



南ア映画に最高賞 「隠し剣」受賞逸す

第55回ベルリン国際映画祭の各賞が19日午後(日本時間同日夜)、発表され、最優秀作品賞に当たる金熊賞に南アフリカを舞台にしたオペラ「カルメン」の映画版「U―カルメン・イン・カエリージャ」(マーク・ドーンフォードメイ監督)が決まった。
コンペティション部門に出品されていた山田洋次監督の時代劇「隠し剣 鬼の爪」と、昭和天皇の内面を描いたロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の話題作「太陽」は主要賞受賞を逃した。「太陽」で昭和天皇役を好演したイッセー尾形は、最優秀男優賞受賞とはならなかった。

金熊賞に続く主要賞は次の通り。

銀熊賞(審査員特別大賞)「孔雀(くじゃく)」(顧長衛監督)▽監督賞「ゾフィー・ショル―最後の日々」のマルク・ローテムント監督▽最優秀女優賞「ゾフィー・ショル―」のユリア・イェンチ▽最優秀男優賞「サム・サッカー」のルー・テーラー・プッチ▽芸術貢献賞「ウェイワード・クラウド(天邊一朵雲・せんきち注)」の蔡明亮監督。

速報です。

やはりと言うべきか何と言うべきか、『隠し剣 鬼の爪』も『太陽』も、受賞は逃しました。

銀熊賞(審査員特別大賞)を受賞した『孔雀』は、中国映画。
顧長衛監督は、これが処女作だそうです。

中華映画ファンにはおなじみの蔡明亮監督も、芸術貢献賞を受賞しました。

追記:この賞(芸術貢献賞)も、銀熊賞の一つみたいね。なんだかややこしいわ。

いつもの面子(写真参照)による作品のようですが、大胆な性描写が話題になっています。

日本公開が楽しみですね(って、来るかどうかわかんないんだけどさ、まだ)。

付記:蔡監督の映画、タイトルは同名の白光の曲から。この曲の他にも、葛蘭や張露の曲を用いたミュージカルシーンがある模様。

2005年2月19日土曜日

岡本喜八監督、死す

〔ちょっとお耳に〕

「独立愚連隊」「肉弾」…映画監督の岡本喜八さん死去

 「独立愚連隊」「肉弾」「大誘拐」など、個性あふれる映画を撮り続けてきた映画監督の岡本喜八(おかもと・きはち、本名・喜八郎=きはちろう)さんが、19日午後0時30分、食道がんのため亡くなった。81歳だった・・・・

関連情報は、こちら

ヒョン様、現る

〔ちょっとお耳に〕

整形そなたも?日本でもジワリ増加中…顔も実力のうち “先進国”韓国では大統領も

韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領が、まぶたを手術、二重まぶたに変身した。額のシワ取りに続く2つ目の整形。美醜による差別意識の強い韓国は、女性の4人に1人が整形手術をしている“整形大国”で、男性の経験者も急増中。日本でも中年男性の整形が、ジワジワ増えているとか…。
盧大統領は17日夜、在外公館長会議出席のために帰国している各国駐在大使を招いての夕食会に出席。公式の場に13日ぶりに姿を見せた。目を保護するために眼鏡を掛け、目の周辺は少し腫れていたが、くっきりと二重になっていた・・・・

「使用前・使用後」のお写真は、こちらにございます。

ついに大統領も「整形」ですか。
一応、表向きは「上まぶたが垂れて目を覆い、目を開けるのが難しくなる上眼瞼皮膚弛緩症治療のため」らしいんですが、いきなり「くっきり二重まぶた」に変身ですからね。

見慣れないので、なんだか怖いっす。

2005年2月18日金曜日

4つ星満点 VS ブラボー

〔ちょっとお耳に〕

「隠し剣 鬼の爪」4つ星満点 第55回 ベルリン映画祭

コンペティション部門出品作、山田洋次監督(73)の時代劇「隠し剣 鬼の爪」が15日夕(日本時間16日)、メーン会場のベルリナーレ・パラストで公式上映された。上映中は日本公開時には少なかった笑いも起こり、エンドロールが上がると、温かい拍手が続いた。コンペ挑戦3回目の山田監督は「(受賞は)分からないけれども、観客の拍手に価値があった」と大満足。16日発刊の映画誌の星取表では満点も出るなど評価は高まる一方で“3度目の正直”に期待がかかる・・・・

天皇役のイッセー尾形に「ブラボー」 ベルリン映画祭

第55回ベルリン国際映画祭で17日夜(日本時間18日未明)、イッセー尾形さんが昭和天皇を演じる「太陽」が、メーン会場のベルリナーレ・パラストで公式上映された。
ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督によるコンペティション部門参加作品。終戦から「人間宣言」へ至る天皇の苦悩と孤独を、独白やマッカーサー連合国軍最高司令官との対話を通じ、詩的なタッチで描く。上映後、尾形さんと皇后役の桃井かおりさんが壇上に登場すると、観客から拍手と共に何度も「ブラボー!」の声が上がった・・・・

かたや日本映画、かたや日本人俳優が出演したロシア映画、評価も「日本語VS横文字」に分かれております。
果たしてどちらに軍配が上がるのか、それとも、「大山鳴動して鼠一匹」となるのか。

結果を待ちましょう。

ところで、同じベルリン映画祭でも、松坂慶子が出た『桃色』への日本マスコミの扱いは、なんだか冷淡ですねえ。

◆松坂慶子「桃色」失笑&賛否両論

松坂慶子(52)が15日夜(日本時間16日)、パノラマ部門に出品された香港映画「桃色」(5月日本公開)の公式上映で舞台あいさつした。松坂にとってはデビュー37年目での初海外作品。監督は02年、宮沢りえがモスクワ国際映画祭で主演女優賞を獲得した「華の愛 遊園驚夢」のヨン・ファン。松坂の役どころは愛する男性のために性転換したという日本人マダム役で、ムチを振り下ろすシーンもある。映画は同性愛あり、SMありの珍妙な作品。上映中は失笑も漏れ、拍手とブーイングと賛否両論の様子だった。
(報知新聞の上記記事〔隠し爪~〕から)

どこがどう珍妙なのか、もう少し具体的に触れて欲しいものです。

付記:『呉清源』の日本語情報、少しですがありました。

2005年2月17日木曜日

ICHIGEKI 一撃

〔えいが〕

2月19日(土)から、銀座・シネパトスにて公開

スティーヴン・セガールの新作というよりは、梁普智(レオン・ポーチ)監督の新作という点に注目。
こんな酷評もあるので、期待していいのかどうか、迷うところですが。

でも、公式サイトにある梁監督の紹介文「英国出身のレオン・ポーチ」って、これじゃ何人か(国籍じゃなくてね)全くわからないじゃない・・・・。

セガールよ、第2のヴァン・ダムになるのか!?

2005年2月16日水曜日

香港は今日もさむかった 四

〔たび〕



2月1日(火) 続き
尖沙咀のホテルへ戻って先生に預かり物を渡すと、先生はそのままオフィスへ帰るとの由。
「わざわざすいません」と思いつつ先生を見送り、旺角へ行っていたお友達と合流して今後のスケジュールの打ち合わせ。
お友達、ワトソンズで多額のお買い物をして『喜馬拉亞星』首映禮のチケットを2枚、ゲットしていました。
時間は午後9時45分から。
寒いのでいやだったのですが(わがまま)、結局お付き合いで参加することにしました。

気が付くと、時間はもう夕刻。
お昼を食べ過ぎたせいで誰もお腹が空いていないと言うため、夕食は各自思い思いに摂ることに決定、疲れたというおばをホテルに置いて、残り3人は近くのDFS、中藝、裕華、SaSaを廻ってお土産を仕入れました。

一旦ホテルへ戻り、4人で尖沙咀のプロムナードへ。
「シンフォニー・オヴ・ライツ」(音と光のショー)を鑑賞。
途中でお友達は一足先に旺角へ向かいました。

あっしはおばペアーを連れて、地下道を経由して尖東へ。
尖東の正月用イルミネーションをおばペアーに見せたかったのです。
案の定、おばペアーは喜んでくれましたが、気が付くと、前日旺角のオタクショップのオーナーから、

明日の午後8時30分にもう一度おいで。

と言われた、その時間を過ぎていました。

慌てて地下鉄の尖沙咀駅に走り、おばペアーにはホテルまでの道順を教えて(なにしろ、何の予備知識もなく来ているので、レパルスベイのことも「名前も知らない海岸」と言ってました)、あっしは1人旺角へ急ぎます。

旺角へ着いたのは、午後9時10分過ぎ。

息せき切ってお店に行ってみると、がーん!・・・・閉店してました。

待っててくれてもよかったのに・・・・。


(↑こんなのは、日本じゃないと売ってませんね)

失意のまま、首映禮の会場であるUA朗豪坊へ。
映画館は、10階にありました。
入り口で参加賞(液体石鹸、ハンドクリーム、他)を貰い、少し機嫌が上向いたところでお友達も到着。
お友達は上映前のイベントでナマ劉青雲に会えたので、ご機嫌でした。

そうこうするうちに映画が開始。
さんざん笑ったあげく、ラストで頭の中が?だらけになる不思議な映画でした。
午後11時30分近くに映画が終了、ビル内のショッピングモールの階段をぐるぐる巡りながら、ようやく外へ出ました。

うわっ!寒い!

寄り道せずに地下鉄で真っ直ぐ尖沙咀へ戻り、コンビニで軽食とビールを仕入れてホテルへ戻りました。

眠いわ・・・・。

(もうちょっとだけつづく)

2005年2月15日火曜日

『LOVERS』、全滅!

〔ちょっとお耳に〕



英アカデミー賞、「アビエイター」が作品賞

英国アカデミー賞(BAFTA)の授賞式が12日、ロンドンで開かれ、マーティン・スコセッシ監督の「アビエイター」が作品賞など4部門で受賞した。一方、監督賞は「ベラ・ドレイク」のマイク・リー監督が獲得した。
14部門でノミネートされていた「アビエイター」は作品賞のほか、キャサリン・ヘップバーンを演じたケイト・ブランシェットが助演女優賞を獲得。さらに美術デザイン賞、ヘアメイク賞でも受賞し、4冠となった。
1950年代の英国で違法だった中絶手術を題材にした「ベラ・ドレイク」は、マイク・リー監督が監督賞を獲得したほか、主演のイメルダ・スタウントンが主演女優賞を受賞。衣装賞も受賞した。
主演男優賞は、レイ・チャールズになりきったとされる「RAY/レイ」のジェイミー・フォックスが受賞。同作品は音響賞にも選ばれた。
助演男優賞は「Closer」のクライブ・オーウェンが受賞。
チャーリー・カウフマン脚本の「エターナル・サンシャイン」は脚本賞と、編集賞を受賞した。
脚色賞は、ワインと恋を求める旅を描いたロードムービー「サイドウェイ」が受賞。
革命家チェ・ゲバラの青年時代の日記を原作にした「モーターサイクル・ダイアリーズ」が、外国語映画賞と音楽賞を受賞した。
撮影賞はマイケル・マン監督の「コラテラル」が受賞。特殊効果賞は「デイ・アフター・トゥモロー」が選ばれた。
最優秀英国映画賞は、10代の少女2人の恋を描いたパベル・パウリオウスキ監督の「My Summer of Love」。
一般からの人気投票で選ぶ「オレンジ・フィルム賞」には、「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」が選ばれた。

CNNのニュースから。

章子怡ちゃんの主演女優賞を始め9部門でノミネートされていた『LOVERS(十面埋伏)』でしたが、惜しくも受賞はなりませんでした。
当日、子怡ちゃんは黒のセクシードレスで登場、ファッション方面では大いに気を吐いた模様です(下のお写真。サインぜめにあう子怡ちゃん)。



残念でしたが、まだまだ先は長い。
がんばれ、子怡ちゃん。

2005年2月14日月曜日

無間道で酔いどれて

〔ちょっとお耳に〕

黒沢作品「酔いどれ天使」主演にレオ様

黒沢明監督の名作「酔いどれ天使」がハリウッドでリメークされることが明らかになった。レオナルド・ディカプリオ(30)が主演し、マーチン・スコセッシ監督(62)がメガホンを取る。2人は、今年のアカデミー賞で11部門にノミネートされている「アビエイター」でもコンビを組んでいる。ディカプリオは、三船敏郎さんが演じたやくざを演じる予定・・・・

うーむ。

『無間道』のリメイク("The Departed")の次は、『酔いどれ天使』のリメイクですか。

次は、何のリメイク?

来てるの?

〔ちょっとお耳に〕



寺島しのぶ「着物はエロティシズム」

女優寺島しのぶ(32)が13日、都内で行われた映画「愛の神 エロス」(今春公開)のウォン・カーウァイ監督(46)来日記念イベントに出席した・・・・

って、来てるの、東京に?
(あ、それだけです)

2005年2月13日日曜日

香港は今日もさむかった 参

〔たび〕



2月1日(火)
午前8時起床。おばの具合を確かめるため、部屋に電話。
だいぶ調子がよくなったようなので、外へ朝食を摂りに行くことにして、近くの茶餐廳へ。
おばたちはちまき他中華風のメニュー、あっしはハムチーズサンド。
茶餐廳のぺらぺらのサンドウィッチが好きなのです。
帰りがけに新聞(蘋果日報)を買い、一旦ホテルへ戻りました。

ホテルの部屋で、お茶を飲みながら芸能欄のチェック。
お友達の大好きな劉青雲主演映画『喜馬拉亞星』の首映禮があるとの情報をゲット。
お友達は、午後から更なる情報を求めて首映禮のある映画館周辺へ探索に向かうことになりました。

というわけで、行動開始。
スターフェリーで中環に行き、トラムで上環に向かいます。
地下鉄に乗れば早いのですが、おばさんたちになるべく多くの乗り物を体験してもらいたくて、このような選択になりました。

上環でトラムを降り、林奇苑茶行でお茶のお買い物。
あっしは普段飲む用の白牡丹と黄金桂をまず購入してから、大紅袍の冬茶を試飲。
おいぴい。
これも少しばかり購入しました。

この後、近くの乾物問屋街をひやかしつつ玫瑰などを購入、ウェスタンマーケット(西港城)でおトイレ休憩、それから粤海投資大廈前(おわかりですね?)を通って上環駅へ。地下鉄で銅鑼灣に行きました。

銅鑼灣へ着いた我々は「いざ昼食」ということで、タイムズスクエア(時代廣場)階上にある鴻星海鮮酒家で飲茶。
注文表を眺めつつ、おばがお粥が食べたいと言うのでまずはお粥をチェック。
後はてきとーに大根もち、腸粉、蝦餃、鳳爪、叉焼まん、鶏肉と椎茸入り土鍋ご飯、桃まん(塩漬け卵の黄身入り)等、思いつくままに注文。

食いきれませんでした。

でも、うまかったっすねえ。
お値段もお手ごろ(1人76ドル)でした。

がっつりお昼を食べた後、お友達はオタク探偵をしに行くため旺角へ移動、残された3人は近くにある中国茶の先生のオフィスを訪問。
香港へ行くたび、必ずお邪魔している先生の所です。
文山包種茶(コンクール頭等奨)や1949年の六安茶をいただきながら、しばし歓談。
途中、お友達から電話がきて、「首映禮は招待客のみ入場可」との捜査報告がありました。
オタクの道は修羅の道だわね。

ともあれ、文山包種茶、うまかったー。

ここで、あっしが先生に渡さなければならない預かり物をうっかり忘れてきたことに気付き、先生がそれを受け取りにホテルについてきてくれることになって、あっしら3人に先生という不思議な組み合わせの4人は尖沙咀へ戻ることになったのでした。

(長くなりそうなので、つづく)

若い貴族たち 13階段のマキ

〔えいが〕




1975年、東映東京。内藤誠監督。志穂美悦子、大原美佐、南城竜也主演。

あちこちで静かなブームを呼んでいるみたいなので、あっしもメモ代わりにちょこっとだけ書いておきます。
詳しい情報は、こちら

悦ちゃんのファッションと歌声が、いやと言うほど堪能できます。
もちろん、華麗なヌンチャク(真っ赤!)使いもね。

ポイントは、やはり「13」。
どんなときでも13が付いた服を着た悦ちゃん、素敵です。
感化院でも番号は13!
一方、宿命の対決を果たす親ボスさん(柴田鋭子たん)の番号は42(死に)。
あらかじめ、結果が見えていましたね・・・・。

仲間をハダカにされて回転木馬にくくりつけられた悦ちゃん、その仕返しにライバルお嬢(大原美佐たん)の肌に刺青を入れちゃいます。
情容赦ないやり過ぎな姿勢がクールです。
やくざに酷使されるストリッパーを救い出して早速カラテを仕込む、その手際もお見事。

感化院の件で登場する芹明香たん、メデューサだったのがお岩さんになって、最後は耳なし芳一に。

それから、例によって(?)裸で奮闘の小林千枝たんとスケベおじさんの名和宏さん、ご苦労様でした。
名和さんの殺害シーン、やっぱり笑えましたわ。

DVD化、熱望。

付記:「やっぱり出てます」千葉ちゃんと悦ちゃんとの連獅子な兄妹愛も、必見。




(於:ラピュタ阿佐ヶ谷)

2005年2月12日土曜日

北京のセールスマン

〔ちょっとお耳に〕

劇作家アーサー・ミラー氏死去

「セールスマンの死」などで知られる米国の劇作家アーサー・ミラーさんが、10日午後9時(日本時間11日午前11時)過ぎ、コネティカット州ロックスベリーの自宅で死去した。89歳だった。ニューヨーク・タイムズ紙が助手の話として伝えたところによると、死因はうっ血性心不全だという。ガンなどを患い、自宅で療養していた・・・・

ミラー氏の訃報、日本ではマリリン・モンローとの結婚歴に絡めての報道が目立つようですが、あっしがミラー氏と聞いて真っ先に思い出すのが『北京のセールスマン』という本。
1983年春、北京での『セールスマンの死』上演に際し、ミラー氏自身が中国に渡って演出を行った、その記録です。
このとき主役のウィリー・ローマンを演じたのが、老舎作品で知られる英若誠(2003年没。中国語訳も彼が手がけました)。『ラストエンペラー』にも出ていた話劇の名優です。
この本、1987年に日本語訳が出た際、真っ先に買って読んだのですが、「中国人がアメリカ人を演じる」という外から入ろうとする中国人俳優と、「国籍や民族の違いよりも、まず一個の人間の人生を捉え、そして演じる」という内からの表現を重視するミラー氏との軋轢が、非常に生々しく感じられたのを記憶しています。

今回の訃報に接し、改めて読んでみようと思いました。
ご冥福をお祈りします。

2005年2月11日金曜日

香港は今日もさむかった 弐

〔たび〕


(↑「無間道」という名の無国籍料理レストラン。クローズしてましたが)

1月31日(月)

午前8時15分起床。
今回が初香港となるおばペアーは一日観光に出発、あっしとお友達はゆっくり朝食を摂ってから10時過ぎに出発。
寒波が来ているとかで、ちと冷えます。でも、霧は薄くなりました。

10時30分頃、西灣河着。香港電影資料館へ。
楽しいビデオ鑑賞。
あらかじめホームページからプリントアウトしてあった申込書を見せて、手続き。
お友達は、劉青雲の映画を1本。
あっしは、『飛女正傳』『應召女郎』『新寡』の3本。
ほんとは尤敏の邵氏(父子)時代の代表作である『人鬼戀』が観たかったのだけれど、ホームページで調べたら「貸し出し中」(たぶん、資料館内部の人が持ち出したままなのだと思います。通常、外部貸し出しはしていないはずなので)だったので、諦めたのでした。
先に観終わったお友達が去った後も、あっしは1人3本立を続行。
途中、買ってきたソーセージ入りパンを1個食べたのみで、ぶじに3本観終えました。
ここのビデオブースは半個室になっているので、どんな映画を観ているのかがばれなくていいですね。
以前、国会図書館で『やさぐれ姐御伝 総括リンチ』を観たときは周りの人から丸見えで、おヌードシーンのときなんか、けっこうどきどきしたものです。

さて、映画を観終わったのが午後5時近く。
1階で『70年代香港電影研究』等の本を買い込んだ後、おばたちと合流するため慌ててホテルへ戻りました。

地下鉄の駅に着いて何となく右手が痛いのに気付き、ふと見てみたところ、人差し指と中指が血まみれになっていました。

ひょえ~。

知らない間に人差し指が切れて、血が流れていたらしいっす。
とりあえず血を拭いてからバンドエイドでぐるっと固定。止血しました。

ホテルへ戻っておばペアー&お友達と合流、糖朝で軽いお食事。
おばさんたちは雲呑麺とマンゴープリン。
あっしは牛腩麺と芒果西米露(名前あやふや)。

食後は、旺角の女人街へ。
時間を区切って自由散策ということにして、思い思いに過ごします。
あっしは、某おたくショップで古物漁り。
オーナーが店内整理しているところを無理を言って入れてもらい、いろいろと物色。
でも、なんで香港って古雑誌が高いんでしょう?
やっぱり残っている絶対数が、日本のそれとは比較にならないくらい少ないからなのかしらん?


(↑こんな雑誌もありました。ただし、表紙のみ。それでも商品になっちゃうのね)

日本でも1960年代前半の状態のいい『近代映画』なんかは3~4000円付けている店があるけれど、香港では大してきれいじゃなくても同程度の値段が付いている雑誌が多いよなあ・・・・などと、疑問を感じつつも尤敏関連の雑誌を目ざとくチェックしていたところ、オーナーが「これはいいカモが来た!」と思ったのか、「明日の午後8時半頃にまたいらっしゃい。もっと沢山出しておくから」と言ってきたので、「それでは、明日また来ます」と告げて、辞去しました。

8時45分頃、再び皆と合流。
おばさんが「気分が悪い」と言い出したので、そのままホテルに戻ることにしました。
疲れが出たようです。
尖沙咀に着いた後、1人でホテルへ戻れるというおばさんを見送って、残り3人は近くのスーパーへ。
飲み物の他、お土産になりそうなお菓子類などを購入して、ホテルに帰りました。

帰ってからテレビを点けると、やってますねえ韓国ドラマ。
宮廷女官 チャングムの誓い』に『フルハウス』、深夜には『美しき日々』(←たぶんこれだったはず)も放映していました。

ま、あっしはニュースが観られれば、あとはなんでもいいんですけどね。

その後、おばの様子を見に部屋を訪ねていたところ、NHKのニュースで「中尊寺ゆつこ死去」の報道が流れてびっくり仰天。

人の世の無常を感じつつ、床に就きましたよ。

(やっぱりつづく)

2005年2月10日木曜日

香港は今日もさむかった 壱

〔たび〕

すっかり忘れる前に、先日の香港旅行のことなど。




1月30日(日

午前4時20分起床。卵かけご飯をかきこんで(朝から元気ね)、5時20分に家を出ました。
6時30分東京駅発の成田エクスプレス1号で、成田空港へ。
車内で、お友達から「遅れる」旨の電話を受けたので、とりあえず、おばさん&そのお友達と3人で先にチェックインすることにしました。

成田、ひどい混雑。

おばさん&おばさんのお友達とどうにか合流して、チェックイン。
荷物を預けて、携帯電話のレンタル窓口へ。予約してあった電話を借りました。
どこもかしこもすごい混み様のため、お友達とは搭乗ゲートで落ち合うことにし、一足先に出国。
結局、お友達とは機内で合流しました。

9時30分離陸。キャセイパシフィック航空509便。
見逃してしまった『珈琲時光』がエンターテインメントプログラムにあったので、さっそく鑑賞。
そのうちに飲み物サービスが始まり、続いてお食事。
鶏肉のおかず(なんだかようわからん。味薄いし)にご飯、パン、そば、サーモンサラダ。食後にハーゲンダッツのアイスクリーム。
『珈琲時光』、一青窈の台詞回しについ眠気を催してしまい、そのまま夢の中へ。
目覚めたら、ラスト近くになっていました。ははは。

午後1時13分頃、香港着。一面霧の中で、なーんにも見えましぇん。
入国審査後、荷物を受け取り、エアポートシャトルで九龍へ。
シャトルバスに乗り換えて、ランガム・ホテルに到着。
チェックイン後、今後の活動方針(大げさ)について話し合い、しばし休んでから3時30分頃にホテルを出発。星光大道を散策しました。

霧がひどくて、景色が・・・・。



売店で『邵氏光影系列』の「古装・侠義・黄梅調」やら邵氏特製トランプやら、いろいろ買い込みました。

バシャバシャ手形写真(ない明星もいたけど)を撮って自己満足(?)したところで、今度はスターフェリーに乗って中環へ。
プリンスビルでおトイレ休憩してから、お友達がちょっと覗いてみたいというので上海灘へ誘導。
3人(おばペアー&お友達)が上海灘で買い物をしている間に、あっしは1人で近くの古本屋へ。
『中国電影史話』第一集(1961年)を購入。25ドル也。
買い物のとき、お店のおばさんは広東語を話し、あっしは北京語を話していたのだけれど、これってなんだか近ごろの香港映画みたいでしたわ。
でも、長いフレーズになると、やっぱり聞き取れないな、広東語。

古本屋からダッシュで上海灘に戻って3人と合流、坂道を登るのがいやなので、バスでピークトラムの駅に向かいました。
ビクトリアピークへご案内です。
八達通(オクトパスカード)ってどこでも使えるので、便利ですね。
しばしの待機の後、車両が到着。いざ、山頂へ。

が、登ってみたら、五里霧中
ここ、摩周湖ですか?

ま、天然のミストサウナ状態で、お肌にはよかったけど。

何も見えないことを確認後、カフェ・デコでお食事しようとしましたが、4階は貸切とかで5階へ行くように言われたものの、何となく落ち着いて食事ができるような雰囲気ではなかったため断念、ザ・ピーク・ルックアウト(太平山餐庁。かつてのピーク・カフェ)でディナーにしました。
おばペアーはナシゴレン、あっしとお友達は海南鶏飯。これに蟹肉入りシーザーサラダを付けて、サンミゲルで乾杯。
いいお値段でした。

天気がよかったら下りはバスで、と思っていたのですが、あまりにもひどいためそのままトラムで下山。
フェリーで九龍サイドに戻り、セブンイレブンで買い物をしてホテルへ戻りました。

夜景は、いづこへ・・・・。

(なんとなくつづく)

2005年2月9日水曜日

春節快樂!&子怡ちゃん、生日快樂!

〔ちょっとお耳に〕



章子怡:多忙?新春と誕生日ダブル祝いは米国で

2月9日は、中国の伝統的な祝日である「春節(旧正月)」だが、同時に章子怡(チャン・ツィイー)の26歳の誕生日でもある。主演映画の『SAYURI』がクランクアップしたばかりのチャン・ツィイーは、米国で「充電中」で、旧正月も帰国しないという・・・・

中国語情報は、こちら

今日は、農暦1月1日でおました。
でもって、章子怡ちゃんのお誕生日でもありました。
26歳ですって。
まあ、いつの間に大人になったのねえ。
おもでとう。

さて、日本ではサッカーワールドカップ最終予選・日本VS北朝鮮で盛り上がっていましたが、香港でも地元香港代表とブラジル代表の試合が行われました。
結果はと言えば、7対1でブラジルの勝ち
1点取ったんですね、香港。
残念ながら、切符の売れゆきは芳しくなかったようですが。

ともあれ、皆さま、春節快楽!

付記:写真は香港の初詣風景。なんだか三社祭の宮出しを思い出しました。

片付けられないあなた、ご用心! (あ、あたしか)

〔とほほ事件簿〕

転落事故:雑誌の重みでアパートの2階床抜け、男性けが

20年以上たまった古雑誌の重みで、アパートの床が抜けた。6日午後8時ごろ、東京都豊島区目白2の木造2階建てアパート「目白荘」2階の地方公務員の男性(56)方で、6畳和室の床が抜け落ち、男性が1階に転落した。男性は東京消防庁に救助され、全身打撲だが軽傷。階下に住む無職の男性(75)は事故直前に天井の異音に気付き、警視庁目白署に届けるため外出中で、難から逃れた。同署は20年以上にわたり積み上げられた古雑誌などの重みで床が抜けたとみて調べている・・・・

関連記事は、こちら

んー、身につまされます。
うちの場合、あっしの部屋の下は兄が営む美容院なので、シャンプー台に転落かな。
貯めこんでた雑誌をヤフオクにでも出品すれば、いい小遣い稼ぎになりそうなもんなのに、あえてそれをしなかったのは、よほど大事だったのかなあ。

さて、片付け片付けと(掛け声のみ)。

2005年2月8日火曜日

喜馬拉亞星 (Himalaya Singh)

〔えいが〕



2005年、香港(中國星・一百年電影・銀都)。韋家輝監督。劉青雲、鄭中基、張柏芝、吳鎮宇、應採兒主演。

お友達のお付き合いで観ました、首映禮で。
参加賞(薬用石鹸ミューズみたいな液体石鹸とハンドクリーム)貰ったので、ウッハウハ。
ついでにお友達の分も横取りして、も一つウッハウハ。
でも、寒かったよ、冷房効きすぎで。
寒波来てたんだから、止めろよ、冷房。

さて、映画の内容は、お友達のサイトでお楽しみ下さい(すんません、リンクはらせて頂きました)。

いやあ、笑いました。
しかし、あのオチは・・・・わけわからん。
いきなりレインボーマン(うそうそ)。
インドでロケしたのに、歌と踊りが一つも無いのはやっぱ香港映画だからか。
香港映画も、昔は何かといえば歌って踊っていたのになあ。

鎮宇のたけし(北野さんね)、特長つかんでましたわ。
交通事故後のたけしだったけど。
タケちゃんマンもやってくれそうだ、あれなら。
そういえば、謝賢(のまね)もそっくりだったっけな。

とりあえず、セシリア(彼女は孔雀だったのか?)のエッチなキスシーン(なぜか、むくつけきインド男に変身!)が楽しめました。って、あんた、何観てたんだよ!

あまりにも取り留めのない感想なので、お詫びのしるしにこれでもどうぞ。

(於:UA朗豪坊〔首映禮〕)

2005年2月7日月曜日

新寡 (A Widow's Tears)

〔えいが〕



1956年、香港(長城)。朱石麟監督(龍凌, 陳靜波共同監督)。夏夢、鮑方、許先、樂蒂主演。

左派(共産党寄り)の製作会社である長城の文芸映画。
韓国ドラマも顔負けのドロドロコテコテな未亡人受難物語でした。

いつもながらのアバウトなストーリーは、下記の通り。

方湄(夏夢〔シア・モン(ミランダ・ヤン)〕)は、優しい夫の沈逸才(許先〔シュウ・シェン〕)と幸せに暮らしていました。
ところが、結婚記念日に逸才が交通事故死してしまいます。
突然の夫の死を受け入れることができない湄は病の床に臥しますが、そんな湄を夫の親友である劉時俊(鮑方〔バオ・ファン〕)は優しく慰め、彼の助力によって湄は次第に立ち直り始めます。
しかし、逸才の生前から湄のことが気に入らなかった姑の沈夫人(劉甦)は、逸才が湄を受取人にしてかけていた保険金を横取りして、その中から手切れ金を与え、湄を追い出そうとします。
が、再婚する気など毛頭ない湄は、そのことを姑に告げ、金を受け取ることはありませんでした。
その後も姑と夫の従姉妹、夫の妹(樂蒂〔ロー・ティー〕)たちによる湄への苛めはさらにエスカレート、特に妹の文娟は湄が自分の恋人(曹炎)を誘惑したと勘違いして、湄を激しく詰るのでした。
ついに家を出る決心をした湄でしたが、そんな時、湄の妊娠が発覚します。
姑たちは時俊との間の子供だろうと湄を叱責するものの、診断の結果、逸才の子であることが判明します。
すると、手のひらを返したように姑たちの態度が軟化、自分たちとの同居を勧めますが、湄の決意が変わることはありませんでした・・・・。

とにかく、苛めはすごいです。
よくもまあ、そこまでやれるもんだと思うくらい。
でも、自分の子供に先立たれた母親が、その悲しみからこんなにも早く立ち直って、嫁いびりに邁進できるもんかなあと思ったのも、また事実。
それに、なぜそれほどまでに嫁を嫌うのか、その理由があんまり明確ではないため、よけい理不尽な行為に見えましたですわ。

もう一点、あれ?と思ったのが、ヒロインと夫の親友とのあいまいな関係。
色恋抜きで、あんなにも献身的にヒロインに尽くせるものでしょうか?
初めは哀れな未亡人への同情かもしれないけど、そのうちに1人の女として見るようになるのでは?
それとも、純粋なミツグ君(死語)なのかしらん?
また、ヒロインもあそこまで優しくされたら男性の気持ちに気付かないはずがないし、「あなたの気持ちは嬉しいけれど、それでもやっぱり夫のことが忘れられないのよ、アヘアヘ」てな具合に悩み苦しむと思うんですが、そういった心の葛藤がここではきれいさっぱり省略されています。
あくまでも清らかなお付き合いに終始して未亡人の貞操を強調している点に(困ったことがあると、夫の墓の前で日がな一日ぼーっとしちゃったりしてました)、当時の香港社会のまだまだ保守的な倫理観が透けて見えるとも言えますが、やらない方が却っていやらしい気もするなあ。
ただ、最後は迎えに来た親友と一緒に家を出るので、現時点から一歩踏み出す決意を固めたのかも知れませんが。

夏夢は、長城の看板女優だけあって、典型的な江南美人(上海生まれ)でした。
でも、ちょっときつい感じの顔立ちかな。
だから、耐える演技よりもラスト近くの「あんたたちとはもうやってられんわ。あたしゃ出て行くよ!」ってときのちょっと蓮っ葉の表情の方が、断然良かったです。
脇役で苛めっ子やってた樂蒂(こちらも上海生まれ)の顔立ちの方が、柔らかみがありますね。
樂蒂は、長城では脇役として便利に使われることの方が多かったみたいで、本作では今風のわがまま娘を奔放に演じていました。
可愛かったですよ。

ところで、昨日ご紹介した『應召女郎』と本作は北京語映画なのですが、電影資料館所蔵のビデオはどちらも広東語吹替でした。
以前、『桃花涙』(尤敏主演の映画)を観たときも広東語吹替だったけど、もしもオリジナル(北京語版)が残っているのなら、オリジナルと広東語吹替、両方のビデオからチョイスできるようにしてくれるとありがたいんだけどねえ。
あれじゃ、夏夢本人の声が全然わからないもの。
残念ですわ。

付記:夏夢は、『望郷 ボートピープル』や『ホームカミング』のプロデューサーとしても有名です。

(於:香港電影資料館)

OK牧場で暴れん坊将軍と対決!

〔ちょっとお耳に〕

打倒マツケンサンバ!ガッツ石松が6年ぶり新曲発表

驚異の天然ボケで大人気のタレント、ガッツ石松(55)が、3月23日に6年ぶりとなる新曲「ガッツ人生 ワッショイ祭り~OK牧場~」を発売することが6日、分かった。ガッツは今回は初めて振り付けに挑戦。ノリのいい音頭に合わせ、ハッピ姿で踊る予定で、「『マツケンサンバ』超えを狙ってるよ」と“打倒マツケン”をぶち上げた・・・・

音頭でサンバに対抗ですか。
盆踊りシーズンに期待しましょう。

でも、「6年ぶりの新曲」ってことは、これまでにもシングルをリリースしてたのね。

上記記事によると、新作映画の構想もあるとか。

新作は構想の段階だが、「“罪と罰”について描きたい」といい、「今の世の中、とくに日本は人が罪を犯しても罰が軽い。そういったものを映像の世界で表現できたら」と鼻息は荒い。

ドストエフスキーを読んだことがあるのか心配になるようなコメントですが、とりあえず、「罪」と「罰」の漢字は読めるみたいです。
あんしんあんしん(何をだ?)。

2005年2月6日日曜日

應召女郎 (The Call Girls)

〔えいが〕

1973年、香港(榮華)。龍剛監督。恬妮、金霏、丁佩、陳曼玲、李琳琳主演。

香港のコールガール(娼婦)たちの生態を描いた映画。
張曼玉(マギー・チャン)主演の『コールガール(應召女郎1988)』に始まる一連のコールガール物(『應召女郎1988之現代應召女郎』『92應召女郎』『新應召女郎』)のルーツとなった作品です。

きわめて大雑把なストーリーは、下記の通り。

1、麗莎の場合
麗莎(恬妮〔ティエン・ニー〕)は表向きはモデルですが、裏では金持ち相手に買春を行う高級娼婦でした。
ある日、何も知らない恋人の菲立(鄧光榮〔アラン・タン〕)は、家族に麗莎を紹介するため、邸内でのパーティーに彼女を招きます。
しかし、紹介された親戚の男たちは皆麗莎の客で、菲立の父である王佐治(唐菁〔タン・チン〕)も例外ではありませんでした。
麗莎と結婚したいと言う菲立に王佐治は彼女が娼婦であることを暴露、結婚を諦めさせようとします。
麗莎の素性を知った菲立は彼女に別れを告げ、麗莎は彼の許を去るのでした。
2、秀瓊の場合
秀瓊(金霏〔チン・フェイ〕)は、重い心臓病で定職に就くことのできない夫・俊林(龍剛〔ロン・コン〕)と4人の子供たちとの生活を支えるため、夫には内緒で娼婦として働いていました。
が、客から移された性病の治療を受けていた病院の看護婦が俊林にそのことを告げたため、秀瓊の職業に疑いを抱いた俊林は秀瓊が働く買春宿をつきとめてしまいます。
失意の俊林は子供を道連れに服毒自殺を遂げ、それを知った秀瓊も夫と子供の後を追って自らの命を絶つのでした。
3、茜娜の場合
茜娜(丁佩〔ティン・ペイ〕)は、買春で稼いだ金を恋人との結婚資金としてせっせと貯金していましたが、恋人がその金を盗んで失踪してしまいます。
そんな彼女を慰めたのが隣室に住む志琛(秦祥林〔チャールズ・チン〕)。
ひょんなことから結ばれた2人でしたが、茜娜が自室で買春をしていることを知った志琛は、自暴自棄になり彼女を諦めようとします。
しかし、何としても諦めきれない志琛は、茜娜の所にいた客を追い返して彼女に結婚を申し込むのでした。
4、少芳の場合
少芳(李琳琳〔リー・リンリン〕)は、不良グループのリーダーの恋人でしたが、彼が敵対するグループのリーダーである狄郎(伊雷〔イー・レイ(ライ)〕)との争いに敗れて命を落としたため、狄郎に拉致されて強姦されたあげく、売春組織の元締めに売り飛ばされてしまいます。
が、次第に少芳を愛するようになっていた狄郎は彼女を連れて元締めの所から脱走を図るものの、追手に捕まるのでした。
5、惠英の場合
惠英(陳曼玲〔チェン・マンリン〕)は、馴染み客(というよりは、愛人関係に近い感じがしました)・王佐治(唐菁〔タン・チン〕)との間にできた子供をトイレの中で出産して逃亡、それがもとで警察に追われる身となります。
逃走中、街頭で客を引くところまで身を落とした惠英は、唯一の身寄りである祖母を訪ねて警察に見つかり、目が不自由な祖母は彼女を探して誤って転倒、そのときの怪我がもとで命を落としてしまいます。
惠英は王佐治を呼び出し、行為の最中に彼を殺害するのでした。

以上、5人の娼婦たちの人生模様が同時進行で描かれていきます。

それぞれのエピソードの内、特に見応えがあったのが金霏と陳曼玲の件。
香港版ボンドガールとして活躍したセクシー女優の金霏(『香港ノクターン』でお父さんを騙す悪い女をやっていた女優さんです)が、ここでは哀感のある実にいい演技を見せていました。
彼女の代表作と言ってよい1本でしょう。
でも、旦那さん、心臓が弱い割には4人も子供作って、やることはやってるのね。

陳曼玲は、元國泰(キャセイ)の女優さん。『レッツゴー!若大将』でもおなじみの方です。
「金持ちの愛人→買春宿→路上勤務」という転落の系譜を辿った後、阿部定も真っ青の衝撃シーンが締めくくりに登場します。

恬妮のエピソードの「みんな私のお客さんだった」という「世界は一家人類は兄弟」を地で行く展開は、張曼玉のそれ(『コールガール』)でも踏襲されていたパターン。
恬妮が娼婦だと知らないうちは、「娼婦って、ある意味高尚な職業だと思うんだよ」なんてノー天気なことを抜かしていたくせに、いざ自分の恋人が娼婦だったと知るや、札束で彼女の頬を引っ叩いて別れを告げる鄧光榮って、なんだかアホ臭い男(あ、役柄の上での話です)。
その意味で言うと、強姦しといて惚れちゃう伊雷も身勝手以外の何者でもないな。

唯一、結婚を申し込まれる丁佩がハッピーと言えばハッピーエンドなのかも知れませんが、あんまりそうは見えませんでした。

さて、『飛女正傳』のところでも触れましたが、社会問題を探求するマスコミとそれに答える専門家を配して問題提起を行うという龍剛監督お得意(?)の図式が、本作でも登場します。
『飛女正傳』では感化院の院長を演じていた曾江(ケネス・ツァン)がここでは「なぜ買春はなくならないのか?」を取材するインタビュアーに扮し、専門家や市民のコメントを得る中で、買春及び娼婦の問題を浮かび上がらせようという仕掛けになっていました。
また、娼婦たちを救うために奔走する神父(喬宏〔ロイ・チャオ〕)の存在も、『飛女正傳』における院長(曾江)とキャラクターが被っています。
これを(映画を通じて社会問題を提示するための)あまりにもストレートなやり方と見るか否かは意見の分かれるところでしょうが、少なくとも、龍剛監督が当時の香港社会に対して抱いていた強い問題意識は伝わってきます。

今後も機会があれば、龍剛監督のこの他の作品(『英雄本色』←『男たちの挽歌』のルーツ、等)を観ていきたいと思いましたです、はい。

付記:路上で客を引く陳曼玲とご同業の老娼婦を演じてちらりと顔を見せていた王莱(ワン・ライ)の存在感、すごかったっす。ギトギトの厚化粧で秦祥林に「遊んでかない?」と声をかけていました。この2人、母子役やったこともあるんだっけ。

(於:香港電影資料館)

3月8日はサンバの日?

〔ちょっとお耳に〕

マツケン東京ドームでも“暴れん坊”…とにかく派手に
俳優として初、オープニングは白馬にまたがり?

昨年暮れの紅白歌合戦に初出場するなど、「マツケンサンバII」のヒットで調子に乗る松平健(51、写真)。3月8日、俳優として初の東京ドームコンサートを開く。紅白では腰元ダンサーズを従え、全国民の注目を浴びたが、今回、さらに大きなドームで、どんな“暴れん坊”ぶりを見せるか・・・・

ついにドーム進出です、マツケン。

「現在、主催者が明かしているのは「開催日が3・8(サンバ)ですから1部は歌、2部はドームのアリーナを使った観客参加型のマツケンサンバ・カーニバルにする」というもの」って、3月8日は「国際婦人デーじゃなかったっけ?

国際婦人デーに暴れん坊出現!

「また、すっかりおなじみになった金ラメの着物の以外では、「20代にウエスタンスタイルでプレスリーやカントリーを歌ってウケなかった」(当時の舞台関係者)という経験もあり、すべて着物姿で洋装封印の可能性も関係者は示唆する」ってのも、なんか笑えます。

今ならけっこうウケるかもよ。
ただし、ちょんまげは必須ね。

思う存分暴れてください。

付記:そういえば、以前、『暴れん坊将軍』のテーマにのって颯爽と白馬に跨り疾走する別の将軍様の映像が、ネット上に出回ったことがあったわね。

2005年2月5日土曜日

過大に申告

〔ちょっとお耳に〕

章子怡:『SAYURI』のギャラを10倍上乗せ?

新作映画『SAYURI』のギャラは500万ドルと語っていた章子怡(チャン・ツィイー)だが、香港メディアは、「チャン・ツィイーは50万ドルしか受け取っていない」と報道。中国新聞社は、「ギャラを10倍も多く上乗せした」などとして大きく取り上げている・・・・

中国語情報は、こちら

そういや、こんなネタで騒いでましたね。香港滞在中に新聞で読みました。
でも、別にいいじゃない、水増ししたって。
50万ドルって言いながら、実は500万ドル受け取ってたっていうなら大問題だけど。

香港のマスコミは、どこまでも子怡ちゃんのことが嫌いらしいです。

付記:オスカーのプレゼンター、やるらしいです。

2005年2月4日金曜日

飛女正傳  (Teddy Girls)

〔えいが〕



1969年、香港(榮華)。龍剛監督。蕭芳芳、曾江、夏萍、龍剛、薛家燕、沈殿霞主演。

旅行記を書く前に、香港で観た映画の感想文を書いちゃいます。

蕭芳芳(ジョセフィーヌ・シャオ)主演のズベ公物。
ちなみに、「飛女」というのがズベ公のことです。野郎の場合は「阿飛」。『欲望の翼』の原題は『阿飛正傳』でしたね。
台湾公開時のタイトルは、『問題家庭』(つまんねー)。

超アバウトなストーリーは、以下の通り。

徐玉貞(蕭芳芳)は、父が病気なのをいいことに愛人である黎成(龍剛〔ロン・コン〕)を家に連れ込んでいる母(夏萍〔ハー・ペン〕)に反感を抱いていましたが、父の死後、それは決定的なものになりました。
玉貞は母と黎に反発して非行に走り、友人とゴーゴー喫茶(死語)で踊っているところへ絡んできたチンピラと大乱闘、ビール瓶でチンピラを殴って怪我を負わせ補導されます。
裁判所の係官は反省すれば情状の余地があると玉貞を諭すものの、彼女はそれを拒否して感化院に送られます。
感化院では馬碧珊(薛家燕〔シッ・ガーイン〕)を頭目とする一党が権力を握り、ことあるごとに新入りの玉貞を苛め、果ては集団リンチを加えますが、リンチの犯人をたずねる杜院長(曾江〔ケネス・ツァン〕)に頑として口を割らなかったことで碧珊たちの信頼を得、2人はよき友人となるのでした。
そんなある日、玉貞のもとへ母が事業に失敗して自殺したという知らせが届きます。
玉貞は母を死に追い込んだ黎への復讐を決意、感化院を脱走するため仲間に協力を依頼します。
一方、碧珊も母親のもとへ残してきた自分の子供が亡くなったという知らせを聞いて脱走することを決め、この他2人の脱走志願者と計4人で感化院を脱走します。
街へ出た4人は、それぞれの使命を果たすため、それぞれの土地へ向かいます。
自分を捨てて他の女へ走った男に制裁を加える蘇絲(スージー)、自分の子供が亡くなったことに何の感傷も示さず、ただ身体を求めてくるだけの男・阿添(伊雷)を刺し殺す碧珊。
しかし、病身の母と弟妹の身を案じて脱走した院生(すいません。役名失念しました)は、警察の追手を逃れる途中、誤って崖下に転落、命を落とします。
蘇絲、碧珊と合流した玉貞は、3人で黎を殺すため彼が経営するナイトクラブに向かうものの、杜院長が先回りしていたため、目的を果たせません。
が、自宅へ戻った黎を待ち伏せしていた3人は、ついに彼を捕らえます。
ところが、この後、3人を恐ろしい運命が待ち受けていたのでした・・・・。

前半のどよーんとした展開は、ちょっと大映調ですが、感化院を脱走してからは、一気にバイオレンス全開。
山間部を逃走中、ちょっかいを出してきたゴロツキをしばいて身包みはがし、その金で身なりを整えていざ出陣!という展開は、小気味よいです。
ただ、彼女たちの脱走の動機はあくまで個人的な理由によるもので、「腐った大人に復讐さ!」みたいなどでかい大義名分はありません。
また、感化院の職員たちもおおむね彼女たちに対して好意的で(鬼看守なんかいないところがミソ)、特に院長はなんとかして彼女たちを更正させようと奔走しますが、それでも彼女たちの暴走を止めることはできないのでした。
この「主人公のために奔走する好意的な第3者」という人物造型は、龍剛監督作品によく見られるパターンらしく、この後観た『應召女郎』(1973年)でもコールガールの面倒を見る神父(喬宏〔ロイ・チャオ〕)が登場しています。

それから、「なぜ飛女が生まれるのか?」を追求するマスコミとそれに答える専門家を配して問題提起を行うという設定も、お得意の図式のようです(これは『應召女郎』の方で書きます)。
でも、院生が脱走して殺人や傷害事件を起こしているのに、当の院長を取り囲んだマスコミが彼を責めるどころか「貧困や家庭問題、そこから飛女は生まれる」という(院長の)ありがたーいお説を拝聴しちゃうという展開は、「おいおい」って感じがしましたけど。
フツーなら、「あんたんとこの院生が脱走した上にこんな事件まで起こして、どうやって責任取るんですか!」ってなりそうなもんなんですが。

扱っているテーマはショッキングで、オチもかなりキョーレツでありながら、全体を貫いているのはあくまでもヒューマニズムな映画でありました。

あ、そうそう、蕭芳芳のゴーゴーダンスと、院生たちのシャワーシーン&ファッションショーも楽しめますよ。
「昔美少女・今おばドル」の薛家燕と「今も昔も重量級」の沈殿霞も、がんばっていました。

(於:香港電影資料館)

期待していいの・・・・かな?

〔ちょっとお耳に〕

ハリウッド産『SAYURI』の正体を渡辺謙らが明かす

スティーヴン・スピルバーグ製作、チャン・ツィイー主演の芸者物語『SAYURI』がついに撮影を終了した。キャストにはアジアのスターが勢ぞろいしており、監督は『シカゴ』でアカデミー賞の作品賞に輝いたロブ・マーシャルが務め、全編英語で撮影された世界規模の大作だ・・・・

日米中混成ゲイシャ・ムービー「SAYURI」、記者会見

02年のアカデミー賞で作品賞を含む6部門を受賞したミュージカル「シカゴ」の監督ロブ・マーシャルが、スティーブン・スピルバーグ総指揮の下、京都・祇園を舞台にした芸者の世界を描いた小説「さゆり」(アーサー・ゴールデン著)をチャン・ツィイー主演で映画化した「SAYURI」。1月31日、東京・内幸町の帝国ホテルにてクランクアップ記者会見が行なわれ、ハリウッド映画3作目となる渡辺謙、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴らの日本人キャストに加え、ミシェル・ヨー、コン・リーといった中国系のキャストら総勢10人が壇上に上がった・・・・

「鬼のいぬ間に」じゃありませんが、あっしが香港に行っている間に、記者会見やってたようですね。
でも、皆さんのコメントを読むと「だいじょぶか?」という気分が、ますます膨らみますです。

監督曰く、

これはある場所のある女の子を描いたファンタジーにしたかった。もちろん日本の伝統・文化には最大限の敬意を払ったつもりだが、芸者の世界を描いたドキュメンタリーは過去に多く作られているし、あまり細かいリアリティにこだわりたくなかったから、舞台も京都から都(MIYAKO)に変えてある。

って、あんた、どこにもない架空の東洋の国のお話なのかい?

気になる日本人キャストも、桃井さんは、

ちょっと違う点もあるけど、それがすごく美しいのよ! アールデコと日本が合わさった感じで。

とおっしゃり、謙さんに至っては、

『ラスト サムライ』のときは正しい日本の描き方がされるようアイデアを出したが、今回は監督に全権をゆだねた

と、どこぞの総理のような丸投げ状態

ま、原作自体がすでに興味本位のトンデモ系小説なので(一応読みました)、仕方ないと言えば仕方ないんですけど、映画版はそれにいっそう拍車がかかる模様。

これを「そんな日本があってもいいじゃない」と鷹揚に受け止めるか、それとも「国辱だ!バカにするんじゃねえ!」と怒るか、反応は人それぞれだと思いますが、あっしは後者になっちゃいそうだな、心が狭いから。
でも、今の日本人が、どれだけ自国の伝統的なものに通じているかと言えば、それもまた疑問だな。
間違いすらわからずに終わっちゃったりして。

2005年2月3日木曜日

帰ってきました

〔ちょっとお耳に〕



というわけで、帰ってきました。
ちょっくら、香港に行ってきました。

寒かったです。

今回が初香港であるあっしのおばさんとその友人を案内しながらの旅だったため、全て自由時間とは行かなかったのですが、それでも、香港電影資料館で『飛女正傳』(1969年)『應召女郎』(1973年)『新寡』(1956年)と昔の映画を3本観て、あとはお友達のお付き合いで『喜馬拉亞星』を鑑賞(首映禮にて)、ついでに飛行機の中で『珈琲時光』と『龍鳳鬥』も観てきました。
ちょうどテレンスママ(胡燕妮〔ジェニー・フー〕)が『龍鳳鬥』で金像奨の助演女優賞にノミネートされたというニュースを見て「どんなもんなんじゃろ」と思っていた矢先、タイムリーに機内で観られたので、なかなかラッキーでおました。
ちょっと怖かったけど、きれいでした。
途中、ちょこっと若い頃の写真も写りましたが、やっぱりお美しい。

古本ショッピングは、今回は低調。
雑誌は諸般の事情により購入できず(後で書きます)、公孫魯の『中國電影史話』第一集(1961年、南天書業公司)を買ったのみ。
これが25ドル。
辻久一の『中華電影史話』(1987年、凱風社)がこの本の第二集から多くを引いていて(実際に依拠したのは、竹中伸による抄訳本〔1965年〕のようです)、そこには、

「第二集」とある以上、「第一集」がなくてはならず、香港で探してみたが、時間不足で、いまだ見つけることができない。(56ページ)

とあります。
今なら、香港電影資料館で閲覧できるんですけどね。

巻末の広告を見ていたら、『歴盡滄桑十美人』なる本の宣伝があり、「当代の十大スター・林黛、尤敏、杜娟、鍾情、李香君、張仲文、韓青清、葛蘭、樂蒂、丁紅の成功史」を綴った、との文言が記されていました。
この本、大変気になりますが、残念ながら電影資料館にはないようです(香港大学図書館の検索も試しましたが、やっぱり所蔵はなし)。

ま、とりあえず、今日はこのへんで。
明日あたりから、旅日記でも書きますです。

付記:「中尊寺ゆつこ死亡報道」にはびっくり仰天いたしました。ご冥福をお祈りします。