まぜるなきけん

まぜたらいかんぜよ!

金曜日, 11月 06, 2009

最近観た映画のことなど (その1)

〔しようもない日常〕〔えいが〕


どうも。
トド@若年性更年期障害かしら?です。

さて、大した本数は観ていないのですけれど、いちおう東京国際映画祭とNHKアジア・フィルム・フェスティバルのメモ。
書けた順から適当にうpしやす。

『玄海灘は知っている(玄海灘은 알고 있다)』
1961年、韓国。金綺泳(キム・ギヨン、김기영)監督。金雲夏(キム・ウナ、김운하)、孔美都里(コン・ミドリ、인물정보)主演。

昭和19年の名古屋を舞台にして、朝鮮人学徒兵・阿魯雲(アロウン、아로운)(金雲夏)と日本人女性・秀子(孔美都里。在日の女優さんだそうです)の恋を軸に、日本軍の非人道性を暴いていく作品。
原作は、今年8月に亡くなった韓雲史(ハン・ウンサ、한운사)による同名の自伝的小説(注)・・・ってことは、

これも史実なんですかー?
(ボクは死にましぇーん!)

(注)こちらこちらのサイトによれば、この作品はまず1960年にラジオドラマ(KBS)として発表された後、1961年に小説&映画化、さらに1968年にはテレビドラマ化(KBS)された模様。
主人公の名前である「阿魯雲(アロウン)」の「阿」は魯迅の『阿Q正傳』の「阿」、「魯」は魯迅の「魯」、「雲」は韓雲史の「雲」を取ったもので、"alone"の意味も掛けてあるとの由(『玄海灘は知っている』〔日本語版〕の訳者解説及びこちらのサイトによる)。
また、こちらのコラムによると、韓雲史は阿魯雲同様「1943年末、朝鮮人学徒志願兵壮行会の席上、来賓の小磯国昭・朝鮮総督に向かって「閣下はわれらが出征の後、朝鮮2500万人の将来を確実に保証し得るや、返答を乞います!」と質問し、会場からつまみ出された」経験があるそうです。

追記:日本語版の解説によれば、小説『玄海灘は知っている』は「阿魯雲伝」の第1部で、第2部『玄海灘は語らず』(1961年)、第3部『勝者と敗者』(1963年)の計3部からなるとのことで、第1部の『玄海灘は知っている』は阿魯雲が軍を脱走して秀子と共に逃走、彦根を目指すところで終わります。
したがって、第2部である『玄海灘は語らず』も映画の原作と考えるのが妥当でしょう。

朝鮮人と日本人がどう違うのか(どこの違いだよ)を確かめるため、「日本では客がくると女性が背中を流す習慣がある」と偽って阿魯雲が入浴中の浴室に侵入する秀子の間違った積極性や、秀子の妊娠を知った秀子の母ちゃんが、阿魯雲に向かって「(軍隊を脱走して)2人で逃げろ!」と堂々の非国民発言を行う件等々、日本人女性の逞しさ(?)を改めて認識した次第(おいおい)。
終盤の名古屋大空襲~群集雪崩込みの執拗な迫力も見もの。
せんきち的には今年の東京国際映画祭最大のヒット!ですた。

DVD出ないかなあ。

原作は1992年に日本語版が出ています。
また、1993年には第2部及び第3部の日本語版も出ております。
(『玄海灘は語らず』に『勝者と敗者』も収録)


『龍虎豹シリーズ/第6集(龍虎豹:第六集)』
1976年、香港。許鞍華監督。李欣頤、江毅、石修主演。

「アジアの風」の小特集「アン・ホイ南無&禅」、じゃなくて、「アン・ホイNow&Then」の一。
初期のテレビ作品です(TVB)。

別題:『許鞍華の「林檎殺人事件」』。
「どーするどーなる?続きはまた来週!」状態のまま、唐突に終了するサスペンス。
『藪の中』系のお話なので、これでいいのかとは思うけれど、それにしても、あの女、誰よ?

『北斗星シリーズ/アー・ツェ(北斗星:阿詩)』
1976年、香港。許鞍華監督。黄杏秀、伍衛國、呉孟達、劉松仁主演。

同上(TVB)。

大陸からマカオの親戚を頼って密入国した14歳の少女・阿詩が、どこまでも転落していく姿を描いています。

売春で金を稼ぐことを覚えてしまった阿詩がまじめに働く気になれず、恋人の両親が住む家を出てまたしても娼婦となる姿が生々しいっす。
父親のわからない子供を産み落としたばかりか、その養育を別人に押し付けた阿詩が行方知れずになったまま物語は終わり、彼女がこれからも行くあてのない人生を辿るであろう事が暗示されています。

呉孟達がまるで別人だったのも、違った意味で生々しかったっす。

『獅子山下シリーズ/ベトナムから来た少年(獅子山下:來客)』
1978年、香港。曾泉盛、李國松、張堅庭、方育平主演。

同上(香港電台)。

ベトナムから香港へ密航してきた少年と、彼を取り巻く人々の物語。
後の『獣たちの熱い夜(胡越的故事)』や『望郷 ボートピープル(投奔怒海)』のルーツとも言える作品ですが、従兄が殺され、兄貴分がマカオに強制送還されて1人ぼっちになってしまった少年は、これからどこへ行くのでせう。

ストーリーとは全然かんけーないけど、廟街を散策する場面で少年と従兄(だったよね?すでに記憶があやふや)が仲良く腕を組んでいるのがけっこー気になりますた。
女同士のそれは今も日常茶飯事ですが、当時は男同士でもそうだったのでせうか。
何しろ、「盧泰愚と全斗煥」以来だったもので…。

『獅子山下シリーズ/橋(獅子山下:橋)』
1978年、香港。許鞍華監督。ティム・ウィルソン(Tim Wilson)、 施南生、黄新、黄莎莉、張瑛主演。

バラック群と公共住宅の間に横たわる龍翔道。そこにかかる歩道橋の撤去工事が突如始まったことから起こる騒動を、イギリス人記者の視点から描いています。
記者が自らのラジオ番組の中で政庁批判を繰り広げるが、香港電台でこういうドラマがOKだったのは意外。
とはいえ、最後に記者は夢破れて香港を後にするので、結果は痛み分けということでしょうか。

どーでもいーけど、高志森って年を取らない顔なのね。

『獅子山下シリーズ/路(獅子山下:路)』
1978年、香港。許鞍華監督。黄淑儀、黄曼、鄭裕玲、陳玉蓮主演。

同上(香港電台)。

麻薬中毒の女性たちの群像。
元朗に住む母子、舞庁で働く女性の2つの事例が同時進行で進みます。
どうにも救いようのない『阿詩』に比べると、こちらのオチはやや安易な印象ですたが、中身より何より、すっぴん眉毛なしの鄭裕玲が一番怖かったっす。

とりあえず、今日はここまで!
この人、尤敏とも共演してるんだよなあ。

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水曜日, 11月 04, 2009

けちんぼ

〔しようもない日常〕〔ちょっとお耳に〕


どうも。
トド@中途覚醒です。

さて。

大人の事情で(うそうそ)年に1度は必ず足を運ぶ世田谷区民会館
1959年竣工のコンクリート打ちっぱなしの建物は既に老朽化が進んでいますが(建替計画進行中。保存運動も起こっている模様)、先だって訪問したさい、建設当時協賛金を寄付した企業・個人を銘記したプレートがあるのを発見、


仔細に観察してみたところ・・・

新東宝の名前を発見!

寄付金の額は2万円(以上)也。
当時の公務員初任給が1万円ちょっとらしいですから、現在の金額に換算すると40万そこそこといった感じでしょうか。

「断末魔状態だった大蔵新東宝にしては、がんばったクチね」と思いつつ、視線を移すと・・・

10万円以上の所に東宝の名前が!

その差は5倍。

・・・けちんぼ。

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月曜日, 11月 02, 2009

札幌・横浜・名古屋・雄琴・博多 トルコ渡り鳥

〔えいが〕

つい最近まで、五反田の池上線高架下に「松竹」という名前の
お風呂がありますたが、小津の『東京暮色』であの界隈が
出てきたことからのネーミングだったのでせうか(おいおい)。

1975年、東映京都。関本郁夫監督。芹明香、東龍明主演(ナレーション・山城新伍)。

というわけで、個人的なメモ。
3日間の上映期間の内、監督のトークショーがあった後半2日間は仕事の都合で足を運べなかったため、あくまで作品内容のみに関する備忘録です。

1969年の『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』(以前書いたヘタレな感想はこちら)に始まる、いわゆる「東映セックス・ドキュメント」シリーズの1本として企画された作品ですが、実際の映画は20歳の泡姫・ひろみ(青森県出身。芹明香)とそのヒモ・利夫(和歌山県出身、27歳。南の男が北の女に寄生するという構図ね。東龍明)が、各地のお風呂で働きつつ日本列島を放浪する姿をセミドキュメンタリータッチで描いています。
したがって、『キネマ旬報』にあるような(『東映ピンキーバイオレンス浪漫アルバム』もこの記述を踏襲)、


尼僧スタイルの風俗嬢が恭しく客を迎える「尼僧ソープ」。ロビーいっぱいにジェット機の爆音が響き、中からスチュワーデス姿の風俗嬢が出てくる「スチュワーデス・ソープ」。詰襟の学生服の男子従業員、おさげ髪の風俗嬢の「女学校ソープ」。小児科、肛門科、性器吸入科等の看板を下げ、風俗嬢は看護婦スタイルの「病院ソープ」。


なんていう紹介映像は、1つも出てきません。
ホテトルのはしりみたいな「出張トルコ」と女性専用トルコ(トルコ伯爵。ビキニブリーフ穿いた泡王子が2人がかりで女性にご奉仕)が申し訳程度に出てきますが、これは「セックスドキュメント」としてのアリバイ作りの色彩が濃厚です(他にも、横浜から博多に流れてきたハーフの泡姫への取材あり)。
それよりは、ひろみの出身地が青森・下北半島である点等、後の『処女監禁』や『天使の欲望』(ヒロインの出身地が同じ)の原点にあたる作品と考える方が妥当でしょう。

冒頭、札幌のビジネス旅館の窓から放尿していた芹さんが、ラストでは列車最後部のデッキからまたしても盛大に放尿、「芹さんの放尿に始まって放尿に終わる映画」でおました。
途中の「自動車車内からビール噴射」も、放尿の暗示でせうか。
一度は喧嘩別れ(というか、雄琴で壮絶な暴力沙汰を起こした後、芹さんはパンティ一丁のままタクシーに乗って逃走。北へ舞い戻った芹さんは、「ハワイ」という名のお風呂に就職。北国のトルコがハワイ…)した利夫とヨリを戻した後、立ち寄った食堂でさっそく利夫の股間に手を伸ばすひろみが、いかにも好き者なんですけど憎めません。
喧嘩別れの原因となったポニーちゃんのエピソードには、しんみりさせられましたです。

中盤、何の前触れもなく菅原通済や榎美沙子(懐かしいね。生きてるんだろか)といった当時の出たがり識者(?)が大挙登場、トルコに関する見解を披瀝しているのには大爆笑。
若き日の黒鉄ヒロシが、したり顔でトルコ擁護論をぶっていました。

ところで、これは内容とはかんけーないのですけれど、近年では上海でもブイブイいわせているお風呂(こちらこちらをご参照下さい)、この映画にも「香港」や「蘇州城」といった中華系の店名を冠したお風呂の看板が出てきまして、なるほど、中華とお風呂って昔からけっこう相性がよかったのだなあと、改めて認識した次第です。

ちなみに、11月21日(土)からシネマヴェーラ渋谷で開催される山城新伍特集でも上映されるらしいです。
今回見逃した皆様は、ぜひその機会にご覧になってみて下さい。

こちら、戦前の上海で発行されていた英字紙に
掲載された正統派お風呂の広告。オーナーが日本女性と
いうのが気になりますです。


あ、そうそう、陰毛のお手入れ映像、大変勉強になりました。
もちろん、自分は実行できないと思うけど…。

おまけ:識者の1人として登場するトルコ・コンサルタントの垣沼健司氏、せんきちの中学時代の愛読書である『陰学探検』にインタビューが掲載されていました。

『陰学探検』は、現在、ちくま文庫から2分割&
タイトル変更されて好評発売中(垣沼氏のそれは『色の道~』の方に収録)。
小沢昭一氏の著書だと、『小沢大写真館』(これもせんきちの中学時代の
愛読書)にも泡姫へのアンケート調査があります。

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土曜日, 10月 31, 2009

なぜか本郷

〔ちょっとお耳に〕〔尤敏〕

「なぜか」繋がり。

どうも。
トド@絶不調です。

先月の半ば頃から体調を崩しておりまして、おまけに仕事もあるわ、映画祭シーズンだわで、

仕事→医者→映画→仕事→医者→映画……

のような毎日を過ごしておりました。

昨晩は、ずっと観たいと思っていた『札幌・横浜・名古屋・雄琴・博多 トルコ渡り鳥』のニュープリント上映会に行ってきますたが、明日まで上映がございます。
まだの方はぜひ足をお運び下さいまし。

さて。

なんとなく再始動、ということで、ひさびさにちまちましたお買い物報告なんぞを。

先日、古本屋サイトを経巡っていたところ、なぜか本郷の古本屋に電懋版『寶蓮燈』の特刊があるのを発見、さっそくゲットいたしました。

お品物でございます。


通常の特刊がA5判なのに対して、


こちらはB5判。電懋10周年紀念作品
ということで、大判になったのでせうか。


中身はいつもの『國際電影』の記事を
そのまま持ってきたような感じ。


この映画での尤敏は男役。
男前ですわん。


後半は挿入歌の数字譜が延々と続きますが、
この数字譜、日本のいわゆる「小十郎譜」(ドレミを
123の数字にしたもの)が中華圏に移入したものだと
どこかで聞きました。


これが小十郎譜(研精会譜)。
縦書きです。
長唄「鶴亀」より。


こちらは小十郎譜のシステムは
そのままで横書きに改めた譜(下段。
上段はお箏の譜)。
山田流箏曲『常磐の栄』より。


裏表紙は『啼笑姻緣』の広告ですた。

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月曜日, 10月 26, 2009

生存確認

〔しようもない日常〕

著者近影。

どうも。
トド@不眠症です。

風邪引いたり、お腹を壊したりしていますが、とりあえず生きております。
来週あたりには戻ります。

では。

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水曜日, 10月 14, 2009

発掘!幻の大宝映画 第三弾!

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕


どうも。
トド@温泉行きたいです。

以前、こちらでも第1弾上映会(『黒と赤の花びら』)のご案内をいたしましたが、幻の大宝株式会社配給作品の第3弾上映会(『波止場で悪魔が笑うとき』)が来たる17日(土)、18日(日)に新橋TCC試写室にて開催されます。

例によって大宝に関しては上映会特設サイトをご参照頂くとして、今回は、

大宝配給作品ポスター展

も同時開催されます。
東京国際映画祭真っ只中の日程ではありますが、映画祭へ行く人も行かない人も、今度の土日は新橋に注目!ですわよ。

以下は、今回の上映作品の情報及びスケジュール(特設サイトからの引用です)。

発掘!幻の大宝映画 第三弾!!
火を吐くルガー08の恐怖! 凄絶痛快アクション巨弾!

『波止場で悪魔が笑うとき』
(1962年 第一プロ製作 大宝配給作品 シネマスコープ 16mm)


製作:土肥静
監督:中川順夫
原案:広瀬利江
脚本:中沢信三、策明順
音楽:奥村一
撮影:宮西良太郎
出演:牧真史、泉京子、丘野美子、月田昌也、筑紫あけみ、鮎川浩、木村天龍、奈良優一、深見泰三、二本柳寛、コロムビア・トップ、コロムビア・ライト、チャーリー石黒と東京パンチョス 他

(あらすじ)
数ヶ月ぶりに海から帰った健次を待って居たのは弟信吉の死であった。真面目だったはずの弟がルガー08の弾丸を打ち込まれて殺されたというのだ。弟の死の真相を探るべく調査を開始した健次の前にやがて明らかになっていくのは麻薬組織の恐るべき陰謀であった…。

(解説)
大宝配給作品『黒い傷あとのブルース』(小野田嘉幹監督)に主演した牧真史がここでも主役を務め、健次とその弟信吉の二役を演じている。相手役の踊子ルミを演じるのは小津安二郎監督『お早よう』への出演でも知られる松竹出身のヴァンプ系女優泉京子。
監督は『海底人8823』などのテレビ作品の他、主に独立プロで活躍し、児童映画からピンクまでもをこなす職人監督中川順夫。
先にも記したが(特設サイト参照・せんきち注)この作品は永らく中川信夫監督作品ではないかと云う説もあった。その原因となったのがキネマ旬報1962年3月下旬号(No.307)に載ったこの作品の紹介記事である。ここには確かに監督が中川信夫と記されている。これが単なる誤植なのか記事の執筆者の間違いなのかは今となっては知る術もないが、この作品はまともに公開されたかどうかすら怪しい作品ゆえ、誰もその間違いを正すことなく、この記事が唯一ともいえる公的資料となってしまった事でその様な説が流布してしまったのであろう。なお、今回のフィルムの発見後、台本(準備稿)とポスターの現存を確認したが、当然その監督名は中川順夫と記されていた。
今回のフィルムの発見により、この間違いを正すことが出来たのは幸いである。

(上映スケジュール)
10月17日(土) 15:00開場 15:30~17:00上映
10月18日(日) 12:30開場 13:00~14:00上映
※この作品の正確な上映時間が判っていません。
その為、両日共にタイムテーブルはあくまでも予定となります。ご了承ください。

(上映カンパ金)
両日とも 1500円

(会場)
新橋TCC試写室
住所:東京都中央区銀座8丁目3番先 高速道路ビル102号

(ご予約について)
予約なしの当日来場も受け付けるそうですが、満席の場合には入場不可となる場合もあるそうですので、皆様ぜひともこちらの予約フォームにてご予約の上、ご来場下さい。

拙ブログで何度も取り上げた(その1その2その3その4東アジアの隠れたスーパースター・泉京子の主演作です。
そういった意味でも極めて興味深い作品だと思います。
皆様も、ぜひ。

おまけ:泉京子は、浅草の老舗牛鍋屋「米久」の娘さんだそうですけれど、うちの死んだ婆さんが東京へ出てきた頃(昭和初期)、「米久で牛の子が生まれた」という噂が流れたことがあると生前よく話していました。その牛の子って、ひょっとして泉さんのこと?(おいおい)

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月曜日, 10月 12, 2009

台湾の初代女王蜂

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕
稲垣吾郎の「大関」のCM
観るたびに、このMVを思い出すオレ。

どうも。
トド@引き続き貧乏暇なしです。

えーと、われわれには全く関係ありませんが、20日にこんな行事があるらしいね。

「日本-香港 コンテンツ・コラボレーション・シンポジウム」
~大中華圏市場進出に向けた日港協力モデルの推進~
「香港映画100周年記念レセプション」


香港からは沙龍電影の汪長禹氏が出席するらしいけど、沙龍電影は最近吉本興業とも提携しているし、この手の行事には引っぱりだこのご様子。
しかし、せっかくの100周年なのに…何かもったいない気もいたします。

(……この話はここまで)

今日は全国的に祝日ですが、朝、何気なくテレビを点けたところ、東京MXテレビ(関東ローカル)で「美しくなりま専科」なる高須クリニック提供の番組をやっており、高須センセーが中国・瀋陽の美容整形事情を紹介していらっしゃいましたが(手術現場の映像が次々に!)、驚いたのが脇に控える面々。

高須センセーといえばこの方、であるところのサイバラりえぞうセンセーはもちろん、イワイシマコセンセーに、しんちょー社のナカセユカリ女史までいらっしゃるじゃあーりませんか!

なんでも、番組ホームページによれば、このお三方は、

高須美女軍団

との由。

美女か…。


さて。

今から4年ほど前、1981年の台湾映画『女王蜂』を無理やりニンジャ映画に仕立て上げたニコイチ作品『地獄のニンジャソルジャー (Ninja 8:Warriors of Fire)』をご紹介したさい、主演の陸一嬋をあたかも台湾の初代女王蜂であるかの如く書いてしまいましたが、最近、1962年に郭南宏監督が撮った『女王蜂』が真の台湾における初代女王蜂映画であることが判明しましたので、訂正をかねて今回取り上げることにいたします。

1962年の『女王蜂』から。
主演の夏琴心。

前述した通り、郭南宏監督の『女王蜂』は1962年に製作された台湾語映画で、主役を演じた夏琴心が女だてらに切ったはったの大暴れをするアクション映画だったそうで、その大胆な演技は当時センセーショナルな話題を呼んだとのことです。

これに先立つ1961年、台湾では新東宝の「女王蜂」シリーズ最終作である『女王蜂の逆襲』が公開されており、おそらくはこの影響下に製作されたのが郭南宏版『女王蜂』ではなかったかと考えられます。

シリーズのその他の作品の台湾での上映記録は未詳ですが、
山田誠二氏の『幻の怪談映画を追って』(洋泉社)には、『女王蜂と
大学の竜』を撮影中のスタジオで記念撮影をする三原葉子と台湾の
配給業者の皆様の写真が掲載されています。

ちなみに、郭南宏監督は同じ年に『浦島遊龍宮 (浦島太郎遊龍宮)』という浦島太郎の映画も撮っており、この映画で浦島太郎を演じたのが、後に邵氏男星・凌雲となった林龍松。
凌雲も台湾にいた頃は浦島太郎になったり鹿の着ぐるみを着たりと、コスプレ男優としてご活躍だった模様です。

こちらは『女王蜂の逆襲』と同時期に
台湾で公開された『銀座旋風児(マイトガイ)』。
ついでに言うと、郭南宏監督には『旋風兒』
という作品も撮っています。

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日曜日, 10月 04, 2009

太白 VS 海角皇宮

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕

ウィリアム・ホールデン(William Holden)と
東アジアといえば、この映画も忘れちゃいけないわね。

どうも。
トド@相変わらず貧乏暇なしです。

昨日の中秋節。
不肖せんきちも、古式ゆかしく月見団子などを食したものの、

本高砂屋製。


つやつやもちもちのお団子。

月見はしませんですた。ハハハ。

その夜、BS-TBSで『慕情(Love Is A Many Splendored Thing.生死戀)』をやっていたので久しぶりに観ますたが、なるほど、この映画には中秋節の場面がありますので、その繋がりでのオンエアだったのでせうか。
なかなか粋ですな、TBSさんも。




不肖せんきち、この映画を初めて観たのは小学5年生のときで、お子ちゃまだったわたくしは浜辺での煙草の場面に憧れて「いつかはあんな風に煙草の火を点けてみたいわ」と思ったものですけれど、今じゃすっかり嫌煙家ですわ。

お子ちゃませんきちは、この映画の煙草の場面にも憧れますた。
でも、せんきちの記憶の中ではグレゴリー・ペック(Gregory Peck)が
タイロン・パワー(Tyrone Power)に変換されていたよ。
陽はまた昇る(The Sun Also Rises)』とごっちゃになっていたのね。




ところで、件の中秋節の場面、ウィリアム・ホールデンとジェニファー・ジョーンズ(Jennifer Jones)が2人で食事に行くのが、香港仔の水上レストラン・太白海鮮舫。

船着場でおばちゃんたちに囲まれる2人。


黄昏時の太白。

よくよく考えてみると、『慕情』のみならず、『お姐ちゃん罷り通る(香港三小姐)』や『香港の白い薔薇(香港白薔薇)』といった日港合作映画や、東映の『東京ギャング対香港ギャング』で登場する水上レストランはいずれも太白でして、もう一軒の(あ、珍寶誕生以前の話ね)海角皇宮は、なぜか影が薄いのでありました。
が、そんな中、『香港の夜(香港之夜)』では海角皇宮が会食の場として登場いたします。

お船で海へ漕ぎ出すと・・・
(ここで見えてるのは太白みたいね)


"SEA PALACE"の文字が現れます。


こちらは、高峰秀子著『私の梅原龍三郎』より。
高峰秀子・松山善三夫妻にエスコートされる梅原龍三郎。
本文や写真のキャプションには「太白で食事をした」旨が
書かれていますが、船着場の看板には"SEA PALACE"の文字が。


ほんとはどこに行ったの?

そういや、電懋の『ジューン・ブライド(六月新娘)』に出てきた水上レストラン、あれはどちらでしたっけ?

(未消化のまま終了)

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日曜日, 9月 27, 2009

香港の水

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕

メタドン飲んでパパはヤク中を克服した
らしいんだが、最後までどこか荒んでるな。

どうも。
トド@崖っぷちです。

さて、ただいま放映中の『元祖!大食い王決定戦』(テレビ東京)。
毎度おなじみ海外ロケの舞台(テレ東的には精一杯気張ってます)は、今回、なんと澳門だそうです。
今現在別のチャンネルを観ている方も、大食いが大嫌いな方も、今日ばかりは観ましょう!
ちなみに、不肖せんきちは大食い番組が大好きです。
でも、魔女不在なのはさみしーなあ。
観たかったよ、澳門の魔女。

というわけで、本題。

木本正次の小説『香港の水 日本人の記録』というと、張曼玉が出演した1991年のNHKドラマ『ホンコン・ドリーム 私の愛した日本人』の原作として、ご記憶の方も多いことと思います。

講談社刊行の初版本。
1991年にはドラマ放映に合わせて
日本放送出版協会から新たな単行本が
出ました。


ところがこれ、1967年の初版当時には石原裕次郎率いる石原プロが映画化を予定しており、初版本の帯にはこんな記載(下記参照)があるのみならず、


裕次郎自身が推薦文を寄せています。
以下に、その推薦文を引用してみましょう。


骨の太い真のロマンを 石原裕次郎

毎日新聞連載中にこの作品を読んで、私は壮大なロマンに感銘した。日本映画の復興には、骨格の太く逞しい、真のロマンが必要で、そのために私はいま三船敏郎氏と協力して、「黒部の太陽」の製作に全力を傾注しているのだが、同じ著者による本書は、その上にさらに国際的な規模の雄大さを加えて、感動の振幅は一そう大きい。私は次作をこの原作と決めて、欧米の一流映画製作者との提携を準備中である。日本では始めて(原文ママ)の、本当の意味での国際的映画の実現を決意している。



裕次郎の推薦文にもある通り、この小説を書いた木本正次は『黒部の太陽』の原作者でもあり、香港の上水道建設のために命をかける日本の男たちのドラマを読んだ裕次郎が「日本のダムの次は香港のダムだ!」と閃いても一つもおかしくはないのですが、結局、この映画化は実現することがありませんでした。
小説を読んだ方ならおわかりかと思いますが、内容的に中国が絡んでくることも映画製作を困難にしたでしょうし(なんたって当時は文革の真っ最中)、何よりも予算面でかなり厳しかったのではないかと思います。

仮に映画化が実現していたとすれば、裕次郎は工事半ばで殉職する西松建設(!)の技術者・藤沢功の役を演じていたはずで、そうなると、彼と恋に落ちる香港女性・何麗芬は誰が演じる予定だったのかなあとも思いますし、裕次郎の言う「欧米の一流映画製作者」もいったい誰のことを指しているのか、ひじょーに気になりますです。
ま、キャスティングだの何だのといった、そんな段階まで行く以前に計画が頓挫してしまったのかもしれませんけどね。

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月曜日, 9月 21, 2009

海魔(陸を行く、じゃなくて)

〔ちょっとお耳に〕〔えいが〕

香港公開時の新聞広告(1976年3月)。

どうも。
トド@SUNTORY×暴れん坊将軍のCM(店頭ヴァージョン)、ワロタです。

ここのところ、「貧乏暇なし」状態が続いておりまして、この連休もちょこちょこと仕事をこなしております。
そんなこんなで更新も滞りがちですが、7日に1遍でも10日に1遍でもこつこつと更新していく心積もりでおりますゆえ、皆さま辛抱強くお付き合い下されば幸いです。

さて、前回の記事で特撮映画が出てきたので、今回も特撮ネタを。
ただし、最初にお断りしておくと、不肖せんきち、いわゆる特撮物に関しては明るくありません。
その道のエキスパートによる継続調査を期待して、無理を承知で敢えて執筆する次第です。
その旨、ご了承下さい。

1970年代前半、香港や台湾でも『ウルトラマン』や『仮面ライダー』等といった日本の特撮ヒーロー物が人気を集めましたが、1972年の日台断交以降、台湾で日本映画の上映が禁止(日本とその他の国との合作映画、日本人が投資した香港映画も含む)になると、香港映画界では苦肉の策として日本の特撮物から特撮場面を流用し、演技部分のみは香港の役者を使って撮影、これらを繋いだ作品を「國片」と称して台湾へ持って行くという抜け道を編み出しました(注1)。
しかし、1975年には長弓が製作した『鐵超人』が「ニセ國片」の疑いをかけられ、上映後に再審査を命ぜられるという事件が発生(注2)、この抜け道は曲がり角を迎えます。
ちょうど同じ頃(1975年8月)、三上睦男が特技(クレジットなし)、西本正(賀蘭山)が撮影をそれぞれ担当した『中国超人インフラマン(中國超人)』が台湾で上映されているところから考えると、この再審査事件は「姑息な手段を使うよりは、日本人を呼んでもいいから自前の企画で特撮映画を撮れ」という台湾当局のサインのようにも受け取れますが、それ以後、日本人スタッフが参加した香港映画の台湾での上映や台湾映画への日本人スタッフの参加に関しても、徐々に規制が緩和されていったようです(注3)。

このような流れの中、台湾の製作会社である美鴻企業機構有限公司は、高野宏一を招いて『海魔』という特撮映画を製作、撮影に当たって高野宏一は日本から20人ほどのスタッフを引き連れて参加、その技術は高く評価されました(注4)。
当時の報道(注5)によれば、『海魔』は民間故事に基づく古装片で、人間に災いをもたらす妖魔との戦いを描いた作品のようですが、しかし、どういうわけか台湾映画のデータベースである「台灣電影資料庫」にはこの映画のデータがありません。
仔細に調べてみると、どうやら1975年の『金刀斬怪魔』がそれに当たるのでは?と見られますが、新聞局のデータでは(『金刀斬怪魔』は)1980年製作となっています。

以上、わからないままに高野宏一が特技を担当した映画『海魔』をちらりとご紹介しましたが、『海魔』と同時期には同じような特撮物古装片が何本か製作されており、それらの作品との関連や(『海魔』が)台湾で公開されたのか否かについて、今後調査していく必要があると考えております。

(尻切れトンボのまま終了)

(注1)『跨世紀台灣電影實錄 1898-2000』中巻(2005年、文建會・國家電影資料館)及び1975年7月26日付『聯合報』(「特技鐵超人原屬改頭換面」)による。ちなみに、邵氏はフィルムを繋ぐのも面倒だったのか、チャイヨの『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団(The 6 Ultra Brothers vs. the Monster Army)』を輸入、これにに広東語吹替を施した作品を『飛天超人』の中文タイトルで上映しています(下の画像)。
キネ旬データベース」で『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』の原題が『飛天超人』となっているのは、おそらくここからきているものと考えられます。
また、前回の記事で触れた『火星人』(1976年、太子)の「チャイヨ特撮+台湾俳優」という組み合わせ(?)は、香港映画における「日本特撮+香港俳優」の悪しき応用と言えましょう。

「正宗電影並非電視片集」とあるのが笑えます。

(注2)注1に同じ。
(注3)西本正(賀蘭山)の会社が製作した『風流女福星(勾魂艶星)』は、「日本人が投資した香港映画は日本映画と見做す」との理由で、1974年4月に台湾での上映が禁止されており(『跨世紀台灣電影實錄 1898-2000』中巻による。しかし、なぜか今村昌平等の日本人スタッフは問題にされていないのですが。あるいはクレジットなしでの参加だったのでしょうか)、その西本が撮影を担当した『中國超人』が台湾で上映されたという点からも、規制緩和の兆しが伺えます。
(注4)1976年3月25日付『華僑日報』(「『海魔』特技出色 孟飛子可觀」)及び1976年3月26日付『香港工商日報』(「海魔特技比美超人」)による。
(注5)1976年3月19日付『華僑日報』(「余漢祥費盡惱筋 導演新奇特技片海魔」)による。

おまけ:『クレヨンしんちゃん』の父・臼井儀人氏の訃報、なんとも痛ましい限りですが、「決して顔出ししない漫画家」であるはずの臼井氏の「写真」が、なぜか中華圏の新聞報道やテレビニュースでは露わに。
こ、これって、本当にご本人なんですか…?(お答え:いいえ

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