2011年6月27日月曜日

6月26日のツイートまとめ

  1. senkichi2918中川信夫監督はグアム島ロケが最初で最後の海外ロケだったそうだが、西本さんの願い通り邵氏へ行っていたら、どんなことになっていただろうかと思う。一度下見に香港へ来たらしいけど。
  2. senkichi2918昨日、桑原幸子さんが『プレイガール』のグアム島ロケで「橘ますみだけが直接飛行機で来たんですよ!」と(忌々しげに)何度も口にするたびに、心の中で「すいません、すいません」と詫びていたわたくし。
  3. senkichi2918@alzasu 根強いファンがいるのですね。
  4. senkichi2918昨日聞いた話。武田鉄矢が『刑事物語』をやってた頃、成龍が「武田さんと一緒に映画をやりたい」と言ってきた。『警察故事』&『刑事物語』な映画を作りたいと。しかし、成龍が「予算は2億。内1億は僕のギャラ、5000万は武田さんのギャラ、残りが製作費」と言うので企画はボツになったそうな。
  5. senkichi2918テレ東に成龍登場。
  6. senkichi2918@xiaowuer 最初から新聞記事を調べるべきだったと後悔いたしました。何事も念入りに調査しないとダメですね。
  7. senkichi2918@hkfono そうですね。
  8. senkichi2918@nandakataneo 開業翌日、屯門の名士が宴会をやってる記事があるので、そういった方々の需要と、当時、青山酒店なんていうホテルもあったので、お泊まりがてらや日帰りレジャーのついでにお食事なんて利用方法もあったのではないかと思われます。
  9. senkichi2918ブログ、訂正して更新。http://bit.ly/keyALR
  10. senkichi2918@xiaowuer 今、古新聞漁りをしたら太白は沙田ではなく青山にあったという記事を見つけました。というわけで、訂正版をお届けします。http://bit.ly/keyALR
  11. senkichi2918さすがNHK。ラストは不死鳥コンサートの『人生一路』だわ。何度聴いても涙が出る、これ。
  12. senkichi2918@xiaowuer たぶん解明にはかなーり時間がかかると思いますが、気長にお待ち下さい。
  13. senkichi2918@xiaowuer いつ頃まであったのか等については解明し切れていませんので、宿題にいたしたいと思っております。
  14. senkichi2918Lesley『東京にいます!』 http://t.co/8H4vO22
  15. senkichi2918今日は久しぶりに会うお友達と寿司を食い、茶を飲んだ。来月一緒に映画を観に行く約束をする。
  16. senkichi2918久しぶりにブログのアクセス解析チェックしたら、ここ最近の検索ワードのトップ2が「新藤恵美」と「腋毛」だった。腋毛は昔からのことだけど、新藤恵美は……どこかでブームになってるの?
  17. senkichi2918ブログ、画像てんこもりで更新。http://bit.ly/keyALR
  18. senkichi2918@ran_na この漫画ですか?http://bit.ly/iyCZQS ハエ男の恐怖みたいですね、発端が。
  19. senkichi2918@alzasu 汁気…ということは、便所で吐いた後、入口でもって感じでしょうか。となると、女子トイレに男子が殺到していたのは、男子トイレがゲロの海になっていたから…かもしれませんね。
  20. senkichi2918養命酒仕込んだし、寝る。養命酒のアルコール度数、14度だった。
  21. senkichi2918『牡丹燈籠』、伴蔵夫婦は栗橋ではなく潮来へ落ち着くことになっていた。
  22. senkichi2918楽楽屋の入口のゲロに被せてあったおしぼり、あれ、レンタルだよね。またどこかのお店で使われる。そして知らずにそのおしぼりで顔を拭くオヤジ。
  23. senkichi2918今日観た『プレイガール』、橘ますみたんだけ飛行機で直接グアムに飛んだんだって。
  24. senkichi2918@drifting_clouds@hkfono@kitakitsune_sp@ran_na@alzasu@harumaki_r@jajamaru188 次回は是非。蚕食べましょう。
  25. senkichi2918@hkfono 今調べたら、3階から2階の料理を取り寄せできそうな感じです。カラオケ&蚕ですか、次回は。
  26. senkichi2918急に話は昼間の酒豆忌のことになるけど、Hさんが持参していた『絶海の裸女』のポスター、いいなあ。この映画も香港・台湾で上映されていたのであった。
  27. senkichi2918@hkfono 店の入口(1階)にメニューが出てましたが、あったようななかったような…。
  28. senkichi29183階のカラオケ屋と同じ資本みたいだけど、カラオケ屋からも注文できるとかいうシステムなのだろうか。
  29. senkichi2918@ran_na よろぴくお願いいたします。
  30. senkichi2918楽楽屋のお兄ちゃん、私達に興味津々だったな。まだ珍しいんだろうか、日本人客。「今日は皆さん日本の方ですか?」とか「ここのことはどうやって知りましたか?」とか、質問攻めにあってしまった。
  31. senkichi2918楽楽屋1号店、ホームページだと午前11時から翌朝5時までだけど、ほんとは24時間営業みたい。朝は中華な朝食メニューを提供。あの辺りで働いていらっしゃる中華な皆様御用達なのかしら。

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2011年6月26日日曜日

青山灣の太白のことなど(改題しますた)

〔ちょっとお耳に〕

『お姐ちゃん罷り通る(香港三小姐)』(1959年、東宝・邵氏)より。
太白の店内。
向かって左からピンチ(中島そのみ)、
パンチ(団令子)、センチ(重山規子)。

どうも。
トド@画像アップロードに手間取りますたです。

前回の記事ではまたぞろ昔の香港のスライド特集をお届けしましたが、スライド収集をしていて気付いたのが、新界にあった水上レストランのこと。
新界には沙田の沙田畫舫の他、

沙田畫舫(例によって褪色の激しい
スライドで申し訳ございません)。


夜の沙田畫舫。
(手持ちの香港名所トランプから)。

あの香港仔で有名な太白も支店(?)を構えていたらしいようなのであります。
その証拠が下のスライド写真。

「香港」ではなく常に「新界」のスライド群に分類。
船には舢舨ではなく、陸上から掛けられた橋で
直接渡るという構造になっています
(沙田畫舫も同じ構造)。


橋の袂にあったらしい龍の像。

てなわけで、不肖せんきち、さっそく新界の太白について調査を開始したものの、ネット上にはほとんど資料がございませんで、いつ頃からいつ頃まで新界のどの辺りに位置していたのかも判然としないままなのでありますが、ウィキペディアによれば太白の船は1952年に一度建造された後、1960年に更に大きな船が建造されたため前の船は御用済みとなっており(新しい船での営業開始は1961年)、どうもこの御用済みの船が新界へ移動して第2の人生(船生?)を送ることになったようなのであります。

追記:その後、困った時の古新聞漁りをしたところ、1962年1月、青山灣で開業した旨の記事(1962年1月17日付『香港工商日報』)を発見いたしました。そこで以下、青山灣と表記いたします。


念のため、青山灣の船と1952年製の船が同一であるか否か、当時の映像で確認したところ、1955年のアメリカ映画『慕情(Love Is A Many Splendored Thing.生死戀)』に登場する太白は、


こんな按配、さらに1959年の日港合作映画『お姐ちゃん罷り通る(香港三小姐)』における太白は、

真ん中が太白。
向かって右が海角皇宮。



こんな感じでして、どうやら青山湾の船と同一の船のようです。
つまりは、わたくしの推測どおり、1962年に1952年製の旧型船を用いて営業を開始したのが青山灣の太白海鮮舫ということになります。

また、船着場も1955年当時は


こんな感じだったものが、1959年になると、


こんな感じに変化いたします(向かって右は海角皇宮の船着場)。

そして、1960年に完成した新型船はこんな感じ。



別角度からどうぞ。

ちなみに、お隣の海角皇宮も最初は


こんな感じ(手持ちの絵葉書から)だったのが、後に建て替えられて、


このように大型化いたします(これも手持ちの絵葉書から)。

1961年の日港合作映画
『香港の夜(香港之夜)』ではまだ旧型船。


1963年の日港合作映画『ホノルル・東京・香港(香港・東京・夏威夷)』から。
「海角皇宮」の文字が見えます。これは船着場でしょうか。


ところで、今日手に入れることのできる昔の香港のスライド、絵葉書の類における太白と海角皇宮のツーショット(?)写真は、どちらも新造船になってからのものが大半で、

向かって左から太白、海角皇宮。


こちらは別角度からの遠景。
画面右側手前が海角皇宮、奥が太白。


夜の景色。

それ以前のものは殆ど見たことがございません。

夜の船着場。


ということで、最後までお付き合い
下さいましてありがとうございました。