まぜるなきけん

まぜたらいかんぜよ!

金曜日, 7月 17, 2009

学芸大学でもつ焼きを食らう

〔しようもない日常〕

塩味スープのさっぱり風味で
頂くもつ煮込みもイケます。

どうも。
トド@引き続き生活に追われてますです。
ただいま、甲状腺腫瘍(良性)の件で新しい担当医と揉めに揉めておりまして、病院を変えることを決意、深く静かに脱出計画進行中です。
そんなこんなでしばらく更新が滞るかと思います。
あしからず、ご了承下さい。

さて。

ぼやぼやしている間に既に2週間が経過してしまいますたが、先々週の金曜、即ち7月3日、友人である趙怡華さんの弟さんご夫婦が切り盛りするもつ焼きの店「もつやき 大膳」に、怡華さんや知人のKさん(ひさびさに登場)等と共に行ってまいりました。



台湾の方が、日本で、よりにもよってもつ焼きの店だなんて、と驚かれる方もいらっしゃるかと思いますけれど、お店の方は至ってふつーの居心地のよい飲み屋さんで、

串もの1本100円均一

という

超明朗会計

がうれしいお店です。

レバもシロもカシラもみんな100円!

不肖せんきち、幼少の頃近所に立ち食いのもつ焼き屋さんがあった関係で、物心ついたときからレバだのシロだのナンコツだのといったもつ焼きに親しんでおりましたが、今回、1本100円のもつ焼きを食して、子供時代の思い出にしみじみひたることができましたわ。

怡華さんの指令(?)で、チャンジャや
ナムル等の朝鮮半島系グルメも充実。


キャベツに添えられたコチュジャンも美味。
お土産用に販売して欲しいものです。

と、ここまで読んでなんとなく興味を持ったそこのあなた!
ぜひぜひお店へ行ってみて下さいましね。

もつやき 大膳

〒152-0004 東京都目黒区鷹番3-10-8 ☎03-3713-9489
場所:東急東横線「学芸大学」駅西口より徒歩1分(地図
営業時間:17時から23時まで(なくなり次第終了)

ラベル:





木曜日, 7月 09, 2009

中国人の見た『虞美人』 補遺

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕


どうも。
トド@生活に追われてますです。

今日、新聞を読んでいたら、下記のようなシンポジウムの紹介が掲載されていますた。

放送文化基金設立35周年事業
国際シンポジウム「テレビがつなぐ東アジアの市民~交流から対話に向けて~」


詳しい内容はこちらをご参照頂くとして、一般参加可能(要申し込み)とはいいながら、7月17日(金)という平日昼間のシンポジウムですので、例によって(言い方は悪いけれど)普通のお勤め人の事情は全く無視な催しのようです。
それと、これも例によってなのか、パネリストの顔ぶれを見る限り、日中韓3カ国の輪から台湾は仲間外れにされているようですね。
あるいは、「中」の中に「台」も含まれている、ということなのでしょうか。
ま、何はともあれ、興味とお時間のある方は参加なさってみてはいかがでしょう。

さて。

先だって易文監督に関する記事を書いたさい、うっかり書き漏らしてしまったことがあったので、ちょっこし補足を。

先の記事でも触れた『櫻都艶跡』の日本ロケの折、李麗華の特別通訳を務めたのは、俳優の伊豆肇でした。
1955年4月7日付『読売新聞』夕刊にはその辺りの事情について、


…日本ロケに当っては、藤本プロが協力しているが、李麗華の特設通訳の役は東亜同文書院出身で戦時中七年間も大陸で送った伊豆肇が進んでひきうけ、演技の相談はもちろん、衣装、カツラの世話まで伊豆肇が手伝っている。しかし東宝撮影所で日本の着物を着た彼女から腰ヒモが痛いがどうしたらラクになるかと相談されたが、これにはどう答えていいかわからずにひと汗かいたという。


とあります。

たしかに、女性であれば腰紐に関するアドバイスもできるでしょうが、男性ですと難しいでしょうなあ。
それに、変に緩くしてしまうと今度は着崩れる心配もありますし。

ところで、引用した記事では伊豆肇のことを「東亜同文書院出身」としていますが、実際には「北京大学出身」のようです。
彼がもう少し若かったら(1917年生)、あるいは日港合作映画の主役に起用されていたかも……知れません。

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木曜日, 7月 02, 2009

発掘!幻の大宝映画 『黒と赤の花びら』上映会

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕


どうも。
トド@毎日疲労困憊です。

さて、今日は上映会のお知らせです。

幻の大宝株式会社配給作品である『黒と赤の花びら』の上映会が、来たる7月18日(土)・19日(日)の両日、新橋TCC試写室にて開催されます。

そもそも「大宝って何よ?」という方にはこちらの上映会特設サイトをご参照頂くとして、せんきちが旧ブログで取り上げていた元祖台流(死語)スター・林沖の映画デビュー作も大宝の『大吉ぼんのう鏡』でした。
今回は残念ながら『大吉ぼんのう鏡』のプリントは発見されなかったようですが、これまで失われたとされていた大宝作品のプリント(16ミリ版)が一挙3本発掘されたのを機に、シリーズでこれら3本の作品を上映していく予定とのことです。

上映会の詳細は下記の通り。

「発掘!幻の大宝映画 第一弾!天知茂 デビュー60周年&追悼企画
『黒と赤の花びら』上映会」


『黒と赤の花びら』
(1962年 佐川プロ製作 大宝配給作品 モノクロ シネマスコープ)

〔スタッフ・キャスト〕(特設サイトからの引用)
製作:佐川滉 監督:柴田吉太郎 原案:牧源太郎 脚本:宮川一郎/柴田吉太郎 音楽:菊村紀彦 美術:宮沢計次 撮影:須藤登 助監督:山際永三
出演:天知茂/上月左知子/丹波哲郎/三原葉子/安井昌二/松尾和子/細川俊夫/大友純/沖竜次/扇町京子/松浦浪路 他
〔解説〕(同上)
テレビのケンちゃんシリーズで知られる柴田吉太郎監督のデビュー作にして唯一の劇場作品。脚本の宮川一郎をはじめスタッフ、キャスト共に殆どが新東宝のメンバーによって固められている。なお、同じく佐川プロ製作・大宝配給の『狂熱の果て』で一足先に監督デビューを果たしていた山際永三監督が「世話になった先輩の応援のために」と、チーフ助監督として参加している。
〔あらすじ〕(同上)
激流の洋上で起きた船舶遭難事故。遭難による保険金の詐欺の疑いを持った海上保険の調査官田代は調査を進めていく内に、その背後にある別の事件の存在に気がつく。 事件の真相を突き止めようと更に調査を進めていく田代であったが....。

〔上映スケジュール〕
7月18日(土):12時30分開場、13時より上映(14時30分終映予定)。
7月19日(日):12時30分開場、13時より上映(14時30分終映予定)。
※7月19日(日)は、終映後の14時40分より本作のチーフ助監督であった山際永三監督をゲストにお招きしてのトークショーがあります(15時30分終了予定)。
※トークショーに関しては若干時間が前後する可能性があります。また、実はこの作品の正確な上映時間が判っていません。その為、両日共にタイムテーブルはあくまでも予定となります。ご了承ください。

〔上映カンパ金〕
7月18日(土):1800円
7月19日(日):2300円

〔会場〕
新橋TCC試写室
住所:東京都中央区銀座8丁目3番先 高速道路ビル102号

〔ご予約について〕
予約なしの当日来場も受け付けるそうですが、満席の場合には入場不可となる場合もあるそうですので、皆様ぜひともこちらの予約フォームにてご予約の上、ご来場下さい。

というわけで、貴重な作品の上映です。
この機会をお見逃しにならぬよう、皆様お揃いでおでかけ下さい。

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水曜日, 7月 01, 2009

中国人の見た『虞美人』

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕

「旧アーニーパイル劇場」とあるのが、
いかにも時代を感じさせます。

どうも。
トド@毎日疲れていますです。

じゃいけるジル逝去のことは、いまさらなので書きませんが、ジルが亡くなったとき、なぜどのマスコミも中村晃子の所へ行かないのよ?
ジルと言えば中村晃子でしょ?
ジェミーと言えば田島令子、のように(年がばれるね)。

さて。

香港で開催されていた易文監督の回顧上映はとっくに終わってしまいますたが、遅ればせながらこちらでも易文監督のコネタを。

易文監督は日本ともけっこう縁の深かった監督さんで、1955年に『小白菜』が『佳人長恨』の邦題で日本公開されている他、1957年には新華と東和の合作映画『海棠紅(海棠紅)』も日本で上映されています。
このうち、『佳人長恨』は横浜の映画館で「1日限り」の特別上映というかなり特殊な形での公開だったのですが、『海棠紅』は3月9日から15日まで、当時の最高級館と言ってよいテアトル東京(現・ホテル西洋銀座)で上映されており、公開初日には午後7時30分から「中国服モードと歌の夕」なるイベントも開催され、日本公開に当たって東和もかなり力を入れていたことが伺えます。

また、監督作品が日本で上映された他にも、日本でロケーションを行った作品があり(『蝴蝶夫人』『櫻都艶跡』)、1955年4月、『櫻都艶跡』の撮影で日本に滞在していた折には東京宝塚劇場で宝塚歌劇団の『虞美人』を鑑賞、その感想を「中国人の見た『虞美人』」と題した文章にまとめ、『読売新聞』(1955年4月28日付夕刊)に寄稿しています。
以下、少々長くなりますが、その文章からの引用です。


…まず演出の形式として、私はこの歌劇の「素朴の美」を非常に感心した。私は従来から日本の舞台装置のすばらしさに感服していたが、ここでも、三十場の背景がことごとくわずか数筆をもってする軽妙しゃ脱なもので、しかもなんともいえない風情があり、簡単の中に精細があることに感心した。舞台上の照明と色彩の配合もまたすばらしかった。だが、私はなんだか劇そのもののふんいきが十分に出ていないような気がした。(略)
歌はなかなか美しく、感動的であったが「劇」そのものは、あまりにおだやか過ぎるように思われた。「四面楚歌」の場面は単に「末路の英雄」の悲哀だけを表現し「末路の英雄」の性格と心情の描写に欠けている。(略)
また虞美人が剣を抜いて舞い、自殺する場面の処理がやや平淡に過ぎ、激情の高潮点もつかんでいない感があった。この劇は最初から終りまで素材の選択、編成ともに申分ないが、ただこの一段にいたってなんだか食い足りない気がした。しかし情節の叙述は周到をきわめ実によく出来ている。(略)しかし最後の虞美人自殺の場(これは中国京劇の中でも最も難しい主力的場面であって、おのずから『覇王別姫』の精華をなす大切な一段である)は、ただに「劇」であるばかりでなく、劇の本身が「歌」であり「舞」でなければならない。歌の中には自ら曲々調を伝え、断腸の思いを催させるものがあり、舞の中には自らあだ(婀娜)たる姿が千変万化し、剛あり、柔あり、もってよく東洋古典舞踊の特長を発揮するのである。



なんだか翻訳のせいで最後の方なんかわけわからん日本語になっていますが、ようするに、

よくできたお芝居だけど、中国人の目から見たらちょっと物足りないところがあるね。

ってな感じの感想でしょうか。

この記事には易文監督のプロフィールも紹介されていますが、そこには、


筆者の本名は楊彦岐、新聞記者、作家を経て映画入り。シナリオも書き、現在まで十本以上の作品を演出、現在日本ロケを行った『桜都艶跡』を製作中。


とあります。

不肖せんきち、まだ『有生之年―易文年記』を入手していないため、この文章が「著作年表」で取り上げられているか否かの確認が取れないのですが、いずれにしても、かなり貴重な資料ではないかと考えられます。

そして、易文監督と日本との縁で最も忘れてはならないのが、1965年の映画『最長的一夜』。
ご存知の通り、宝田明が香港に招かれて樂蒂と共演した作品です。
この映画、せんきちは運良く観ることができたのですけれど、日本の映画ファンの多くはその存在を知りながら未だに観ることが適わずにいる作品です。
映画のラスト(ネタばれご容赦)、それまで宝田明への警戒心を解くことのなかった樂蒂が(対する宝田明は、樂蒂に向かって日本語で『君のような女性と結婚できた大亮という男性は幸せだ』とか何とかつぶやいたりして、彼女への思いを吐露しているのですが)、宝田明との別れ際に思わず(宝田明に)駆け寄って彼の手を握り締める場面を観るたびに、いつもせんきちの胸は熱くなります。
宝田さんが亡くなる前に(おいおい)日本での上映が実現して欲しいものだと、切に願っております。

(特にオチのないまま終了)

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木曜日, 6月 25, 2009

日本/中国 映画往還

〔ちょっとお耳に〕

ビゲン」って、「美源」じゃなくて、「美人元禄」の略だと、
遅ればせながら先日知った次第。
で、ホーユーは「朋友」なのですと。

どうも。
トド@生活環境激変です。

今日はちょっこし告知。
明治学院大学恒例の「日本映画シンポジウム」のお知らせです(って、大学関係者じゃないけど)。

明治学院大学第14回日本映画シンポジウム「日本/中国 映画往還」

とき:2009年6月28日(日)午前10:00~17:30
ところ:明治学院大学白金校舎1101教室

開会(10:00)
門間貴志「岩崎昶の神話」(10:20~)
岸富美子「満映・新中国・『白毛女』」(11:10~)
休憩(12:00~)
四方田犬彦「満洲引揚げとメロドラマ」(13:00~)
晏妮(アン・ニ)「冷戦の狭間で-1950年代の日中映画交流」(13:50~)
休憩(14:40~)
上野昂志「大島渚と中国(仮題)」(15:00~)
李櫻(リ・イン)監督、自作を語る(15:50~)
晏妮(アン・二)、四方田犬彦「最終討議」(16:50~)

入場無料。くわしくは、こちら

不肖せんきち、のっぴきならない事情で今年も伺うことができませんが、お時間のある方はどうぞ足をお運び下さい。

では。

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木曜日, 6月 18, 2009

続 第1回世界映画祭 (大きく出たねえ)

〔えいが〕〔ちょっとお耳に)


どうも。
トド@引き続き取り込み中です。
以前にもちょいと書いたことがあるかと存じますが、2月の定期健診の折に見つかった甲状腺腫瘍(良性)のことで、新しい担当医とのコミュニケーションがどうもうまくいかないもので、今後の対策をいろいろと思案中です。
先日など、ロクな説明もなし(以前の担当医の下でヨード造影剤を用いたCT検査を行った際には、詳しい説明と検査同意書への署名がありますたが、今回は何もなし)に6万円もする検査を受けさせられまして、不信感は絶頂に達しております。

ま、それはともかく、前回の続き。

6日間の上映を無事に終えた映画祭でしたが、通常の映画祭の場合、最終日に各賞授賞式があるのに対し、こちらはなんだかえらくのんびりしておりまして、11月25日になってようやく審査部会を開催、受賞作品が決定するという段取りでありました。
気になる審査部会委員の顔ぶれは、下記の通り(教授等の肩書は当時のもの)。

高橋誠一郎(芸術院会員)、辰野隆(東京大学名誉教授)、尾高邦雄(東京大学文学部助教授)、田口泖三郎(科学研究所員)、吉川英治(作家)、石坂洋次郎(作家)、今日出海(作家)、木村荘八(画家)、滝口修造(美術評論家)、大田黒元雄(音楽評論家)、村岡花子(評論家)、青山杉作(演出家)、東山千栄子(女優)、飯島正(映画評論家)、津村秀夫(映画評論家)、清水千代太(映画評論家)、足立忠(東京映画記者会代表)

審査に際しては「大衆の投票」も参考にしたものの、この大衆の投票とは実際に映画を観た観衆による投票なのか、それとは全く無関係に読売新聞購読者を対象に投票を募ったのか、定かではありません。
いずれにせよ、審査部会の結果、作品賞は『肉体の悪魔』に決まり、その他の各部門賞も下記のように決定しました。

演出賞(監督賞):クロード・オータン=ララ(Claude Autant-Lara)(『肉体の悪魔』)
脚本賞:チェーザレ・ザヴァッティーニ(Cesare Zavattini)(『ミラノの奇蹟』)
撮影賞:ジャック・ヒルドヤード(Jack Hildyard)他 (『超音ジェット機』)
録音賞:矢野口文雄 (『生きる』)
主演男優賞:ジェラール・フィリップ(Gérard Philipe) (『肉体の悪魔』)
主演女優賞:ミシュリーヌ・プレール(Micheline Presle) (『肉体の悪魔』)
特別賞:山田五十鈴 (『現代人』)
音楽賞、美術商:該当作品なし

授賞式は審査部会からさらに1ヶ月以上が経過した12月27日、読売新聞社特別会議室で行われ、川喜多長政が作品賞を代理受賞、夫人のかしこも演出賞や撮影賞、主演男女優賞を代理受賞しました…って、これじゃあまるで、東和のための映画祭みたいじゃん。
まあ何しろ、4部門(作品、演出、主演男優、主演女優)受賞作品と撮影賞受賞作品の2本を配給しているから無理もないと言えば無理もないのですが、映画祭の最高委員に名を連ねている人物の関わった映画が賞を独占というのもどうなのかしらんと思いますです。

で。

前回の記事で、限られた9カ国の参加しかないくせになぜ世界映画祭なの?と書きましたが、その限られた参加国の中でも特にアメリカは、セルズニックの旧作(戦争があったから致し方ないのだけれど)とリパブリックの作品のみという、かなりお寒い出品状況で、1952年12月8日付『読売新聞』夕刊に掲載されたコラム「映画祭とセクト主義」ではその裏事情が明かされています。


…聞くところによると、最初の参加作品としてアメリカから『セールスマンの死(Death of a Salesman)』『探偵物語(Detective Story)』『静かな人(静かなる男。The Quiet Man)』フランスから『肉体の冠(Casque d'Or)』『花咲ける騎士道(Fanfan la tulipe)』など、今年のカンヌやヴェニスで気を吐いた新作が予定されていたということだ。それがアメリカ映画は、旧セントラル系のメージャー八社の不参加意思表明、フランス映画は大蔵省の輸入本数制限のワクにひっかかって、ついに会期に間に合わなかったという。(公開時タイトル及び原題はせんきちが付した)


コラムの執筆者(山井富茂)は、このようなアメリカ側の対応を「排他的、セクト的」と批判し、「来年の第二回には、こんなことがないようにしたいものである」と結んでいますが、結局、2回目の映画祭が開催されることはなかったようで、せっかく実現した国際映画祭もたった1度の開催で終わってしまったのでありました。

(おしまい)

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日曜日, 6月 14, 2009

第1回世界映画祭 (大きく出たねえ)

〔えいが〕〔ちょっとお耳に〕


どうも。
トド@取り込み中です。

さて。

これまで、メインサイトやブログで、第1回日本国際映画祭アジア映画祭こちらこちらも)、そして"Asian and Pacific Film Show"といった、現代の日本では忘れられてしまった映画祭(といっても、アジア映画祭は亞太影展〔アジア太平洋映画祭〕として、今でも中華圏ではそれなりに影響力があるのですけれど)を取り上げてきますたが、今回はおそらく、日本で最初の国際映画祭である、

第1回世界映画祭

のご紹介をしたいと思います。

第1回世界映画祭が開催されたのは、1952年11月
主催は読売新聞社、後援が日本映画連合会(現・日本映画製作者連盟)、協賛が外務省、通産省(現・経済産業省)、文部省(現・文部科学省)でした。
この映画祭が開催されることになった詳しい経緯は明らかではありませんが、「大正力」と呼ばれた読売新聞社主・正力松太郎の暗躍……ではなくて、尽力が大きかったのではないかと考えられます。
映画祭開催に当たっては、

岡崎外務大臣、岡野文部大臣、池田通産大臣、藤山東京商工会議所会頭、城戸松竹副社長、永田大映社長、小林東宝代表取締役、佐生新東宝社長、大川東映社長、川喜多東和商事社長、池田日本映画連合会事務局長、安田読売新聞本社代表取締役

を最高顧問とし(肩書はいずれも当時のもの)、11月5日から10日までの6日間、日比谷の第一生命ホールで参加作品の上映を行い、その後の審査部会委員(メンバーは後述)による会議を経て最優秀作品賞であるパール賞の他、各部門賞を授与するということに決まりました。

参加作品及び上映日程は、次の通りです。

11月5日(水)
午後2時 『美女と闘牛士(Bullfighter and the Lady)』(アメリカ)
午後6時 『人生劇場』(日本)

11月6日(木)
午後2時 『生きる』(日本)
午後6時 『肉体の悪魔(Le Diable au corps)』(フランス)

11月7日(金)
午後2時 『現代人』(日本)
午後6時 『ミラノの奇蹟(Miracolo a Milano)』(イタリア)

11月8日(土)
午後1時 『大仏さまと子供たち』(日本)
午後4時 『それはすべて貴女に関係あること(Det gælder os alle)』(デンマーク)
午後7時 『大仏開眼』(日本)

11月9日(日)
午後1時 『清宮秘史(清宮秘史)』(香港…ですが、中華民国名義での参加だった模様)
午後4時 『超音ジェット機(Breaking The Sound Barrier)』(イギリス)
午後7時 『哀愁のモンテカルロ(24 Hours of A Woman's Life)』(イギリス)

11月10日(月)
午後1時 『別離(Intermezzo)』(アメリカ)
午後4時 『忘れられた人々(Los Olvidados)』(メキシコ)
午後7時 『罪ある女(Die Sunderin)』(西ドイツ)

日本、香港(中華民国)、アメリカ、メキシコ、イギリス、フランス、イタリア、西ドイツ、デンマークだけしか参加していないのに、

どこが世界映画祭なの?

というお叱りの声が聞こえてきそうですが(言っとくけど、オレのせいじゃないよ!)、参加作品の上映は一般の観客にも各回300名に限り無料で開放され、読売新聞企画部宛に往復はがきで申し込む、というシステムになっていました(各作品ごとに申し込み、応募者多数の場合は抽選)。

(てきとーにつづく)

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水曜日, 6月 10, 2009

香港フェスティバル

〔しようもない日常〕

どっ…どこが香港なんですか?
(答え:お店の名前)

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日曜日, 6月 07, 2009

懷念的人

〔えいが〕


1967年、台湾(永新)。湯浅浪男監督。金玫、石軍、張清清、川辺健三、津崎公平主演。

どうも。
トド@お腹が痛いです。

さっそく本題に入ります。

湯浅浪男(湯淺浪男)監督の台湾語映画……なのですが、現存するプリントは北京語版のみらしく、DVDの音声は北京語オンリーでした(いちおう『懐念的人』と、検索用に日本の漢字表記も書いておきます)。
超アバウトなストーリーは、下記の通り。

ダンスホールでバイオリンを弾きながら作曲家を目指す正雄(DVDのパッケージでは「政雄」。石軍)は、歌手の春美(金玫)に思いを寄せていましたが、正雄の親友である啓明(川辺健三)も春美のことを愛していました。
啓明は、今度の春美の誕生日に、2人の内どちらが春美にふさわしいかを決めようと正雄に告げます。
そして迎えた春美の誕生日、正雄は春美に捧げた曲を作りピアノで演奏します。
その曲を聴いた啓明は正雄が春美に寄せる深い思いに心を打たれ、また、春美も正雄のことを愛していることを悟り、自らは身を引く決意をするのでした。
一方、病の床にある春美の父親(郭夜人)に金を貸していた楊(津崎公平)は、春美と結婚させてくれれば借金を帳消しにしてやろうと父親に迫ります。
事情を知った正雄は、台北へ引っ越して2人で借金を返し、生活が軌道に乗ったら父親も呼び寄せようと春美を説得、春美もこれを承諾します。
しかし、ある雨の晩、「自宅へ送る」と言う楊の車に乗った春美は、車内で楊に無理やり手篭めにされてしまいます。
その翌日、正雄は駅で春美のことを待ちますが、結局彼女は現れず、1人寂しく台北へ向かうのでした。
「自分はもう先が長くない。死ぬ前にお前の花嫁姿が見たい」という父親の願いを受け入れた春美は、泣く泣く楊に嫁ぎますが、まもなく父親もこの世を去り、楊の女癖の悪さと暴力に耐えかねた彼女は楊の家を飛び出します。
その頃、春美のことをあきらめきれない正雄は、台北で酒びたりの日々を送っていました。
そんな彼の姿を見かねた啓明の妹・淑娟(張清清)は、再び作曲家への道を目指すよう正雄を励まし、彼もそれに応えて作曲を再開します。淑娟は、彼のことを愛していたのでした。
楊の家を出た春美は、食堂に住み込みで働き始め、出前先で淑娟と再会します。
正雄の消息を尋ねる春美に、彼とはしばらく会っていないと一度は嘘をついた淑娟でしたが、やはり本当のことを話すべきだと思い直し、正雄と共に食堂を訪ねます。
しかし、春美は食堂を辞めた後でした。
食堂の仕事を辞めた春美に、楊は自分とよりを戻すよう執拗に迫り、春美を追い回しますが、出会いがしらに車にはねられて命を落とします。
やがて美容院で働くようになった春美は、客が持ってきたラジオから聞き覚えのある曲が流れてくるのを耳にします。
それは自分の誕生日に正雄が送ってくれた、あの思い出深い曲「懷念」でした……。

と、まあ、ストーリーをお読みいただければわかるとおり、ベタベタコテコテのすれ違いメロドラマで、先だって観た『悲器』と比べても、

コテコテ度45%増(当社比)

でした。

ただ、これを思いっきり西洋風のしつらえにして、白景瑞(李行でも可)監督、甄珍&秦祥林主演にしたら、北京語の文芸愛情映画でもけっこういけるのではないか…という感じではありました(父親役は葛香亭でよろしく!)。

当時の報道によると、本作は湯浅監督が台湾で撮った5本目の映画で、1967年3月8日にクランクインしていますが、監督は1966年11月23日に台湾に渡っていますから、そこから計算すると、わずか3ヶ月ほどの間に4本の映画を仕上げていたことになります。
台湾語映画は、一般に、北京語映画と比べて「安く早く」が身上の映画だったらしいので、短期間でそこそこ観られる映画を撮る湯浅監督が、台湾で重宝がられたのもむべなるかなという気がいたします。

ただ、「安く早く」の弊害がストーリー面で現れていたのもまた事実。
冒頭のダンスホールのシーンを当時台北にあった金谷飯店というナイトクラブで撮っていたにも関わらず、正雄が春美に「台北へ行こう」と迫るのはなんだか奇妙です。
しかも、春美の家、北投なんだよ。
ナイトクラブや春美の家の場所は、せめて新竹あたりの設定にしてほしかったところです。

ところで。

劇中、「懷念」がバカ売れして一躍人気作曲家となった正雄は、第2弾として「台北歸來的春美」なる曲を発表しますが、これがなんと「上海帰りのリル」のカバーですた。
たぶん未だに著作権料払っていないと思うけど。

急げ、JASRAC!



付記:撮影担当のはずの中條伸太郎がキャストとしてもクレジットされていたので、よーく観てみたところ、どうやら津崎公平のかばん持ちやってた人(台詞なし)が彼ではないかと思いました。

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土曜日, 6月 06, 2009

『温泉あんま芸者』DVDリリース!

〔橘ますみ〕〔ちょっとお耳に〕


どうも。
トド@阿修羅展に行ってヘトヘトになりますたです。

さて、忘れた頃に帰ってくる橘ますみたんネタ。

9月21日、東映ビデオより、待望の「温泉芸者シリーズ」DVDが一挙リリースされます……といいたいところなのですけれど、なぜか最終作のはずの『東京ふんどし芸者』のDVDリリースは無し。

温泉じゃないからか?

ま、それはそうとして、せんきち的にはもちろん、あの、記念すべき

東映温泉芸者シリーズ第1作

であり、

橘ますみたんの代表作

であるところの、

『温泉あんま芸者』

のDVDリリースがツボでございます。



ますみたんと温泉芸者シリーズといえば、もちろん、第2作の『温泉ポン引女中』もありますが(なぜか岡田真澄も出演。「Wますみ」だわ)、個人的にあまり好きな映画ではないので、とりあえず、『温泉あんま芸者』を一押し、ということで。


と言いつつ、商品へのリンクなど貼ってみる。

また、この他にも、『温泉みみず芸者』や『温泉スッポン芸者』といった鈴木則文監督の作品がおすすめです。
特に、『温泉スッポン芸者』は必見。



今ならアマゾンでお安く予約できますので、皆様ぜひぜひお買い求め下さい。

なお、念のため申し添えておくと、『温泉あんま芸者』と『温泉ポン引女中』はR18です。
よい子のみんなは観られません。
大人になるまで待ってね。

でも、『温泉みみず芸者』は一般指定みたいなんだよな。
この辺の尺度はいったいどうなっているのやら……。

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