2006年6月5日月曜日

宿題いろいろ

〔ちょっとお耳に〕


先だって取り上げたネタの補足情報。

その1 やっぱりつるつるだった

サインボール、プレゼント!

腋毛旋風、吹き荒れる」で取り上げた前田通子のことですが、「でも、たしか『女真珠王の復讐』のとき、前田通子の腋の下ってつるつるだったよなあ」と思い、改めて『女真珠王の復讐』を観てみたところ、やはり、つるつるでした。

んー、いったいどこでどうやって腋毛ぼうぼうになっちゃったんだか。
記者さんの願望でせうか?

で。

上記の話とは別に、知人のKさんからステキな腋毛情報をお寄せいただきました。
それによると、1970年代初頭になってもプールへ行くと腋毛ぼうぼう女性が生息していたそうです。

ちょびちょびじゃなくてぼうぼうですよ、皆さん。

暴暴茶・・・・(かんけーないけど)。


その2 日本東方藝術歌舞團

こちらは『兩相好』の補足。

劇中に出てくるレビュー場面に関して、もしかしたら東宝歌舞団じゃなかろうかと書きましたけど、その後『聯合報』を調べてみたところ、1961年の9月から10月にかけて日本東方芸術歌舞団なる団体が台湾公演を行っていることがわかりました。
で、おそらくは、こちらの方が正しいのではないかと思います。

これね。

この歌舞団、元松竹の女優・泉京子をメインにした寄せ集め集団でしたが、その公演目的は「台北記者之家」に「料羅湾紀念室」を作るためのチャリティーで、そこには1958年の第2次台湾海峡危機で記者を失った読売新聞のバックアップがあったそうです。

8月31日に台北入りした歌舞団一行は9月1日に台北で公演をした後南部に行き、高雄、台南、嘉義、台中でそれぞれ公演をこなして再び台北へ、10月4日から11月2日の予定で遠東戯院で約1ヶ月の公演を行ったそうで、台北での公演ではゲストにディック・ミネも加わっています。

「デイシクミネ」です。

歌舞団の目玉はなんといっても泉京子のセクシーダンスだったようですが、彼女、香港だけでなく台湾でも活躍していたのですね。
1963年の日台合作映画『海女の怪真珠』に主役で出ているのは、そういう縁もあったからなのか。

いやあ、勉強になりました。

(1人で納得して終了)

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