2005年4月1日金曜日

戦後最初の香港ロケ映画

〔えいが〕

ほんとはメインサイトの方でアップしたいのですが、詳しいあらすじを書くのが面倒でそのままになっているため、こちらにてちょこっと作品の概要だけでもまとめておきます。

今でこそ、香港は週末に気軽に行ける観光地になっていますが、戦後、海外旅行が自由化されるまではおいそれと行くことなどできない「憧れの異国」でありまして、そんな異国にカメラを持ち込んでロケーションを行い、それ(ロケ)を売り物にした映画も数多く作られたのでありました。
そして、その嚆矢となったのが1955年の松竹作品『亡命記』(野村芳太郎監督)です。

おおまかな内容を説明すると、中国人留学生・顔紹昌(佐田啓二)と結婚した看護婦・左千子(岸恵子)が、夫の故郷である中国・南京に渡り、子供にも恵まれて幸せな生活を送りますが、顔が汪兆銘政権に協力したことから戦後漢奸の容疑をかけられ、重慶政府から追われる身となってしまいます。
顔は一足先に妻子を日本へ返し、妻子が待つ神戸への逃避行を開始します。
南京から上海、そして運良く日本へ辿り着いた顔でしたが、再会した左千子は重い肺病に侵されていました・・・・(まだまだ続く)というもので、香港でロケーションを行いながら、映画の中ではそこはあくまでも南京と上海になっている、ちょっと不思議な映画です。

このとき撮影協力を行ったのが、電懋〈キャセイ〉の前身である国際(資金面での協力は、邵逸夫〔ランラン・ショウ〕が行ったそうです)。
キャストも、佐田啓二の父親役に陳又新が扮した他、顔家のアマ役で秦沛3兄弟の母・紅薇が出演していますし、わたくしが観た範囲では、この他にも国府軍兵士役や、佐田啓二が逃亡の途中に立ち寄る食堂の主人役も香港側の俳優が演じていました。

こうして完成した作品は1955年5月に公開された後、第2回アジア映画祭(現・アジア太平洋映画祭)に出品され、岸恵子が主演女優賞を受賞しましたが、本作と同時期に香港ロケを行い、6月に公開されたのが松竹と国際の合作映画『東京-香港 蜜月旅行』(野村芳太郎監督)です。
こちらの方には前記2人の香港俳優の他、メイン・キャストに当時のトップ・スターであった林黛と厳俊が加わっています。
この映画(『東京~』)では『亡命記』と異なり、香港は香港としてきちんと登場、スターフェリーやピークトラム、タイガーバームガーデン等で撮影を行っているようですが、残念ながら再上映の機会がないため未見のままです。

いつかどこかで上映してくれないものでしょうか。

付記:『亡命記』に佐田&岸の娘役で出ていたシリヤ・ポール(泣かせる名演)は、後のオリーブ(パンチ・ガールね)ことシリア・ポールらしいっす。でも、中国人と日本人のハーフが、インド系って・・・・。
『東京~』の国内撮影のさいには、国際作品『菊子姑娘』等の日本ロケが同時進行で行われ、松竹が撮影協力をしたそうです。

1 件のコメント:

taro さんのコメント...

はじめまして。野村芳太郎の訃報をきっかけに芋づる式にたどり着きました。香港映画も昔の日本映画も好きなので、貴blogは非常にためになります。trackbackしたいところですが、できないようなのが残念です。リンクしてよろしいでしょうか?今後ともよろしくお願い致しします。