2006年9月19日火曜日

長閑なることつつじの如し(意味不明)

〔ちょっとお耳に〕

これが問題の『明星』だ!

もっと前に書くはずだったネタを、今さら。

7月から8月にかけて東京のデパートでは古書展が開催される機会が多く、せんきちはこのうち銀座松坂屋、新宿京王、東急東横店のそれに足を運びましたが、そこで出会ったのが今回ご紹介する月刊『明星』1962年5月号。
不詳せんきち、『週刊明星』は尤敏の載っていそうな号について全てチェックしたのですが、月刊に関しては未チェックの号も多く(これもそんな1冊)、巻頭グラビアに尤敏が掲載されていたため、「日本一の尤敏ファン」を目指すせんきちとしては「速攻買い!」となった次第。

で、気になる記事の内容はというと、

尤敏のホリデー・イン・ジャパン

なるタイトルのもと、司葉子とツーショットで微笑む尤敏の写真と『香港の星』の北海道ロケの折のスナップが掲載されていました。


記事中には、


香港スター尤敏は今や日本のアイドルです。『香港の星』『社長洋行記』2本の東宝映画出演のため来日、わずか滞日1週間のいそがしいスケジュールでしたが、その間に、花と雪にいろどられた日本をエンジョイしました。
大の仲良しの司葉子さんと早ざきの山つつじの花咲く山の公園で、淡いピンク色の支那服姿も清らかな尤敏さんは、かわいらしい花々のような微笑をうかべて語りあいます。(以下略)



とあり、一瞬「おお、『香港の星』の時も司葉子に会っていたんだなあ」と思ってから、はたと気がつきました。

『社長洋行記』のスチール撮りと『香港の星』の北海道ロケのために尤敏が来日したのって、たしか2月だったはず(→たしかに2月でした)。

となると、もし仮に1962年の冬が記録的な暖冬だったとしても、こんな満開のつつじの中で写真撮影をするのは不可能になります。

そこで、再び仔細に写真を眺めてみると、おや?
司葉子が着ている服、これって、『香港の夜』の雲仙温泉の場面で着てた服じゃん。
それに尤敏の髪型、これはまぎれもなく1961年の髪型ざます(1962年はも少し短い)。

動かぬ証拠。

なんのこたあない、1961年の『香港の夜』雲仙ロケのさいに撮影した写真を流用しただけの代物でおました。

がっかり。

「本誌独占特写」なんて誇らしげに謳っちゃって、東宝からクレームは来なかったのかしらん。
映画の宣伝になれば何でもOKだったのでしょうかねえ。


今と違い、芸能マスコミがまだまだ長閑だった時代を偲ばせる記事でありました。

付記:当時の芸能人のファンレターの宛先って、今では信じられないことですがほぼ全てが「自宅の住所」。ストーカーなんていなかったんだろうか。

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