2006年3月3日金曜日

男の勝負 関東嵐

〔橘ますみ〕

やっぱり「度胸千両入り」ね!


1967年、東映京都。山下耕作監督。村田英雄、池部良、北島三郎、待田京介、桜町弘子主演。

超お久しぶりの橘ますみたんネタの前に、ちょっと別の話を。

先日届いた『香港電影通信』を読もうと思ったら、『侯孝賢通信』(創刊第一号)なるリーフレットが同封されていることに気づき、これにも目を通してみました。
そこには「日本公開年(Filmography)」というタイトルのもと、侯監督作品の日本公開リストが整理されていました。
このリストによれば、一番最初の日本公開作品は1988年の『童年往事‐時の流れ』。
実はそれ以前の1984年10月、すでに『坊やの人形』が日本公開されているはずなのですけれど(くわしいデータは、こちらこちらをご参照下さい)、本リストでは1990年(侯孝賢映画祭)に至ってようやく『坊やの人形』が登場します。
おそらく何らかの基準があって1984年のデータをカットしたのでしょうが、それならば、いかなる基準のもとに作成したリストなのか、それをきちんと明示すべきだったと思います。
ご存じない方が見たら、やはり誤解してしまうと思いますし。

といったところで、本題に移りましょう。

今月は、「東映チャンネル」で橘ますみたん出演作品が3本(『男の勝負 関東嵐』『男の勝負 白虎の鉄』『シルクハットの大親分 ちょび髭の熊』)も放映されるので、ウハウハのせんきちです。
本作はその中でも最も初期の作品

ますみたんの役どころは、静岡は三島の女郎・夏子。
故郷は天竜川流域の貧しいおうちらしいっす。
近藤正臣扮する貝島組の養子・健男のなじみの女郎でしたが、その後身請けされて正式に健男の婚約者になります。
しかし、敵対する大串組の陰謀によって貝島組の組長ともどもドスで一突きにされ、屋敷に火を放たれてしまいます。
ここに居合わせた北島サブちゃん、組長だけを担いで安全な場所に運び、1人残されたますみたんは哀れ人間BBQに・・・・と思いきや、駆けつけた村田だ!に間一髪救い出されます。
が、時すでに遅し、彼女はすでにこの世の人ではありませんでした。

じゃんじゃん。

そんなこんなで最後の殴りこみに突入、後は推して知るべしであります。

近藤正臣の死んだ父親の役が待田さん。
待田さんは明らかに猿顔ですが、近藤正臣も猿顔かしらん。

池部良も出ていたけれど、今ひとつ活きていなかったような。

途中まできっぷのいい姐御だった桜町弘子が、村田だ!と夫婦になった途端、なよなよした世話女房になっちゃうのは、つまんないけど想定内。
「あたしったら、こんなに突っ張って生きてるけど、ほんとは淋しがりやの可愛い女なのよ」ではなく、「あたしったら、こんなに突っ張って生きてるけど、ほんとにどこまでも突っ張ってる女なのよ」だと、「1人でも生きていける女」になっちゃいますしね。

五月みどり2号、もとい、小松みどりの存在がこの映画で一番の謎でした。
ヘタレな台詞を二言三言しゃべった他、「ポチャポチャ小唄」を唄ってくれました。

(於:東映チャンネル)

4 件のコメント:

胤雄 さんのコメント...

せんきちさん、今晩は。
記事とは関係のない話なのですが…。
実は、わたしのブログからせんきちさんから頂いたコメントがそっくり消えてしまっているのです。
以前のブログ(箪笥のへそくり)から頂いたコメントは残っています。
これはいったいなんなのでしょう???
だれかの謀略でしょうか(笑)

せんきち さんのコメント...

胤雄さん

こんにちわ。
ええっ?そんなことがあるのですか?
以前、ココログでこちらのブログのURLを入れてコメントしようとしたら、スパム扱いされてコメントできなかったことがあるのですが、もしやそちらのブログでもスパム扱いされて一括消去されたとか・・・・。
受難です(笑)。

hoisam さんのコメント...

せんきちさんの文章を読むと、ものすごく、猛烈に、面白そうです! ぜひ見てみたいものです。
久しぶりに正面からアイラインで見つめられてドキドキです。実は村田先生がひそかに好きだったので、三人の会(でしたっけ? ミッチー&春日八郎との)に一度行きたいと思っていたのですが。

せんきち さんのコメント...

hoisamさん

こんにちわ。
傑作というほどではないですが、ほどほどに面白いです。
未ビデオ、未DVD化作品なので、どこかの映画館でかかるとよいですね。
映画を観てると、あの頃の村田さんはきっともてただろうなあと思います。