2009年7月31日金曜日

再び『よろめき迷探偵(東京尋妻記)』のこと

〔えいが〕〔ちょっとお耳に〕

日本映画ではありません。

どうも。
トド@ばね指さらに悪化です。

さて、先日の記事で取り上げた『よろめき迷探偵(東京尋妻記)』。
日本公開の時期について、何かヒントになることはないかと思い、『映画秘宝』の2007年7月号を引っ張り出して再読したところ、「戦後インディペンデントフィルムとエロダクション黄金時代(日本エロ映画年表2)」の1961年の項に、


国映、台湾との合作映画『世界桃色全集』でドラマ演出にも挑戦。


なる記述があり、「矢元照雄、初期国映作品を語る2」でも、矢元照雄氏が、


…これ(『世界桃色全集』・せんきち注)は台湾との合作映画。日本から俳優の八名信夫なんか連れて行ったんだ。女優も何人かと監督やスタッフもね。それで台湾に1カ月位行って撮った。もちろん僕も行ってた。ショーとドラマと両方って感じの映画だね。ところが向こうの女優が下手で話しにならない。こっちに持ってきたら、こんな下手な芝居が入っていたら商売になんないよってことでオクラになったんだよ。契約書には撮影するって書いてあったんだけど、こっちでは中止。台湾でだけ上映しているはずだね。


と語っておられ、そこから考えると、オクラ入りした『世界桃色全集』(なんちゅータイトル)の代わりに急遽調達されたのが『よろめき迷探偵(東京尋妻記)』だったのではないか、つまり、1961年に日本で公開されたのではないか、という推測にたどり着きました(かなり無理がありますけど)。

ちなみに、『世界桃色全集』が台湾で公開されたかどうかもちょっこし調べてみましたが、それらしい映画を見出すことはできませんでした…っていうか、このタイトルと内容では検閲で引っかかるのではないかと思います、当時の台湾では。
おそらく、台湾語映画陣営との合作で、公開されたとすれば台湾語映画としてだったと考えられますが、1961年頃の『聯合報」はだいたいチェックしているものの、この映画の記事は…見たことないなあ。
ま、そのうちまた調べてみます。

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